71:勇者ヨシハルと風の魔法少女①(ヨシハル視点)
「――何とかここまで来れたな」
「あたしお風呂入りたい……」
「でも宿に泊まるお金無いよ?」
「そ~なんだよなぁ……」
俺は相良義晴。
職業は勇者であるらしい。
振り返れば雨宮愛菜、一ノ瀬夏樹とその妹の美冬ちゃんが、それぞれに遠い目で俺達を取り巻いている町の景観を見回している。
俺が安堵と不安の入り交じる息を吐き出したのはアルベティア公国領内でも有数の大きな町、シーリスの門をくぐり抜けた所でだった。
あの日、ハイファン王国の王都リーブラを襲った魔王軍の、文字通りに魔の手から逃げ出した俺達は水の魔法少女“ユウ”が勧めた通りに王国を脱出。どうにか国境を越えて隣国の町まで辿り着いた。
町に入るための許可証はこの時には既に入手済みで、おかげで詰め所に連行されることもなく入場できた事はラッキーとしか言い様が無い。
実はここに来る前に一悶着あった。
リーマス砦、と言っただろうか。
要塞らしきやたらと物々しい建物が道を塞いでいて、近づいて行くと当たり前のように門兵に呼び止められた。
それで通せ通さぬの押し問答を続けていると兵士の中でも偉い方と思われる人物がやって来て捕縛からの事情聴取コンボを喰らう羽目になったというわけさ。
そりゃあ馬鹿正直に話したさ。
迂闊な受け答えをすれば即座に斬り殺されそうな雰囲気だったし。
イスカリオテ城が壊滅的打撃を受けた事とそこから逃げ出して命からがら国境を越えてきたこと。
これだけだと単なる怪しい人間と判断されかねなかったので、自分たちが異世界から召喚された人間であることも正直に伝えた。
それから確認の為にと二日ほど拘留されて――ちゃんと食事も出して貰えたし寝泊まりする部屋も用意してくれた――砦のお偉いさんは放っていた密偵から報告があったとかで釈放してくれて、おまけにシーリスの町に入れるよう書状も一筆したためて手渡してもくれた。
この世界の価値観から言えば、どこの馬の骨とも分からない若造たちへの対応としては破格じゃなかろうかと思う。
後になって判明したのは俺達が当初怪しまれていたのは俺が脱出間際のイスカリオテ城で剣や鎧をかっぱらっていて、鎧に王国の紋章が貼り付けられていたからだ。
そりゃあ頻繁にちょっかい掛けてくる国のラベルを貼り付けた鎧を着てりゃあ疑って当然だろう。
どうしようかと相談したところ砦にあった予備の鎧――全身鎧は重すぎて身動き出来なかったので斥候などが身に付ける軽鎧を貸し出して貰う事ができた。
官給品なのでお金を稼いで装備を新調したら返しに来いとは言われてしまったが、それは当然と言えばその通り。
こうして野に放たれた俺達なのだが道中での監視兼護衛ということで街に到着するまで兵士二人に付き添われることになった。
でもそれは犯罪者でも何でもない俺達にしてみれば渡りに船といった感じで、遭遇した魔物との戦闘でも奮闘してくれたし、おかげで五体満足でシーリスに到着する事が出来た。
なお、移動する中で判明した事だが、俺は実力的に砦の兵士一人にすら及ばないザコであるということ。
そりゃあ王城で行われた訓練なんて基礎体力を上げるための筋トレが殆ど全てだったわけだし。
実戦経験なんて皆無で、それでも生きて国境を抜けられたのは城でかっぱらった上等な剣と簡単ながらの鎧。そして何より仲間達が使った魔法の力があってこそだ。
三人が言うには教わったのはごく初歩的なものだけらしいが、それでも俺の生存率を上げるという意味では絶大な効果があった。
聖女という職業を持っていた雨宮は大きな切り傷とか骨折をたちまち治してくれたし。
賢者であるらしい一ノ瀬姉の攻撃魔法やバフは素人の俺でもそこそこ戦えるよう強力にサポートしてくれた。
美冬ちゃんは、今は能力と呼べそうな物は何も持っていないが庇護欲をそそる顔かたちのおかげで挫けそうだった気持ちをどれだけ勇気づけ奮い立たせてくれた事か。
俺は生きているんじゃあない。生きさせて貰ってるんだと心底から実感したものだ。
前置きが長くなったが、こうしてシーリスに到着した俺達は四人揃って途方に暮れることになった。
理由はと言えば、無一文だから。
ハイファン王国ではお金なんてビタ一文貰っていないし、仕事を斡旋さえして貰えなかった。
そりゃあ魔王を倒すための準備期間だから鍛えられるだけ鍛えさせておこうって考えは分かる。
分かりはするが、いざ鍛え終えて出発だってなった時に、世界の常識について――王国の歴史とか宗教とかそういうのじゃあなくて、何をどうすれば稼げるのかとか貨幣の価値、銅貨一枚で何が出来るのかとか世間一般で通用する諸々の重要な情報を持ち合わせていないとどうしたって途中で詰んでしまう。行き倒れてしまうのだ。
やはりあの姫さん、魔王討伐が目的と言いながら結局のところ戦争するための駒として俺達を召喚したんだろうなと今なら確信できる。
そう言えば、あの時に放逐された朝霧君はどうしているだろうか?
確か俺よりも年下だったよな。
何処かで行き倒れてやしないかと心配になる。
でも一番最初にこの世界がゲームに酷似していると看破した彼だから案外に俺達よりも上手く立ち回っているかも知れない。
もしもそうだったら是非とも再開したい。
そして、できることなら金を貸して欲しい。
これは遊ぶ金欲しさじゃあなくて、コインの一枚すら持たないままか弱い女の子3人を引き連れて旅している俺の切実な願いだった。……か弱い?
「あ、そうだ。ねえ義晴君、冒険者ギルドで登録して、まずは安くても良いからご飯食べて宿に泊まるお金をどうにかしようよ」
聖女っぽい衣装ながら移動する中で随分と汚れたりほつれたりが目立っている雨宮が思いついた事を口にする。
姉妹の方に目を向けると二人も同意見とばかりに頷いている。
三人にはなるべく危険な目に遭って欲しくはないが、今更だなと思い直して。
俺は三人を引き連れてギルドを目指すのだった。
シーリス冒険者ギルドはすぐに見つかった。
町の入り口から少し進んだ所に案内板があって、雨宮が解読してくれたのだ。
俺達は転移ボーナスなのか言葉は現地の人々と通じる。
だが文字の読み書きができない。
召喚されてから今に至るまで俺は文字を習っていなかったし、一ノ瀬だって魔法に関する言語を囓っている程度。美冬ちゃんは姉と雨宮のどっちかと一緒にいたので一応は読み書きできるらしいけど、日常で困らないレベルでは無いと雨宮は漏らしていた。
その点、雨宮は頭の回転が早いし例えば登録する際の記入欄を埋めるくらいならできそうだ。
というか一ノ瀬姉よ、お前賢者だろうが。と思わなくも無い。
行き着いた冒険者ギルド。
石造りの建物は学校の体育館ほど大きくはないが、十人ほどで定員オーバーになるほど狭くもない。
王国首都リーブラにも同程度の大きさの建物はあったが、喩えとしてパッと思いつくほど分かっているわけでもないからここでは差し控える。
建物の中へと踏み込むと、視界が眩む。
外の明るさに比べて格段に暗いからだ。
しかし、目が慣れてくると動き回るのに何の問題もない程度の明るさは確保されているのだと知ることになった。
「カウンターは、あっちか」
入り口から入ってすぐの所にはテーブル席が幾つも置かれており、冒険者達がジョッキ片手に打ち合わせや報酬の分配などを行っている。
時間的に昼を過ぎているから、簡単な仕事であれば終わっている頃合いなのだろう。
テーブル群の向こうには立て掛けられた掲示板。そこに無造作に紙が張り出されている。
恐らくは依頼に関する書類だろう。
やはり仕事を請け負うには遅すぎる時間帯なのだろうが、張り紙は掲示板の面積の半分も埋まっていない。
今夜の食事にありつけるだろうかと内心冷や汗を掻いていた。
「とにかく登録を済ませないと」
後ろから手に押されて前のめりになりつつ進み出る。
掲示板のずっと向こうに荒くれ者達の背中が列を成しており、彼らが遣り取りしているカウンターテーブルが受け付けなのだろうと察する事が出来た。
「よぉ兄ちゃん、別嬪なネーチャン侍らせて良いご身分じゃあねえか」
列の最後尾に並んで幾ばくもしないうちに後ろから声を掛けられる。
振り返るとモヒカン頭にタトゥーの入ったガタイの良い男達がニヤニヤしながらこちらを見ている。
こういった場所で問題を起こすのは差し控えるべきか否かと悩んでいるとモヒカンの一人が雨宮の肩に手を置いた。
「お前ら初心者だろ? 何なら俺達が冒険者の心得ってヤツを教えてやっても良いんだぜ?」
「ひぃっ!」
雨宮が怯えたように身を竦ませる。
ここで俺の理性が吹っ飛んだ。
「お前、死ぬ準備はできてんだろうな」
言葉に出すより先に握った拳を薙ぐように振り抜いて相手の顎を打つ。
肩幅も身長も俺より上の相手は一瞬キョトンとしたが次に大笑い。
「ひゃはっはぁ! なんだその弱っちいパンチはよぉ――」
ソイツは急に目の焦点が合わなくなって木板張りの床に尻餅をつく。
俺だって日本に居た頃は多少のヤンチャもしていた身だ。
喧嘩のやり方くらいは分かっている。
大抵の場合、喧嘩は最初の一発目で勝敗が決まるんだ。
コイツは今軽い脳しんとうを起こして平衡感覚も無くなっている。
俺は懐から程良い大きさの石を取り出すと硬く握り込む。
「オラッ、死ねやチンピラッ!」
トサカになっている髪を引っ掴むと小石を握り込んだ拳を引き絞り顔面目がけて叩き込んだ。
ゴスッ。
と拳に抜けるような感覚が通り抜けていく。
顔面を殴りつけられたモヒカン野郎はひん曲がった鼻から血を滴らせた。
「てめぇ、ぶっ殺してやる!」
床の上に転がってからは痙攣しているだけのモヒカン。
それを見た仲間達が激昂して各々得物に手を掛ける。
一人はメイス。もう一人はショートソード。
あ、これは死んだわ。
などと冷静に彼我の戦力差を分析する俺の脳みそ。
視界いっぱいにメイスを振りかぶる男の姿が見えた。
「そこまでだっ!」
横合いから飛んで来た声に一瞬だけ気を取られる。
すぐにヤバいと我に返って視線を戻したとき、そこには信じられない光景が広がっていた。
メイスを持った大男の全身が、床から生え出した幾本もの黒い筋に絡め取られ動きを封じられていた。
また剣を構えていた男は首元にナイフを突き付けられている。
後ろから現れたのは狩人らしき少女だった。
「ギルド内での狼藉は認められない。職を失いたくなければ大人しくすることだ」
どこぞの主人公よろしく颯爽と現れたのは、簡単な鉄鎧に柄の短い薙刀らしき武器を手にするアッシュ髪の青年。
彼がモヒカン達をジロリと一瞥すると不逞の輩どもは何やらモゴモゴと曰い、逃げるように去って行った。
「君たちは初心者パーティかい? 済まないね。ここは他よりも荒くれが多いから妙なちょっかいを掛けられやすいんだ」
アッシュ髪の青年は面立ちこそ粗暴そうだが物腰はめっちゃ礼儀正しい。
握手を求めるように手を差し出して彼は言った。
「俺達はB級の冒険者パーティ“疾風”。俺はリーダーをやっているコルトという者だ」
男が惚れる兄貴ってこういう奴なのかも知れない。
握手に応えながら、考えるのは雨宮たちがコイツに惚れちまったらどうしようとかいうクソどうでもいい事だった。




