69:蟻の巣を蹂躙する②(三人称)
――ドドドドドドッ。
巨大なる蟻どもの住処にて今まさに始まった戦。
恐るべき顎門と前足にて獲物を貪り食らわんとするは全長5メートルにも達する大女王蟻。
対するは灼けた火の粉を纏いし紅蓮の少女。
右腕に填めたガントレットがその気勢に応えるが如く、肘の辺りにあった排気ノズルよりプシッと灼熱の息を吐き出す。
誰にも止められぬ命の狩り合い。
死闘の予感に高鳴る鼓動もそのままに、焰が拳を目一杯に引き絞り地面を蹴った。
ヒュオ。
風が啼く。
瞬きするより早く女王蟻の懐に潜り込んだ紅髪少女が気合いの声と共に拳で突く。
「せあっ!」
ゴッ!
蟻の前足が爆発でもしたように吹き飛ばされる。
焰は更に加速して踏み込むと槍で突くように蹴りを放った。
ボンッ!
五メートル超の体躯が宙を舞い、後方の壁に激突するとビッシリと産み付けられていた卵の幾つかが粉砕される。
焰は更にガントレットの装甲部分に手を添えるとガチリとスライドさせる。
内側には精密機械の内部配線のように幾何学模様がビッシリと走っており、それら全ての線が集中する先に紅い核、或いは、小さなレバーの様な突起がある。
少女は指で弾いてレバーの向きを変えた。
「蒼炎モード、切り替え」
カコンッ。――コォォォォ。
再び装甲をスライドさせて閉じる。
すると紅色に塗装されていたデバイスの表面が青白く変化して、その輪郭からユラリと陽炎が立ち昇る。
炎の魔法少女に与えられたデバイス“サルビア”のもう一つの姿。
蒼炎モードは一時的に核の演算能力を限界一杯まで引き上げる機能で、魔力の消費量が爆増するのと引き換えに魔法使用時の破壊性能を倍化させる。
「いくぞ、虫けら」
呟いて腰を落とし、蒼く輝く拳を引き絞る。
――《穿天蒼拳》。
それは幾つかの術式を重ね合わせ組み上げられた、言わばオリジナル魔法だった。
紅い尾を引く残像が、まるで弾き出された弾丸の如く破滅的なまでの速度と破壊力を伴って空気の壁すら突き破る。
音速を超えた速度で衝撃波を周囲に撒き散らし、壁に縫い付けられたまま微動だに出来ない巨大蟻の土手っ腹へと拳をねじ込んだ。
ボグンッ!
刹那、凄まじい熱風が巻き起こり、女王蟻の体躯が呆気ないほど簡単に爆発四散する。
周囲にあった百か二百かの卵だって無事では済まず、簡単に砕け散り焼き尽くされてしまった。
「なるほど、悪くない」
黒く焼け焦げた壁。めり込んだ拳を力任せに引き抜いて焰が満足げに笑む。
「……いや、あーしの見せ場は?」
このずっと手前で呆然としていたパティーが思い出したように声に出したけれど聞いちゃいねえ。
そんな金槌娘のところまでトテテッと駆けてきた栗色髪幼女が慰めるように肩を叩いたけれど、それが余計に心を抉ったらしく背中から滲み出る哀愁がまた何とも言えない気まずさを醸し出していた。
「あら、そっちも終わったの? 残念」
遙か後方から声があって、三人は慌てて顧みる。
その向こうに立っていたのは全身を蟻の体液でずぶ濡れにしたルリ様。
彼女の後ろには新たに空いた穴が幾つもあって、周囲に巨大昆虫の原形を留めていない骸が無数に折り重なっている。
大きな魔法が発動する気配は感じられなかったから恐らくは殴る蹴るで魔物の群れを蹂躙したのだろう。
ルリはデバイスを持っていない方の手で働き蟻の頭部を鷲掴みしており、自身よりも大きな体躯を引きずって歩く様はまさしく悪鬼羅刹。
心底嬉しげな凄烈な笑みを浮かべている。
「お師匠様はまだ戦い足りないと?」
恐々と震える声で弟子が囁くも嫌とも応とも言わずただ肩を竦めて見せるばかり。
なるほど本音じゃあ焰が苦戦して飛び入り参戦する事を望んでいたのかと理解した三人ではあれど、既に巣穴のボスたる女王蟻は木っ端微塵になっていて影も形も見当たらない。
「まあ、何にしてもデバイスのテストという意味では用は済んだわね。……帰ろっか」
やや不満は残るものの気持ちを切り替えたらしいルリ様が気安い音色で締め括れば、一同はコクリと頷くしか知らなかった。
――こうして揃って飛翔魔法を発動させると来た道を飛んで戻る。
徒歩と違って地に足が付いていない移動方法であれば帰りなんてそれこそアッという間で、五分も過ぎた頃ともなれば4つの影は縦穴の入り口を見下ろす所にあった。
「折角だし穴も潰しておこう」
ここでルリは杖を掲げて何やら術式を展開しようとしたが、ふと思い留まってパティーを視界に収める。
風に煽られる耐熱エプロンがどうにももの悲しさを漂わせている金槌娘は、自分に向けられた視線の意味が分からなかったようで最初は小首を傾げたものだ。
「パティー、あなたの魔法で穴を崩落させてごらんなさい」
「はぃ……はいっ!」
ルリの勧めに三つ編みしたアッシュ髪を揺らしてパティッシュが目をキラキラと輝かせる。
やっぱり新しい玩具というのは遊んでみなきゃその魅力にも気付けないものなのだ。
「じゃあ、いきますね~!」
単身進み出たパティーはそれまで肩に担いでいた巨大な鉄槌を両手で握り直す。
握った両手を逆向きに捻ると柄の部分が伸び、内側から吸気ノズルが迫り出してくる。
呼応して鎚の部分がバカリと割れたかと思えば、新たな部品が出現して組み合わさり再び結合した。
そこにあったのはロケットの噴射口らしき部品を備え付けた超巨大な戦槌。
魔法と銘打ちながらも圧倒的な質量で対象を破壊する物理兵器であった。
「魔力充填、120パーセントッ! 推進剤に点火!」
シュボッ。シュォォォォ……。
噴射口から青白い炎が立ち昇る。
パティーが鉄槌を水平に構えるとゆっくりと、しかし徐々に速度を上げて回転し始めた。
甲高い噴進音が辺りに響き、青白い炎がまるで踊るように弧を描く。
ある速度を超えたところで唐突に、まるで砲丸投げするように回転運動が直進運動へと切り替わった。
「潰れろぉぉ!!」
――《破天鋼槌》あぁぁぁっ!!!
パティーの絞り出すような声と連続する爆発音が一つの軌跡を生み出す。
急降下していく鉄塊と少女。
インパクトの瞬間、隕石が衝突でもたかのように穴とその周辺が砕け、さらに生えていた木々までもが根っこから引き千切られて空へと巻き上げられる。
凄まじい衝撃波。
まだ飛行も覚束ないレミーが「きゃあぁ!」と悲鳴を上げたものの、涼しい顔のお師匠様に抱き止められ墜落を免れていた。
ズゴゴゴゴ。
パティーの魔法が完結したときにはもう蟻の巣穴は完膚なきまでに破壊し尽くされており。
暫し意識を向けるも生き残った蟻が這い出してくる様子も見当たらない。
三人のいる所まで戻ってきたパティーは、非常に晴れ晴れとした面持ちだった。
「お姉様、コレ凄ぇッス!」
まだ排気ノズルから煙を吐き出している鉄槌型デバイスをブンブン振ってアッシュ髪娘が喜色をあげる。
ルリは「満足して貰えたようで何より」なんて嘯くと、空の上で方向転換。
「帰ったら二人のデバイスを見せてね。データ取らないといけないから」
「「はいっ!」」
レミーの杖は、ぶっちゃけ全くの新機能というのが無いアップグレード版なのでそんなに神経質になる必要がない。
しかし新たに組んだ二人のデバイスには造形を活かすための機能があって、使用時に中枢システムにどの程度の影響を与えるかつぶさに観察しなきゃいけなかった。
元気に返事した二人、それから愛弟子たるレミーを引き連れ空を駆けるルリ。
途中で鳥らしき魔物を視界に捉えたが、ただならぬ気配を感じでもしたのか鳥は急速回頭して逃げていった。
今夜は鳥の丸焼きだと思ったのに。と、僅かに肩を落とす瑠璃色髪少女である。




