68:蟻の巣を蹂躙する①(三人称)
――シーラント樹海と呼ばれる魔境がある。
アルベティア公国の領土内にあって相当な面積を専有する広大な森は、奥に進めば進むほど凶悪な魔物が出現し、北方の魔王の勢力圏と比較すれば幾分かはマシなものの決して安心して徘徊できる地域などではない。
そんな樹海の最深部、ごく目立たない所にポッカリと口を開けている縦穴があった。
「はい、というわけでダンジョン前に到着で~す♪」
緊張感の欠片も無い声で宣言したのはパティッシュ。
アッシュ色の髪を三つ編み一本に束ねている少女で肉付きの良い体に可愛らしさをほんの少し加味した耐熱エプロン。下には丈も短めのフレアスカートとTシャツ、そして耐熱手袋を填めた手に握られているのは馬鹿でかい金槌型のデバイス“ナスタチウム”。
パティッシュ……言動の軽さから“パティー”の愛称で呼ばれている娘さんは、額の上に乗っている遮光ゴーグルさえもがお洒落アイテムの一つであるとでも言いたげにクイッと指で触れてみせる。
「もう少し緊張感を持ったらどうなんだ?」
そんなアッシュ髪娘に呆れた声を返したのはポニーテールにした紅髪と同色のタイトドレスらしきスカートに白ジャケット、右腕に赤いガントレット型デバイス“サルビア”を装着する焰である。
焰は振り返ると創造主たる瑠璃色髪少女に向けて申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません姉上。折角の雰囲気を台無しにしてしまって……」
「ああ、気にしないで。ああいったその場のノリで生きてますって所も私の人格の一部分だから」
ヒラリと手を振るルリ。
焰とパティーはルリが自分の中の精神性を部分的に抽出し合成した人格を付与された存在なので、裏を返せばそういった部分が自身の内側にも在るということ。
ならば一々目くじら立てる方がおかしいのだと考えていた。
なお、二人の衣装というのは彼女らが魔法少女として生誕した際に自らの力で生成した奇跡の産物で、なので一見して薄っぺらい衣服であっても実際の防御性能は全身鉄鎧など比較対象にもならないほど堅牢だったりする。
ただし各々が装備している魔法杖はルリがその手で設計から製造までを行った道具であり、魔法少女としての力とは何ら関係がない。
本日はその実戦テストのためにダンジョンまで飛んで来たのだ。
「お師匠様。本当に行くんですか?」
「ええ、もちろん。心配なの?」
「そりゃあ、まあ……」
空の上に静止しているのはルリ、焰、パティッシュ、それから弟子のレミー。
新型魔法杖“スターチス”を胸元に抱くようにして握り絞めている栗色髪幼女は魔法少女ではないので身に付けているブカブカの若草色ローブと紺色マントだって何の変哲もない普通の布から作られている。
なので世間一般の魔法使いと同様に紙装甲なのだ。
ルリは気遣うような素振りは見せるものの、だからといって決定を覆すようなことはしない。
「レミーちゃんは二人の後ろに付いていれば良いわ。最後尾は私が担当するから」
通常、パーティにおける配置というのは最前列に防御能力の高い人員を置き、最後尾に火力のある魔法使いを据える。
それというのも防御面だけでなく攻撃時の適正距離も絡んでくるからだ。
しかしこれだと背後からの強襲を受けた瞬間に防御で劣る魔法使い、つまり最大火力が狩られてしまう。
こうなるとパーティの戦力は一気に落ちる。
なので頭数に余裕のある徒党であれば最後尾に気配察知や身のこなしに優れた盗賊を置いたりする。
まあ、今回に限っては前衛二人の火力がとんでもない事もあって大将となるルリが最後尾に付くことになったけれど……。
ルリ自身の攻撃能力は、魔法を使えば広域殲滅、近接格闘戦であってもデコピン一発で相手の頭部を爆散させる破壊力を宿しているから一番貧弱な人間を真ん中に配置するのは妥当と言えた。
「じゃ、行こうか」
ごくあっけらかんと、ちょっと近所を散歩してくるくらいの気安さで出発の号令を掛けたルリ。
面々は頷くと戦陣を切る焰に先導されるように穴の中へと飛び込んでいくのだった。
――森の中にポッカリと空いた縦穴は、どちらかといえばダンジョンと呼ばわるよりは巨大な蟻の巣といった趣になっていた。
魔法の光を周囲に幾つも配置して降りて行けば横穴から次々と巨大蟻が飛び出してきて、その度に攻撃魔法をぶっ放す。
焰が殴りつける度に炎に身を包まれた蟻の部位がバラバラと落ちていったし、パティーが鉄槌で殴りつければ数匹まとめて潰され壁に激突する。
こんな安心安全なダンジョン攻略はそうそう無かろうとルリは前衛二人の活躍を呆れた目で見ていた。
魔法少女は、武器なんて手にしていなくとも素の攻撃能力が桁違いなのだ。
魂を削ることで神の奇跡を顕現させるといった特性なのだから当然と言えばその通り。
ただしそのままで戦闘に突入すれば魂の消耗が激しすぎて死なない――彼女らの魂の核となる部分はルリが一手に握っているから完全に消滅するような事態には至らない――までも、回復するまで何も出来なくなってしまう。
神の奇跡を振るえなくなった魔法少女なんてただの少女でしかない。
簡単に狩られてしまうに違いなかろう。
そんな最悪の事態を回避するためには魂の消耗を必要最低限に抑え、可能な限り魔力と身体性能に頼った戦い方をしないといけない。
彼女らに渡した専用デバイスには魔力を節約させる為の循環装置が搭載されており、つまりはより長時間の戦闘に耐えられるようにする為の補助器具の意味合いがあった。
「だりゃあっ!」
バキャン。
握り絞めた拳を体全部で打ち下ろした焰が、相手取っていた蟻の一匹を叩き潰したのと同時に最下層の地面に足を付けた。
見上げた紅髪娘の視界に映り込む仲間達の姿。
間もなく他の三人も同様の床面を踏み締めるに至った。
「ふぅむ、どうやらダンジョンじゃなくて本当に蟻の巣だったみたいね」
4人揃ったところで《空間把握》の魔法を発動させたルリが結論を口にする。
まだ上から降ってくるというか襲い掛かってくる巨大蟻が散見されたが、見つけ次第に攻撃魔法を打ち上げれば対空迎撃は完璧。
墜落して同じ地面まで落ちてきた時点で既に欠片単位まで粉砕されていた。
「というか全方向に生体反応があるんですけどそれは……」
レミーが見回して気味悪そうに呟く。
「爆発系は止めてね。崩落したら生き埋め確定だから。貫通力のある魔法に絞るか殴って潰すかの二択になるわ」
ルリは瑠璃色髪を掻き上げると事も無げに告げた。
貫通力を重視するなら炎系なら弾丸のように圧縮して撃ち出す《火炎弾》だし炎属性に耐性があったとしても初歩的な無属性系魔法に分類される《魔力弾》でも籠める魔力によっては相当な火力が得られる。雷撃系は全般貫通力が高いし、何なら水系でも細い糸状にして撃ち出せば対象を切断する事だってできるだろう。
爆発や衝撃波を伴う手法を除外したからといって手が無いなんて話にはならないのだ。
四人は有り余る魔力を惜しみなく費やして次から次へと湧いて出る蟻の群れを打倒していく。
小一時間ほど魔法をぶっ放し続ければ、気付いたときには巣穴は死屍累々の山。
奥からやって来る蟻だって散発的な出現になってきた。
「まあ、こんなものかしら。この規模の巣なのだから奥に女王蟻がいるのは定石だよね」
相手側の勢いが完全に途絶えた頃合いでルリが口にする。
瑠璃色髪は女王蟻を倒してから撤収しようと方針を固め、視界を確保するよう周囲に展開した光球を引き連れて足を前に出した。
「何をしているの? 早く行くわよ」
「はい、姉上」
焰とパティーは僅かに気後れしたかにも思われたがすぐに創造主の後を追い彼女の前へと躍り出る。
(うわぁ……この人達ってば戦闘狂なのかしらね)
レミーはそんなヤル気充分のお姉さん達を前に、ほんの少しだけゲンナリとしたもの。
幼女は、とは言っても自分だって足取り軽くスキップ踏んでいる事に気付いていなかった。
――巨大蟻の巣の最深部は幅も高さもかなりあって、自由に動き回れるほどのだだっ広いドーム状の空間になっていた。
通路を抜けてすぐに光源を天井付近に配置しておいて、そこに佇む個体を照らし出す。
蟻の巣の主人は、やっぱり巨大な女王蟻だった。
女王蟻の周囲には恐らくは卵であろう白い塊が壁面にビッシリ植え付けられており、まともな神経の持ち主であれば見ただけで嘔吐きそうになること請け合いといった光景になっている。
そんな中へと進み出る四人。
進みながら能力向上系の魔法を重ね掛けしていく。
――《魔法障壁》。
――《魔法反射》。
――《魔法性能向上》
――《防御力強化》。
――《身体能力強化》。
――《耐状態異常》。
――《物理攻撃緩和》。
――《物理衝撃反射》。
どう考えても盛りすぎだろってくらいバフを積んでいけば、やがて四人の輪郭に黄金色の光が灯る。
これで負けたら恥だろうといったレベルまで全員の戦闘力を引き上げた結果である。
対する女王蟻は延長5メートル級。
黒く艶のある外殻と異様に長い腹部。背には昆虫の羽根がくっついているが実際に飛べるのかまでは分からない。
ただ、顎を打ち鳴らしてシャキシャキと音を立てている様を見る限り仲間を呼んでいるものと思われた。
『キシャアァ!』
女王蟻が前足で空気を薙ぐ。
すると衝撃波が発生して四人の足下にビシリと亀裂が走った。
「ほぅ、面白い」
最前列に立つ焰が、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべる。
そして指をちょいちょいと折って挑発する。
『シャァ!』
ビキビキと音を立てた巨大女王蟻。
そいつは誘いに乗ってもう一度同じ攻撃を、今度は焰を狙って繰り出してきた。
「そんな子供だましが効くワケないだろう」
言うが早いか焰がガントレットを装着した腕で殴りつける。
ボンッ。と空気の爆ぜる音が響いた。
放たれた衝撃波がそれ以上の圧力によって潰された瞬間である。
「後ろからも増援が来てるみたいだし、ちゃっちゃと終わらせるわよ!」
「「「はいっ!」」」
司令塔も兼任しているルリの言葉に全員が返事して、こうして戦闘が始まった。




