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66:聖女認定される(ゆうき視点)


「――世界が滅びると? 大げさすぎやしないか」


 藍色髪の宮廷魔術師長、グラフィス=ストライワ氏の言葉に真っ先に反応したのは国王陛下だった。

 グラフィス氏は手にした魔法杖デバイス“ビオラ”を尚も真剣そのものといった顔で見つめながら事も無げに曰う。


「それはそうでしょう。この道具は、言い方を変えれば魔法使いに必要な素養と修行を飛び越えて、魔力を持つ人間その全てを一流とまでは言わないまでもそこそこ戦える(・・・・・・・)魔法使いへと変えてしまう。つまり、本来であれば長きに渡って研鑽を積んだ末に会得する筈の火力をズブの素人がぶっ放せるようになるということ。……戦争のやり方が根底から変わってしまう。一人や二人じゃあない、千人、或いは何万人という兵力がコレを行使すればアッという間に海は裂け大地は沈む。まさしく神々の最終戦争、ラグナロクの再現になってしまうでしょう。これを恐ろしいと言わずして何と呼べば良いのか」


 宮廷魔術師長殿の言葉は至極もっともに聞こえた。

 ただ、ボク個人が思ったのは、仮にデバイスを携えた魔法使いを百万人集めたところでルリさんの放った一つきりの魔法で簡単に殲滅しちゃうんだろうな、なんて事。


 ルリさんは百万人の魔法使いをも凌駕する。

 その魔力は無限。その叡智はどこまでも深い。

 ボクは誤った選択の果てに彼女に矛を向ける大勢が肉片すら残さず焼き尽くされる様を幻視してブルリと身を震わせた。


「その賢者殿なのだが、公国に対して一つ提案をしている」


 ボクを現実に引き戻すようにアレクさんが声に出す。

 王様とグラフィスさんが彼に注目する。


「航空魔導士部隊の設立、そして指揮を“魔法少女”に担わせること。杖の量産は部隊に装備させることを前提に行われているようです」


「それは提案なのか?」


「ええ、提案です」


 藍色髪の宮廷魔術師が確認の為に繰り返すがアレクさんは頷くばかり。

 ここで王様が「ん?」と怪訝そうな顔をする。


「魔法少女とは何だ? 魔法使いの少女とは違うのか?」


「後で説明しますが、賢者殿の話によると自らの魂を触媒として神の奇跡を起こす。性質としては神官や司祭といった聖職に近い存在。……ここにいるユウキさんがそうです」


 やっぱり親子なんだな。とつい納得してしまう。

 アレクさんも同じ事を言っていた。

 彼の説明で二人の視線が急にこっちを向く。

 「へぅ?」とおかしな声が出てしまった。


「繰り返しますが魔法少女は自分の魂を削ることで奇跡を起こす。ということはつまり、力を行使し続ければやがてその魂は砕け散り失われるということ。賢者殿にどうにかならないかと話をしたところデバイスを貸し与える事で当面を凌いで欲しいと言われました」


 魂を対価に奇跡を顕現させる。

 その仕組み自体は魔法少女がそれである限り変えられない。

 けれど、力の発露を魔力重視に切り替える事で消失を先送りすることは出来る。

 アレクさんの言葉にはどこか悲壮感が漂っていた。

 ボクはと言えば、どこか他人事のような顔で微笑んで見せるばかり。


「いや待って欲しい」


 ここで何かに気付いた顔のグラフィスさん。

 彼は端正な面立ちを引き締めてボクを凝視する。


「それは伝承や文献に記されている聖女そのものじゃあないのか?」


 “聖女”。

 その単語に思わずギョッとしたボク。

 だってさ。聖女といえば異世界転生した女の子が高確率でなっちゃう乙女ゲームとかラノベの代名詞とも言える存在じゃあないか。

 ボクは魔法少女かも知れないが聖女ではないでしょうよ。

 そもそもちょっと前までは男だったんだからね。


「あの……」


 おずおず言い掛ける。

 そこへ被せるようにアレクさんが物申す。


「その解釈は全く以て正しい。現に宿場町では我々の全員に対して解毒の魔法を行使したし、その際に神に対する祈りの言葉は無かった。だから私は彼女こそが公国を導くべく天が遣わした大聖女であると確信している!」


「大聖女……!!」


 えっと、聖女と大聖女は違うものなの?

 驚愕の声をあげた国王様にこっちまで驚いてしまう。

 というかアレクさんや。君はボクをそういう目で見ていたんだね。

 急展開に頭がついていかない。

 ベッドに飛び込んで眠りたいと、現実逃避気味に思った。


「私は、ゆえに一生を賭して彼女を支えたいと考えている。他の誰にも譲るつもりは無い――」


「あのっ!」


 とうとう我慢出来なくなって無理矢理に話に割り込む。

 驚いて声を無くすアレクさんにボクは告げた。


「勝手に話を進めないで下さい。というかそんな話は聞いてません!」


 すぐ隣にある顔が「しまった」とでも言わんばかりに歪む。

 ボクはそんな彼に一瞥くれると声を張る。


「聖女であるとか無いとか、アレクさんがボクをどう思ってるかとか、ボクのことを飛び越して話されても困るし、そもそもアレクさんの事は恋愛の対象としては見ていませんし!」


 言い切った!

 言い切ってやったぜ!


 金槌で殴られでもしたかのように固まっているアレクさん。

 彼の父君である国王様も「Oh……」と言葉を無くしている。

 そんな中でグラフィスさんだけが興味深げにボクの目を覗き込んでいた。


「貴女にしてみれば、アレックス王子の妃になれば権力も贅沢も思いのままの筈。それが気に入らないと?」


「はい。権力を笠に着てふんぞり返ってる人達は好きになれないし、自分がそういった立場になる事も望んでいません。それに結婚なんてものは思い合う男女がするものであって、立場とかそういうので行うのは不幸でしかないとボクは思います」


 そりゃあ世の中には望まない結婚、世継ぎを残す為だけの婚姻が罷り通っているのは知っている。

 でも、少なくともボクはそういったものに振り回されたくないと考えていて。

 その上でアレクさんの事を異性として認識できていない以上は、王子様だからと靡くなんて事は無いのです。


 自分の意思をありのまま言葉に出したボクに、宮廷魔術師長さんはそこで初めて愉快そうに眼を細めた。


「これは王子が惚れるのも無理はない。無垢で可憐、そして男に物怖じしない芯の強さ。誰彼構わず魅了する魔性の魅力とはこういう事なのかも知れないな」


 この人は一体何を言っているのか。

 まったくワケが分からないよ。


 二の句を継げずにいるとグラフィスさんが一つ大きく頷いた。


「では私から一つ。賢者殿の提案を受けましょう」


「それは航空魔導士部隊とやらの設立を了承するという事か?」


 驚いた顔の国王様に、したり顔で頷く藍色髪の魔法使いさん。

 彼は全く手放す素振りを見せないデバイスの表面を愛おしげに撫でながら言った。


「というよりも我々に拒否権など最初からありません。公国の近隣では飢えた狼たちが今も攻め入る機を見計らっています。拒否すると言う事は即ち彼らに鋭い牙と爪を与えるようなもの。たちまち蹂躙され征服されてしまうでしょう。ならば我々としてはこの機会を最大限に活かさなくてはいけません。先ほど数千、数万の兵たちが一斉に魔法を行使などすれば世界が終わると言いましたが、ならば我々がそれを運用し管理すれば破滅は回避できると。その様に考えます」


「むぅ……」


 朗々と謳った宮廷魔術師長殿。

 国王様は腕組みして唸る。


「そしてもう一つ。賢者殿は最初から兵団の設立を目論んで杖の量産を行ったとの事ですが、それは裏を返せばその航空魔導士部隊が無くては立ち行かない状況を作り出そうと画策しているといった話に繋がります。であるならば彼女を公国に引き込みながら同時に勝手ができないよう楔を打ち込んでおくべきかと」


「ほう」


 聞き入っている国王様。

 グラフィスさんってば魔術師より軍師の方が似合ってるんじゃないかと思った。


「つまり“大聖女ユウキ”を大々的に喧伝し全ての国民に周知させるのです」


 ここで急に話を振られて「え?」と声に出す。

 国王様が「するとどうなる?」と続きを促す。


「ユウキ嬢に魔導師部隊を指揮して頂く。その指揮官は同時に大聖女である、となれば、国民の目は常にそこへ向けられる。下手なこと、例えば我々の了解も無しに無断で他国に攻め入り蹂躙などすれば大聖女としての名声は地に堕ちる。ここで彼女を操る黒幕が賢者殿であると流布したらどうなります?」


「全ての国民が敵になる。つまり民草たちの信奉心を楔とするのか!」


 得心いったとばかりに王様が己が膝を叩く。


「折角ですし、アレックス王子には彼女のお目付役として付いて頂きましょう」


 ドサクサに紛れて珍妙な案をねじ込んだグラフィスさん。

 勝手に盛り上がっている男達を前に、ボクは溜息を零すしか知らなかった。



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