65:国王様との面会(ゆうき視点)
首都リガーデンにあって同じ名を冠する城。
国家元首として一応の王座に就いているのは“アンドリュー=ヴェル=ド=マクスウェル”で、彼はアレクさん――アレックス王子のお父上でもあった。
「お初にお目に掛かります。ユウキと言います」
場所は王城の三階。
現代日本と一階あたりの高さの基準が違っているようで実質3階半か4階ぶんの階段を登ることになったけれど、ずっと手を引いてくれる王子様がボクの歩調に合わせてくれていたからそんなに負担には思わなかった。
そんな三階部分の随分と奥まった所――謁見の間と呼ばれる大扉の前を素通りしたからこの表現は間違っていない筈だ――に執務室というのがあって、ここに日常業務として書類に採決のサインを記す王様と、他に書類整理を担っている文官が数名ほど詰めていた。
後で聞いた話によると隣部屋には常時何名かの近衛騎士が待機しており、室内で起きた異常に対して迅速に飛び出してくる態勢なのだとか。
アレクさんは臆した様子も無い足取りで執務室の扉をノックして中に入る。
勿論、その手に掴まえられたまんまのボクも同様に。
けれどここまで追従して背後を守っていたミレーゼさんは一礼して部屋の外で待機する姿勢を見せた。
「――ああ、そう畏まらなくて構わない。何せウチのドラ息子もといアレックスが連れてきた初めてのガールフレンドなのだからな」
ゴホンと咳払いして言い直すのは程良い加減で顎髭をたくわえたダンディーなオジサマ。
デスクの上に山積みされた書類と格闘していた国王様が顔を上げてボク達を見遣る。
第一印象は精悍なアレクさんの面立ちを幾分か老けさせたような感じ、とでも言おうか。
でも話し言葉はとてもフランクに感じられた。親しみやすい性格なのだろう。
王様はボクを見て、次にアレクさんの顔に視線を移して「チッ、上手いことやりやがって」などと小声で呟く。舌打ちまでしやがったよこの人。
リアクションに困る台詞には聞こえないフリをしておいた。
どこぞの中小企業の事務所を思わせるコの字に配置された机には身なりから察するに偉い人であろうご老人が着席しており、顎に白いお髭をたくわえた御仁は態とらしく咳払いするだけで済ませている。
この様子を見たためか他の文官――二十代前半の女性が一人、男性が二人――たちも倣って沈黙の構えを見せる。
一方でドラ息子呼ばわりされたアレクさんは「父上、ぼやくのは一人の時にして下さい。さもなくば母上が悪鬼に変じます」などと窘め、急激に青くなっていく顔もそのままに「うむ、そうだな」なんて今更ながらの威厳を取り繕う陛下。
どんだけおっかないお母さんなんだろう?
というか遣り取りが庶民的すぎて漫才にしか見えない。
文官の人達も笑いを堪えているようなのでボクの感想は決して的外れではないはずだ。
「ユウキ嬢、突っ立ったままでは疲れるだろう。そこに腰掛けなさい」
「はい、陛下」
「私の事はお義父様と呼んでくれて構わないからね?」
「滅相も御座いません」
勧められるまま部屋の脇にあったソファーに腰掛けるボク。
王様はアレクさんに「まったく気の利かないヤツだ」などとここでもダメ出し。
そんな気を使われてもこっちも困るって言うか……。
「ともかく無事で何よりだ。詳しい話は追って聞くとして、まずは夜会の手配をせねばならんな」
「いや、どう考えても報告が先でしょう」
「何を言う。息子の嫁……、まだ婚約者か。お披露目せねばなるまい?」
「いやいやいや、婚約すら交わしておりません父上」
「なんだ、求婚すらできていないのか、このヘタレ」
「くっ。このっ……!」
「ユウキ嬢、我が愚息に飽きたらいつでも言うのだぞ?」
「親父殿、修練場に行きましょう。久しぶりに稽古をつけて頂きたく存じます」
「どうしたのかねアレックス。そんなに目を血走らせて。ああ、彼女に己が不甲斐なさを視て貰いたいと、そういう魂胆か」
「ぶっころ……。いえ、失礼。何でもありません父上」
ほんと仲良いなこの親子。
というか、今の時点で王子様のお嫁さん扱いされているのは何故なのか?
ボクは求婚されたワケでも無ければお付き合いしているワケでも無いというのに。
解せぬ。
「ところでアリーナはまだ戻らんのか?」
と王様。
アレクさんが「その様ですね」と素っ気なく応える。
「まったく、この様な時に何をやっておるのだ我が娘は」
「その娘を放蕩が過ぎるからと給仕の仕事に就かせたのは他ならぬ父上では?」
「ぐぬぬ……」
うん、やっぱりコントっぽい。
これが国王様一家の日常なのだろうか。
文官らしきご老人がここで顔を上げた。
「陛下、そろそろ仕事に戻って頂かないといつまで経っても終わりませんぞ」
「チッ……」
文官お爺さんが窘めるように声を出せば国王様はまた舌打ちをする。
まったくおちゃらけたオジサンである。
それはそうとアレクさんは銀の杯亭で働いているアリーナさんの兄で、ということは彼女は正真正銘のお姫様なんだよね。なんて本当に今更だけど思い至った。
そして彼女に渡すお土産を何も買っていなかった事にも。
いや、だって、シーリスの街で土産物屋を見て回る暇なんて無かったじゃあないか。
そりゃあまあ、忘れてたってのも事実だけれども。
どうしようかと熟々考えていると、その思考を中断させるようにアレクさんの声が耳に入ってきた。
「詳細は後にしますが、こちらが樹海の賢者殿より頂いた魔法の杖です」
「ほう。魔法の、……杖なのかこれは?」
対面しているソファーの間にテーブルがあって、この上にアレクさんが金属製のゴテゴテした杖を置いた。
「賢者殿曰く、一般に出回っている杖と区別するために“機材”と呼んでいるとの事ですが、聞くに、既に魔法が幾つも準備されていて使用者が魔力を流すだけで任意に魔法を発動させることができる道具とのこと」
それまで緩んでいた国王様の顔が一瞬で険しくなる。
こういった表情をしている時はアレクさんとよく似ているものだと思う。
いや逆か。
王様は「誰か!」と声を張った。
「至急、グラフィスを呼んで参れ」
「ハッ!」
隣部屋から入ってきた近衛騎士。
全身甲冑姿の騎士に短く命じて走らせる王様は、ボクの方に顔を向けて「宮廷魔術師長なのだ」と注釈を入れてくれる。
少ししてから扉の向こうから「お連れしました」と声があって、一人の男性が入室してきた。
「召喚に応じ参じました、グラフィス=ストライワに御座います」
声と共に一礼したのは長身にして細身の、美形の男性。
年齢は三十路には至っていないだろうけど二十代と考えるにしては老けている、そんな感じ。
藍色の長く伸びた髪を無造作に一本に括って、彼は陛下と、それからアレクさんとボクを順に見た。
「うむ、よく来たなグラフィス卿。ここから先の話は君にも加わって貰う」
「承知致しました」
彼は再度頭を下げてこちらへと歩いてくる。
グラフィスさんはボクの真向かい、国王様の隣に平然と腰を落ち着け、テーブルの上に置かれたままのデバイスへと興味深げに目を落とす。
「頂いたデバイス。確か機体名は“ビオラ”といったか。賢者殿はこの機体を量産を前提として作った物だと言っていた」
淡々と告げるアレクさんに、宮廷魔術師長殿は神妙な面持ちで頷いて返す。
「触れてみても?」
「もちろん」
断りを入れてから恐る恐る手を伸ばし、杖を掴む。
するとヴンッと音がして彼の前に青白い光の筋で形作られたウィンドウが出現する。
「おぉ?!」と感嘆の声を上げるグラフィスさん。
「細かい事は中に入ってるヘルプ、取扱説明書を読んで貰えれば」
差し出がましいとは思ったけれどボクだってそうやって使い方を理解したのだからとつい声に出してしまう。
「君は?」と問われたので名乗って頭を下げた。
「なるほど、魔力を効率的に運用するための道具、ですか。まったく世の中には恐ろしい事を考える人間がいたものだ」
彼はウィンドウの内側にあるボタンを操作してヘルプを流し読み、それから大きく息を吐き出して言葉に出した。
「陛下、この様な人智を超えた代物が世に出回れば、いずれ間違いなく世界は滅びの時を迎えるでしょう」
深刻そうで陰鬱そうな宮廷魔術師長殿の声がやけに大きく室内に響き渡った。




