64:王都への帰還(ゆうき視点)
カラカラと馬車の車輪の回る音がしている。
シーラント樹海から生還したボクたちは森の境目で待ち惚けていた護衛の人達と合流。
町まで戻って一晩宿で過ごしたら観光に乗り出す暇も無く王都に向けて出発した。
「やっと帰ってきたって感じですね」
「ああ、俺は最初乗合馬車で行くつもりだったんだが、今にして思うにその考えは甘すぎたな」
同じ馬車の中、ボクの向かいの座席で寛いでいるアレクさんと笑い合う。
途中の宿場町では派遣されてきた騎士達がそこかしこで復旧作業に当たっていたけれど、行き掛けの惨状を目の当たりにしているボクらとしては留まる気にもならなくて少し離れた場所で野営したもの。
それでも行程そのものは順調で、お尻が痛い事を除いては文句の付けようもない快適な移動だった。
「う~む」
「やはりその杖は一度魔法省に預けた方が良いのでは?」
「ルリさんの見立てだと分解しても解析できないし元通りに組み立てることもできないとの事だし、ボクもこの意見は正しいと思います」
「そうか。そうだな。君がそう言うならそうなのだろう」
「凄い信頼ですね」
「疑って欲しいのかい?」
「そうとまでは言いませんけれど……」
ボクの手が握り締めているのは樹海でルリさんから預かった魔法の杖“エリンジューム”で、それはどちらかといえば杖の形をしたパソコンなんだと、車内で読み込んだ取説でおおよそ察するに至っていた。
「戻ったらアレクさんはお城に行くんですよね? ボクはお店で働いてますから結果が出たら手紙を送るなりして下さいね」
「何を言ってるんだ君は」
結果というのは樹海で行われたルリさんの提案、航空魔導士部隊の創設に関する是非について。
ボク個人的には結果はまあだいたい想像付いている。
彼女が実演して見せた魔導師の可能性を、国として拒否するなんてのは普通に考えて頭おかしい。
だってルリさんは何処の国にも所属していないのでその技術を他国に売るといった可能性が濃厚になるからだ。
国王様の立場から見れば足下に転がっていた拳銃を隣人に投げ渡すのと等しい行為で、その隣人たちがどいつもこいつも「欲しいものは殺して奪えば良い」とか考えている野蛮人ともなれば、絶対にこの機会を無駄にするわけにはいかないだろう。
ここで技術の流出を恐れるなら国としてはルリさんを暗殺するしか手が無くなるワケだけれど、あんなとんでもねー力を見せつけられた後だと成功の可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。
だって相手は空を自由に飛んで、更に超強力な攻撃魔法をぶっぱできるんだよ?
これで暗殺できると思える方がお花畑の発想というか彼我の戦力差も分からない頭ぱっぱらぱーでしょ。
しかも失敗したら報復として王都を一面焼け野原にすることはほぼ確定しているっていう……。
はい、最初から国王様に拒否権なんて無いのです。
言うこと聞かなきゃ地獄を見せんぞゴルァ! という恫喝を提案なんてオブラートに包んだのがルリさんなわけなのよ。
なのでボクとしてはただ結果が出るのを待っていればいいだけ。
彼の部下でも何でもない立場なので、待っている間は例によって“銀の杯亭”で給仕の仕事に精を出すことになるだろうなと思っていたんだけど、ここでアレクさんが意表を突かれたような顔をした。
「えっと……?」
「ユウキさん、君は俺の補佐としてそれ以上の成果を上げてくれたんだ。宿場町での一件もそうだし樹海での面会だって君がいたからこそ何の支障もなくすんなり帰ってこられた。そんな君を無碍に扱うような薄情者だと本気で思っていたのか?」
ルリさんと遣り取りする中ではボクは何も活躍してなかった筈なんだけど……、とは思ったものの赤髪王子様の勢いに押されて言い出せない。
彼は精悍な面立ちに真面目くさった表情を浮かべて当然とばかりに断言する。
「君は賓客待遇で城に迎える。国王陛下にも紹介しておきたいし、あと、できれば今後も俺の補佐役として傍に居て欲しいのだが、……ダメだろうか?」
自分で口走っている言葉の意味が如何にヤバいか言ってから気付いたようで、台詞が尻すぼみになって、最後には捨てられそうな子犬のような目でこちらの様子を窺ってくる。
この人って時々ワンちゃんみたいになるよね。とか、ちょっと可愛いかも、とか思いながら少し思案する。
「ダメではないですけれど、知っての通りボクは礼儀作法とか良く分からないですし、お貴族様同士の謀略とか派閥争いに首を突っ込むなんてとてもできませんし、そういうのを期待されても困ります」
「分かっているさ。君をそんな危険な目に遭わせたりはしない」
「それなら、まあ、良いですけれど……」
渋々ながら頷いて見せると彼の顔がパァァッと綻ぶ。
「まるでプロポーズですわね」
「そこ、余計な事を言わない!」
呆れた様なミレーゼさんの言葉をピシャリと黙らせる王子様であった。
――そうこうする内に街道の奥に見知った外壁が姿を現し、それは時を追う毎に大きくなっていく。
馬車三台、護衛付き。といった風情もそのままに外壁前までやって来ると王都に入ろうとして列を成している人々の脇を素通りして門を素通り。
流石は王族を乗せた馬車一団だとここでも感心しちゃうボクだったり。
アルベティア公国の首都リガーデン。
その大通りは今日も活気に満ちていた。
行商にやって来たのであろう小太りの主人が自ら建てた露店で客を前に何やら交渉している。
腕に引っ掛けた手提げ籠にいっぱいの花を詰め込んだ女性が近所の子供達が駆け回る様を眼を細めて眺めている。
駆けている子供達の中で一際小柄な女の子がお世辞にも綺麗に均されているとは言えない石畳の隙間に足を引っ掛けて転んでしまう。すると彼女のすぐ前を走っていた少年が慌てて駆け寄って手を差し伸べ引き起こしていた。兄妹なのか、それとも家がご近所で仲が良いのかまでは分からない。
都は活気に包まれていた。
そんな中を城に向けて突き進む馬車たち。
ふと思い出して口にする。
「そう言えばもうじきお祭りがあるらしいですね」
「アルベティアの建国記念日が近いんだ。……伝承によると大昔ここに地下99階層とかいう広大なダンジョンがあって、当時冒険者だったベイル=ヴェル=ド=マクスウェルが仲間達と共に最深部に到達、邪神ハードラを討伐して国を興したのだとか。一説では邪神が復活した際にすぐに再討伐できるよう迎撃要塞の建造を考えていたけど予算が足りなくて街の拡張に全振りせざるを得なかったとか何とか。まあ、この辺りの話はどこまでが本当かなんて知りようもないのだがね」
アレクさんが饒舌に語る。
書物によっては初代国王と記されていることもあるけれど、厳密に言えば当初はこの時の仲間達で話し合って政治の舵取りをするといった体制を敷いていたようだ。
それらが今の公爵家の原型となっている。だから公国であって王国とは呼ばれない。
でも政治的なイザコザとか問題があって、全員で話し合った結果この人が旗振り役を勤めることになったというのが国の成り立ちになっている。
そんな国家の歴史を綴った書物の原本は当然ながら城内の書庫に保管されていた。
ところが何十年か前に城内の書庫で火事があって、火元はすぐに消し止められたものの幾つかの貴重な文献が焼失したらしい。
書庫という場所である以上は火を近づけないよう徹底的な管理が行われていた筈なのだけれど、誰がどうやって燃やしたのか今でも分からずじまい。なので犯人も見つかっておらず、結局は管理を任されていた人間が数名ほど首を刎ねられてお終い。
なんともハッキリしないまま事件は幕を下ろした。というのがアレクさんが聞き及んでいる顛末だった。
「だが、もしかしたら事件は続いているのかも知れない。父上……国王陛下もその考えで、だから諜報部には毎年予算を割いているし俺の事だって動きやすいよう色々と便宜を図ってくれているんだ」
アレクさんは本名を“アレックス=ヴェル=ド=マクスウェル”という。
樹海でルリさんと話しているのを盗み聞きするまでは知らなかった。
いや、彼が王子様ってのは旅の始まりで打ち明けられたけれど、この時は名前までは聞かされてなかったんだ。
この件に関しては帰りの馬車で謝罪された。
いや、別に怒っていたワケでも無かったからすんなり受け入れはしたけれど。
彼は変なところで律儀というか真面目なんだよね。
いずれにしても、アレクさんは全くの独断で風来坊を演じているわけじゃないってこと。
彼の父親の目論見として、息子を遊ばせておくのと引き換えに情報を仕入れさせたり市井で起こっている事件を解決させたりと、いわば諜報機関の延長線みたいな扱いをしているみたい。
だから必要な道具や情報を渡して便宜を図るといった事も日常的に行われていると。
「あ、でも、そうするとボクも冒険者登録した方が良いのかな?」
思いついたままを口にする。
確かにボクはハイファン王国で冒険者登録をしていた。
でもそれは朝霧有紀としてであって、今は性別も体型も能力だって全くの別人、つまり登録していないのと変わらない立場なんだ。
なので冒険者として活動するのであれば改めて登録した方が良い。
少なくともアレクさんは冒険者登録してるみたいだし。
「そうだな。……いや、きっとその必要は無くなると思う」
「どうしてです?」
「国王陛下が件の話を承諾した場合、君は部隊を率いる立場になる。そうなった時、冒険者という肩書きが逆に足を引っ張るかも知れない」
そう言えばルリさんの提案した航空魔導士部隊の構想だと魔法少女の編入が不可欠になるよね。
ということは、少なくとも「魔法少女」という存在であるボクを否応なく推挙するしか手立てが無い。
ボクに一軍の指揮をさせようだなんて、ルリさんは本当に何を考えて居るのやら。
まさしく余人に天才の考えは測れないってヤツなのだろう。
そんな遣り取りをしているうちに馬車は王城の前までやって来た。
巨大な城門が重苦しい音と共に開いて、馬車はその奥へ。
暫く馬の蹄鉄が石畳を叩く音を聞いていると、唐突に馬車が停車する。
「ここからは歩いていく。城内では私にエスコートさせて欲しい」
アレクさんが急に貴族然とした物腰で柔らかく笑む。
先に降車してからボクに手を差し伸ばす。
「どうかこの手を取って」
言われるままに手を重ねて馬車から降りる。
なんだかお姫様扱いされちゃってるけれど、心は男なんだよ?
何ともやるせない気持ちを抱えたまま、ボクは城の床に足を付けるのだった。




