63:魔物狩り④
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
どこぞの遺跡じみた建物の内側。
壁沿いに円柱型の水槽が並べ立てられた玄室は外側から見たよりもずっと広さがあって、その真ん中の床に描かれた魔方陣を踏み越えた所で私は利き手の拳を引き絞り、腰を落として今まさに殴り掛からんとしていた。
「ひゃっひゃっひゃっ!! 効かん! 効かんぞ娘ッ子!」
腕の付け根から胸の真ん中を超えた辺り、つまり心臓の位置すらも抉り取ったように粉々に吹き飛ばされた老人は、しかし痛みを感じた様子なんて皆無といった調子でけたたましい笑い声を上げる。
「いちいち癇に障るわね。いい加減にその口を閉じなさい!」
ドシャッ!
つい数秒前まで魔法杖を握り締めていた手で、フックでも打つように殴りつけた。
すると今度こそ老人の上半身が根こそぎ肉片になって床をドス黒く染め上げる。
これで勝った。
そう思った次の瞬間に、壁際にて所狭しと立ち並ぶ円柱水槽の内の一つが盛大な音を響かせ砕けた。
「ひゃっひゃっひゃ……お前さんが倒したのは我が分体の一つに過ぎんわ」
割れた水槽から噴き出した培養液と一緒に声が聞こえてくる。
ああ、なるほど。そういう感じなのねとちょっぴり納得する私。
這い出してきた人型生物は急速に人間の皮膚や髪に覆われていって、先ほどまで対峙していた老人を幾らか若返らせたような造形と化した。
「では二番手じゃ、一体何人まで倒せるかのぅ――」
ボシュンッ!
老人が言い終える前に突っ込んでいって殴りつける。
すると全裸のジジイは太ももから上が根こそぎ血肉の欠片となって景観の一部と化した。
「で、次は?」
声に出したのと同時に後ろの方で水槽が割れる。
また内側から全裸の老人が這い出してきて、呆れた様にこちらを見た。
「何という乱暴者。目上の者が喋っているのじゃから最後まで聞かんか」
三体目のアギャ。
ふむ、と私は左手で握っている魔法杖の柄で石床を突く。
ボッ、ボッ、と排気ノズルが火を噴く。
奴は醜悪な老いぼれ顔を得意げに歪めて術式を展開する。
「ではこちらの番じゃのう。喰らうがええっ!」
――《紫電咆吼》。
バリバリと地を這う雷撃が私を直撃する。
老人は満面の喜色を浮かべ、それから怪訝そうな顔になる。
自信を持って放ったのであろう攻撃魔法が、私に触れる直前に掻き消されたからだ。
「マジック・キャンセラ、という機能を起動させたの。この世界の魔法は全て分解され打ち消される」
「なん……じゃと?!」
それまで余裕綽々といった顔だったものが、途端に厳しくなった。
私は「つまり」と言葉を綴る。
「この世界の理の外にある魔法は、普通に使えるってこと」
ボシュ、ボシュ、と排気ノズルが噴く火がいっそう勢いを増した。
私の足下に魔術回路が出現し、二段、三段と積み上がっていく。
「なんじゃ、その魔法はっ!?」
「お前の如き無知蒙昧にそれを知る資格はない」
冷淡に言ってから魔法を発動させた。
――《地獄門》。
次の瞬間に、老人の頭上に石造りの門が出現し、ズゴゴゴ、と音を立てて割り開かれる。
開いた石扉の奥から伸びてきたのは無数の、夥しいまでの白い半透明の手。
老人は顔いっぱいに恐怖を張り付け逃げだそうとしたが、手の伸びてくるスピードは異様に早く、簡単に囚われてしまった。
「その魔法は魂を強制的に冥界へと連れて行く。どれだけ分体を作っても魂が移動する前に連れ去ってしまえば復活はできないわよねぇ?」
笑いを堪えてますといった顔で告げたところで、ジジイの顔から表情が抜け落ち。
その背中から半透明の手に捕まり引きずり出される白い靄が浮かび上がった。
そいつは助けを求めるようにこちらへと手を伸ばしていたようにも見えたが、その断末魔の叫びが私の耳に届くことはなく。
瞬きを数回する程度の時間で諸々の手と共に門の向こうへと消えてしまった。
ズゴゴゴ、ズンッ。
石造りの門は完全に閉じきって、その全体像も陽炎のように淡く儚く消えてしまう。
戦いはこうして呆気なく幕を閉じ、私は気怠げに息を吐く。
「ああ、そうだ。……バアル!」
一見して誰も居ない空間に向けて呼びつける。
すると何も無かった空間に蝿の輪郭が浮き上がり、ややあって完全に実体化する。
『お呼びでしょうか?』
「ええ、呼んだわ」
蝿の王には答えておいて、玄室の壁を一巡見回す。
「ここには素体が12体あるけれど、この子達には手を付けないでちょうだい」
『と、仰いますと?』
「私の方で使うから」
『なるほど、そういう事ですか。……承知致しました』
蝿は慇懃に応えると再びスゥっと消える。
何が「なるほど」なのか是非とも聞かせて欲しいところだ。
「まぁ、彼の考えを聞いたところで、だから何だって話なんだけどね」
呟きと共に気持ちを切り替えた私は、室内に何者の気配も無い事を確認してから床の真ん中に描かれていた魔方陣の内側まで進み出る。
杖の柄を床にめり込む勢いで差し込んだ。
「この機構はそのまま使わせて貰うわね」
一言断りを入れてから術式を展開する。
魔法杖の装甲が火花を散らして割り開かれ、真っ赤な二つのコアが露出した。
「私の精神から固有箇所を抽出、疑似人格を造成。それぞれにアップロード」
チュイィィィィ……!
甲高く鳴り響くのはジェット機のエンジン音にも似た澄んだ高周波音。
大抵の人には不快に聞こえるだろうけれど、私にはとても美しい旋律に思われた。
刹那、玄室の隅々までを黄金色の光が照らし出す。
円柱型水槽が一斉に砕け散った。
培養液が氾濫した河川のように床一面を濡らす。
内側から這い出してきた人型生物たちは、それぞれ白い煙を吹きながらその身が変容していく。
光が失われた時、新たに部屋に出現していたのは12人の少女達だった。
彼女らは体型も髪色も違えど、私の眷属であるという一点において同じ。
そして眷属であるという事は、同じく魔法少女であるということをも意味していた。
「お姉様、私たちを生み出して頂いた事に深く感謝いたします」
「ええ、お誕生日おめでとう」
少女達は、その魔力によりそれぞれ清楚さと可憐さと、ほんのちょっぴりのエロさとを掛け合わせたコスチュームをその裸体の上に顕現させ纏わり付かせた。
気性の激しそうな紅髪の少女がいち早く私の所までやって来て膝を折り頭を垂れる。
火属性のためなのだろう。彼女の周囲に真っ赤に灼けた火の粉が舞っている。
「では貴女に名前を与えましょう。あなたは“焰”、炎の魔法少女」
「謹んで拝領いたします、お姉様」
次に私の前で膝を折ったのは茶褐色の髪の娘。全体的にガッシリとした体型だ。
「貴女は“ソイル”、土の魔法少女」
こんな調子で順に名前を与えていく。
様式なんててんでバラバラ。統一感なんてありゃしない。
けれど“名付ける”という行為は重要だった。
名前を与えられた者は性質が固定されるから。
彼女らは生涯死ぬまで、与えられた名前に支配されるのだ。
最後の一人に名前を与え終えて、私は彼女らの顔を見渡した。
「うん、どれも美人さんだ」
満足げに頷いて見せれば12人の娘たちは照れたように頬を赤らめ嬉しそうに顔を綻ばせる。
やっぱり女の子は褒められると嬉しいものなのよ。
「汝の欲するところを成せ。今はそれで充分」
確認のためにと声に出した。
彼女らは私の眷属なのだから、私が何かを望めばそれがそのまま彼女らへの司令になる。
だから今は何も求めない。
ただ、やりたいように遣って、生きたいように生きれば良い。
少女達はそれから一人、また一人と姿を消していく。
そのまま踵を返して歩いて立ち去る子もいれば、魔法の力で何処かに転移していった子もいる。
私は何も命じない。だからどの様な手段で何処へ向かおうとも、それさえもが彼女らの自由なのである。
「でも、願わくば、幸せになって欲しいな」
他に誰も居なくなった玄室にて、紡ぎ出された小さな本音が微かに空気を震わせていた。




