62:魔物狩り③
私の立ち位置(とは言っても空の上ではあるのだけれど)から一歩引いた所でホバリングしているのは全長二メートルを超えるに至った蝿。
なかなかの成長速度だと内心じゃあギョッとしていたけれどその辺は割愛。
蝿の王、バアル・ゼブルの羽音を煩わしく思いながらも私は声に出す。
「私の真下で人型の魔物もどきが這いつくばっているのが見えるかしら」
すると巨大蝿は数秒の沈黙を挟んで答える。
『貴女様の目を不快にさせる汚物などこの世に不要。我が余さず消し去ってご覧にいれましょうぞ』
「いいえ、そうではないの」
今にも特攻かましちゃいそうな勢いだったので宥めるように制しておく。
「ここで殲滅するのは簡単だけど、それだと何か勿体ない気がして仕方ないの。ええ、つまり手駒にできないかな、ということ。貴方の意見を聞かせてちょうだい」
『……可能です。我が卵を産み付ける事で容易に操れます』
ああ、そう言えばユウキちゃんの視界だと騎士の一人が魔物化して襲い掛かってきたわね。
思い出して頷く。
「卵を産み付けたとして、どのくらいの期間持続するのかしら?」
『孵化は任意。故に我が命じない限りは』
「理解したわ。では建物の中で人形を拵えている馬鹿な子を除外した全ての魔物を操れるようにして貰えないかしら。後は、そうね。手駒を率いて南西……ハイファン王国の南部を目指してくれたら上出来ね」
『――っ!? なる程、そういう事ですか』
「ふふっ」
何がなるほどなのかサッパリ分からないが、折角の彼のヤル気に水を差すのも憚られたので意味深な含み笑いだけをしておいた。
『貴女様のご意向、しかと承りました』
うん、私のご意向とやらを聞かせて欲しい今日このごろ如何お過ごしでしょうか?
手勢にした怪物達をハイファンに行かせるのは、単純に他に向かわせて良い場所が思い浮かばなかったから。
東は何とかいう獣人の国でこちら公国とは同盟関係にあるらしいし、今このタイミングで両国の間に溝を作りたくない。
南には竜人とエルフの国があって、特に竜人はそこら辺に居る農夫ですらとんでもねー戦闘能力を持っていると聞く。エルフだって精霊魔法とかそんな感じの魔法を使いそうだし、折角の人型モンスターを手に入れた次の瞬間に鏖殺されたんじゃたまったもんじゃあない。
しかもエルフの国から更に南下したところには魔法使い達が治める魔導国がある。
両国の関係性は計りかねるが仮に軍事同盟を締結していた場合、飛び入りで参戦してくる恐れだってあるのだ。
そうすると公国は未曾有の大ピンチ。生け贄とばかりに私を相手国に差し出そうとするかも知れない。
となると、ハイファン王国しかないといった話になる。
当王国は魔王バハネルの襲撃を受けて王城がほぼ壊滅状態、政治的にも軍事的にもすぐさま対応できる状況ではない。
となれば、怪物達を一時預かり的に送り込んでも簡単には討伐されないだろうと考えたワケ。
咄嗟の思いつきながら、そう悪い手じゃあないでしょう?
「じゃあ、ちょっと中の子をシメてくるから、君は準備しておいてちょうだい」
『御意。……ご武運を』
近所のコンビニに行ってきますとでも言わんばかりの軽い調子で謳えば、巨大蝿は相も変わらぬ鬱陶しい羽音を響かせながらも慇懃に返事したものである。
――そして私は地面に降り立つ。
認識阻害? そんな物は使わない。
ただ、全身から迸る魔力でその場に居た人型どもをなぎ倒し吹き飛ばす。
『URYYYY!!』
『GAAaa!!』
めげない数匹が起き上がっては近づいて来たので「ふんっ!」と息を吐きつつぶん殴れば、それだけで体躯の上半分が粉々に砕け散り、血と臓物を撒き散らす。
「見た目ほどは硬くないのね」
私は殴りつけた拳の感触を確かめるように握って開いてを何度か繰り返すと、悠々とした足取りで遺跡じみた建物に向けて歩き出す。
何匹かをぶっちめて、入り口の前に立つ。
扉は無く、随分と長身な人でも自由に出入りできそうな幅と高さで穴が広がっているだけだ。
建物の中に足を踏み入れ更に歩いて行くと、かなり奥行きのある玄室の中に奇妙な光景が広がっているのを見つけた。
「ふ~ん、培養工場ってワケね」
四隅と天井に設置された魔導照明らしき器具のおかげか視界は良好。
部屋の壁際には高さ三メートル近い透明の円柱型水槽が立ち並んでおり、内側には緑色の培養液であろう液体とそこに浮かぶ人型の肉塊。胸部に埋め込まれた魔石の欠片を見るにどれもこれも人造の魔物であると窺い知れる。
そんな部屋の真ん中では足下に複雑怪奇な魔方陣が描かれており、円の縁に地面に差し込むようにして黒いコード線が繋がっていた。
また部屋の最奥では床が数段高くなっていて、祭壇らしき台座がある。
台座を挟んで老人が何か作業しており、私の気配を感じたためか作業の手を止めてこちらを凝視した。
「お嬢ちゃん、どういった経緯で迷い込んだかは知らないが、生きて帰れるとは思わない事さね」
異世界で言うところの医者が身に付けるような白衣を纏い、頭頂部の禿げ上がった爺が「ひょっひょっひょっ」などと変わった笑い声をあげた。なんだお前は自分が特別だとアピールしたくてそんなおかしな笑い方をしているのか? とちょっぴり気になってしまう私。
「面倒臭いわね」
私は言葉に出して拳を握る。
狭っ苦しい室内で派手な魔法をぶっぱするのは気が引けるというか、培養液の人工魔物も後で回収したい側としては可能な限り無傷で済ませたかったというか。
となると、私が今すべきは華麗なる肉弾戦であり、ぶん殴って爺を粉砕した後、行われている術式そのものを乗っ取って継続運用する事なのである。
決して殴り合いが好きなわけじゃあない。
……ホントだよ?
私が進み出ると白衣ジジイも応じる様に祭壇を回り込んではこちらへと近づいて来る。
互いの表情がよく見える距離まで縮まったところで老人が口を開いた。
「一片の恐怖も無しか。お嬢ちゃん、迷い込んだワケではないようじゃな」
「ええ、貴方が作ってる魔物の群れを根こそぎ貰い受けるために来たの」
「なるほど、なるほど。つまり簒奪者という事か」
「その認識でだいたい合ってるわ」
「名を聞いても良いかの?」
「ルリ」
「儂は魔王バハネルに仕える六魔将軍の一柱、恨逆のアギャという。……お前さんの事は魔王より聞き及んでいるが、確認の意味で聞いておこうか。同じく六魔将軍のビーヤを討ったのはお嬢ちゃんかの?」
老人は楽しげに肩を揺らしながら尋ねる。
「あなたは毎日食べているパンの種類を正確に覚えているのかしら?」
なので言ってやったさ。
何の苦戦もしなかった敵の事なんて一々覚えていられない。
「ひょっひょっひょ。そうじゃの。全く以てその通りじゃ」
老人が愉悦を滲ませまた笑う。
イラッとした私はこちらからも一つアドバイスする。
「忠告しておくけれど、下品な笑いは身を滅ぼすわよ?」
「忠告なんぞはいらんよ。儂は好きでやっておるのじゃから」
「ああ、相手を苛つかせたいわけね。理解したわ。……やっぱり貴方を下僕には出来ないわね。だって下品なんだもの」
コイツが紳士的な立ち居振る舞いを見せていたなら、ぶん殴って分からせた後に精神を弄って忠誠心溢れる臣下にしてやっても良いと考えていた。
でもダメだ。コイツは私の神経を逆撫でしている。そんな奴を生かしておく理由なんて一欠片ほどもありはしない。
「ならば、どうするね?」
「ぶん殴る」
言うが早いか私は武術で言うところの縮地らしき足の運びで瞬間的に相手の懐へと到達する。
握り絞めた拳を思い切り放った。
――ボグンッ。
と、そんな音と共に体液と臓物が弾け飛ぶ。
拳が当たった肩口から胸部の中程までが砕け散って、まるで巨大な顎で食い千切りでもしたかのように抉れた。
「あら、意外と硬いのね」
普通の魔物であれば、この時点で全身が木っ端微塵になっていただろう。
なのに老人はまだ両の足でしっかり立っており、顔を見ても至って平然としている。
私は彼に対する認識をちょっとだけ引き上げた。
「これでも軍団を率いる将じゃからの。……じゃが、褒められた物ではないのぅ、折角の体が台無しになってもうたわい」
アギャ、と名乗っただろうかこのクソジジイ。
恨逆の、と言ったわけだし、逆恨みが得意なのかしらね。
などとクソくだらない事を考えつつ、私はそれまで右手で持っていた魔法杖を左手に持ち替え、空いた右手にて拳を握るのだった。




