56:客人たち②
「それで、まだ続けるのかしら?」
地面に転がっている全身甲冑の騎士達に向けて声を張る。
一人はまだ痙攣しているし、一人は木の幹の袂で物言わぬ骸と化している。
あとの一人だけが嘔吐から立ち直ってよろめきながらも立ち上がった。
「当たり前だっ! 我らは近衛騎士! 貴様の様な化け物は――」
ゴキャ。
何か言い掛けたので前振り無しに地面を蹴ってそいつの懐に潜り込む。
身を屈めたところからフックを放てば、拳が易々と脇腹に突き立った。
「ぐえぇ?!」
「まだ吐き足りないって事ね。思う存分に胃の中の物を吐いちゃいなさい」
騎士の体がくの字に折れ、膝を付いたらまた「おげぇぇ」と嘔吐し始める。
四つん這いになっている全身甲冑、その後頭部を足で踏みつけて私は言ってやったのさ。
「騎士なんてものは、貴族が欲しいと言った物を相手を殺して奪い取るだけの暴力装置。罪無き民衆さえも平気で殺して略奪の限りを尽くす人間に名誉なんて口にする資格なんてあるわけ無いでしょ? あなた達は野盗や山賊が持っている剣やら斧やら弓と意味合い的には全く同じ。下劣で醜悪な人殺しでしかないのよ」
足裏に力を込める。
すると騎士は平伏するように地面の上に転がった。
「そんな暴力と恫喝だけが取り柄のあなた達に物を分からせるには、それ以上の暴力で叩き潰すしか無い。だからね、……お前達にはこれまで民衆が味わってきた苦痛と恐怖をたっぷりと味わって貰おうって決めてたんだ」
満面の笑みで騎士の後頭部をグリグリと踏みにじる。
潰れたヒキガエルのように手足をばたつかせる騎士は、それでも指先に触れた剣の柄を握り絞め、薙ぎ払うようにして一気に身を起こした。
「おとなしく聞いていれば平民の分際で! 殺してやる!」
激昂して斬り掛かってきた嘔吐騎士。
私は彼が剣を大きく振りかぶるより早く前に出ると、そいつの兜に覆われた顔に掌を押し当てた。
――《恐怖》。
魔法を発動させる。
次の瞬間、騎士は断末魔の悲鳴を上げて身を仰け反らせた。
「お前に恐怖と苦痛を与えると言った。その魔法は小一時間は続くから存分に愉しんでくれ給え」
剣を取り落とし、足から崩れ落ちた後は地面の上でのたうち回る騎士。
そいつを冷ややかな目で見下ろして告げた私は、踵を返してアレク君へと向き直る。
「さて、王子様。あなたの護衛騎士には私を殺害するよう命令が与えられていたようだけれど、何か申し開きはあるかしら?」
「……」
「まあ、言い方を変えれば貴方は王様から大して期待されていなかったという事で、そこは同情するわ。けれど、だからといって被害者の顔をするのは認めない。貴方は紛う事なき薄汚い暗殺者達を率いてきた立場で、だからこちらが納得する落としどころを提示しなければいけない。さもなくば私は貴方のお父上を住んでいるお城ごとこの世から消し去らなければいけなくなるから」
言葉を無くす赤髪青年に、とびきり悪辣な笑みを進呈した。
「私が出来ない事を言っていると? でしたら何時と言わず今すぐ空を飛んでいって特大の破壊魔法で首都の真ん中に風穴を空けてご覧入れますが」
「ま、まて、待ってくれ!」
まだ思考が纏まっていなかったのか焦った声で制止するアレク君。
よしよし、これでこちらの要求を通しやすくなったと内心でほくそ笑む私。
誰の目から見ても明らかで分かりやすい暴力というものは世の中の問題の殆どを解決する手段になり得るのだと改めて納得したものだ。
「ではアレックス様。ここで一つ提案があります。この森、地図上で“シーラント樹海”と呼ばれている地域を丸っと私に預けてみませんか?」
「……森を?」
「ええ、そちらアルベティア公国としては頻繁に魔物が発生する危険地帯。私にとっては新しく開発した魔法やこれに関連した道具の運用試験を行うのに丁度良い場所。これが樹海と呼ばれている地域に対する認識です。
であるならば、私としては森を管理下に置くことで今後の研究が捗るし、その結果として生まれた成果物の一部をお譲りする事でそちらも莫大な利益を得る事が出来る。もちろん必要な資材や人員を融通して頂くことにはなりますが、確実にそれに見合うだけの利益は得られるでしょう」
「具体的に、何をどうするつもりなんだ?」
なるべく丁寧な言葉を選びつつ述べる。
「魔法少女を中核とした航空魔導士部隊の設立と運用、その装備品各種の研究開発」
「航空……?」
「はい、十数名もしくは数百名規模の魔導師による、地上の兵や敵基地に対して上空から攻撃を行う兵団です」
「空から……」
アレク君が絶句する。
目的を告げ、その為に必要な事も告げた。
今現在の魔法技術はそれほど発展していない。
理由は色々とあるが、大きいところを言えば魔法を“個人芸”としか認識していないからって事に尽きる。
魔法使いが書籍から得た知識を元に魔法構文を編み出し行使する。
それは要するに剣士が修行して剣術を修めるのと同じ構図でしかない。
魔法は本来はそうではない。
術式の研究や開発といったものはそれに特化した人間が行えば良い話で、魔術師であれば誰でも行使できるよう研究成果がすぐさま現場にフィードバックされる形にしなければ、発展なんてとても期待できない代物なのだ。
だって人間一人がその人生の中で会得できる術式なんてたかが知れていて、しかも本人が死んじゃったら高確率で失伝するからね。
こんな環境でどうやって発展しろって言うのさ。
知識とは積み重ね。それこそ何世代にも渡って研究開発されなければ意味を成さない。
……え?
その先に待っているのは世界の滅亡だって?
そんなもの私の知ったこっちゃねーわよ。
人間ってのは存続する限り発展し続ける生き物で、それを止めてしまったら人間という種ではなくなってしまう。牛や豚と同じ家畜に成り下がってしまうものだと、私はそう思う。
で、航空魔導士部隊を作ってからどうするのかと言えば、それは言うまでもなく外敵の排除だ。
私はスローライフが送りたい。
けれど隠遁生活は強大な力を持っていないとすぐさま誰かに奪われてしまう。
そうされない為に出来る事は一つしか無い。
他の全てよりも強者になって、邪魔する全てをこの世界から消し去る事。
それだけが唯一、私がスローで幸福な人生を送るための方策なのである。
「それで、どうします? 私の提案を飲むか否か」
こちらはテーブルの上に交渉の材料を置いた。
後は向こうさんの出方次第。
否と言われたならそれでも構わない。だったらそれ以外で落とし前を付けろと迫るだけだし、敵対するなら相手方の本丸を直接叩いて終わらせる。
飲むなら条件を出し合って双方が納得できる形へと落とし込む。
交渉というのは話を切り出した時点で既にこの場合はこう対処すると予め決めていて、その摺り合わせを行うための場であると。これは私の頭に焼き付いている過去の様々な記憶から得た教訓だった。
「俺の一存では決められない。話は一旦持ち帰らせて欲しい」
「もちろん。ただし暗殺者が差し向けられるなどがあった場合には、交渉決裂、全面戦争になる事はご理解下さいね?」
彼が自分の意思で国政に絡む事を決められるなんて最初から考えていない。
私が話を振ったのはアレク君の向こうにいる国王にであって、アレク君に対してどうこうといった話はしていないのだ。
彼は背負っていたリュックから紙とペンを取り出して行われた遣り取り、顛末を書き込み始める。
どの程度細かく記しているのかまでは分からないが、兎も角これで計画の前段階は終わったと一息吐いた。
――瀕死の重傷だったり死亡していたりの騎士達を魔法の力で元通りにした後、私は食事の支度を始める。
冒険者パーティ“疾風”の面々は勝手知ったるといったふうに長テーブルを運び出すなどセッティングを手伝い、また騎士達にしても暑苦しいからと鎧を脱ぐよう物申せば大人しく従ってくれた。
昼食は山菜増し増しのスープと窯で焼いたパン。
森に自生している香草は元より家に保管していた塩胡椒その他の調味料を盛大に投入した甲斐あって非常に豊かでしっかりとした味になったと自負している。
特に“疾風”には好評でこの機を逃すまいとでも思ったのか限界一杯まで腹に詰め込んでいた。
夕食はピッツァでも作ろうかしらなどと思いつつ、客人達のお腹が膨れたところで後片づけへと移行する。
一段落したところで“疾風”の一人、リンディちゃんを手招きして地下の作業室に降りて行くと、彼女に一本の魔法杖を手渡した。
「今の間に渡しておくから細かい調整とか不具合の修正とか、ここにいる間に済ませちゃってね」
「はいぃぃっ!!」
緑髪の眼鏡っ娘は大喜びで受け取った機械杖を撫で回す。
ロールアウトして間も無い魔法杖は汎用型として作った物だった。
型番MW-03、コードネーム“ビオラ”。
汎用型であるということは複数機あるって話になるのだけれど、最初の一機を作ったら後は原材料を並べて組成転写するだけで量産できてしまう優れものだったりする。
図面そのものはデータ保存用に作った機体に記憶させているから新たに材料さえ持ってくれば幾らでも作成できるって寸法だ。
また最初に作った機体は弟子のレミーちゃんに渡してエラーチェックをはじめ細かいセッティングや試験運用を済ませており、なのでいつでも使える状態だった。
――そう、昼食後に行うのは魔法杖の実地試験。
つまり私が作った杖を彼らに見せて分からせる事なのである。




