55:客人たち①
「――やっと来たのね」
家の地下。魔法杖の製作所と化している部屋の中で私は一人呟く。
私と契約を交わし魔法少女になったユウキちゃん。
まあ、つまりは私の操り人形なのだけれど、動作は元より思考だって操れてしまう彼女なので、当然だけど視界だって共有している。
そんな彼女の目に映る我が家とこの手前にいる仲間達の後ろ姿から王子様ご一行様の到着なんて最初から知っていた。
ええ、宿場町の戦いだってユウキを操作していたのは私。
彼女は自分の意思で戦っているように思っていたけど、実際には私がその四肢を動かし魔法少女としての能力を行使していた。
だってそうしないと戦いに関して全くの素人である彼女は瞬く間に制圧され頭から食べられちゃうからね。
水の魔法少女となったユウキに何ができて何ができないのか。
どこをどう動かせば何が起きるのか。
結局のところ分かっているのは私だけなのだ。
アレク王子が地上階の扉をノックするのが見えれば同時に上から木を叩く音が響いた。
一階にいるのは弟子のレミーちゃんで、小さな足音がそちらへと小走りするのが微かに聞こえた。
「はい、どちら様?」
「俺は公国の使いとして来た、アレクという者だ。賢者ルリ殿に取り次いで欲しい」
上でそんな遣り取りが行われ、それから栗色髪のお弟子ちゃんがこちら地下階へとやってくる。
「お師匠様――」
「ええ、分かってるわ」
レミーちゃんに答えるのと同時にそちらへと身体の向きを変える。
作業台に立て掛けている新型魔法杖、型番MW-02、コードネーム“ダリア”を手で引っ掴むとそのまま階段に足を掛けたものである。
なおMWはマジカル・ワンドの略称で、01にはエリンジュームを当てはめている。改装して誰かに持たせる事もあるかも知れないからね。私が使わないからといって廃盤にはできないのよん。
杖という単語だけならスティックでも良かったのだけれど、そうすると色々とマズいことになりそうだったので止めたの。分かってちょうだいね?
地上階に出るとオコジョのバンドウ君がてててっと駆けてきて私の肩までよじ登ってきた。
中身はクソみたいなオッサンでも見てくれの愛らしさだけは一級品なのでヨシ。
ほら、魔法少女のサポート役として可愛らしいマスコットが付いてくるなんて良くある話じゃない。
バンドウ君を肩に乗っけたまま、金属杖で床を突きつつ進み出れば開いた扉の奥に赤髪王子様の輪郭を発見する。
私は一瞬だけニヤリと笑んで彼の前まで歩いて行った。
「ようこそ王子様。お待ちしていましたわ」
「っ?!」
私の音色に言葉を詰まらせるアレク。
もちろん彼は自分の出自を告げていない。先手を打ったのは私が知謀溢れる大賢者であると演出するためだ。
そうすることで私には魔法だけでなく計り知れない知略が備わっていると匂わせることができる。
これから行われる交渉を円滑に進めるためには多少の小細工も弄するってものよ。
「お初にお目に掛かります。私はアレックス。アルベティア公国第一王子。……本日は国王アンドリュー=ヴェル=ド=マクスウェルの使者として罷り越しました」
物腰はあくまで慇懃。
しかし何を考えているのか読ませまいとする無表情を貫いている。
良い感じに警戒してくれていると思った。
「私はルリ。家名も無いただのしがない女ですわ」
こちらからも名乗っておく。
つい忘れそうになるけれど、ハイファン王国にあってはエルティーナ=フォン=ブラッドネスなんてご大層な名前を持っている私。いわゆる公爵家令嬢なので公国の国王の息子であるアレックス君とは同格だったりする。
公国ってのは複数の公爵家が統治している国って意味で、なので国王も王族ではなく公爵家から選出された人物という意味合いが強い。
そして王子という肩書きはここでは必ずしも王位継承権を持つ人間を意味しない。
単に王の子という意味合いしか認められないのだ。
まあ、とは言っても今現在の私は本名を名乗ることも出来ないただの小娘でしかないから、王子とどこの馬の骨とも知れない女といった立場上の違いというのは明確に存在するのだけれども。
「それで王子様、この私にどういったご用件で?」
彼が王子呼ばわりされることをあまり好ましく思っていない事を承知の上で問うてみる。
すると彼は一瞬だけギッと睨むような目をしたがすぐさま無表情になる。
「貴女がどういった人物かを見極めようと」
「ふ~ん、そう。たったそれだけのために何日も掛けて、部下を失ってまでここへ来たの」
「……どうしてそれを?」
「そりゃあ見ていたもの」
「なぜ助けに入らなかった?」
「むしろどうして私が貴方たちを助けると思うの? 敵か味方かも分からない、今にも斬り掛かってきそうな顔をしている人達を」
彼はハッと我に返って振り返る。
そこには腰の剣の柄に手を掛けている護衛騎士たちの姿が。
「何をしている。下がれ」
「我々は陛下より命令を受けています。公国に害を成す者であると判断したならば速やかに斬り捨てよ、と」
「……判断するというにしては決断が早い。あなた達、最初から私を殺す事を前提に動いてるでしょ」
私がニヤリとして見せれば鉄鎧で全身を覆っている騎士達は何も答えず、ただ剣を抜くばかり。
その後ろに控えている冒険者4人は事態が飲み込めていないようで武器を手にするでもなくキョトンとした顔で状況を眺めている。
「護衛役と言いながらその実は暗殺者ってね。まあいいわ。どちらにせよ君たちには分からせなきゃだし」
言いながら私は進み出る。
赤髪のアレックス王子……アレク君には手で下がるよう指示する。
「安心なさいな。殺しはしないし、加減を間違えて死なせてしまっても蘇生くらいはしてあげる」
青年は余裕の表情に気圧されたのか大人しく下がり、そして私は家の外に出る。
騎士達は最初から殺す気満々で剣を構えていた。
「じゃ、遊んであげる。掛かってきなさいな」
「うぉぉおおぉっ!!」
指でチョイチョイと煽ってみせれば一人が雄叫び上げて突っ込んできた。
思い切り振り上げた切っ先を、全力で振り抜く。
ビシリッ。
「ぬぁっ?!」
騎士が放った斬撃は、しかし剣の刀身を指で摘ままれたところで静止していた。
騎士の被った兜の奥からくぐもった声が漏れる。
「ふふっ、ヌルいわね」
思わず本音を呟いた私。
刀身を摘まんだ指に力を込めれば、呆気なく剣が折れた。
「な……?!」
言葉を失う騎士に、私はニタァ、と笑みを手向ける。
「護衛どころか女一人の暗殺すらできないのか。まったく大した騎士様だ」
一段低い声で告げて、一歩、二歩と間合いを詰める。
騎士はガタガタと震え始める。
その兜の額の部分へと手を伸ばし、軽い調子でデコピンした。
メキャッ!!!
するとそいつは首から上を仰け反らせ、次に空中で一回転して地面の上に墜落する。
ビクンッビクンッと痙攣しているのが鎧を身につけた上からでも見て取れた。
「さ、あと二人。ちゃっちゃと終わらせましょう」
「おのれ化け物っ!」
次の一人が、こちらは上体を低く落とした突きの構えから踏み込んでくる。
ヒュッ、と微かな空気を穿つ音を耳にしながら、僅かなステップで躱す。
「遅い」
ゴッ。
お返しにと回し蹴りをお見舞いする。
乙女の素足が騎士甲冑の腹に突き刺さり、そいつは大げさに吹っ飛ぶと起き上がろうと藻掻いたところでゲーゲーと胃の中の物を嘔吐し始める。
コイツは復帰するのにあと数分は掛かるだろう。
そう判断して残った一人へと向き直れば、最後の騎士は高く跳躍した所から一本背負いでもするように体全部で切っ先を落としてくる。
――公国剣術、山嵐いぃぃっ!
技名を叫ばなきゃいけない縛りでもあるのか、騎士は高らかな宣言と共に襲い掛かってきた。
見るからに華奢で優美な少女を相手に剣を振るっている時点で騎士の誉れなんざ欠片ほども無いってのにね。
私はちょいとムカついたので体を僅かにズラして切っ先をやり過ごすとそこから大きく踏み込んでそいつの側頭部をぶん殴る。
派手な音と共に吹っ飛ばされ樹木の幹に打ち付けられた騎士は地面にズリ落ちてからは動かなくなった。
あ、これ兜の中で脳みそが頭蓋ごと砕けてるわ。
兜の隙間から滴り落ちる赤い体液からそう判断した。
ちょっぴり加減を間違えて死なせてしまった事に気まずさを覚えつつ、誤魔化すように勝利の笑みを振りまくのだった。




