54:シーラント樹海(ゆうき視点)
「――それはそうと、魔法少女というのは一体どういったものなんだ? 少女の魔法使いではダメなのか?」
ギルドが置かれている会館の、冒険者たちが仕事の段取りについて話し合ったり受け取った報酬を分配したりする用にと玄関口付近に設けられたテーブルの一つに着席して迎えの人が来るのを待っている間、アレクさんからそのような質問を受けた。
「ええと、ルリさんの話だと“魔法少女”というのは魂を触媒にして呪文の詠唱とか面倒な段取りを全部すっ飛ばして神の奇跡を顕現させる、どちらかといえば神官とか聖職者に近い性質らしいです。だから“魔法”って言葉がくっついていても魔法そのものとはあんまり関係無いっていうか……」
ちょっと困惑気味に答えるのはボク。
だってしょうがないじゃない。ボクだってそんな詳しく理解してるわけじゃあないんだし。
アレクさんは分かったような分からないような微妙な顔をして、すぐ隣のミレーゼさんに目を遣る。
鉄鎧姿の女騎士さんは困ったように頭を振った。
「しかし契約か……君も色々と面倒な事に巻き込まれてるんだな」
「ええ、まあ」
遂に理解する事を諦めたアレクさんがしみじみ言って、ボクは苦笑いするばかり。
そう言えばさっきの冒険者たち、その一人、リンディさんといったか? 彼女はルリさんに杖を作って貰うみたいに言ってたけど、どういった意味なんだろう。
この世界で言う魔法の杖というのは、一般的に手にした人間の魔力をちょびっとだけ増幅する道具みたいな位置づけであるとどこかで聞いた気がするように思われる。
だとするなら態々森の奥深くまで赴いていって作って貰うのは手間に見合ってないんじゃないかと思うワケよ。
町のそういった道具を取り扱っているお店とか、何なら王都で買い求めた方が早いのではと。
だって魔法使いな人達って基本的に暗い一室で本を読み漁っていて(いや、これが一般的な魔法使いに対するイメージだからね)体を鍛えるとか全くしてないからヒョロいというか肉弾戦だと一方的にタコ殴りされちゃうくらい脆弱で。
つまりただ歩いているだけで野生の獣や魔物に襲い掛かられてしまうような危険な場所に道具一つ欲しさに出向いていくというのは死の危険を冒してまでやることなのかと。
まあ、イメージだけで言えば魔法使いというのは自分の欲望に忠実な、頭のネジが数本どっか行っちゃってるようなイカれた人間が大多数を占めてそうだし、そういう物だと言われたらそうなのかも知れないけれど……。
「でも、そのおかげで宿場町で全滅せずに済んだのも確かなんだよなぁ……」
アレクさんはまだ何か言いたげだったけど、宿の手配が済んで迎えに来た使用人から声を掛けられる頃合いともなると自分の中で割り切りが終わったのだろう。これといった感情も見せずに促されるまま席を立ったものである。
――使用人に案内されて赴いた先にはそこそこ値が張ると思われる二階建ての宿があって、ボクらはここで一泊した。
まだ残っているお尻の痛みだって宛がわれた一室のベッドでゴロゴロしたり森の探索に必要そうな物を買い込んだりしていれば自然と和らいで。
晩ご飯と入浴を済ませた頃にはすっかり元通りってなもんだ。
就寝の間際にアレクさんが部屋にやって来て軽く世間話などを交わしていれば気持ちも落ち着いたし、ベッドに潜り込んだ後の事は覚えていない。
まあ、アレクさんが去り際に「そんな無防備に男を部屋に入れるものじゃあない」なんて言った事に対して「じゃあアレクさんの事も部屋に入れないようにしますね」と答えたときに見せた彼の何とも言えない顔が眠りに落ちる間際まで脳裏にこびり付いていたけれど、そこはどうでも良い話。
翌日の早朝ともなれば、ギルド前で冒険者パーティ“疾風”の四人と合流、シーラント樹海に向けて出発する。
足は馬車三台、護衛付き。
ここでは使用人と騎士の数名を町に残しての移動となる。
だって徒歩より早いから。
けれど決して楽じゃあない。
シーリスと樹海の間には細い小道が延びていて、普通なら馬車が通れるような道幅ではないのだけれど、そこを無理矢理に通すといった強行軍になる。
アレクさんは王子様なので、彼の護衛を冒険者風情に丸投げするなど護衛騎士の面目が立たないとかいう見栄とかプライドとかそういったものが絡んでの事だ。
赤髪王子様としてもこうなる事は予想していて、なので本音はどうであれ彼らの随伴を許した次第。
計画では樹海の入り口まで馬車。
そこからは馬の足でも踏破が難しい木々の生い茂る地なので三名の騎士を王子に付けるだけで他は一旦シーリスにトンボ返りする。
馬車は二日後にまたやって来て王子が戻ってくるのを待つ算段だ。
そんなわけで問題なく樹海と平原の境界線までやって来た一行はアレクさん、ボク、ミレーゼさん、護衛騎士3名、それから“疾風”の4人と、総勢10名での行軍となった。いや軍隊ではないけれど。
“疾風”の盾役であるリザーブさんは列の最後尾で殿を任されていた。
森は日中でも薄暗く、時折響く鳥の鳴き声が気味悪さを演出する。
そんな中を騎士3人に前衛を任せて練り歩く。
かなり歩いて鬱蒼とした木々の向こうに見える空が一段暗さを増したかに思われた頃合いで、ボクらの進む先に野営したのであろう焚き火の跡とほんのり開けた空間があるのを発見する。
「ここで野営すると到着時間を調整しやすいです」
冒険者パーティ“疾風”のリーダー、コルトさんが言葉に出した。
焚き火跡は彼らが過去に来た際に残していったもので、目印する腹づもりから綺麗に除去していていないのだと付け加える。
アレクさんは頷いて野営を指示した。
馬車から降ろした荷物は各々リュック一つで、そこにはテントとは言わずとも地面に敷くクッションと薄っぺらい掛け布団代わりの布が巻いた格好で据え付けられている。
人々は荷を解いて薪拾い組と火起こし組に分かれて作業を始めた。
今回は行きに一回、帰りに一回と野営と言いながらお手軽なものなので誰も大した物は持って来ていない。
火を起こし、お湯を沸かして持参のパンと干し肉を囓る。
晩ご飯はそれで充分。
亜麻色髪の弓使いアイシャちゃんが言うには運が良ければ、というか本人的にはかなり期待しているっぽいけれど目的地となるルリさんの家まで辿り着ければ美味しいご飯をご馳走して貰える可能性があって、なのでパンがゴトリと音を立てるほど固く、干し肉が噛んだ瞬間に何とも言えない無味乾燥な味わいであったとしても気にならないのだとか。
というか町を出発してからというものリンディさんがソワソワとして落ち着かない。もうちょっと魔法使いらしく平静を保って欲しいものだ。
「ユウキ、はい」
「ありがとう」
焚き火で沸かした湯でお茶を作ったアレクさんがコップをボクの方に差し出してきた。
辺りはすっかり暗くなって火の光が無いと一寸先も見通せない暗闇に包まれている。
とは言いながら、魔法少女としての能力なのか意識を集中させるとちょっと薄暗いかなって程度まで辺りがよく見えるようになるから、まったく摩訶不思議かつ便利な力だと思わずにいられない。
なお、沸かしたお湯というのは水袋に入れて運んできた水である。
ボクの能力を使えば何時でも何処でもお手軽簡単に水を生成できるのだけれどもアレクさんが嫌がったんだ。
昨夜、話し込んだ際に、彼は気がかりがあると告げていた。
魔法少女は魂を触媒として神の奇跡を生み出す。だったら、力を使えば使うほど魂がすり減ってやがては消えてしまうんじゃないかと。
だから彼はなるべくならボクに力を使って欲しくないのだとも。
彼がボクにどういった感情を持ち合わせているのか良く分からない。
分かりはしないけれど、心配してくれているのなら少しは甘えた方が良いのかな、なんて思って。
なので不要の際には能力を使わないようにしていた。
「ねえアレクさん。貴方はどうしてボクのこと、そんな気を掛けてくれるの?」
受け取った木製カップをチビチビと傾けお茶を啜っているボクは、何気ない雑談のつもりで聞いてみる。
すると彼はちょっと気まずそうに目を逸らしてから言った。
「何というか、申し訳ないことをしたと思って……」
「……?」
「王都にやって来た君を捕らえて酒場に放り込んだ挙げ句、必要になったからと今はこうして旅に同伴させている。君の事を知れば知るほど、こちらの都合で君の人生をいいように転がしている自分が嫌になるんだ」
心情を吐露しているといった様子のアレクさん。
でも、とボクは首を傾げる。
彼は王族で、王族だの貴族だのってのは平民の事なんて奴隷か虫けらとしか思っていない理不尽で我が儘で倫理の欠片も無い極悪人の集まり。
その一員である彼が親兄弟でもないボクを利用したとして罪悪感を覚えるという方がどうかしているのでは?
「ひどい言われようだ」
小声で疑問を呈すると彼は心底から落ち込んだ顔になった。
「でも、そうか。君の中の貴族というものがそういった物であるなら納得だな……」
この人は何を言っているのか?
ボクには理解が出来ない。
それまで聞き耳を立てていたらしいミレーゼさんがスッと立ち上がってボクの前までやってくる。
その目は怒りのためか吊り上がっていた。
「ユウキ、幾ら何でも言い過ぎというものです」
「えっと、気分を害したのなら謝りますけれど……。ただ、気に入った娘がいれば攫って監禁して死ぬまで陵辱するし、気に入らないことがあれば腰からぶら下げた刃物で斬り殺す。村を襲えば金品を略奪するし、平民と見れば税の取り立てと称して全財産を根こそぎ奪い取る、と。少なくともボクには野盗や山賊とそう変わらないとしか見えないのですけれど」
「お前……っ!」
どうやら煽ってしまったらしい。
ミレーゼさんが腰の剣を引き抜こうとするのが見えた。
「よさないかミレーゼ!」
珍しく鋭い声で制したアレクさん。
彼は次にボクの方を見て言った。
「言いたいことは分かったが今のは言い過ぎだ。少し黙ってくれないか」
「ええ、はい」
彼は落ち込んだ様子で手で顔を覆ってしまった。
ミレーゼさんも気落ちしたように肩を落として元の位置まで戻っていく。
因みにボクの貴族のイメージというのは単なる想像ではなく、ハイファン王国の貴族連中が横暴の限りを尽くしているのを目の当たりにしていたから。
貴族は恐ろしい物で、難癖つけて襲い掛かってきたならもう全部を諦めて大人しく殺されるか一国の貴族全員と戦争するかのどちらかしか無いってのも、紛う事なき事実。
どの時代の如何なる国家であっても、支配者層が民衆から税金を搾り取り踏みにじっておいて自分は裕福な暮らしを営むという構図は変わりゃしない。
他国の利権とか資源とかが欲しいと思えば勝手に戦争を初めて民衆には「国のために死ね」という。
しかも自分は何の責任も取らないときたもんだ。
貴族だの王族だのといった人間というのは、要するに碌でもない人でなしの集まりでしかないって話。
そして魔法少女の力を得ているボクは、そういった場合には奴らを一人残らず物言わぬ肉片に変えてやろうと決めていた。
それは兎も角。
夜はしんしんと更けていく。
眠りに落ちながら思ったのは、アレクさんの言うようにちょっと言い過ぎたかな、なんて事だった。
――辺りが白み始めてから出発の準備をして10人は森の中を往く。
昨日は大所帯の気勢に恐れを成したのか魔物や野生動物と遭遇することは無かったけれど、本日は森の危険地帯に足を踏み入れたためか何度か魔物の襲撃を受けた。
「しっ!」
ボクらの前に現れたのは5頭の熊に似た魔物で、長く鋭い爪を振り回し、人間の身長よりもずっと大きな体躯で突進してくる様はダンプカーを彷彿させる代物で。
これらに対してボクは水の刃で斬り付けたし他の面々に至っても剣やら弓やら魔法やらで応戦していた。
暫しの戦闘をくぐり抜け、顧みれば魔物達の死体と傷ついた騎士達の姿が目に映る。
騎士の一人が胸を鎧ごと引き裂かれ抉り取られて重傷を負っていた。
ボクは死に体の騎士を能力で癒やし元通りの姿に戻したけれど、おかげで随分と疲れが溜まったように思う。
一命を取り留めた騎士はボクに再三感謝の言葉を告げたけれどこちらとしては気にしないでと手をヒラヒラ振って見せるくらいしか答えようが無い。
それからも延々歩き続け、そろそろ昼の時間帯に移り変わろうかといった頃合いで視界が不意に開けた。
「ここがルリさんの家です」
コルトさんの言葉に一同見上げる。
他よりも頭一つ抜けて長く伸びた樹木。
根元に近い部分の幹が大きく膨らんでいて、ここに窓や扉が取り付けられている。
生活感があった。何者かがそこで暮らしているという気配があった。
樹木の横に小さな小屋があって、屋根の奥の方に取り付けられた煙突から仄かに煙が立ち昇っている。
これが大賢者などと呼ばれているルリさんの住処。
口をへの字に曲げたアレクさんが扉の方へと歩いて行って、扉をノックするのが見えた。




