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53:ギルド長との面会(ゆうき視点)


 ――翌朝。

 行商人のバレッツ氏と別れて一路シーリスを目指した騎兵付き馬車三台は、昼を過ぎからといって昼食を摂るでもなく二時間ほどひた走り、ようやく町に辿り着いた。


「王都と比べたら随分と小さく感じるが、二つの砦に物資を輸送する中継点でもあるから人も物も集まってくる。まあ、ちょっと物々しさもあるけどな」


「ええ。思ってたより大きな町ですね」


 アレクさんの説明に頷いて見せる。

 上空から見た時は夜だったこともあって正確な規模が分からなかった。

 でも正面門を潜り抜け、実際に地面に足を付ければすぐに分かる。

 そこに息づく活気。肌に感じる空気はとにかく威勢が良い。


「だが、まずは冒険者ギルドだ。ギルド長と、ええと“疾風”だったか? 冒険者チームから聞き取りしない事には計画も立てられない」


「はい、ボクもご一緒して良いんですか?」


「勿論だ。というか君には是が非にでも同席して貰わなきゃ困る」


 何を言ってるんだお前は、とでも言いたげな目でボクを見る。

 意味が分からなくて小首を傾げていると隣の鉄鎧女騎士(ミレーゼさん)がひょこっと顔を覗かせ囁いた。


「殿下は一秒たりともユウキと離れたくないのです」


「ちょ、何を言うんだミレーゼ! 下らない話はよせっ」


 アレクさんが顔を赤らめて焦ったような声色で窘める。

 寂しがりかっ、なんて思ったもののつい可笑しくなって「ふふっ」なんて含み笑んでみたり。

 いや、そういうんじゃないからな。などと曰う赤髪王子殿下は、からかわれた後の純情な男子高生かよってくらい狼狽しているかに思われた。


「けど、ちょっと待って下さい」


 アレクさんは気が逸っているようで冒険者ギルドに向かおうとするが、ここで待ったを掛けるボク。

 彼の背中をポンと叩いて前を向こうとしていた顔を引き戻す。


「冒険者ギルドより先に食事しませんか? 空腹は焦りや苛立ちを生むと言いますし、重要な話し合いの前ともなれば尚のこと簡単な物でも良いからお腹に入れておくべきと思います」


 平常心が保てなくなった人間というのは往々にしてポカをやらかすもの。

 ボクは別段、他人より頭が良いとか一芸に秀でているとかではないけれど、だからこそこういった場面で常識的な事を言葉として出しておく必要があると思った。


「ああ、そうか、そうだな。俺は少し焦っていたらしい。食事にしよう」


 彼は投げ掛けられた言葉に頷いて皆を見遣って告げた。

 ボクはホッとして笑んで見せるけれど、彼が頬を赤らめ気まずそうに目を逸らしたのは気のせいだろうか?


「ユウキは殿下のことを良く見ているのですね」


「そうでしょうか?」


 ミレーゼさんが微笑ましい物でも見るような目をこちらへと差し向けてくるけれど、ボクとしてはそんな意識しているわけじゃあない。

 ただ単に昼休憩をすっ飛ばしてシーリス入りしているものだから、ボクもお腹が空いていたというか。


 アレクさんはテキパキと指示を出し、ボクとミレーゼさん、他に騎士2名を一纏めにして手近に見えた食堂へ。残りの人員に関しては宿の手配等と平行して食事を摂ることに。宿の場所まで案内するために誰か一人をギルドに送ってくれれば問題ないと使用人たちへと声を掛けたもの。


 必要な指示を速やかに終わらせて先導する彼と、この後ろを付いていくボク達は五分ほどの後には大衆食堂の中に居た。

 食事はパンとスープと新鮮なお野菜を使ったサラダ、あと大皿一杯に盛られた麺料理。

 お腹いっぱいまで食べた。今更になって思ったのは女の子の体だと食べられる量が少ないんだよな、なんて事だったり。アレクさんや見るからに屈強そうな騎士達は見ていて気持ち良いほどバクバクと料理を口に突っ込んでいくのにボクときたら小さな皿一つ空けるだけでも一苦労。

 そりゃあ食糧難の時世ならその方がお財布に優しくて良いのかも知れないけれど。

 隣のミレーゼさんでさえボクより多く食べているのを目の当たりにすると、どうしたって敗北感が滲んじゃう。

 難しい顔をしていると「料理がお気に召さなかったかい?」と尋ねられたので「や、そういうわけじゃないんです」と曖昧に笑って誤魔化しておいた。


「よし、じゃあ行こうか」


 お腹が膨れて人心地ついたところでアレクさんはキリリッと眉を吊り上げて席を立った。

 元々顔の良い王子様がヤル気充分になると精悍さが前面に出てきて格好いいよね。とか思いつつ倣って立ち上がる。

 他の面々も同様に。

 こうしていざ冒険者ギルドに向けて出発。

 程なくして目的地に到着、王都ほどの壮麗さは無いけれど如何にも質実剛健ってな佇まいでそそり立つ建物の内側へと押し入るのだった。



 ――シーリス冒険者ギルドのギルド長は名を“スレイン=リューク”といい、細身で長身、見た感じ二十代後半もしくは三十路に入って少々といった物腰の柔らかい御仁だった。

 カウンター越しにアレクさんが用件を告げると受付嬢がスレイン氏を連れてきて、そこから会館の奥にある応接室に通される。

 コの字型に置かれたソファーに身を預けたところでスレインさんは口を開いた。


「用向きは書面で頂いています。冒険者パーティー“疾風”に関してもこちらに来るよう既に話をしています」


 何年か前に古代竜を討伐したパーティの一員で今や貴族の爵位を得ているという魔術師様は、ちょっぴり老け気味の顔に気難しそうな表情を浮かべてそう切り出した。


「彼らが来るまでに認識を共有しておきましょう。まず経緯ですが、切っ掛けは“疾風”が請け負った依頼から始まります。シーラント樹海に潜むB級モンスター、個体名シュバルツを討伐するといった内容で、“疾風”は踏み入った先で転移魔法の発動を目撃しました」


「……転移?」


「ええ、転移魔法です。魔法使いが自分だけでなく住処であろう家ごと樹海の真ん中に転移してきたのです。過去の文献を洗ったところ、確かに転移という魔法は存在しています」


 それは既に失われて久しい魔法体系。

 物体Aが時間も距離も飛び越えた先に出現するなどといった技術は、古代の魔導書に断片的な記録が残されているだけで今の魔法使いでは使用はおろか魔術構文の構築すらできない。


「文献によると、千年以上前に人間十数名の転移が行われたという記録があります。ただし建物ごと空間跳躍するというのは必要とされる魔力量が桁違いになることから百名単位の魔術師にる魔力収束が必要になるとも。言い方を変えると、そんな途轍もない事を一人で執り行える人物が樹海の真ん中に出現したという話になります」


 スレインさんの言葉が熱量を帯びる。

 この人はどちらかといえばギルド長であるよりも開発畑に住んでる研究員的な気質の持ち主なんだな、とどこか恍惚とした目を見て思った。


「この人物と接触した“疾風”が受けている仕事内容を明かし避難を呼びかけたところ、彼女は『庭に入り込んだ害獣を駆除するのは自分だ』と言って、飛行魔法により空を飛んで標的の所へ向かったそうです」


 彼の声色は興奮していた。

 飛行魔法というのは文字通りに空を飛ぶ魔法なのだけれど、話を聞く限りめちゃくちゃ難しいらしい。というのも単に宙に浮くというだけじゃなくて、どの角度でどういったスピードで飛ぶのか即時的に調節しなければいけないから。しかも同時に気温や風圧も操作しないと術者の体がもたない、物凄く実用性の無い言わば浪漫ロマン魔法の一つなのだとか。


「その後、大きな爆発音と光が森に轟き、静まって暫くすると彼女が戻ってきたそうです。巨大な魔石を抱えて」


 魔法使いはその魔石をシュバルツ討伐の証と言ったが、“疾風”はその石を譲って貰えなかったことを告げた。

 大まかな経緯に一区切り入れて大きく息を吐き出したスレインさん。

 丁度扉を開けてやって来た職員さんがテーブルに人数分のティーカップを置いた。

 受け取った紅茶で喉を潤した彼は再び口を開き、幾分か落ち着きを取り戻した音色を紡ぎ出す。


「報告を聞いた私は職員を伴い自ら樹海へと足を運び彼女との面会を果たしました。確かに彼女は賢者です。それも国を揺るがす程の大賢者。彼女を怒らせる事は即ち国の滅亡に直結すると断言して良いでしょう」


 彼は締め括って口を閉ざす。

 入れ替わるようにアレクさんが疑問を口にする。


「それで話をした感触として、その人物はどういった性格なのか。もっと言えばアルベティアに益をもたらしてくれる人物かどうか、感じたままを聞きたい」


 対してギルド長は少し目を閉じ考え込む仕草をしてから答える。


「彼女は自分の領域、自分の領分を侵されることを嫌う。そして物腰こそ温和に見えますが一度火が付けば氷のように冷徹に、何の躊躇も慈悲も無く相手の急所を狙ってくる。公国に対する姿勢はあくまで平等。ですので貴方が彼女の逆鱗に触れた場合、彼女と公国全土での全面戦争を覚悟しなければならないでしょう」


 どうやらスレインさん曰くの大賢者様は割り切りがハッキリしていて、一度敵と見做したら容赦無い攻撃を仕掛けてくる人のようだ。

 最初から最後まで気が抜けない御仁。

 アレクさんも同じ事を思ったみたいで顔に険しさを滲ませる。


「失礼します。“疾風”の皆様をお連れしました」


 と、そこで女性職員の声が扉の向こうからあって、「どうぞ」と答えたギルド長に呼応するように押し開かれる。

 やって来たのは年齢もボクらとそんな変わらない若い冒険者達で、引率してきた職員が一礼して去って行くのと交代するように歩いてくる。

 スレインさんが彼らを指して「この四人が“疾風”です」と紹介した。


「では君たちに、くだんの大賢者殿の所までの案内をお願いしたい。頼めるだろうか?」


 個々人の自己紹介なんかは後で良い。

 勢い込んで問うアレクさんに、冒険者チームのリーダーであろうアッシュ髪の青年が一も二も無く頷いた。


「勿論です。俺は“疾風”のリーダーをやってるコルトと言います。ちょうど仲間の一人が彼女に用があって会いに行くし、ご依頼なら喜んでお引き受けします」


 粗野な見た目とは裏腹に礼儀正しく手を差し出すコルトさん。

 アレクさんは頷いて握手を交わした。


「それで君たちはどういった用があって大賢者殿の所に行くんだ?」


 興味本位といった声色で尋ねるアレクさんに、深緑色のローブと捻れた木製杖を持つ緑色髪の眼鏡っ娘が答える。


「あ、私ルリさんに杖を作って貰う約束をしてて、進捗を聞きに」


 リンディと名乗ってから、緑色髪魔法使いは答える。

 ここで思わぬ名前が出てボクは「ん?」と思わず声に出す。

 「ルリさん」と呼ばれる人物に一人だけ心当たりがあった。


「あの、ひょっとして、その人ってば小っちゃい子とオコジョを連れてませんでした?」


「あら、お知り合いだったんですか? 小っちゃい子ってレミーちゃんの事ですよね?」


「あぁぁ……あの人か……」


 思わず声に出して天井を見上げる。

 アレクさんが驚いた顔をこちらへと向けるのが分かった。


「面識があるのか?」


「たぶん知ってる人です」


 ここで身を乗り出したのはアレクさんではなくて眼前のスレインさん。

 見ようによっては疲れ切ったサラリーマンにも思われるギルド長は「失礼ですがどういったご関係で?」と問い掛けてくる。


「えっと、関係と言えるほど親密ではないです。彼女はボクに契約を持ち掛けて魔法少女にした人です」


 答えに迷ったけど、結局それくらいしか言えなかった。

 だって実際に面と向かって話をしたのなんて数分ほどだったし、彼女の人となりが分かるほど深い付き合いなんてあるわけが無くて。


「なるほど、そういう事ですか……」


 スレインさんは納得した顔。

 何を納得したのか見当も付かない。


「いずれにせよ疾風の皆さんには指名依頼ということで追って依頼紙を発行します。宜しいですね?」


「ええ、お願いします」


 ギルド長とコルトさんの遣り取りは短く。

 二人は各々にアレクさんと向き直った。


「出発は何時いつにしますか?」


「できれば早いほうが良い。ここからどのくらい掛かる?」


「町から樹海入り口まで半日、そこから目的地まで更に半日。ですので一回野営を挟む事になります」


 つまり最低でも行きと帰りで二日分の食料を準備しなければいけないということ。

 ふむ、と頷いた赤髪王子様は「では明日の早朝に出るということで構わないだろうか?」と結論づけた。


 “疾風”の面々も、ギルド長も、それぞれ頷いて応接室での話し合いは終了。

 ボクらも席を立ってギルド建物から去る。

 そう言えばさっき見かけた女性職員は耳が長くて、エルフの受付嬢ってあんまり見ないなと思ったボクである。



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