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52:シーリスへと至る道(ゆうき視点)


 水龍の背に乗り空を飛ぶボクは、大した時間も掛けないでアレクさんの待つ馬車三台との合流を果たした。

 落ち合ってからまず最初に行ったのは彼らの血液を浄化する事であり、それは高司祭ハイプリーストで言うところの《範囲解毒(エリア・キュア)》に相当する魔法だった。

 なお名称の頭にエリアと付く物は大抵の場合、指定した空間内の全てに同じ魔法効果を発現させるといった意味合いを持つ。

 つまり人々の解毒だけじゃなく、周辺地域の空気中に含まれている毒もまとめて無力化したということ。

 宿屋で一度使用しているから彼らの驚きっぷりは然程さほどでは無かったけれど、でもこれで憂いなく旅が続けられると皆安堵の表情を浮かべていた。


「ユウキさん、終わったということでいいのか?」


「はい、元凶は倒しました。……ただ、死んでしまった人達は戻っては来ませんけれど」


「ああ。分かっている。よくやってくれた、ありがとう」


 アレクさんと短く言葉を交わして促されるままに馬車へと乗り込んだボクは、それから小一時間ほど進んだ所でようやっと睡眠を取ることができた。


 万が一にも宿場町で怪物化した住人が生き残っていた場合には必ず後を追い掛けてくるだろうから可能な限り距離を置かなければいけないし、かといって夜を徹して移動するのは騎士達の疲労とリスクが大きすぎる。

 そのギリギリの距離で野営の決断を下したといったところだ。


 まあ、宿屋で夕飯を食べた後だったのでここでは炊事の必要がなく、なのでテント設営など必要最低限の準備だけで済んだので、それは僥倖と言うべきなのだろうけれど。


 自分で思っていたよりもずっと疲れていたようで、目を閉じて数秒後に目を開けたと思ったら朝になっていた。

 アレクさんから手渡された木製深皿を受け取ってスープを喉に流し込めば幾分か頭がハッキリしてきて、後は支度を終えた人達もまとめて出発進行。

 馬車三台は馬上の騎士四名に周囲を固められる格好で街道をひた走る。

 アスファルトで舗装されているワケでもない踏み固められただけの街道は石が転がっていたりぬかるみがあったりなんかは当たり前で、馬車の車輪がそれらを踏む度にお尻と腰に強烈な突き上げを感じる。

 距離を稼ぐ前にお尻が痛くなってきて、次の野営ポイントが見えてきた時には苦悶に眉根を寄せるしかできないボクである。

 というか、だったら水龍に跨がって空を飛んでいけば良いじゃないかとボクだって思ったさ。

 けれど平然とした顔を崩さないアレクさんや鉄鎧姿のミレーゼさんが目の前に居るのに一人だけ席を立つのは逃げているみたいで気まずいというか、沈黙が暗に「お前分かってんだろうな?」って告げているように感じられて言い出せなかったというか。

 結局は苦行を耐え忍ぶしかできないボクだった。


「では、あちらで野営しましょう」


 ミレーゼさんが窓を開けて騎兵に告げれば、馬車は街道を逸れて脇道へ。

 その先にあった広場で停車し、乗り込んでいた人々が躍り出て野営の準備に取り掛かる。

 街道には一定間隔で野営に適した広場が設置されているが、それらはいずれも見晴らしが良くて水場が近い所にあった。


 木々に囲まれ視界が遮られてしまう場所だと盗賊の襲撃を受けやすい。

 また水場が遠いと水くみを任された人間の移動距離と時間が増えてしまい余計な手間とリスクを負ってしまう。

 そういった観点から野営場所が選ばれており、だから大抵の場合に於いて野営地には先客がいたりする。

 野営場所に到着した際に既にキャンプの支度に取り掛かっていたのは行商人で、彼は幌付き馬車一台と護衛に雇ったのであろう冒険者三名とで一夜を明かす支度に追われていた。


 彼らは当初こちら馬車三台護衛付きをギョッとした目で見ていたけれど、騎士達が火を起こした頃合いで恐る恐るといった及び腰で近づいて来る。

 最初に話し掛けてきた行商人は名を“バレッツ”といい、小麦や肉あるいは酒といった食料品をシーリスで買い付けて王都に向かう途中であるという。


「何でしたら幾らかお売りしましょうか?」


「そうだな、折角だし売り物を見せて貰おうか」


 バレッツ氏の申し出にアレクさんは頷いて、使用人と騎士を伴い幌付き馬車へと歩いて行った。

 実を言えば、こういった交流というのはやってもやらなくても良いことである。

 だって移動に掛かる日数と必要な水と食料その他の道具にしたって予め計算した上で準備しているのだから。

 彼ら商人がこういった野営地で話を振ってくるのは、主に情報交換が目的だった。

 王都リガーデンがどういった状況で、シーリスでは何が起きているのか。

 最新の情報はどこの世界であっても価値があるのだ。

 また彼ら商人としてはこちらのような貴族と面識を得る機会は重要とも言える。

 後々になって新規プロジェクトで声を掛けて貰えるかも知れないし。

 貴族家の人間に顔と名前を覚えて貰えるというのはそれだけでビッグチャンスになり得るのだ。


「――うん、良い取引ができた。王都で見かけたら声を掛けるよ」


「ええ、ご入り用な物が御座いましたらいつでもお声がけ下さい」


 精悍でそれでいて気品も感じさせる三十路前といった風貌のバレッツ氏と、幾ばくかの威厳を漂わせながらも気さくさも併せ持つアレクさん。

 二人並んで戻ってきたのは少し時間を置いてからのことだった。


 その後、バレッツ氏と護衛三名も交えて焚き火を囲み、夕食も全員で摂った。

 バレッツ氏は用意周到な人でこういった機会を無駄にしないよう商品とは別に準備していた果実酒を騎士や使用人にまで振る舞ってくれた。

 場所が場所なだけに宴会とはいかないもののほろ酔い気分になる程度の量はあって、なので一夜にして彼の印象はすこぶる良い物となった。

 まったく抜け目の無い商人さんだと内心で舌を巻いちゃうボクである。


 焚き火の前でチビチビと木製コップに入ったお酒を飲んでいたボクは、そんなものだからすぐ傍までバレッツさんがやって来ても大した警戒もせずってもんだ。


「やぁやぁ、ご機嫌如何ですか、美しいお嬢さん」


「ええ、まあ、楽しくやらせて頂いてます」


 彼は断りを入れてから隣に腰を落とす。

 ボクは目で追うだけで何も言わない。

 反対側にはアレクさんが居て、もしもボクの内面が見た目通りに可憐な女の子であったなら両手に花だと浮かれたんだろうけれど、生憎と自分を女と認めたくない人間としては男三人が酔っ払ってくだ巻いてるようにしか思われない。

 ささやかながら愛想笑いを振りまいてみれば、アレクさんはちょっと不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ユウキ、そういう顔は誰彼構わず向けるものじゃあない」


「何かおかしかったですか?」


「だから、俺の前でだけヘラヘラしていれば良いんだよ」


 らしくない横暴さ。

 ボクはジトッとした目で答える。


「アレクさん、お酒は飲むもので飲まれるものじゃありませんよ?」


「違いない」


 反対側でバレッツさんが笑う。

 アレクさんは大げさに溜息を吐くと、もう何杯目になるのかも分からないコップの中の果実酒をぐいっと呷った。


 ワインって口当たりが良いからね。調子に乗ってガバガバ飲んじゃうと後がキツいんだ。

 え、まだ未成年だろって?

 細かい事はいいんだよ。


「それにしたってユウキさんみたいな可愛い子、探してもそうそう会えるものじゃないよ」


「顔が良いのは分かってます。なので褒めて貰ってもお世辞にしか聞こえません」


 バレッツさんの口から溢れ出す美辞麗句は全てボクに向けられたもの。

 けれど必ずしも「顔が良い=幸せ」って事ではないのだと、王都じゃ道行く毎に男から声を掛けられ、仕事中に至っては触られそうになっていたボクは確信している。


 男ってのは単純でバカなんだよ基本的に。

 何度ぶっちめてやろうかと拳を握ったか分かりゃしないってもんよ。


「そう言えばアレクさんはお手紙書かなくて良いんですか?」


「そういうのは後でやる。どうせ明日の朝にならなきゃ動きようがないからな」


 ここで言うお手紙というのは公式の書状になる。

 アレクさんは王子様という立場上、出来る事とやらなきゃいけない事がある。


 まず一つめは王城にいるお父上様、つまり国王陛下に宛てた書状。

 宿場町で起きた事の顛末と、この後始末をするための人員の派遣を要請しなきゃいけない。

 もう一つはシーリスの町、冒険者ギルド長に宛てる書状。

 バレッツさんから得られた情報はなしによると、“疾風”という冒険者パーティが森に居着いた賢者殿と接触を果たしているらしい。どこまで本当かは分からないがその真偽を確かめる上でもギルド長の立ち会いのもと聴取する必要があった。

 可能であれば賢者の所まで案内して貰おうと、そんな考え。

 冒険者はその職業柄、依頼で他の町や地域に出向いているなんて事も珍しくなく、行き違いにならないようギルド内に留め置いて貰わなきゃいけないのだ。


 シーリスの町は直轄領で、統治を任されているのは公爵家の“ビファレス=マーティン氏”。

 こちらにも話を通しておかなければいけない。

 アレクさん個人としてはお忍びの旅のつもりだが、諸々の事情を鑑みるなら公式の文書でなくとも統治者に一報入れておくのが礼儀となる。

 個人で行くから出迎えや歓待等は一切必要無いとの旨を書き添えておけば問題なかろうと、これはアレクさんの判断だった。


 それら計三通の書状を明日の朝一番で騎兵に持たせて先行させる。

 赤髪王子様の決定とはそのようなものだった。


「場末の酔っ払いとか気心の知れた友人ならともかく、面識が無くてかつ身分のある方が相手なら手紙は酔いを覚ましてから書いた方が良いと思いますよ?」


 常識的な忠告をすると彼は「ああ、そのつもりだ」と答える。

 おまけに「君はいつから俺の母親になったんだい?」なんて愚痴まで頂く始末。

 酔いが醒めた頃ともなると必然的に朝になっているのだけれども、この人大丈夫かしらとつい心配してしまうボクだった。


「ではユウキさん、またいつかお会いできたら良いですね」


「ええ、バレッツさん」


 隣の行商人が別れの言葉を告げて、こちらも愛想良く返す。

 彼は立ち上がると護衛達を引き連れて幌馬車の方へと戻っていった。

 一方でアレクさんは、どこかホッとしたような顔でボクの顔を覗き込んでいる。

 彼の心情がいまいち分からない。


「じゃあボクも休ませて頂きますんで、アレクさんも深酒しないうちに寝て下さいね」


「ああ、勿論分かっているさ」


 そんな遣り取りを最後にボクは立ち上がり、設営されていたテントへと足を向ける。

 人の気も知らないで。なんて囁き声が聞こえたものの、だったら分かるように面と向かって言えよと酔った頭で考えるボクだった。



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