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50:宿場町③(ゆうき視点)


 予定していた“憩いの止まり木亭”の宿泊をキャンセルして出て行こうとするアレクさん達に、当然のように食って掛かってきた宿屋の店主さん。

 彼は前払いされていたお金の返却はしないし、勝手にチェックアウトされても困ると猛然と抗議してきた。


「支払った代金の返却などは求めない。単に身の危険を感じたから町を出ていくっていうだけの話だ」


「幾ら何でも横暴ですよ旦那!」


「文句は聞かない。もう決めたことだ」


 尚も食い下がる店主にアレクさんが冷たくあしらう。

 ……これはボクの勝手な憶測だし確認しようもない事だけど、例えばアレクさんご一行様が見るからに立派そうな高級馬車で乗り付けていなければ店主さんだってここまで強硬に反対しなかったと思う。


 つまり騎士を引き連れ馬車に乗って移動してきた人間なんて、どこから見たって庶民には思われないってこと。

 貴族家の一行が宿屋にチェックインしましたときて、どういった理由があったにせよまだ陽も沈みきっていない頃合いで急きょチェックアウトしましたとなれば、実際の理由にかかわらず貴族の不興を買った、貴族を怒らせてしまうほど低品質なサービスしか提供できない店だと、周囲の店は思うだろうしそうなると評判は地に落ちる。

 SNSもインターネットも存在していない、人から人への口コミだけが店の情報を知る手段になっている中世ともなれば、そんな事になった時点で店舗は廃業待った無しになる。

 だから店主さんだって必死なのだ。


「いや、というか君は逃げなくて良いのか?」


 ここで状況を思い出したアレクさんが不思議な物でも見るような目で店主を見る。

 毒物が撒き散らされ、ある程度以上まで血液が冒された人間は凶暴な怪物になってしまう、という可能性がある現在の宿場町。

 留まっていること自体がすでにリスクでしかないのだ。


「そうしたいのは山々なんですけどね。この宿は私にとっての家であり城であり砦なんですわ。従業員だけじゃあない。絶対に失いたくない物があるから動けない」


「そうか……」


 短い言葉の中に店主の覚悟が詰まっていた。

 もしくは言い出しっぺであるボクが小娘だから信用できずにいるのかも。

 アレクさんの目は「でも死んだら元も子もなかろうに」と語っているかに思えたけれど、やはり覚悟を決めた人間を心変わりさせるなんてのは不可能だと悟っているのかもうそれ以上は追求しない。


「せめて君が無事である事を祈るよ」


「へえ」


 店主にしてもアレクさんの不退転の意思は感じ取ったようで、これ以降の抗議はしない。

 そりゃあ不服そうではあったけれど、口は開かなかった。


 アレクさんは命を優先した。店主は己が財産を優先した。

 ただそれだけのこと。優先順位が違えば行動も変わると、そういった話なのだろう。


 そう長い時間を待たずして先ほど買い出しに出かけた使用人たちが騎士を伴い戻ってきて、その度に彼らに浄化の魔法を掛けていく。

 魔法少女は性質上、司祭とか神官といった癒やし手(ヒーラー)に近い物があるけれど、でも神に仕える聖職者ではないから祈りの言葉は唱えない。また魔法使いでもないから呪句スペルの詠唱もない。

 便利と言えば便利なのだけれど、その触媒となっているのが自分の魂となると正直なところ複雑な気持ちになる。



 こうして暫しの後ともなると全員が居揃い、建物の脇から引っ張り出してきた馬車に乗り込む。

 馬も含めて全員とも毒抜きしているからまだ暫くは大丈夫なはず。

 御者が手綱を振るい走り出せば、皆一様に緊張していた。

 もうじき陽が沈む。

 時間的には本当にギリギリのタイミングであった。



 ――黄昏時の宿場町は、静けさが漂っている。

 かつて見たゾンビ映画のワンシーン、主人公がゾンビの群れに追いかけ回される直前の、誰も見当たらない街の中を徘徊しているかのような焦燥感に充ち満ちた静けさ、とでも言えばいいのか。

 家々の隙間に目を凝らしても影一つ見つけられない。

 でももうじき出くわすに違いないと、確信めいた予感がある。

 周囲が急速に暗くなってくる。

 馬車の車輪がカラカラと音を立てている。

 心なしか馬の蹄鉄が石畳を叩く音にさえ緊張感が込められているかに思われる。

 それにしても暗い。

 夕刻の宿場町ともなれば本当ならそこかしこにある居酒屋が煌々と明かりを焚き、道行く旅人が夕食に晩酌に博打に娼館にと思い思いに行き交っている筈だった。

 なのに誰の輪郭も無い。

 ああ、そうか。各店舗の軒先に吊されているランタンやランプが、今はどこも火を灯していないから、だから余計に暗く感じるんだ。


 ボクは何となく察して、周囲の気配を感じ取ろうと五感を研ぎ澄ませる。


『ウゥゥ……』


 と、そんな馬車三台の前に足取りも覚束ない人影が立ち塞がった。

 いよいよ来たかと総員臨戦態勢。

 馬の鞍に跨がる騎士達が抜剣し、有無を言わせず突撃し屠る。


 ズンッ、と鈍い音と共に人型の影は剣を突き立てられ、首を切り落とされて悲鳴を上げるでもなく地面に倒れ込む。

 まだ人間としての知性が残っていたとしても、一度変質を始めた身体はもう元には戻らない。

 皆が皆そう直感していたし、斬り付けられても痛みにのたうつこともしないからはやり手遅れなのだと察する事が出来る。

 そして当然というか何というか。変質した怪物が一体だけで終わるワケがなく。

 最初の一人を皮切りに続々と出現、こちらへと迫ってきた。


『URIIII』

『ゲホー、ゲホー』

『にくぅぅ、にくくわせろぉぉぉ!』


 ギャアア、助けてぇぇ、と来た道の方から悲鳴が上がる。

 たぶんそれは、町に到着したばかりでまだ怪物化していない人達が、すでに怪物になっている人達に襲い掛かられ生きながら貪り食われる際にあげている断末魔なのだろう。


「アレクさん、町から出た所でボクを降ろして下さい」


 馬車の中、向かい合い腰掛けている王子様に告げる。


「ダメだ、危険すぎる!」


「うん、分かってる。分かってるんだ。けど、どうしても許せないから……」


 語気も強く反対する彼にボクは静かに告げる。


「今も町のどこかで毒を撒き散らしている奴がいて、その毒で人間を辞めさせられた人たちが居る。なのにソイツは後悔も懺悔もしていない。何が目的でそうしているのかなんてボクは知らないし、知りたいとも思わない。けれど、自分がやったことに対するケジメだけは付けさせたいと思う」


 ハラリと水色をした艶髪が視界を遮って、邪魔に思い首の後ろで一本に括ってみる。

 彼がなぜか目を逸らすのが見えた。


「……分かった。だが少し離れた所で待機しているから危ないと思ったらすぐに逃げるんだ、いいね?」


「ええ、ありがとう」


 少しだけ笑んで見せた。

 「まったく君はどうしてそう好戦的なんだ」なんて天を仰ぐアレクさん。

 ボクの隣ではミレーゼさんが、どうとでも取れる複雑そうな表情を見せている。


 やがて馬車の群れは宿場町の反対側に立て付けられたアーチをくぐり抜け、少し進んだ所で停車した。

 ボクは馬車の客車から飛び降りる勢いで地に靴裏を付けると、あとは悠々と町に向けて歩き出す。

 ヴンッ、と一瞬光に包まれた衣装が魔法少女の戦闘服ドレスへと変化した。

 背後で水の渦巻く音がし始めて、ヌラリと鎌首をもたげた龍の顎門。

 視界の奥、宿場町の門の向こうから押し寄せる怪物達の群れ。

 やるせない気持ちを胸の奥に感じて、声に出す。


「あなた達に罪は無い。ただ、運が悪かった。判断が遅かった。だからここで命を狩り取られてしまうんだ」


 手を淡い光を残すばかりとなった天へと掲げる。

 呼応して水で形作られた龍が身を延ばしボクの頭上で大きく裂けた口を開く。


「さあ、戦いを始めようか」


 引き金代わりに呟いて手を振り下ろす。

 ズシャァァァ、と鉄砲水の如き勢いで噴射された水の柱。

 怪物達はその身に浴びた順から体が砕け散っていく。


 ボクは水の魔法少女で。

 だから浴びせ掛ける水に浄化の力を練り込むことだってできる。

 汚染された血液を清浄に戻す聖なる力。

 ならば毒が全身の肉や臓器、脳に達していたならば、そこにある体細胞は瓦解し崩壊するのは当然の帰結と言えよう。

 だから怪物達は形を保てなくなって崩れ落ちていく。

 ズグズグに崩れた怪物を踏み潰して後ろの怪物が前に出れば、そいつも次の瞬間には溶けてヘドロのような塊へと変えられてしまう。

 そうやって次々に倒されていく怪物達。

 やがて倒された最後の一体には見覚えがあった。

 “憩いの止まり木亭”の店主さんと同じ服を着ていた。

 無性に悲しくなって、水龍のブレスを止めると水浸しになっている町の中へと突き進んでいく。


 ボクにこの光景を形作らせた奴を、絶対に許さない。

 怒りに震える拳を更に強く握り締めた。

   

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