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49:宿場町②(ゆうき視点)


 “憩いの止まり木亭”のエントランス奥にある大衆食堂。

 貸し切りにしているワケでもないのに僕たちの他に客は三人しかいない。

 その内の一人、痩せこけた男が急に席を立ったものだからこちら三名はビクリと身じろぎした。

 椅子の足が木板床を擦る音がやけに響いたからだ。


 位置的にアレクさんの向こう側なので彼には見えていないが、ボクとミレーゼさんは僅かに腰を浮かせて如何様にも動けるよう身を緊張させる。

 警戒のし過ぎ。そう切って捨てるには“痩せた男”の動きがあまりに不自然に思われたから。


「よう兄弟、景気はどうだい?」


 痩せた男は覚束ない足取りでボクらのところまでやって来たかと思えばアレクさんの肩に腕を回し酒臭い息を吐きかける。

 アレクさんが露骨に顔をしかめるのもお構いなしに、そいつは続けてこう言った。


「一応忠告しておいてやる。……悪い事は言わねえ、早くこの町を出ろ」


 男は酔った赤ら顔から一転、急に低い声で囁く。

 アレクさんの目が驚きに見開かれる。


「もうじき日が沈む。夜は奴らの時間だ。取り憑かれたら、お前も鬼にされちまう」


「どういう意味だ? 奴らとは?」


「奴らは“奴ら”さ。他の呼び方なんて知らねえ」


 眉間に皺を寄せて尋ねるアレクさんに、痩せた男はニヤッと口角を歪める。


「俺たちゃ、要するに“奴ら”の餌なんだよ。ここから一人も生きて出られない。俺ぁ、もういい加減ウンザリなんだよ、こんな――」


 男はそこまで言ってから言葉を詰まらせ「あ、が、が――」と妙な音を出す。


「殿下、ソイツから離れて下さい!」


 異変を察知したミレーゼ嬢が、即座に椅子から立ち上がると腰の剣を引き抜いた。

 アレクさんもまた本能的に危険を察知したようで覆い被さるように肩を組んでいる男を突き飛ばすと自らは飛び退くように椅子から離れ抜いたショートソードを両手で握り構える。

 突き飛ばされ床に転がった男は「ふひゃひゃ」と音を絞り出すと頭部がボコリボコリと膨らんで、まずは眼球が顔から剝がれ落ち、次に全身が水死体よろしくふやけて膨らむ。


『ゲッヘッヘッヘ……』


 男の体躯は既に痩せ細ってなどいなかった。

 ヘドロのようなツンと鼻を突く臭気を撒き散らすソイツは、緩慢な動作で起き上がると皮膚が見る間に腐って爛れ落ちていくのも構わずにアレクへと掴み掛かる。


「くっ!!」


 汚物と見紛う程の怪物を前に一瞬怯んだアレク。

 その両者の間に割って入ったのはミレーゼ嬢で、しかし伸びてきたぶよぶよの手が白銀色鉄鎧の肩口を掴み上げたところで装甲が内側ごとひしゃげ、体全部が宙に浮いたかと思えば彼女はそのまま無造作に放り投げられ柱に激突した。


「ぐぁっ?!」


 短い悲鳴と共に床へと墜落するミレーゼ。

 目の前の障害物を投げ飛ばし排除しただけといったふうの怪物。

 ボクは咄嗟にテーブルを足場に大きく跳躍、ソイツを横合いから蹴り飛ばした。


『ぎょぁ?!』


 体格差から言えば小柄な女の子であるボクがぶつかったくらいじゃあビクともしないと思われるだろう。

 しかし現実はそうはならない。

 真横から蹴りつけられた怪物は盛大に吹っ飛ばされて壁に激突、派手な音と共に大きな穴を開けた。


「まったく、ヤレヤレだね」


 ちょいと格好付けて怪物を見下ろすボク。

 穴の奥に消えたはずの水ぶくれした体躯が起き上がってこちらへと向かってくる。

 なのでボクは迎撃準備とばかりに拳を握り目一杯に腰を捻って引き絞る。


「一撃で終わらせる」


『GAAAAA!!!』


 ボクの姿を明確な敵と識別したのだろう。

 水死体モドキが咆哮を上げながら襲い掛かってきた。


「そこだぁっ!!」


 ボグンッ!


 限界まで縮めたバネが大きく跳ねるように、解き放たれた拳が怪物の土手っ腹に吸い込まれ。

 風穴が空き、その後ソイツの体が粉々に弾け飛ぶ。

 宣言したとおり一撃放ったところで戦いは終わっていた。


「うぅ……」


 戦いが終わったところで周囲の状況はと見回したボクは、柱の袂に倒れているミレーゼさんを発見した。

 見るからに頑丈そうな柱が今にも折れてしまいそうなくらいひん曲がっていて、床に転がっている彼女はしたたかに背中を打ち付けたらしく呻くばかりで起き上がれないでいる様子。

 なのでそちらへと近づいていって、そんな彼女に手で触れてみる。


 かつてルリさんは、魔法少女(ボク)を指してこの様に呼ばわった。

 『貴女自身の魂を触媒にして宇宙から途方も無い力を引っ張ってくる。原理的には神聖魔法に近い形になるけれど、詠唱も祈りも必要とせずに神の力を振るえるようになる』のだと。


 神聖魔法とは教会に属する司祭プリーストなどが扱う魔法を指していて、そこには傷を癒やす回復魔法も含まれている。

 だとするならば、ボクにも自他の怪我を治す力が備わっている筈。

 そう考えてミレーゼさんを回復させようとしたのだ。


 案の定、触れた手に微かな光が宿って彼女が負ったダメージは瞬きほどの時間で失われた。

 けれど同時に一つの異常を感知した。


「そういう事なら……!」


 僅かに気合いを入れた。

 そしてミレーゼさんが意識を回復させて立ち上がるのを確認したところで傍で立ち尽くしているアレクさんへと向き直った。


「アレクさん、ちょっと手に触れて良いですか? 毒を消します」


「え、あ、ああ」


 赤髪の彼はまだ事態が飲み込めていないらしく気後れしながら生返事すると手を差し出す。

 男性的な大柄な、その割に綺麗な手を握り締めて力を送り込む。

 すると数秒ほど彼の輪郭に淡い光が灯り、その後すぐに消失した。


「何をしたんだ?」


「浄化しました。ミレーゼさんの怪我を治したところで気付いたのですけど、血が汚れているんです。たぶんこの町全体を覆っている空気には毒物が混じってます」


 飲料水が原因ではないと思った。

 なぜってこの町は宿場町、つまり城下町にある貧民街(スラム)のような不衛生な環境ではないから。そして王都でもこの先にある町でも疫病が発生したという話は聞いていない。

 であれば発生源がこの宿場町である可能性が高い。

 しかも空気感染を発端とする疫病に近い構図だ。

 だから、理屈から言えば何者かがこの町の何処かで毒を散布していると考えるのが妥当で。

 毒は血液を汚染し、ある一定水準を超えたところで発症、理性のない怪物へと体を変容させてしまう。

 どちらかと言えば細菌兵器ウィルスに近い性質だと考えれば辻褄が合う。

 脳まで毒が回ってしまえば知性がなくなるのは当たり前だしね。


「毒、だって?」


 アレクさんは顔を歪めて言葉を吐き出す。


「さっきの人が言った言葉を信じるなら夜間は毒が活性化する可能性があります。ですので戻ってきた人達の毒を抜いたら早々に荷物を纏めて出発するのが宜しいかと」


 幸いにも陽が完全に落ちるまでにはまだ幾ばくかの時間が残されている。

 夜になったら変質した町の住人達が一斉に襲い掛かってくるなんて目もある。

 アレクさん、ミレーゼさんの血液は浄化したものの、それだって一時凌ぎでしかない。

 ならば選択し決断できる時間は極めて少ないと言わざるを得ない。


「分かった。皆、聞け! これより町を脱出する。まずは全員ともユウキに毒を抜いて貰って、それから出立の準備だ。途中で襲い掛かってくる怪物達に対しては可能な限り回避せよ!」


 居合わせている騎士達には声高に指示を出す。

 使用人の方々がまだ買い出しから戻っていないが、だからといって何もしないなど許されるはずが無い。

 買い出し組が戻り次第、血液の浄化を行い馬車に放り込んで手綱を振るうくらいしないと時間的に間に合わないように思えた。


 王子様の決断は早かった。

 忙しなく動き回る騎士達。

 ボクの前に立った彼らを折角だからと範囲指定(エリア単位)で毒抜きする。

 「凄い」と口々に曰う彼らを放置して馬房に向かおうとする間際で呼び止められた。


「ユウキ嬢、その、ありがとう。心から感謝します」


 ミレーゼさんがバツの悪そうな顔で頭を下げる。


「私は、失礼な話だが貴女を疑っていた。昨日のバンラム殿の一件もそうだが、貴女が裏で糸を引いている黒幕ではないかと。私の怪我を治し、今もこうして皆のために尽力している貴女を怪しむなどあってはならない事だというのに。……心から謝罪する」


 頭を上げようとしない彼女の肩にそっと触れる。


「いえ、良いんです。それからミレーゼさん。せっかく綺麗なんだからもっと堂々としていれば良いと思います」


 堅物そうな彼女が顔を上げてハッとする。

 ボクは笑んで、ポンッと触れた肩を叩いてから手を離した。


「殿下が惚れるわけだ……」


 ミレーゼさんが何やら意味不明な呟きを漏らしたが、その辺りは聞き流して踵を返したボクである。

 去り際にそういえば他の客はどうなったのかともう一回だけ店内を見回したけれど、この時にはもうボクら王子様ご一行様以外の影は見当たらなかった。




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