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48:宿場町①(ゆうき視点)


「――バンラムは、少なくとも俺の知っている彼は度が過ぎているくらい真面目で任務に忠実な男だった。だから身分で君を差別する発言を行ったとき、俺は動揺して彼の変化を冷静に捉えることができなかったんだ」


 体長二メートルなど余裕で超えている変質したバンラムの遺体。

 胴体に大きな風穴の空いた肉の塊を見下ろしてアレクさんが感情の抜け落ちた顔で告げる。


 バンラムという男が実は性根の腐った部分を隠しながら忠勤騎士を演じていただけなのか、それとも巨大蝿に取り憑かれるまでは言葉通りに誠実な人だったのかなんてボクには知りようもない。

 会ってまだ一日と経っていないのだから。


 でもいずれにしても彼が亡くなった事実は変わらない。

 ボクがその拳でぶん殴って地獄に送り届けたのだ。

 ひょっとしたら死人を生き返らせる魔法というのもこの世界であればあるのかも知れないけれど、ボクの直感を信じるならそういった魔法を行使して尚、彼は蘇らないように思われた。


「遺体は焼いて埋めよう。アンデッドにでもなったら大変だ」


 アレクさんは周囲の騎士達に指示を出す。

 今になって彼を王子様なんだなと思った。

 命令することに慣れた物腰。支配者層に属する人間。

 なんだか親しみが薄れたように思えて、それが少し悲しかった。


 バンラムに胴体を切断され死亡した騎士は二人。

 なのでこの戦いで三名が殉職したことになる。

 国内にある森へ赴き賢者なんて呼ばれている人物と会うだけ。

 たったそれだけのために三名の人命が失われたという事実に先行きの暗さを感じずに居られない。

 それは他の方々にしても同様で、遺体を焼く間際も、諸々の処理が終わって就寝する段に至ってさえ言葉少なく酒を飲んでどんちゃん騒ぎしようだなんて空気ではなかった。


 朝になって、設営されていたテント等を収納した馬車三台は再び街道まで戻って予定されていた通りの道程を進む。

 何の問題も起きなければ夕暮れ前には宿場町に到着する筈だった。



 ――そしてやって来たのは宿場町。

 事前に聞いた話だと人口千人にも満たない、どちらかと言えば町と呼ばわるよりは街道に沿う格好で宿屋が軒を連ねているだけの通りになるけど、住んでいるのは大半が宿屋や飲食店の授業員や経営者ばかりで、農夫の住まう民家などは逆に少ない。


 そんな宿場町の入り口は申し訳程度のアーチによって街道と仕切られており、入出に際しても大した検閲チェックもないガバガバっぷり。

 なので逃亡中の犯罪者などがよく潜伏しているものだとアレクさんは言ってた。


「盗賊くずれや人攫いが潜伏している可能性があって、そのくせ町の治安を守る警備兵は最低限ときている。ユウキさんも気をつけて下さい」


「はい」


 アレクさんのちょっと重めの警告には素直に頷いておいた。


 速度を落とした馬車の窓から外の様子を窺う。

 カラカラと回る馬車の車輪の音。

 喧噪にしては少し静かな、悪く言えば活気の欠如している景色。

 道行く人々の顔はどれも翳っている。

 宿と隣接している馬房の前に腰掛ける老女。

 彼女は感情の無い目でこちらを見たが、頬にあった大きなでき物を爪で掻けば、そこからブチュブチュと膿が流れ出ていた。

 子供の姿は見当たらない。

 荷馬車に樽を積む大柄な男性は、頭にフードを被っていて顔や表情は見えない。なのに目がこちらを向いている事だけは感じ取れた。


 なんだろう、この不穏な空気は?

 昨日の一件が尾を引いてそう思えるだけなのか。

 それとも別に理由があるのか、違和感ばかりが先に立つ。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 まるで見えない手に頭から押さえ付けられているような圧迫感。

 気のせいであると思いたい。


 やがて黒塗り馬車がある一件の宿屋の前で停車した。

 移動中ずっとアレクさんの横で黙していた金髪女騎士ミレーゼが扉を開けて先に出る。

 馬車の乗り降りの際に襲撃されないよう警戒しているのだ。

 それは昨日までならバンラム氏の役割だったが、彼が居なくなったなら必然的にミレーゼさんの役割になる。


 次に降りたのはアレクさんで、彼はボクの方に手を差し伸べ降りるよう促す。

 王子様の手を取って這い出したボクは、踏み締めた地面の感触を確かめるように周囲を見回した。


「ねえ、アレクさん」


「どうかしたのか?」


「……あー、いえ、何でもないです」


 喉まで出掛かった言葉は、しかし言語化できないまま胸の奥へと押し戻されてゆく。

 空は雲が多く、青い部分がまばらに見えているくらい。

 そのせいなのか通り全体が薄暗く思われた。

 行き交う人々は、馬車の窓から見た以上に陰鬱な表情をしているように見えた。


 宿屋の佇まいを仰ぎ見る。

 看板には『憩いの止まり木亭』なんて文字が、金属製の看板に刻みつけられている。

 二階建ての宿。

 通りの中では一番マシな部類であるとアレクさんは言った。


「部屋に荷物を置いたら、まずは食事にしよう」


 道中に食した干し肉と固いパンに辟易している王子様の言葉だ。

 ボクは言葉もなく頷いて、促されるまま建物の中へと足を踏み入れる。

 外界の明るさとは打って変わって、全体的に薄暗い宿の内側。

 扉を潜り抜けてすぐに大きな待合室エントランスがあって、地続きになったその奥に食堂がある。

 フロアの両サイドに階段があってそこから二階部分へ。

 客室は15。扉の間隔が狭いから、広さ的に本当に寝るためだけの部屋なのだと察する事ができる。

 そして宛がわれた部屋に入った瞬間に、まったくもって想像した通りであったのだと知ることになる。

 まあ、宿場町にある宿屋なのだから、そんな広い部屋でなくても充分に用を成すのだけれども。


 ボクは備え付けベッドの袂に荷物を置くとそのまま部屋を出る。

 食事に誘われていたからだ。

 使用人の方々は今の間に食料など物資の補給を行う手はずになっていて、当初の予定では各々単独で買い物に出かける手はずになっていたけれどアレクさんの提言によりそれぞれに護衛として騎士が一人付くことになった。

 なので着席したテーブルにはボクとアレクさんと、ミレーゼさん。

 金髪騎士様は警戒のためにここでも鉄鎧を脱がず腰に剣を差したままだった。

 アレクさんだって防具の類は見当たらないけれど腰にはショートソードが鞘に入ったままぶら下がっている。


 食堂には客が少なく、その為かボクらの存在が妙に浮いて見えた。

 他の客へと目を向ければ壁際のテーブルで酒を呷る痩せこけた男。

 またフードを深く被った二人が向かい合って着席する別のテーブルからは耳を澄ませても聞き取れないボソボソとした言葉が発せられている。

 照明は壁に掛けられたランプの光。

 安い宿の食堂ともなれば長テーブルが三列くらい置かれている程度なのだけれど、この店では各客用に丸テーブルが用意されている。

 あ、そういう意味で「マシ」なのかと納得してみたり。


 アレクさんはウェイトレスを呼びつけると野菜と鶏肉の炒め物、スープ、それからパンを注文した。

 やって来たパンは、保存食の意味合いが薄いからなのか持参した物より幾分か柔らかい。

 それでもそのまま囓るには難があるのでスープに浸してから食べる。


 そういえばと気付いた事を言えば、彼も、他のテーブルに着座している騎士にしても酒を注文していないということ。

 どうやら違和感を覚えているのはボクだけじゃあないといった話である。



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