47:野営(ゆうき視点)
街道をひた走る馬車はやがて細いながらも幾ばくか踏み固められた脇道に逸れて、だだっ広い広場のような場所で停車した。
そこは街道を伝い町々を移動する人々が野営を行う為の場所で、ちょっとした雑木林を除いて遮蔽物が見当たらず、つまり周囲が見渡せる場所になっている。
旅人達が常習的に野営地としているものだから焚き火するよう石で囲った円がポツポツと地面に浮かんでいた。
「本日はここで一泊する!」
言ったのはアレクさんの護衛として一緒に馬車に乗り込んでいた近衛騎士バンラムさんで。
彼の声を合図として他の騎士達が周辺を警戒もしくはテント設営で四方へと散っていき、また使用人の方々が持参してきた薪を乗り込んでいた馬車の背面荷台から引っ張り出してきて火を起こす。夕食の支度と言いながらそれら一連の手際は見事としか言えないほど無駄が無かった。
「――そういえばユウキさん、君の故郷はどこなんだい?」
灯された焚き火の上で簡単なスープが作られ、パンと一緒に配られる。
ボクはと言えば固いパンと格闘しながらすぐ隣に座っているアレクさんと話し込んでみたり。
「故郷ですか?」
「ここ数日見ていて気付いたんだが、君の話し言葉にはハイファン王国出身の人にありがちな訛りが無い。じゃあどこから来たのかな、と思って」
「ええ、確かに王国ではないです。……う~ん、どう言ったら良いのか。凄く遠いところ、とでも言いましょうか」
訛りなんて全く気付かなかったけどなあ。
なんて内心で疑問符を浮かべつつ答える。
だからといって異世界から来ましたなんて言った日には速攻で何者かバレちゃうか、そうでなければ頭のおかしな人だと思われてしまうに違いない。
なので当たり障りの無い言葉でお茶を濁しておく。
ボクを含めた五人の異世界人というのは、ハイファン王国にて行われた勇者召喚の儀によって地球から強制連行というか拉致された、言わば被害者である。
この情報がどの程度秘匿されていたのかボクには分からないけれど、公国がこの情報を掴んでいた場合、ボクらを指して兵器と呼ばわる可能性がある。
また情報を掴んでいなかった場合には、異世界という物の存在がどれくらい認知されているかにもよるけれど信じて貰えるか微妙な所だ。
そもそもの話として、ボクは朝霧有紀だった頃と比べて見た目も性別も身体能力さえ丸っきり変わっている。
そういった理由からこの場で安易に打ち明けるわけにはいかなかった。
「別の大陸?」
「まあ、そんな感じで」
あくまで曖昧な返答に留めておく。
そりゃあアレクさんは見た感じ簡単に信頼を裏切るような人間では無いとは思うんだ。
でも、だからといって安易に全てを話してしまえるほど信用しているわけでもない。
この場にはアレクさん以外の人も同席しているけど、彼らに対する信用なんてこれっぽっちも抱いていないわけだし。
これ以上は詮索するなと目で訴えかけると、彼は苦笑して言葉を打ち切る。
日が沈んだところで辺りは急速に暗くなっていって、対照的に焚いた火や護衛の方々が手にする松明の光が際立つようになってくる。
パチパチと薪の爆ぜる音と熱を感じながら、他の人達はと見回す。
「朝から気になっていたんだが」
「はい?」
目が合った所で口を開いたのはバンラム氏。
彼は今になっても警戒の色を失わない双眸でこちらを見ている。
「貴殿の殿下に対する態度は少々不敬が過ぎるのでは?」
「……ええと、そうでしょうか?」
ボクとしてはそんな言われるほど失礼な物言いはしていないつもりだったし、なので首を傾げる。
バンラム氏はその仕草にこそカチンときたのかすっくと立ち上がると腰の剣を引き抜く。
「たかが町娘ごときが思い上がるな! 平民なんぞは虫けら以下の存在と知れっ!」
どうやら彼は選民思想に凝り固まった差別主義者であったらしい。
近衛騎士が王族の意思を曲げて解釈するのは不敬に当たらないのかと思いながら、念のための確認としてアレクさんに顔を向ける。
「アレクさんのお考えもそちらの騎士様と同じと解釈して良いのでしょうか?」
「ちょ、ちがうっ、バンラム!」
意図せず自分の声が一段低くなっているのに気付いた。
焦ったように声に出して制しようとする赤髪王子様。
しかし皮鎧の騎士様は止まらない。焚き火を回り込むようにしてこちらへと近づくと切っ先をボクに向けた。
「町娘が殿下を誑かしよって、その素ッ首刎ねてやる!」
「誑かす、とは?」
横暴な物言いに流石に頭に血が上る。
よし殺そう。
この場に居合わせているのは十数名。
ボクの力なら、たぶん数秒で鏖殺できる。
魔法で染めていた黒髪が自然と元の水色へと変化した。
ボクの背後で水の柱が建って、龍の形へと変化する。
「ま、まて、待って欲しい。バンラム! 剣を収めないか! ユウキさんも落ち着いて!」
アレクさんの悲鳴に近い叫び声が響いて、周囲を警戒していた騎士達が何事かと駆け寄ってくる。
ひょっとしたら護衛騎士さんはボクとアレクさんが仲良くしている事に腹を立てているのかも知れない。
そんな事を考えている間に彼の全身がボコボコと波打ち、膨張し始める。
彼の変貌ッぷりに言葉を失う面々。
「URYIIIII!!!」
「なんだこれは?!」
「いかん! コイツを取り押さえろ!」
獣如き唸り声をあげるバンラム氏。
その異様を前に呆然とする騎士達はしかし、護衛対象が害意に晒されていると即座に判断して我に返ると彼を捕縛しようと掴み掛かる。
「貧弱な貧弱な下等生物の分際でえぇぇぇ!!!」
瞬く間に異形の生物と化したバンラム。
肌は紫色に染まり、目は白目を剥いている。
口からは涎が滴り落ち、歯がボロボロと剝がれ落ちていく。
これは誰の目から見てもただ事じゃあない。
そいつは手にした剣で真一文字に薙ぎ払う。
「がぁ?!」
「ぐふぅ!」
危険を一番最初に察知して飛び退いたのはボクだった。
アレクさんはギリギリ剣の届かない位置にあって座った格好のまま身を仰け反らせる。
次の瞬間、鉄製甲冑を身につけていたはずの騎士達の胴体が紙切れのように引き裂かれていた。
辺りに強烈な血の臭いが立ち籠める。
使用人達が悲鳴を上げた。
「URYILII!!!」
ほんの少し前までバンラムと呼ばれていた怪物。
彼は地面に転がった上半身だけの騎士の前で屈み込むと、切り口からはみ出している内臓を咀嚼し始める。
吐きそうになった。
悍ましい、と思った。
凶刃に屠られずに済んだ騎士達は、明確に敵であると認識したようで各々腰の剣を引き抜く。
周囲で立ち昇る気勢に勘付いたのか怪物は口端から血を滴らせながら立ち上がり、再び剣を振るおうとする。
その様は既に人間から逸脱していた。
最初からそうだったのか、或いはたった今なにかに取り憑かれでもしたのかボクには見当付かない。
ただ、コイツは倒さなければいけない存在であると、ハッキリと理解する。
「アレクさん、彼をぶっちめても良いですか?」
念のためにと聞いてみれば、自らも立ち上がったアレクさんは「頼む」と短く告げる。
「じゃあ、すぐに終わらせます」
答えて拳を握る。
まだ背後でとぐろを巻いていた水の龍がボクの腕に巻き付いてギュルギュルと音を立て始める。
拳を目一杯に引き、腰を落とす。
僅かに息を吸い、止める。
刹那、一陣の風になった。
突き出した拳が奴の胴体へとめり込んだかと思えば肉片を外に撒き散らす勢いで風穴が空く。
糸を切られた人形のようにどうと倒れた人型の怪物。
目端に何かが過ぎったように思われて、反射的に握り絞めた拳を開いて掴まえた。
『ギュアァ?!』
ボクの手が捉えていたのは、妙にデカい蝿だった。
蝿は忙しなく羽根を動かして藻掻いたが、それで驚いて離してしまうほどボクは柔な性格じゃあない。
蝿を掴んだまま王子様の前まで歩いて行って、見せてみる。
「どうやらコレが元凶だったようです」
「コイツのせいでバンラムが……」
アレクさんは吐き気と戦っているのか口元を手で覆いつつ、或いは信じられないような目でボクと巨大蝿とを見比べる。
証拠品としてどこかに閉じ込めておこうかとも思ったけれど、蝿の頭部がパクリと開いて牙の生え揃った口腔へと変化、ボクの顔面に食らい付こうとしたので思わず握りつぶしてしまった。
「……アレクさんって、こういった人外に付け狙われてるんですか?」
証拠品を握りつぶしてしまった気まずさを誤魔化すために、もしくは「狙われたのはアンタだからね? ボクは関係無いよ?」って事を強調する意味で問い掛ける。
アレク氏は首を振ったものの自信が無いのか考え込んでしまった。
……まあ、真っ先に脳裏に思い浮かんだのは魔王絡みの案件じゃないかって事なんだけど、ここでは沈黙を貫くことにしたわけさ。




