46:ちょいと一息(ゆうき視点)
アレクさんを乗せた馬車が“銀の杯亭”の前で停車したのは朝食を終えたボクが荷物一式を背負って店の入り口に出る頃合いとドンピシャで被るタイミングだった。
「待たせたかな?」
「いえ、丁度です」
それよりも、と思ったのは移動手段。
てっきり徒歩で来るものと思っていたから少し驚いた。
馬車は荷馬車ではなくお貴族様が移動するのに使うような代物で、黒塗りに装飾は控えめ、繋がれた馬が二頭でそのどちらもが黒毛ともなると威圧感が半端ない。
現代日本で言うところの本職ヤクザの親分といった趣だ。
「ああ、本当は城から歩いて出るつもりだったんだが、父上と宰相が口を揃えて反対したので仕方なくな」
本人は冒険がしたかったのかも知れない。冒険と言えば徒歩は当然で、長距離なら町々を行き来する寄り合い馬車に乗るのも乙なものだと内心でウッキウキだったのだと態度が物語っている。
でも保安上の配慮から目的地の直近にある町までの移動は馬車で行う事になったと。
しかも馬車は行った先の町に停留し、アレクさんの帰りの足にも使われる手はずになっていると。
その為に馬車は使用人達が乗り込んでいる物と護衛として付けられた近衛騎士達が詰めている物とで合わせて三台態勢。しかも周囲を馬に跨がる騎兵4人に固められての移動ともなれば、どこをどう取っても胸躍る冒険とは言えないだろう。
ちょっぴり切なげな表情が王子様の顔に張り付いていた。
とはいえ、目的地としている森の中には馬車は入っていけない。
つまりそこからは自分の足で動き回らなきゃいけなくなるって話だった。
「ええと、それでそちらの方々は?」
アレクさんが乗り込んでいた馬車の同乗者達に目を向け尋ねる。
彼のお供は二人で一人は皮鎧を身につけた長身の男性。
昨日の帰り際にアレクさんを追い掛けていた護衛と同一人物だ。
夜の暗がりでは大雑把なシルエットしか分からなかったけれど、今なら分かる。
年齢は二十代半ばか三十代の前半。座席に立て掛けられた剣は片手剣でそのくせ盾が見当たらないからきっと周囲を警戒したり仲間達に先行して偵察を行う斥候みたいな役割を担っているのだろうと予想する。ということは気配を消して動くなんて事を日常的に行っているだろうし、投擲ナイフをどこかに隠し持っている公算が高い。
また、もう一人は女性だった。
こっちは金属製の鎧を身につけた若い女性。
髪は金髪で、気品を感じさせる面立ちと合わせて彼女自身が貴族家の出身に思われる。
彼女の得物は意外にも腕力を必要とする両手持ちの剣、皮鎧男性の武器より長くて幅がありそうだと鞘に収まった状態でも見分けが付く。
アレクさんは振り返って二人を紹介した。
「そっちの男は“バンラム”、もう何年も前から俺の護衛を担当している近衛騎士だ。女の方は“ミレーゼ”、同じく近衛からの選抜だが実力は確かだ」
皮鎧長身男性がバンラムさん。
鉄鎧金髪女性がミレーゼさん、ね。
ボクは会釈して「宜しくお願いします」と声に出す。
ギロリ、といった感じで両者がこちらを見るのが分かった。
「ボクは別の乗った方が良いですか?」
「なぜ?」
「いえ、ボクはお貴族様では無いし、場違いっぽいし」
「何を言ってるんだ。君はこっちだ、早く乗って」
「はあ……」
促されるまま馬車に乗り込む。
二人の護衛役はどうも気に入らないのか鋭い目を向けるばかりだった。
全員が着座するのを小窓越しに確認した御者さんが手綱を振るえば馬車は動き出し、間もなく王都の入場門をくぐり抜けて街道へと躍り出る。
うららかな日差しと耕作地帯のまだ未熟な青さ。
或いはまばらな民家。時折見える草原。見上げればプカプカと浮かぶ雲。
鳶のピーヒョロと鳴く声が偶に耳を刺激する。
それら窓の外に見える景色は、とても平和だった。
馬車を囲む騎兵の物々しさと、そして断続的に突き上げてくるお尻への衝撃さえ無ければ旅路ではなくちょっとした小旅行と呼ばわっても良いかも知れない。
はい、この時代の馬車ともなればサスペンションなんて概念すら無いっぽい。
おかげで二時間としないうちにお尻が痛くなってくる。
これは最早拷問レベルだ。
貴族の方々はこんなのよく我慢していられるものだと感心せずにいられない。
ああ、そうか、だから何度も休憩を挟むのか。
貴族の移動には大抵の場合で使用人達がお供するけれど、その意味を垣間見たボクである。
「小休止しよう」
アレクさんが声に出せばバンラムさんが窓を開けて騎兵に何事かを告げる。
馬に跨がる人達は伝令も兼ねているようで後ろの車両に連絡した。
馬車三台は街道から逸れた広場のようなところで停車、使用人の方々がティータイムの準備を行い、支度を終えたら呼びに来る。
こういった一連の流れは当たり前の事として計画の内に組み込まれているのだろう。
誰も彼もテキパキと動いていて無駄が無いように思われた。
「ユウキさん、お茶、というか休憩しよう。今の間に体を伸ばしておかないと後で大変な目に遭う」
「はい、アレクさん」
言われるままに席を立つと馬車から這い出したボク。
アレクさんに手を引かれて向かった先には分解組み立てが容易な丸テーブルと椅子があって、彼と向かい合う格好で着席した。
馬車の室内では一緒だったバンラムさんとミレーゼさんは、ここでは王子様の斜め後ろに控えている。
「ああ、以前にも同じように遠征したときがあってね。俺一人だと落ち着かないからと二人にも座るよう言ったのだけれど頑として聞き入れて貰えなくて、だからもう諦めてるんだ」
ボクの考えを見抜いたようにアレクさんが笑って告げる。
そうですか、としか答えられないボク。
「そう言えば、全体の日程としてはどういった計画なんです?」
世間話が出来るほど街に馴染んでいるわけでもなく、流行り物に聡いわけでもない。
話すネタが思い浮かばないからと聞いてみる。
給仕さんの淹れた紅茶で喉を潤してから彼は言った。
「向かっている町は徒歩で片道一週間、馬車でも三日から四日は掛かる。そこへ行き着く前に食料の買い足しも兼ねて宿場町に寄って一泊。だから街に到着するのは五日後の予定なんだ。シーリスに到着したらまずは冒険者ギルドで聞き込み。翌日の朝から森に入る。案内役が見つかれば良いんだけど、その辺りは運だな」
自分で確かめるように言葉に出す。
そう言えば、とボクは疑問を口にする。
「結局のところアレクさんは何を目的としていて、ボクにどういった役割を期待してるんですか?」
森に住んでいるであろう特定の人物を探し出すこと、なんてフワッとした説明であれば聞いていた。
けれど具体的にどういった人物で、それに対してどういった話を持ち掛ける腹づもりなのかまでは聞かされていない。
単に挨拶に伺うだけなのか、それとも何らかの交渉を行うのか。
……それとも排除を目論んでいるとか?
それによってボクの動き方も変わる。
というかそもそもの話としてボクはアレクさんの部下ではないし、なので必ずしも命令に従わなければいけないといった話でもない。
やりたくないことはやらない。
不敬であると剣を向けるなら、それは敵である証左となる。
敵は倒せるときに倒しておくのが定石だとボクは思う。
どういった返答であっても顔には出さないよう気をつけつつ、彼の言葉を待った。
「正直、何とも言えない」
アレクさんは、しかし困ったような顔で告げる。
「状況だけを並べると、森に賢者が住み着いたとシーリスの冒険者ギルドから報告が来た。なんでもシルバーウルフの上位個体を一人で撃破したんだとか。だがその人物は冒険者登録もしていない、年齢はおろか男か女かさえ分からないときたもんだ。ギルドに詳細を求めたが、それ以上は分からないの一点張り。絶対に何かは知っている筈なんだが情報を開示してくれない。だから俺がこの足で直接出向いていって人となりを見定める。有能そうなら国に仕えるよう誘ってみるけど、いずれにしてもこちらから喧嘩を売る考えは無い、というのが目的だ。ユウキさんには他に手が無いって時に力を借りる事になる」
「……そうですか。ええと、つまり戦いは極力避けるという事で良いんですね?」
「ああ、その考えで間違っていない」
ボクはちょっと考えてから口に出す。
「じゃあもう一つ、アレクさんはボクをどういった人間と判断してるんです?」
彼と最初に出会ったのは入場門と隣接する衛兵の詰め所だった。
ハイファン王国の方から来たこと。
アルベティア公国の人間ではなく、なので身分を証明する手段が無いことは衛兵さんに告げているけど、それだけだ。
冒険者登録証は、この時点ではドレス姿のまんまで、どこかに消え去っていた。変身が解けた後でポケットに入っていたのを見つけたけど今更だよね。
また詰め所まで連行された経緯だって人攫い数名をぶっちめた所からの事情聴取が主な理由なので、ボクに幾ばくかの戦闘能力があることは彼だって知っている筈なんだけど……。
「う~ん、実は良く分からないんだ」
「というと?」
更に困ったように腕組みしたアレクさん。
ボクはこてりんと首を傾げて見せる。
「あ~、何というか。物凄く気まずい話をすると、出会った最初の夜には報告書に目を通していて、だから君が高位の魔法使いだって事は大凡分かってたんだ」
「んん?」
「けど実際にどの程度の実力なのか分からないからという事で、宮廷魔術師長に依頼してこっそり君の能力を計って貰ったんだ」
「はあ……」
「けれどこの国一番の魔法の使い手である彼の目を以てしても君の能力が分からなかった。だから一緒に戦っていれば分かるかなぁ、と……」
「う~ん、何と言いましょうか、物凄く返答に困りますね」
「だろう?」
この件に関して随分と後になって知る話なのだけれど。
物体の性質や価値といった情報を得るスキルを“鑑定”といい、人間を含めた生物の能力を看破するスキルを“浄眼”という。
これらはあくまでスキルである。
スキルとは職業に由来する物もあれば、個人が先天的に獲得している場合もあるが、どちらにしても能力には違いない。
で、鑑定であれ浄眼であれ、魔法で同じ結果を生み出すことが出来る。
なので宮廷魔術師が特定の人物の能力を覗き見するという発言は間違っていない。
ただし、魔法による能力看破はかなり項目が限定的であるらしい。
また、これはスキル魔法にかかわらず、標的の存在力――魂の強度というか、魔力的、精神的な指標があるらしい――が発動者のそれを大きく上回っていた場合、無効になるのだとか。
だからボクの能力は、この時点では不明のままだった。
「ボクの能力が判明したらどうするつもりだったんです?」
「凄い実力があったら宮廷魔術師としてスカウトしたし、大した能力が無かったとしても店で働いて貰えば何をするにしてもお金は貯められるだろう? 君が真面目で良い子だってのは顔を合わせてすぐに分かったし」
「それは……、ありがとうございます?」
褒められているのだろうか?
分からないまま頭を下げてみる。
彼は手を振って気にしないでくれと言った。
「何にしても、今日はある程度の距離を稼いだら野営して、明日は宿場町で一泊だ。それは確定だな」
「分かりました」
幾ばくかの会話で彼がどういった人物なのか朧気ながら分かったように思う。
たぶん、誠実な人なんだ。
なぜだか安心感を覚えたボクは、ティーカップを持ち上げると冷めかけの紅茶を喉の奥へと流し込んだ。




