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40:シーリスという名の町


 ――アルベティア公国は縦に長い国土を持つ大国の一つだった。

 北に魔境“アウストラ大森林”を臨み、南に“皇竜公国”と“サイファリス魔導国”。

 東に亜人国家“ダイクン”あらば西に“ハイファン王国”あり。


 大国と言いながら周辺諸国とて列強であり決して気を抜くことはできないと、そんな情勢の中で建国200年余りが過ぎようとしていた。

 ただしここ数ヶ月で北方の魔族達が南進してきて領土の実に一割を掌握されてしまったが。

 国土の広い公国の一割ともなると、実際の面積は相当に大きかった。


 そんなアルベティア公国の首都“リガーデン”から西に一週間ほど馬を走らせるとシーリスという町がある。

 町はハイファンの侵略を防ぐ意味合い――この国は昔から軍事に重きを置く侵略性国家で、国境沿いでは小競り合いが頻発している――もあったが北方の大森林から魔物が押し寄せた際の防波堤の役割も担っていた。


 即ち、シーリスの北と西、それぞれに強固な砦が建っているということ。

 北側にあるのは“ベルガルド砦”。

 西の国境付近に建っているのは“リーマス砦”。

 二つは同じ砦と銘打ちながら、その特性はかなり違う。

 ベルガルドに駐留する兵団は重装騎兵隊と魔導師部隊を主軸とする公国第三騎士団であり、兵達の扱う武器を取り沙汰しても大剣や長槍といった人間よりも大きく頑強な生物を想定した物が主装備になっているし、戦法にしたってゴリゴリの力押しが推奨されている。


 翻ってリーマスはと言えば、こちらは対人戦、人間の兵団を迎え撃つよう編成されている。

 武器はショートソードや長剣、騎兵にしても鎧の分厚さよりは軽量から来る機動性を重視している。


 そんな二つの砦から最も近いシーリスは文字通りの補給拠点。

 週に一度、もしくは大規模な訓練が行われる前後ともなると三日に一度の頻度で物資が輸送される。

 隣国ダイクンとは同盟関係にあるし、南の2国にしたって今日や明日に宣戦布告されてしまうような険悪な仲でもない。

 となれば注視すべきは北と西。

 薄汚い侵略者どもと南下する魔物達を迎え撃つことこそがアルベティアの執るべき道となっていた。


「ただいま戻りました」


「ああ、お帰りなさい“疾風”の皆さん。ご無事そうで何よりです」


 シーリスの冒険者ギルドは今日も今日とて喧噪に溢れている。

 町内を行ったり来たりする配送の依頼もあれば、森で薬草を取ってきて欲しいといった依頼。

 北に砦があると言ってもこの辺りにだって魔物は出現するので討伐依頼が尽きることも無い。

 仕事が途切れない、むしろ慢性の人手不足ともなればギルド側としては報酬を釣り上げるしか無くて、なので一件ごとの単価が割高に設定されている。

 貧弱な資金力しか持たないギルドであれば、かなり苦しい状況であろう。


 だがシーリスは補給の拠点である。

 そして国の生命線とすら位置づけられているこの地は建国当初から王家の直轄領となっている。

 領主代行に任命されているのは宰相の血縁で、非常に頭のキレる男だった。

 するとどうなるのかと言えば、国策としてジャンジャカと資金が流し込まれた町は、税収なんて鼻で笑ってしまうほど潤沢な資金を保有しているといった話になる。


 そして領主の仕事を代行しているのは公爵家の三男“ビファレス=マーティン”。

 三十路にして気力体力ともに壮健なるこの男は、町や街道の整備といった公共事業と軍備増強に注力するためと称してそれ以外の雑務全般を冒険者ギルドに委託したのだ。


 だからギルドは資金不足に喘ぐことも無く、仕事を途切れさせることも無く、冒険者たちに夢を見させることが出来る。

 社会階級的には最底辺となる冒険者だが、言い換えるなら自らを縛る枷がないが故に英雄にだってなれてしまうのだ。

 現に討伐評価S級まで登り詰めた冒険者パーティは貴族の位を得て一気に支配者層の仲間入りを果たした。


 鉄火場には夢があるのだ。

 夢を追い掛ける自由があるからこそ自ら進んで冒険者を志願する若者が後を絶たない。

 人間いつかは死ぬ。怪我や病気によるものか、寿命によるものか、そんな事は誰にも分からない。

 であるならば、同じ死ぬのであれば、野垂れ死ぬ覚悟と共に成り上がるために剣を振るったとして誰が咎められようか。


 冒険者パーティ“疾風”にしたって、それ以外の徒党にしたって思う所は大して変わらない。

 なればこそ、仕事として請け負った依頼に対して誠実さを欠くわけにはいかなかった。


「討伐依頼の件ですが、結論から言えば未達成です。けれど報告しなければいけない重要案件がありまして、ギルド長に直接話をしたいんですけど」


「では暫くお待ち下さい」


 “疾風”のリーダー、コルトが受付嬢に物言えば、嬢は思案深げな顔をした後そそくさ席を立ち小走りでどこかへ消えていった。

 実績とそれに見合った実力を持つパーティが重要案件と言うなら、それは間違いなく幹部クラスで無ければ判断つかない話となる。


 少ししてから彼女が引き連れてきたのは細身ながら身長高めの優男。

 シーリス冒険者ギルドのギルドマスター“スレイン=リューク”である。

 見た目二十代後半といった風体に紺色ローブを纏った彼は、かつては英雄と呼ばれた冒険者パーティの一員であり、頭脳ブレインもしくは天才的な魔導師として有名な御仁であった。

 S級に登り詰め、古代ドラゴン討伐を成した彼は仲間達と共に貴族位を与えられ今に至っている。


「話を聞きましょう」


 スレインが落ち着いた声で促すと、コルトは言葉を選ぶように話し始める。

 シルバーウルフの上位個体を討伐しようと森に入ったところ、家ごと転移してきた魔法使いと出くわしたこと。

 その魔法使いは庭に入った害獣を自分で仕留めると言って聞かず、空を飛んで標的の方に飛んで行った事。

 そして凄まじい爆発音が響き、森に光の柱が立ったと。

 戻ってきた彼女はシュバルツを倒したことを告げ、その証拠として巨大な魔石を見せてくれたこと。


 それら一連の流れを聞き終えた時点でスレインの眉間に皺が寄っていた。


「B級の魔物を一人で討伐する魔法使い、ですか……」


 “疾風”はB評価の冒険者パーティだが、それは別に二流冒険者であるといった話では無い。

 冒険者としての立ち居振る舞いは一流なのだ、その上で実力も申し分ない。

 A級というのは英雄であり、S級ともなるともはや人外の強さとなる。

 即ち、あと一歩で英雄と呼ばれうる若者達が彼らなのである。


 そんな“疾風”が戦闘能力に於いて自分たちを遙かに凌駕する魔法使いであると曰うのだからただ事じゃあない。

 スレインは髭の無い顎を指で撫でてから「であれば」と言葉を紡ぎ始める。


「あなた方にギルドマスターである私から指名依頼を行います。私を彼女の所まで案内し、話し合いに際して仲介をお願いします」


「ええ、分かりました」


 コルトは即決で答えた後、思い出したように仲間達を振り返る。


「うん、私は別に良いんだけど、せめて答える前にこっちにも話を振って欲しかったなぁ」

「いや、ごめんて。今度何か奢るから、な?」

「ほんっと、しょうがないわね」


 口を尖らせたアイシャに、悪びれもせずに謝罪するコルト。

 イチャつくな、と思ったリンディとリザーブだが口には出さない。


「では出発は明日という事で如何でしょう」

「ええ、俺達は……構いませんよ」


 言った先から独断しそうになったコルト君が問い掛けるような目で仲間達を見る。

 反対意見は出なかった。


 結果として、シュバルツ討伐依頼の是非に関しては依頼そのものが取り下げられ、おかげで“疾風”の面々に依頼未達成の汚点は付かなかった。

 ただし実際に彼らが倒した魔物もあったので、そのぶんを報酬として支払うといった話に落ち着く。

 新たに依頼された案件に関して、ギルドマスターが直々に出向いてその魔法使いと話をする事になったが、職員を二人随伴させる意向と自らを合わせた三人の護衛も行うという内容で、依頼内容が確定する。

 これはギルドが提示する案件としてはかなり割の良い仕事だった。


「では明日の朝、迎えに来ます」

「ええ、そうして下さい」


 コルトとスレインは交渉成立の証として手を握り、一方は建物の奥へ、もう一方は踵を返し立ち去った。


 ――ギルド長の部屋まで戻ったスレインは、自分の机に広げられた手紙へと目を落とす。

 手紙の送り主はハイファン王国領内にあるエルダという町の冒険者ギルド長、バッカス=クロード。

 スレインとはかつて同じパーティに籍を置いた人物で、今でも時々遣り取りがある男だった。


「古代竜よりも恐ろしい魔法使い、ですか……」


 手紙は緊急で寄せられたもので、内容は要約すれば次の通り。


 “ルリという冒険者が悪徳貴族に目を付けられ出奔した。もしもそちらに行ってたなら、絶対に怒らせるな。下手をすれば古代竜よりヤバい奴だ。ルリにちょっかいを掛けた貴族は住んでいた屋敷ごとこの世から消されてしまった。それができる能力と、行動に移せる胆力を持っている。ポーション作りに秀でているから監視も兼ねて取引を持ち掛けろ。絶対に怒らせてはいけないが、動きを見失うのはもっと危険だ。常に手元に置いて、危険な目に遭わないようギルドの総力を挙げて守れ。何かあったらこちらに連絡するように。”


 「もしも」などと綴っておきながらバッカスはほぼ確信している様子だった。

 昔から彼の勘は良く当たる。現に自分の前にルリという魔法使いが出現したじゃあないか。

 これは対応を間違えるワケにはいかないぞとスレインは気を引き締める。


 留守にしている間の業務引継など諸々の準備を終えた頃には日はとっぷり暮れて。

 翌朝、冒険者達が迎えに来る時刻までの僅かな時間を仮眠に充てたスレイン。

 こうして寝不足のままギルドマスターは町を後にし、一路“シーラント樹海”を目指したものである。


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