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39:事後の諸々


 家に帰り着いたのは夜も更けた頃合いだった。

 杖が壊れてしまった兼ね合いから複数個の魔法を連続して行うのは疲れるからと明かりの魔法だけ点けっぱなしで探知系等は時々発動させるといったやり方で、それでも迷うこと無く一度の戦闘も経ずに帰宅できたのは僥倖ラッキーと言えよう。


 家の周囲にはゴブリンやら狼やらの死体が散乱しており、そちらは死体のまんま地面の上に転がっていた。


「随分と早いお着きで」


 家の前までやって来た私を出迎えたのは、そんな疲れ切った声だった。

 冒険者パーティ“疾風”のリーダー、コルト君である。

 彼は最初、木の幹に背もたれる格好で座っていたが私の姿を見つけると「どっこいしょ」なんておっさん臭い掛け声と共にのろりと立ち上がる。

 光に照らされた立ち姿は血塗れで、でも得物やりの穂先は頻繁に拭っていたのか光沢を宿したまま。

 彼は私の前に立つと「死ぬかと思った」と周囲を見回した。


「あんたらの戦いから逃げて来た魔物達と鉢合わせたせいで連戦する羽目になった。おかげでこのザマです」


 彼ら“疾風”は上位個体シュバルツを仕留めようと森に立ち入っている。

 けれど肝心の獲物は私に横取りされて、挙げ句ゴブリン等の魔物達を相手することになったとぼやいた。


「凄え音がしてました。ここにいても聞こえてましたよ」


「あら、そう?」


「それで、仕留めたんでしょうね?」


「ええ、勿論」


 言ってから見せびらかすように手に持っていた魔石を持ち上げる。

 大きいな、と彼は目を丸くした。


「魔石があるって事は死体は残らないって事でもあるから物証を譲って貰おうだなんて期待は止めてね」


「ああ、分かってますよ」


 コルト君は肩を竦める。

 もうちょっと悔しそうな顔をするだろうと思っていたから拍子抜けだ。


「最後の凄い魔法はここからでも見えてましたし、あんなの見せられて獲物を寄越せとは言えないでしょうよ」


 彼の心情をうまいこと言語化したのは横やりを入れてきたアイシャちゃん。

 亜麻色髪の狩人は革の胸当てや緑色の衣服を所々返り血に汚した格好で、そのくせあっけらかんとしていた。


「アイシャは最初、この依頼に反対してたんです。私たちの実力に見合ってないって。それをコルト君が強行したものだから……」


 言葉を継いだのはリンディちゃん。

 深緑色ローブと捻れた木製杖でこれぞ魔法使いってな風貌の緑色髪の眼鏡っ娘は、キラリと眼鏡を光らせて詰め寄ってきた。


「そんな事より!」


 彼女にとっては“そんなこと”でしかなかったらしい。


「ルリさんの使ってた魔法って一体どういった物なんです?! 飛行魔法だって大陸を探したって数える程しか使える人がいない筈なのに! それに帰りはどうして歩きだったんです? 飛んで帰って来た方が早いのに!」


 食い気味に迫られて私は「こいつウゼェ」と思ってみたり。

 彼女の目には私の壊れた杖がバッチリ映り込んでいる。


「ああ、うん。帰り際で杖が壊れちゃってね、杖無しで飛ぶと色々と危険だから歩いて帰ってきたの」


 なのでつい、しどろもどろになって答えてしまう私。


「という事は、その杖に秘密が隠されているって事なんですね?!」


 なんだか凄い剣幕だ。

 最初に会った時から彼女はチラチラと私の杖を見ていたけれど、つまり私の強さの理由として目を付けていたと、そういう事なんだろう。


「そういう事なので魔石は売らないし誰にも渡さない。こちらで消費するわね」


 告げるとリンディが更に目を輝かせる。


「あ、あの! 杖を修理するんですよね! その現場を見せて貰うのはダメでしょうか?!」


 う~ん。この眼鏡っ娘はどうやら興味のあることに関しては人格が変わってしまうらしい。

 ふと視線を感じて目を逸らせば、家の中でお留守番していた筈のレミーちゃんが肩にオコジョを載っけたまんまこちらを見ている。


「お帰りなさい、お師匠様」


「ただいま、レミーちゃん」


 リンディの勢いを削ぐように弟子と笑みを向け合う。

 てててっ、と駆け寄ってきた幼女に「じゃあ晩ご飯にしよっか」と問えば元気いっぱいに「はいっ!」とお返事する。

 なんて可愛い子なのかしらと、思わず癒やされてしまう私だった。



 ――その後の事を言えば魔法杖と魔石を家の中に押し込んだ私は、触媒無しで魔法を発動、地面に程良い深さの穴を掘ると冒険者達と一緒に周囲に転がっていた魔物達を放り込み、炎魔法で焼いたら仕上げに土を被せた。

 死体を放置すると腐敗臭が漂うだけじゃなく悪性の細菌が繁殖するし、場所が悪けりゃゾンビになって起き上がる。

 家の周辺でそれは流石にイヤでしょ?


 冒険者達はシュバルツの討伐を目論んでいたものの、それ以外の魔物と対峙し勝利したというのであればその証拠が必要になる。

 なので死体から耳なり指なりを切り取って、その流れで後始末も手伝ってくれたのだ。


 杖無しで大火力の魔法を発動させる私にリンディは驚愕していたけれど、魔法使いが手にする杖というのは魔力を増幅させるのと同時に魔法を安定して発動させるための道具で、だから触媒無しでも充分な火力が得られている時点で凄い事だと興奮した面持ちで説明されてしまった。

 もちろん知ってるけどさ……。


 私の場合は単純に並列思考と並列演算、あと膨大な魔力があるからそうなるってだけの話であって、つまり彼女の言う一般的な魔法使いとは地力が違うって事で。

 リンディが「私も弟子にして下さい」などと口走って仲間達に止められる様はちょっと面白かった。


 そんな経緯なものだから、我が家の今夜の夕食は鍋一杯のシチューで“疾風”の面々にも提供、狭苦しいながらも家の中に招き入れて六人でテーブルを囲むことになった。


「うめー! なんだコレ?!」


 木製皿から掬ったシチューを口に入れた瞬間に叫び出すのは盾役のリザーブ君。

 彼は戦闘中は敵の攻撃を一身に集めていたし、合間ともなれば魔物達の襲来を警戒していたから実質的に休憩というものが無かった。そのせいか凄い勢いでかっ食らう。


「ホントに美味しい……これ、お店が出せるレベルだわ」


 アイシャちゃんが喜色に顔を綻ばせつつ仰る。

 そこまで喜んで貰えると私としても作った甲斐があるってもんだ。


「……」


 一方でリンディはずっと静かだった。

 食事が口に合わないといった様子でもないけれど、どうやら彼女の関心事は室内の景観であるらしくしきりにキョロキョロとして落ち着きが無い。

 こいつは……。と私のみならず仲間達からも呆れられていた。



 そう言えば返り血に塗れていた“疾風”の面々は食事前にリンディちゃんの使った《清浄クリーン》という魔法で汚れを落としていた。

 いや、魔法そのものは知っているし私も使えるのだけれど。

 そもそもの話、掃除というのは物体Aに付着した汚れを物体Bに移すといった動作の繰り返しなワケで、じゃあ《清浄クリーン》の魔法で落とした汚れというのは一体どこへ行ったのか、なんて疑問が浮かんでくる。

 未知の空間へ転移でもしているのか。それとも目に見えない素粒子レベルまで分解して空気中に散布しているのか、けれどいずれにしたって高等な事を行っているのであれば分類上の生活魔法という括りに含めるのは少々無理があるように思われる。

 その辺りを尋ねると、リンディはドヤ顔で答えてくれた。


「《清浄クリーン》は生活魔法の中でも高等な部類で、だから使える人も限られてくるんですよ」


 やっぱり単に火種を灯すとか明かりを点けるといった魔法とは一線を画しているようだ。

 この魔法は魔法学園に通っていないと教えて貰えないらしくて、魔法学園は学費とかの都合で貴族家の子女が大半、貴族が冒険者稼業一本で食べていく――趣味や道楽半分で冒険者をやる人は意外と多いらしい――なんて事は有り得ないので、結局は使える人間の絶対数は少なく非常に重宝されるのだとか。


 まあ、普通に考えれば討伐系の依頼をメインに請け負うような冒険者パーティともなれば事あるごとに全身血塗れになっちゃうワケだし、その度に衣服を買い換えてたんじゃ金銭的に釣り合わない。

 血痕や脂の汚れは落ちにくいし臭いも残るから、そのまま着続けるというのも精神衛生上良くないしね。

 リンディは「何でしたら教えましょうか?」なんて言ってきたのでこちらも使えるよと自分とレミーちゃんを綺麗にしたが、物珍しそうな、ちょっぴり嫉妬ジェラの入った目で見られてしまった。


「ルリさんってば学園に通ってたりします?」


「いいえ、存在すら知らなかったわ」


 魔法談義は一度熱を帯びるとなかなか尽きないもので。

 それでも夜も更けてきたからと就寝。

 我が家には6人の人間が寝るスペースもベッドも無いので冒険者4人は家の外で眠ることになったけど、それだけだとあんまりなので魔物が入って来ないよう結界を張った上に天幕を拵えて雨風くらいは凌げるようにしておいた。

 これとは別に家の周囲にも結界を張っておいたから魔物達の襲撃はまず無いと言える状況なのだけれど、冒険者のさがなのか二時間交替で2人が見張りに立つなど警戒は怠らない。

 良いチームだと、私は思った。



 ――翌朝、“疾風”は去って行った。

 依頼そのものは失敗になるだろうけれど、森に越してきた凄腕魔法使いの情報や、シュバルツが討伐された顛末など事細かく報告すれば彼らの評価に傷は付かないだろうとの事で。

 疲れを感じさせない足取りで去って行く背中たちを見送った後、私はレミーちゃんと二人して森の探索に乗りだしたものである。



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