38:ルリ VS シュバルツ
徐々に陽が傾き刻一刻とオレンジの色合いを濃くしていく森の奥まった所にて。
突如として始まった轟音と、ぶつかり合い鬩ぎ合う度に起こる地響きが、その邂逅が如何に苛烈で悪辣なる代物かを世に知らしめているかに思われた。
ズギャギャギャギャギャッ!!!
一方は全身を銀色の毛並みに覆われ、人間が住まう民家とどちらが背が高いかを見比べた方が早いに違いない巨躯の銀狼。
町の冒険者ギルドにあってはシルバーウルフの上位個体として『シュバルツ』の名を与えられた魔物である。
『グロロロロォォ!!』
「くくっ、そうだ! もっと滾れよ犬っころ! 私を愉しませろ!」
対するもう一方は吹き荒れ踊り狂う暴風に瑠璃色髪を遊ばせ愉悦そのものといった面持ちを隠そうともしない華奢で可憐なる少女。
空間に焼き付いた叡智と接続し、あらゆる世界のあらゆる魔法を手中に収めた魔導の女王。
手にした機械式の魔法杖『エリンジューム』が再三、廃熱の息吹をノズルから吐き出し、無限とすら思われる魔力を制御し幾多の魔法を並列起動させている。
両者の間では轟音と衝撃波が撒き散らされていた。
秒間十数発で繰り出されるのは魔法の弾丸と、圧縮された空気の塊。
互いに一歩も退かない撃ち合いは、しかし次第に巨浪が押し込まれるようになっていた。
『グルルゥゥ……』
「どうした弾切れか? ほれ、もっと根性見せろ!」
ルリの顔が笑む。
「でないと、死ぬぞ?」
――《灼熱地獄》。
真っ赤な魔方陣が狼の真下に出現、瞬きするより早く恐るべき熱量へと変換される。
シュバルツは本能的に危険を察知したのか全身で飛び退こうとする。
だが魔法の発動速度の方が僅かに早く、前足が粉々に砕けて黒く炭化した。
『ギャワウゥッ!?』
前足一本を失った魔獣が苦悶の叫び声を上げる。
そこへ飛び掛かった少女が、何も持っていない方の手を振り上げ、ハンマーよろしく振り下ろす。
ズドンッ、と地面がクレーター状に陥没する。
魔狼はすんでの所で更に後ろ足で蹴って難を逃れたが、反撃などは許されない。
少女の背後で、既に光弾の雨が控えていたからだ。
――《展開》、ファイア。
マジックミサイルは一発の破壊力などたかが知れている。
だが三発を組み合わせて放つ事で貫通力も破砕力も十倍以上に跳ね上がる。
放たれた薄緑色の光が無軌道に弧を描いてシュバルツの身を打ち付けた。
『ゴハッ?!』
全身を隈無く叩いた衝撃波の嵐。
狼の巨体が下から突き上げられる格好で宙に浮く。
「ホラホラ、早く逃げ出さないと蜂の巣だぞ?」
一方でルリは残忍極まりない凄烈な笑みを美しい相貌に貼り付けていた。
どれだけの体格差があっても変わらない。少女にとって狼などは娯楽でいたぶってしまえる程度の虫けらでしかないのだ。
『グォロォォ!!』
巨狼が苦痛と怒りに身悶え、唸り声と共に周囲に空気のバリアを張って大きく飛び退いた。
だが毛艶の良かった体躯は至る所が掻き毟られ、ベコベコに陥没している。
大量に吐血した狼は、前足一つを失っていることもあってバランスを崩して大きく傾く。
「凄い凄い、よく脱出した。褒めてやる。……褒美にコイツをくれてやろう」
そんな巨狼の見つめる先で、無人の野を歩むが如き歩調で瑠璃色髪少女が近づいて来て、魔法杖の柄で地面を付いた。
次に発動した魔法は相手の身動きを封じ込めるものだった。
地面から生え出した光の鎖が巨躯の至る所に絡みつきその身を縫い止める。
目の前で悠々とする少女に食らい付くことも、逃げ出す事も出来ずにシュバルツは身じろぎするばかり。
「お前は強くない。だが悲観するほど弱くも無い。お前はこれまで幾つのも命を食らってきたのだろうが、今日は食われる側になった。ただそれだけの話さ」
言いながら少女が杖を掲げた。
ガチンッ、と火花を散らす勢いで杖の装甲が縦に割り開かれ、その内側から真っ赤な宝石にも似た核が顔を出す。
――《天光浄滅》。
強烈すぎる光の柱が天から落ちてきて狼の巨体を丸ごと包み込む。
狼の耳には何の音も聞こえてやしなかった。
痛みも苦しみも、何も感じない。
ただその身が崩れて塵になっていく様が、光の中で描き出されていた。
魔獣シュバルツは、その瞬間に絶命し、跡形も無くこの世から消されてしまうのだった。
天光浄滅はかの変態魔王の半身を焼いた陽神光閃の原型となる魔法である。
魔王の体半分を瞬間的に焼き切ったのと同じ光の刃を、魔王の半分ほどの力も持たない銀狼ごときが耐えられるわけが無い。
戦いの終結を確信したルリが大きく息を吐き出す。
「今夜はよく眠れそうだ」
そんな場違いなまでに能天気な言葉を吐いた後、それまで狼が居た場所まで近づいて行って地面に転がっていた物を拾い上げるルリ。
目を落とせば掌に収まりきらないほど大きな魔石。
少女はちょっと考えて、杖の材料にしようと心に決める。
「引越祝いに貰っておいてあげよう」
ホクホク顔で踵を返す。
魔石は自然発生した魔物からは得られない。
人為的に作成された魔法生物だからこそ、倒した瞬間に触媒となっていた魔石が残るといった話なのだ。
……つまり、シルバーウルフの上位個体なる魔物は、誰かの手によって生み出された物だったということ。
魔狼を製造した誰かさんは、どういった理由でそれを行ったのか?
この森には何かあると、脳みそお花畑のパープリンであっても気付くに違いない。
「特に何も考えずに越してきたけど、大当たりだったかもね」
こういうとき、異世界じゃあ『ビンゴッ!』って言うんだったか?
なんて、本当にどうでも良い事を考えながら飛翔魔法を発動させようとしたところ、魔法杖からバチリと火花が散った。
効果を発揮しかけていた魔術回路が消失し、それまであった魔法杖の駆動音も鳴り止んでいる。
「あらまあ……」
どうやら調子に乗ってバカスカと魔法を連打した結果、杖の中身が壊れてしまったらしい。
見たところ装甲の内側に隠れている核に亀裂が走っている。
応急処置として修理はできそうだけれど、また同程度の負荷が掛かれば壊れてしまうだろう事は火を見るより明らかだった。
「これは新しい機体を作った方が早いわね……」
手の中にある魔石をもう一度見て呟く。
家の倉庫に眠っている材料を思い出すに、現行型より高性能な杖が作れそうだった。
「よし、杖を作ろう。とびきりのをね!」
構想は既にあった。
例えばデュアルコアによる並列駆動方式。
他の機体と連動させるリンクシステムや、魔力の増幅回路。
廃熱効率を上げるためのミスファイアリングシステム。
そして目玉となるのは聖神力を実用レベルで運用するためのドライバ。
現行型は自身が要求する最低基準を満たすよう設計していたので、実は簡単な調整を行えば誰にでも扱える、いわゆる汎用型の側面が大きい。
今度はより尖った性能の、この世で自分にしか扱えない専用機的な物を作ろうと思った。
その為の実戦データも良い感じに蓄積されているし、足りない物は何も無い状況だ。
「まずは帰ってご飯を食べる。全部その後だ!」
瑠璃色髪のルリは、その様に締め括り。
壊れた魔法杖と入手した魔石をそれぞれの手に持ってテクテクと歩いて帰るのだった。




