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37:シルバーウルフ上位個体


「――俺達が受けた依頼は、その上位個体ネームド“シュバルツ”の討伐なんです」


 チーム“疾風”のリーダー、コルト君はそう告げた。

 上位個体と呼ばれるものの定義はと尋ねるに、定期的に出現ポップする魔物の中に、稀にとんでもなく強い個体が誕生するのだとか。

 発生した時点からそうなのか、多くの人間を殺すなり喰らうなりして強くなるのかは不明だが、とにかく他の同種と比べて強さの桁が違う奴が現れる。

 冒険者ギルドに寄せられる仕事には常時張り出されている討伐依頼もあって、するとどうなるのかと言えば頭一つ抜けて犠牲者が出てしまう事になる。

 そうなるとギルド側だって黙ってはいられない。そういった個体には他と区別するために名を与え、懸賞金を掛けて指名手配するのだ。


 シルバーウルフは全身を銀色の毛並みに覆われた狼型の魔物で標準的なサイズはガタイの良い屈強そうな成人男性より一回り大きいくらい、通常は4~10匹の群れで活動する。

 対して個体名“シュバルツ”は常に一匹で活動し、だが成人男性三人ぶんを上回る巨大な体躯と、サイズに見合わぬ俊敏性、そして何より魔法を使うのが特徴だった。


 冒険者パーティ“疾風”の討伐に対する評価はBで、シュバルツの強さを表す指標は「B-」。

 それは単体だからといった理由からそうなっているだけで、仮に何頭かのウルフを従えていたなら「B+」かもしくは「A」へと一気に跳ね上がる。

 そんな上位個体を討伐せんと彼らは森に足を踏み入れているのだ。


「俺達は森の奥に行く。もしかしたらシュバルツに追い立てられた魔物たちがこの辺りまで逃げてくるかも知れない。だから君たちは家に閉じこもって決して出てきてはいけない」


 アッシュ髪のリーダー、コルト君がご自慢の槍で森の奥を指しつつ告げる。

 とても真剣そうな面持ち。他の三人も同様の表情で私たちを見た。


「帰り際にまた立ち寄って顔を見に来ますね」


 と、これは狩人のアイシャちゃん。

 眼鏡を掛けた魔法使いもコクリと頷いて見せている。

 立ち寄るのは安否確認の為。そして彼らが挑むのは魔法も使う魔狼シュバルツで、もしかしたらコイツから逃げてくる魔物の群れと出くわしちゃうかも知れない。


 うん、実に冒険者らしい。

 と隣り合わせの青春ってな感じ。


 でも。

 でもねえ。

 私にしてみれば、ちょいと事情が違うのよ。


「盛り上がっているところ申し訳ないのだけれども、あなた達は肝心な事を見落としているわ」


 四人が「えっ」と声に出してこちらを見る。

 私は自分の家を杖の先端で指し示して告げた。


「あなた達にはどう見えているのか分からないけれど、これは私の家で、つまり周辺は私の家の庭と言って差し支え無い。これは要するに庭に入り込んだ害獣を駆除するってだけの話。あなた達が仕事として請け負っていると主張するなら好きにすれば良い。けれど同様に、私にもそれを行う権利があるってこと」


「つまり、君も手を出すってこと?」


「ええ、冒険者の流儀として横から獲物を掻っ攫うのはマナー違反だとは聞いたことがあるわ。けれど、だからといって大人しく指を咥えて見ているのは私の流儀に反するの」


 敵は見つけ次第ぶっちめる。

 神だろうが悪魔だろうが関係無い。

 何千、何万もの数であっても容赦しない。

 全部掛かってこい。全部殺す。

 これが私の遣り方(・・・)なのだ。


「いくら何でも無茶だ!」


 ここで異を唱えたコルト君。

 彼はどこか可哀想なものでも見るような目を私に向けた。


「あんたがどれ程の力を持っているのかは知らない。でも、上位個体ネームドを一人で倒そうなんて無謀もいいところだし、それこそ伝説のS級冒険者でもない限りすぐさま食い殺されて終わってしまう。自殺がしたいなら俺の居ないところでやってくれ!」


 ああ、そうか、私は心配されているのか。

 彼の剣幕で察する。

 彼らは標的の討伐を目的としておきながら自分たちの実力でも苦戦するだろうと予想している。

 そんな怪物を前に見るからに貧弱そうな手弱女たおやめが挑み掛かろうとすれば、そりゃあ心配の一つもするだろうよ。


 彼の心情を理解した私は、だからといって引き下がるなんて腑抜けた選択肢は執らない。


「じゃあ言い方を変えよう。私は魔導師だ。そしてこの近辺は私の庭であると今決めた。なら自分の庭で攻撃魔法を試し撃ちした先にたまたま(・・・・)魔物が居たとしても、それは仕方の無い事だろう? そうだな、不可抗力って奴さ」


 男っぽい口調で台詞を吐くと、相手の返事も待たずに飛翔魔法を発動させる。

 足下に浮かび上がった薄紅色の魔術回路と、宙に浮かぶ私の身体。

 冒険者一味は驚愕に目を見開いた。


「嘘、飛んで……」


 リンディちゃんのギラギラとした視線を浴びつつ、私は地に足を付けることをしない。


「レミーちゃんはバンドウ君と一緒にお留守番、良いわね?」


「お師匠様、私も――」


「だ~め。時には思う存分に暴れさせなさいな」


「うぅ……はい……」


 渋々ながら頷いたお弟子ちゃん。幼い彼女の足下を伝って肩に乗るオコジョ。


(お嬢、やり過ぎて森を更地にするのは勘弁な)


 念話で届けられたメッセージに私は答えず、ただ意味深な微笑みを返すばかり。


「ま、待ってくれ!」


 我に返った“疾風”のリーダーが追い縋ろうとする。


「嫌だね」


 そんな彼には短く返事して、私は高度を引き上げ。

 更に索敵系の魔法を範囲を広げて発動させた。


「見つけた……」


 思わず口元に笑みが浮く。

 ヒュオ、プシッ。と魔法杖エリンジュームが吸気と排気を行って、漲る戦意を表明したかに思われた。


「さあ征くぞっ!」


 ヤル気充分、殺意十二分の魔導師が空に向けて飛翔する。

 目指すは一際大きな魔力反応。

 接敵までは五分と掛からない。


「ふっ!」


 僅かに息を吐いたらすぐさま音速飛行。

 撒き散らした衝撃波が眼下に広がる緑の絨毯を靡かせたって構うこともしない。

 陽は傾いて、世界はセピア色へと移り変わっていた。



 ――シルバーウルフの上位個体“シュバルツ”との遭遇はすぐだった。

 上から見ても簡単に判別できるほどの巨躯。

 私は急降下するとそいつの眼前、地表スレスレで静止する。


「お前が大層な名前を与えられた犬っころか。早速で悪いが相手をしてもらう。私を愉しませろ」


『グルルルゥゥ……!』


 言葉が通じているのかは分からないが、私が放った殺意はキッチリ受け取ってくれたらしい。

 巨大なる銀狼は全身の毛を逆立てて威嚇する。


 ――《魔法障壁マジックバリア》。

 ――《防御力強化プロテクション》。

 ――《身体能力強化フィジカル・アビリティ》。

 ――《耐状態異常レジスト・ステート》。

 ――《物理攻撃緩和フィジカル・リラクション》。


 初手で自分に対してバフを掛けておいた。

 いや、数値だけで考えるならそんなもの無くても問題ない筈なのだけれども、机上の論と現実では必ず誤差が出る。

 そして命は一つきり。

 だったら「より死ににくい状態」にしてから仕掛けるのは当然であろう。


「まずは小手調べ」


 相手が飛び掛かってくる。

 食らい付こうと大口開けて突っ込んできた巨大狼の顎を真横に水平移動してやり過ごすと拳を引き絞ってぶん殴る。

 すると町にある民家とそう大して変わりもしない体躯が真横へと吹っ飛ばされ、数本の木々を薙ぎ倒して狼の体を押し止めた。


「今度はこっちの番か。簡単に沈むなよ?」


 ――《爆衝弾マジックミサイル》セットアップ、ファイア。


 私の背後に出現した薄緑色の光球は1000発ほど。

 一発の破壊力はたかが知れている。

 だが衝撃ってのは積み重なると確実にダメージへと転化される。

 様子見として行う攻撃としては定石セオリーと言えた。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ズドドドドドドドドッ!!!


 連射された魔法の弾丸が、まだ殴られたダメージから立ち直れていない巨体へと襲い掛かる。

 だが着弾するかどうかの瀬戸際でそれらが一斉に破裂して消えた。


「へえ……」


 感心して眼を細める私。

 ユラリと身を起こし出現したわたしへと体全部を向け直すシュバルツ。

 そいつの周囲に無数の圧縮された空気の弾丸が浮かんでいるのを感知している。


「じゃあ、我慢比べといこうじゃないか」


 悦びが胸の奥から湧き上がってきて思わずニンマリ。

 こいつは上位個体というだけあって一撃で肉片になるようなザコではないのだと、肌を刺すような圧迫感が物語っていた。



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