41:瑠璃色とギルド長①
シーリス冒険者ギルドのギルド長“スレイン=リューク”はギルド職員二人をお供に、冒険者パーティ“疾風”の4人を護衛に付ける格好で“シーラント樹海”へと足を踏み入れた。
距離的には町から徒歩で半日。
なので樹海の入り口までやって来たときには既に陽は頂上を僅かに通過している。
コルトの説明だともう半日森の中を歩いて樹海の中程。
目的地となる魔法使いの住処までは、そこから更に二時間ほど歩かなければいけないらしい。
「しかし、よくもまあ、あんな危険地帯に住もうとか考えたもんです」
コルトが軽口を叩けば他の面々が苦笑を浮かべる。
まあ、確かに上位個体を単身で難なく屠れるほどの実力者であれば危険かどうかなど大して意味を持たないのかも知れないが。
それにしたって態々会いに行く身にもなって欲しいものだと、スレインで無くとも思ったに違いない。
連れてきた職員2人は、一人は獣人族の“ミケ”で頭の上にくっついている猫耳とお尻から生えている尻尾がチャーミングな女性。もう一人はハーフエルフの“カイナ”で、一見して15か16歳としか思われない容姿とは裏腹に実年齢は三十路前。精霊魔法に長けている。
見目麗しい職員二人は数年前まで冒険者として活動しており、なので体力や危機察知能力は侮れない。今回同行させたのも能力的な意味合いが大きかった。
「今日はこの辺りで野営しましょう」
森の中は全体的に薄暗く、太陽の傾き加減が分からない。
しかし仰ぎ見た木々の隙間から覗く空が真っ青からややオレンジ色に色づき始めると、そこから一気に暗くなるから野営の準備に取り掛からなくてはいけない。
逸る気持ちもあったが森の細かな機微については実際に探索している冒険者達の方が詳しいはずだと思い直しコルトの指示に従う。
スレインはかつて伝説と呼ばれた冒険者パーテの一員として時に魔導の力を行使し、時に知恵を絞って難局を打開してきた。
その経験則から物言えば、専門家の言葉は大抵の場合が最も合理的で最も正しいのだ。
なので職員二人に目配せするとこちらも野営の準備に取り掛かる。
各々背負い袋を樹木の袂に降ろすと自らは結界の構築、二人には夜を明かすための薪を拾ってこさせた。
食料としては持参した干し肉とパン。
近くに湧き水があるのを知っていた“疾風”の面々が水を汲んできて湯を沸かしスープを作る。
狩りなどして肉を得ようとはしなかった。
なぜなら目的地に到着したら話し合いが行われ、一泊するにせよそのままトンボ返りするにしたって町に帰り着くまでにそこから一週間以上を要するでもなく、また採集や討伐を目的にはしていないから時間と労力に見合わない結果になるからだ。
見張りには“疾風”の4人が立った。
彼らが引き受けた仕事がスレイン達の護衛である以上は、夜の警戒だって仕事に含まれているからだ。
おかげでスレイン達は安心して眠ることが出来た。
魔物除けの結界に加えて見張りに立つ人間が居るのだから不安なんてある筈が無く。
そのくせ身体の方が冒険者時代を思い出したのか真夜中に目が覚めてしまったり。
つくづく冒険者というのは難儀な生き物であると我ながら呆れてしまったりであった。
翌日の朝。だいぶんと陽が昇ってから6人は出発した。
ここから約二時間の道程となるが、到着が余りに早すぎて魔法使い殿の不興を買うのは悪手。
なので昼前に扉をノックできるよう時間的な調整をしたワケだ。
森の中をヒタヒタ歩いていると視界に一際大きな樹木が映り込んだ。
樹木は根元から二メートルくらいが風船のように膨らんでいて、そこに窓やら扉やらがくっついている。
また樹木の隣には掘っ立て小屋があって、その屋根の中程に見慣れない形の煙突が突き出ており察するに住居や物置とは用途の異なる建物なのだろうと思われた。
掘っ立て小屋の手前には井戸。井戸の上に金属で作られた装置が被せられており、桶が見当たらない所から水を汲み上げるための仕組みであろうと予想する。
それら不思議な景観から判断するに魔法使いは確かに恐るべき知恵と魔導の技術を持った御仁であるようだった。
「では扉をノックしますね」
コルトが確認するように声を掛けてきて、スレインが頷くのを見てから扉の前まで歩み寄り木製扉をノックする。
数秒ほど待ったところ扉に付いている小窓がスッと開いてクリッとした目が覗く。
「どちら様……って冒険者のお兄さん達?」
「ああ、4日ぶり……いや5日ぶりか。ええとルリさんは居るかい?」
コルトがガラに似合わない優しい声を出す。
扉の向こうの女の子は「ちょっと待ってて下さいね」と言い残すと踵を返したようで、そこから更に待たされる。
扉が開いたとき、その奥に紺色の作務衣を身に付けた水色髪の少女が立っていた。
「どうもルリさん。“疾風”のリーダー、コルトです」
「どうしたの、忘れ物?」
髪を首元で一本括りした少女がフランクに声を掛けて来る。
その所作の自然さにちょっと驚いてしまうスレイン。
手紙に書かれていた内容から、もっとこう、厳めしい人物を想像していたのだが……。
「いえ、今日はルリさんに会って話がしたいっていう人を連れてきたんです」
コルトが告げると相手は促されるままスレインの方を見た。
目が合った瞬間、男は全身の血が沸騰したかと錯覚する程の言葉にならない情動を覚えた。
「お初にお目に掛かります。私はスレイン=リューク。シーリス冒険者ギルドでギルド長を務めています」
「はい、これはご丁寧に。私はルリといいます」
ルリは柔らかな笑みをその可憐な相貌に浮かべる。
ズキューン、なんて年甲斐も無く胸を撃ち抜かれでもしたような衝撃に身を震わせる男。
「お美しい……」
「はい?」
思わず呟いてしまった言葉に彼女はキョトンとした顔になる。
「あ、いや、失礼しました」
スレインは誤魔化すように咳払い。
背後の職員二人からジトッとした目を向けられているのが察せられた。
「先日、そこにいる“疾風”の四人からシルバーウルフの上位個体シュバルツが討伐されたという報告を受けて、私どもと致しましては討伐者となっている貴女の人となり、それから討伐が完了している事の確認の為に足を運んだ次第です」
何故だか焦り半分で説明をする。
自分たちが来た理由、その目的については最初に包み隠さず告げておく。
そうしないと後になって誤解を生む可能性があるためだ。
これを誠意として受け取って貰えるかどうかは彼女次第といったところか。
「う~ん、あの犬っころ……シュバルツ? は確かに倒しましたけれど、証拠になるような物は今はもう何も残ってませんよ?」
困ったように小首を傾げたルリ。
スレインが訝しむ前にコルトが疑問を呈した。
「あの時持っていた魔石はどうしたんです?」
すると彼女はこう言った。
「もうスライスし終わっているし、証拠として出しても誰も信じないでしょうね」
「スライスとは?」
思わず聞いてしまったスレイン氏。
魔石は確かに加工する事で様々な用途に使用されている。
だが男の知る限り余程特殊な用途でもない限り球形にして表面を磨く、水晶玉のようにするワケだから原型が大きければ大きいほど加工後の物体も大きくなる。
一般に「スライスする」と言えば薄い板状にカットする事を指すが、魔石をその様に加工して一体どの様に使うというのか。
ルリは一瞬答えそうになって、けれど一度口を閉ざす。
「そう言えば、あなた魔法使いよね?」
代わりに聞いてきた。
スレインは「はい」と頷く。
「じゃあちょっと付いてきなさいな。面白い物を見せてあげる」
ルリが踵を返し、スレインを目で促した。
男は他の面々にはその場に残るよう手で制しておいて自分だけは誘われるまま美しい背中を追い掛ける。
家の中はこぢんまりしていた。
部屋の真ん中に置かれた円形のテーブルには花瓶に入った花があったけれど、彩りを添える物と言えばそれくらいで、それ以外はベッドや台所といったどこにでもあるような物しか見受けられない。
しかし彼女が足を向けたのは部屋の隅っこにあった下り階段で、降りた先には途轍もない空間が広がっていた。
「これは……?!」
「秘密基地っぽいでしょ?」
そう言って悪戯っぽく笑む。
背筋が震えるほど魅力的だった。
部屋は床も壁も天井も、粘土なのか金属なのかも分からない物質で覆われていた。
光が天井の四隅に張り付いた棒状の塊から放たれており、部屋全体が隈無く見通せる。
その照明の明かりを受けて浮かび上がる景観。
四方向の壁際にそれぞれ台座のような物があって、その上に紙のように薄い物体だとか、光の粒子で描き出された文字の羅列が宙に浮かんでいたり。
また奥の方では一本の杖が、幾本もの黒いワイヤーをくっつけられた状態で寝かされている。
ルリは臆した様子も無く自然な足取りで台座の方へと歩み寄ると、薄っぺらい板の一つを手に取って男に手渡す。
「魔石は全部この状態だから、魔物から出てきたって事の証明には使えないわね」
「これが魔石? なんて薄さだ……」
「厚みはコンマ1ミリ、これ以上薄くすると手に持っただけで割れてしまうの。それだと転写もできない」
「転写、とは?」
驚愕に目を見開いたまま、男はルリの顔と手の中の板を交互に見遣る。
切り口の滑らかさも恐るべき物だが、これ程薄く石をカットする技術など見た事も聞いたことも無い。
ルリは別の台座に近づいて行って、四角く切り揃えられた羊皮紙を一枚、折り重ねられた束の上からひったくると男の前に差し出した。
その表面に描かれているのは確かに魔法に使用される文字で、しかし綴られた文面は全く理解できない形式だった。
「これは見た事の無い構文ですが、どういった魔法に関する物ですか?」
抑揚の無い声で問う。
すると彼女はどこか誇らしげに告げる。
「これは単体では意味のない構文なの。……魔力を効率的に運用するためのシステム。これを、1ミリ以下まで縮小して順にスライスした魔石の表面に刻み込む。ページ数は現行機だと1,000枚くらいだったけど、今作っている新型では5,000枚を超えそうな勢いね」
言ってから転写されたという物を見せられる。
作業前の物と比較するとビッシリと模様のような物が映り込んでいるのが分かった。
「これを行う事にどういった意味が……?」
全く理解できない。
呻くように呟くと、彼女は現行機であるというワイヤーに接続された杖を手に取った。
「これは、そうね。言うなれば魔法少女の杖。魔法を知らないズブの素人であっても、魔力を流しさえすれば一流の魔法使いをも凌駕する能力を発揮する、そういった代物よ」
言われた言葉の意味に思考が追いつかない。
スレインは魔法学園どころか、その源流とも言える魔導国の“賢者の学園”で学んだ身。
言わば魔法に関するエキスパートなのだ。
その己が知識を以てしても理解が及ばない物を、特段に気負うこともない調子で、当たり前のように執り行っている。
――この御方は、大賢者だ。
スレインは自らの敗北を認めた。
そして、そんな彼女が魔物を屠ったと言うのであれば紛れもない事実であるのだとも。
「私に理解できたのは、貴女の言葉が誰よりも正しいという事だけです」
気付けば膝を折り、まるで臣下の礼を執るように頭を垂れていた。
ここへ来て本当に良かったと、信じてもいない神に感謝するより他に手立てを知らなかった。




