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35:お引っ越し


 ――軽く一撫でしてやろうと魔王の直上から魔法をぶっ放した私は、それから弟子のレミーちゃん、オコジョのバンドウ君を待たせていた地点まで戻ってきた。


「ただいま~」


「お帰りなさいお師匠様」


(お嬢、あんたはつくづく物騒な女だよな……)


 念話で話し掛けられたのでちょいとムカついた私は蹴りつける。

 するとオコジョはヌルリと、お前液体かよってくらい滑らかな動作で躱しやがる。

 何だかやるせない気持ちになった私は溜息を一つ。


「それで、これからどうします?」


「うん、それなんだけど――」


 レミーちゃんの問い掛けに持ちを切り替えて答える私であった。


 現状をおさらいしよう。

 首都リーブラの真ん中に鎮座する王城イスカリオテは、魔王軍の襲撃を受けてほぼ壊滅状態。

 操り人形(ユウキちゃん)の目を通して見た限り、城内でまだ戦っている兵士も居たけれどそれだって長くは続かないだろうと察する事が出来た。

 だって魔王が撤退したからといって、彼が放った魔物の群れ自体は健在だったからね。

 そりゃあ撤退の命令が出ていたなら攻勢も止むだろうけれど、集団戦である以上はどうしたってタイムラグが発生する。

 この間に屠られた人間は当たり前だけど死体のままだし魔物達が去ったからといって重傷者が快復するなんて事も無い。

 そして魔法少女はあくまで勇者たち4人が逃げおおせるまでの時間稼ぎで魔物を駆除していただけだから、頃合いを見計らってこちらも城から脱出している。

 城内に居た人間達が生きていようと死んでいようと心底どうでも良い話なのだ。


 結果として、城は陥落一歩手前。

 例え王族が何処かに避難していて生き長らえていたとしても政治を行うといった機能は失われており、なので早々兵を出せる状況ではなかろう。


 イスカリオテ城では中に詰めていた兵達に甚大な被害が出ていたが、城下に広がるリーブラはと言えば大した被害も出ていない様子だった。

 魔王が城のすぐ近くに手勢を転移させたから、逆に街の方の被害は極めて軽微だったのだ。

 もしかしたら城を落とした後の王都の統治までを織り込んでいたからなのかも知れないが、いずれにしたって街で行われている庶民の暮らしはまだ続いている。

 まあ、とはいっても、城が復旧困難なまでに破壊され人員も相当数が食い殺されている以上は街の人々に恐ろしいまでの税金が課せられ、近いうちに住民の大多数が飢え死にするか逃げ出すか、はたまた革命に命を賭けるかの選択を迫られるだろうけれど、それこそ知った事かとしか思わない。


 私は王都の住民達に対して何の思い入れも無ければ、無条件に人間の味方をするほど博愛主義者でもないからだ。

 エルダの冒険者ギルドにしたって貴族からの理不尽な仕打ちに際して私を守っていないワケだしね。


 そんなわけで私はこの国ハイファン王国を捨てて隣国“アルベティア公国”に向かう事にした。

 ユウキだって勇者パーティにはそのように勧めているし、何ならユウキ自身も同国を目指す腹づもりのようだったし。

 なお、私がユウキを操作したのは戦闘に際してだけでそれ以外はノータッチだったりする。

 勇者パーティ内の人間関係とか行動指針に関しては彼女の方が詳しそうだったから。

 ただし遣り取り自体は見ていて知っている。

 なので私としても、この指針に沿う形で動く。

 だってその方が物語を間近で見ていられるし、面白そうだからね。


 こういうのを指して陰の実力者ムーブって言うのかしら?


「と言うわけでお引っ越しするわよ」


「は~い」


 レミーちゃんは否も応もなく答えた。

 引っ越しと言っても家財一式を運び出すなんて真似はしない。

 もっと安心で簡単な方法があるから。


 魔法で土地を入れ替えれば良い。

 家の敷地と同質量の空間を指定し、対象AとBを入れ替えれば引っ越し作業は終わり。

 難を言えば巨木の幹の部分を変質加工して家にしているものだから土地を入れ替えた際に遮蔽物が少ない場所だと目立っちゃうといった話。

 だから場所の選定に時間を取られるといったところだ。


 魔法杖エリンジュームの排気ノズルからシューと熱い空気が吐き出されているが、温度がある程度冷えてきた頃合いで私は飛翔魔法を発動させる。

 レミーちゃんが持つ魔法杖トレニアには簡略化したシステムしか入っていないし、記憶領域にあるのだってごく簡単な魔法ばかりだからコアに掛かる負担も知れている。発熱量が大した事ないのだからといった理由から排気に関する部品は取り付けていなかった。



 ――そのまま空を飛んで小一時間。

 アルベティア公国の国境なんて簡単に飛び越えて更に東へと突き進むとそこそこに大きな町が見えてくる。

 大きすぎず小さすぎもしない町は一見してのどかな田園に囲まれており、南側に大きな森が見えた。


 ただしそれほど背の高い木は無くて、だから私の家だと頭一つ盛り上がる格好になるだろう。

 でもこれ以上に良さそうな立地は見当たらないし、引っ越しそのものは何時いつでも出来るから追々探しても問題は無かろう。

 そう考えて森の中に降り立ったのはまだ陽が傾き始めた頃合いだった。


「取り敢えずはこの辺りに拠点を置いて周辺を探索。ってところかしらね」


「はい、お師匠様」


 お弟子(レミー)ちゃんが栗色の髪を弾ませる。

 私は杖に格納している道具データからハンマーと二十本ほどの杭を取り出すと半分を弟子に持たせた。


「座標を指定するから手伝って」


「はい」


 手順を伝えて師弟で分担作業。

 円形になるよう杭を地面に突き立て、仕上げに赤いロープで線引きする。

 終わったらレミーちゃんとオコジョを残して私一人で飛翔魔法を発動。音速超えのスピードで家の前まで戻ると更に二十本の杭を物質化。家の周りを囲うように地面に突き刺す。


「そっか、これやんなきゃだね。あーめんどくせー」


 私は手近に見つけた木の切り株に腰を落ち着けると杖に搭載された入力モードを起動、目の前に出現した光の線で構成された入力端末キーボードを指で叩き、即興ながら魔法構文プログラムを組み上げる。

 完成したらエラーが無いかチェックして起動。

 すると家が、その外壁となっている樹木ごと光に包まれ消えてしまった。

 代わりに出現したのはアルベティアの森で囲った平たい地面だった。


「よし、成功っと」


 家を丸っと転移させた私は、杭を引っこ抜いてデータ化収納。最後に周囲を見回し忘れ物が無いのを確認したら転移魔法を発動させる。

 家の移動は置換魔法で行ったけど私個人が移動する為に使うのは転移魔法で、行き先の座標はレミーちゃんに持たせている魔法杖を目印としたので出現地点がズレて土の中で生き埋め状態になるなんて事もなく。

 無事にお弟子ちゃんの眼前に転移することができた。


「転移系の魔法は自分でやるより機器デバイスにやらせた方が失敗が少ない上に計算が早いからお勧めよ」


「はい、お師匠さまっ」


 無事の再会に安堵の表情を見せたレミーちゃん。

 その頭を撫でておいて二人と一匹揃って家の中に入る。


 こうして森の中に突如として出現した私の家。

 たまたま近くで薬草採集していた冒険者パーティ“疾風”がこのお引っ越しを発見、調査の名目で玄関の戸を叩いたのは少しの時間を置いてからのことだった。



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