03:一人暮らし
私、エルティーナは齢15歳にして半ば世捨て人らしき生活を営むこととなった。
といってもまだ家を建てて一週間やそこらの新参者ですけどね。
家は森の中で偶々見つけた樹齢千年は下らないだろうといった大木の幹を魔法で加工、一人部屋としては悪くない程度の空間を確保するとそこへお手製の家具を置いてマイホームとしているのだ。
部屋を作ったせいで根元の辺りがカボチャのように膨らんでしまっている大木は樹木というカテゴリで見るなら不格好なのだろうが建築物として考えれば芸術的とさえ言えよう。
まあ、つまりは我ながら惚れ惚れするほど格好良いという自画自賛に他ならないのだけれども。
そんな自宅前に降り立った私は杖を突きつつ木製の簡素な扉を押し開き中へと足を踏み入れる。
部屋は円形になっていて、奥に手作り感の否めないベッドが一つ。
サイドチェストが一つ、不格好ながら床に突き立っているハンガーラックには替えのシャツと防寒用のコートが一着引っ掛かっている。
部屋の真ん中には天井から吊す格好でランプがある。
夜になったら火を灯すのだけれども、部屋が円形なので満遍なく光が行き渡るのは存外に悪くないと自分でも思う。
また、ランプの真下には食事用のテーブルと椅子があって、どちらも木製。見た目は華奢だけど組み立てではなく魔法で丸っと作っているから強度的には恐ろしく頑丈だ。
椅子の座面にはクッションを敷いており、なので今のところ長時間座っても問題無い。
ベッドの反対側には水瓶が一つ。
家の外に井戸を掘っていて、そこから汲み上げた水を瓶に入れて保存しているのだ。
家から出て数メートルの位置に井戸があるのに態々水を溜めておく意味はあるのかと思われるかも知れないが、意外に需要は高い。料理を作る時など手が離せないときに井戸まで小走りするのは効率が悪いし、真夜中に喉の渇きで目が覚めた際に表に出るのは億劫だ。
それに大雨が降ったりなどすれば井戸水が濁って飲めなくなる可能性だってある。実用性を考えるならやはり家の中に水瓶は置いておくべきなのである。
と、これら持ち運びに適していない大型家具というのは全て私が魔法で作った代物だ。
ただしベッドに敷いているシーツ、クッション、あと壁に掛けている鏡は街で購入している。
魔法は基本的に“加工”であって全くのゼロから製品を生み出すことは出来ないのです。
「ふぅ……」
そんなマイホームにて一息吐いてみる私。
沸かしたお湯で作ったお茶っぽい物を木製カップに注いで口を付ける。
お茶っ葉で淹れるものより余程苦みが強いけれど慣れてくればこれはこれでアリと言えよう。
魔法杖をテーブルに立て掛け、外套と帽子をハンガーラックに引っ掛ければ衣装はシャツとスカート。街の中で見かけても目立たない格好になっている。
それから私は腰ベルトに据え付けているポーチに手を突っ込んで、何の気無しにカード型の証明書を取り出した。
「冒険者ギルド、か……」
カードは冒険者登録証である。
街には冒険者ギルドがあって、先日赴いた際に登録しておいたのだ。
いや、本当はこんなもの取得するつもりは無かったのだけれども、採集した薬草と作ったポーションを買い取ってくれる所を探して行き着いたのがそこというだけの話で。
買い取り時に受付のお姉さんから今後も来るつもりなら登録しておいた方が何かとお得ですよと提案され、流されるまま気付けば必要書類に記入していたという……。
補足しておくとギルドに登録できる最低年齢は12歳。
その上、私は見るからに魔法使いですよといった出で立ちをしている。
そうなると今度は逆に奇異の目で見られるというか。
いや、本当はそうじゃないんだろうなとは思う。
魔法が扱える人間はそもそも職に困らない。
貴族家のご息女ご子息を指導する家庭教師でもやっていけるし、中央には魔術師協会という国の運営する機関もある。就職すればそれこそ一生安泰だろうよ。
翻って冒険者なんてのは魔物討伐からドブさらいまで、金のためなら何でもやるっていういわゆる日雇い労働者、社会の最底辺に位置するような職業となる。
なので冒険者になる魔法使いなんてのは、基本として余程の変わり者か、その道で食っていけない落ちこぼれなのである。
そして全世界共通して言えるのは、魔法使いは魔法を使えない人と比べて圧倒的に数が少ないということ。
貴族家は大なり小なり魔力を持ち魔法を扱える家系だが、そもそも貴族として国家に属しているような人間が冒険者などになるワケが無い。
ぶっちゃけると、冒険者ギルドの側としては、魔法使いは喉から手が出るほど欲しい人材なのである。
それを踏まえた上で、私は登録時の書類記入で偽名を使用している。
髪が瑠璃色というところから取って“ルリ”と名乗ることにした。
得意分野を記入する欄には薬草採集と記しておいた。
これに関して受付嬢が不思議そうに尋ねてきたけれど「魔法は趣味です」とキッパリ言い切ってやった。
すると今度は可哀想な物でも見るような目で私を見てきた。
ちょっとイラッとしたけれど、だからといってキレ散らかすなんてみっともない真似はしない。
冷静な口調で討伐や護衛といった依頼を受けるつもりは無いと伝えれば受付お姉さんは納得してくれたし、出自について深く追求されることもなかった。
後で聞いた話では偽名で登録するなんてのは珍しい話でもなんでもないけれど、もしも登録者が貴族のお嬢さん等だった場合、やはり大怪我を負ったり死んでしまったりなどすれば責任問題に発展する可能性があって、なので慎重な対応を心がけているのだとか。
魔法使いは欲しい、でも貴族の娘は扱いが難しい。
難しい所だと言わざるを得ない。
まあ、そう言った経緯があって私は無事に冒険者登録証を入手しており、おかげで薬草の一部を採集依頼の納品に回して報酬という形にしたから普通に売るよりもずっと多くなった。
受付お姉さんには感謝するばかりだ。
入手したお金はさっき説明したとおりシーツとクッションと鏡、それから余ったお金でパンと塩などの調味料を買って綺麗さっぱり無くなったが、それで困るようなことはない。
だって森の中には食べられる物が沢山あって食料そのものには不自由していないから。
加えて食料を得るための手段だって持っている。だったら街で買う物はそれ以外に絞れるじゃあないの。
そもそも街に入る際には闇夜に乗じて飛んで来た――門の所に衛兵がいるのなら出自を追求される恐れがあったし何より入場料を取られたくなかった。もちろん犯罪だけどね――のだし、認識阻害魔法を発動させれば衛兵に見つかるなんて事にもならない次第で、同じように辺りが暗くなるのを待ってから空を飛んで帰って来た。
持ってて良かった魔法杖、である。
明日は夜が白み始める前に家を出て街に赴くつもりだった。
何のためにかと問われると空の瓶を入手するためだ。
薬草を全部ポーションに変えなかったのは入れておくための容器が無かったからで、つまりギルドで諸々を買い取って貰った時に同時に空きの容れ物を入手しておかないと次の製造ができないってな話になる。
色々と買い物して舞い上がっていた私は完全に忘れ去っていた。
家に帰ってから思い至って自分の愚鈍さに愕然としたものだけれど、それはさておき。
明日も当然のように密かに街に潜入するつもり。
お金無いし、貴族家の娘だとバレたくないし。
私は木製カップの半分くらいまで残っていたお茶もどきをグビッと一気飲み、気を取り直して食事の準備に取り掛かったものである。
――夕食は、ウサギ肉の蒸し焼きとパン、それから木の実を具材にしたスープだった。
味付けは塩がメイン。なので少し物足りない。
ってか、実家の食事は油でギトギトなのに加えてかなり強烈な味付けだったし、かといって庶民が毎日食している料理なんてのは味気ないものばかり。
両極端で、丁度良い味加減が無いってのはどうにもストレスが溜まるもの。
もういっそのこと世界中の美味しい物を食べ尽くす目的でグルメツアーとか開催してみようかしらなどと愚にも付かない事を考えてみたり。
いや行かないケド……。
お腹を満たしたら就寝準備を済ませて後はベッドに飛び込んだ。
やっぱり誰にも邪魔されない生活ってのは素晴らしいと天井を見つめながら思ってみたり。
部屋は小さいけど開放感がある。
貴族の邸宅は部屋は広々していたけれど常にメイド達から監視されていたし、人前に出たかと思えば淑女然とした立ち振る舞いに注意しなければいけなかったし。
心安らぐ瞬間が一秒たりとも存在しなかった。
あれはもう牢獄と同じよね。
私は何故だか自嘲の色の滲む笑い声をあげて、それから目を閉じた。
明日も晴れると良いな、なんて考えているといつの間にやら睡魔にやられて落ちていた。
この夜見た夢は、他の誰かが実際に目の当たりにした映像なのだと思う。
目の前に長方形の板があって、そこに文字や何かの設計図らしき画像が浮かび上がっていた。
夢の中の私は一心不乱に手前に置かれた入力装置、そのボタンを連打し続けている。
入力装置の脇に分厚い紙の束があって、その一番上のページにはこのような文字が記されていた。
“魔法少女育成計画”。
“デバイス製造”。
“エーテル理論と破壊神の創造”。
私の世界では使用されていない言語だったけれど、それでも読めてしまうのは、この夢そのものが彼或いは彼女の記憶だからだろう。
夢の中の私はそれら難解な言葉の羅列を完全に理解している様子で、紙の束を一瞥すると目を戻して作業に没頭していく。
なんて退屈で、窮屈で、そして冒涜的な光景なのだろうか。
意味も分からないまま、それでも夢が覚める瞬間までは付き合ってやろうと覚悟を決めて、ただただボタンのカタカタと叩かれる音に耳を澄ませたもの。
……こうして私の意識は夢の国から脱出した。




