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02:簡単な説明


 切り立った崖の上、露出した岩肌が見通せない黒色から一変して色鮮やかに色付いていく。

 地表の遙か彼方から顔を覗かせた太陽が世界を煌びやかに飾り立ててゆく瞬間の連続。

 眼下に広がっているのは人々が住む街とこれを取り囲む格好でそびえ立つ壁。

 この向こうにはなだらかな平野があって、更に奥には鬱蒼とした森。

 森の向こうともなると、まだ頭が白く化粧されている山脈が尖った輪郭にて丸みを帯びているはずの地平線の形を変えている。

 世界はこんなにも美しいのだと、これでもかってほど私に見せつけていた。

 白み始めた空が淡い紫を経て天色へと染まっていく景観を見上げて「はぁ……」と息を吐いてみる。

 空の中を悠々と泳ぐのは三頭の、親子と思しきドラゴン

 そう、こことは違う世界、“地球”とかいう惑星には棲息していない生き物たちだ。


「――私は一体何者なのだろうね?」


 他に誰も居ない岩山のてっぺんで、誰にでもなく問い掛けてみる。

 台詞と一緒に漏れ出た白い息が気温の低さを物語っている。

 私以外に人間は居ないのだから当然ながら返事は無い。

 それは自分自身に対する問いだった。


 私は運が悪い。のだと思う。

 いや、決定的で致命的なミスを犯した後になってからようやっと自身の愚行に思い至るような愚物と言うべきか。


 生い立ちや姿形を言えば、我ながら顔は整っている方だと思うし、背中まで伸びている瑠璃色の髪だって今は無造作に一本に束ねて括っているけれどそれでも自慢の逸品だ。

 スタイルは控えめながら出るところは出ているし腰周りもスッキリしている。

 貴族家の食卓に並ぶ皿の上に脂っこい物が多い事を考えるなら、ドレスの為にダイエットしなくても良かったというのは体質的にも非常に恵まれていたと言えよう。


 貴族家の令嬢むすめとして生まれ、それまで何一つとして不自由しなかった私。

 実家は魔法という技術に秀でた一族で、なので父は国王からの信認も厚く、宮廷魔術師としての地位も盤石だった……のだと今なら分かる。

 そんな将来性抜群の自分の人生を、あろう事か私はあっさり投げ捨ててしまったのだ。


 12歳になった私は屋敷の書庫、本棚の奥にあった隠し部屋にて一冊の魔導書を見つけてしまった。

 そこで開いた本を何も見なかったことにして本棚の元あった場所に戻しておけば良かったのかも知れない。

 けれど魔法の勉強を始めたばかりで好奇心旺盛(欲に目が眩んでいた、とも言う)だった私は、自分の将来を憂うあまり魔導書に書かれていた事を実践して、そして不運にも成功させてしまったのだ。


 魔導書『アカシャの書』に書かれていたのは全宇宙の叡智(アーカーシャ)とかいうものに接続する方法で、だから未だ漠然としていた願いを叶えようと残念な頭で思ってしまった。

 それでこのザマだ。


 具体的にどう運が悪いのかと言えば、私はこの世界が別の世界においてRPGに分類されるゲームの世界観に酷似した、……いや。そのものである事を理解してしまったという事だろう。


「ステータス」


 囁いてみる。

 すると私の真ん前に半透明の画像が出現する。

 そこにはこう記されていた。


--------


 エルティーナ=フォン=ブラッドネス

 種族:人間

 性別:女

 年齢:15

 Lv:999(隠蔽中)

 HP:999(隠蔽中)

 MP:999,999(隠蔽中)


 第一職業:公爵家令嬢

 第二職業:大魔導師(隠蔽中)

 第三職業:魔鉱技師(隠蔽中)


 技能:生活魔法全般適性 Lv9(Lv3表示)

    鑑定 Lv9(Lv2表示)

    錬金術 Lv9(Lv3表示)

    体術 Lv9(Lv4表示)

    杖術 Lv9(Lv4表示)

    浄眼 Lv9(隠蔽中)

    魔導の極み Lvーー(隠蔽中)

    全属性適性 Lvーー(隠蔽中)

    並列思考 Lv9(隠蔽中)

    並列演算 Lv9(隠蔽中)

    金属精錬 Lv9(隠蔽中)

    金属錬成 Lv9(隠蔽中)

    魔核加工技術 Lv9(隠蔽中)

    魔石加工技術 Lv9(隠蔽中)

    魔鉱石加工技術 Lv9(隠蔽中)

    

 称号:A級魔法使い

    叡智を賜りし者(隠蔽中)

    魔導杖開発者(隠蔽中)

    魔法少女(隠蔽中)    


 装備:魔導士の帽子・宵闇の外套・魔法杖『エリンジューム』


--------


 見ての通り有り得ないレベルと数値、あと隠蔽中の文字。

 スキルの一部を説明すると、《鑑定》は対物におけるステータスを表示させるスキルで、これが対人・対魔物になると《浄眼》というスキルを発動させないと詳細が見られない。ある程度の項目は鑑定でも見ることができるのだけれども、かなり曖昧で不確実なデータになってしまう。

 浄眼は高司祭ハイプリースト司教ビショップしか保有できないスキルになるけど、言い換えれば保有している人にはクッキリバッチリ自分のステータスを見られてしまうのだ。

 それは宜しくないと思った私は浄眼でも見破れないようステータス表示の内容を隠蔽しているといった話である。

 あと数値の話をすればMPが99万なのに対してHPが999なのは、人間の女性だからというか、生物的な限界値がそこだったと言うだけの話でこれ以上の値は入力しても蹴られてしまう、つまりは仕様ですってこった。


 また、魔法杖には固有名が付いているけれど、これは自作した物でつまりは私が名付けた。

 世間一般で流通している――といっても全体から見て魔法を扱う人間の割合が多くない上に貴族家であっても躊躇してしまうくらい高価なので絶対数は少ないのだけれども――魔法杖とは一線を画する理論と手法により作られた、どちらかと言えば機械と呼ばわる方が似つかわしい代物だ。

 私は自作したこの杖に花の名から取った名称を与えたけれど、同名の花はこの世界には存在していない。

 まあ、ひょっとしたら私が知らないだけで今も世界の何処かで咲き誇っているのかも知れないけれど。


 笑えるのは私が外套の下に着込んでいるシャツとスカート、あと下着に関しても装備に含まれていないといった点だろうか。

 どういったデザインであろうと気に入っていようといまいと“服”というカテゴリに分類されていて、しかも衣服は省略なのか認識されないのか表記されない。

 ただし社交パーティーで着るようなドレスは“ドレス”として表記される。

 社交会における戦闘服だからか? と思わなくもないが。

 全く以て不可解極まりない。



 ――さて、本題に入ろうか。

 私は現在15歳で、今から3年前の12歳時に偶然か必然なのか書庫で魔導書を発見。

 安直な欲望からその術式を試した。

 法則性も規則性も異なる様々な宇宙から、この世界ではまず入手できない情報データを呼び出しダウンロードしたのだ。

 無数の宇宙から引っこ抜いた知識と、それら世界が終焉に至るまでの歴史。

 或いは誰の物とも分からない記憶と人格を自分の脳にインストールしてしまったのだ。


 だから元の私にエルティーナ=フォン=ブラッドネスとかいうご大層な名前があっても、それ以前の自分がどんな人間だったかも分からないし、家族と遣り取りする中で自分の立ち位置や置かれている環境を推し量る事はできたが彼らに対してどういった感情を抱いていたのかまでは今に至ってさえ分からず仕舞いで終わっている。


 異世界の記憶をダウンロードしてから、私の中に在った筈の常識や価値観は根こそぎひっくり返った。

 以前の私は、たぶん貴族家の娘として生まれた以上はどこぞの貴族の令息と結婚して子供を作る、つまり貴族家間における政略の道具として一生を終えることに何の疑問も持ち合わせていなかったに違いない。


 でも知ってしまった、この世界がもっと異質な法則で成り立っている事を。

 異世界にほんで作られ販売されているRPG(ゲーム)。その内容と酷似した世界観と自身に与えられた役割ロール

 バカで身の程知らずな王女と運命を共にするとかいった碌でもない結末。

 理解してしまった以上はもう以前の自分には戻れない。

 王女の取り巻きの一人として一緒くたに断罪される事になど何の価値も無いと様々な世界の様々な記憶達が私に決断を迫った。


 だから必要な準備を済ませたところで家を出た私は誰にも見つからないよう隠遁暮らし。

 などと言いながら出奔の準備に恐ろしいまでの時間と資金、労力を費やしてしまって結局はつい一ヶ月前に今の新居に腰を落ち着けたところなのだけれども。


 森の中で見つけた手頃な場所に家を建てて――魔法で作った。造形かたちを変容させる魔法を駆使すればそれほど苦労しなくて済む。建築の知識は幾らかあったけれど道具も無ければ手も足りないときてはねじり鉢巻き頭に巻いてえんやこらなんてやってられないでしょ?――木の実や小川で釣った小魚で飢えをしのぎ、つい数日前には採集した薬草を調合してポーション作成、眼下に見えている街で売って足りない食料品や日用品を買い込んだしで案外に悠々自適な生活が送れそうである。


 なお、実家を出る際には“旅に出ます探さないで下さい”と書き置きしてきており、その為か今もって捜索隊が周辺地域を彷徨うろついているといった気配も感じられない。

 それに同じハイファン王国内とはいえ距離的にも随分と遠くに来ているから探しようもなかろうとタカを括っている。

 両親や兄姉の顔はまだ覚えているけれど、だからといって心配などはしていない。

 彼らは私の事なんてすっかり忘れ去って幸せに暮らしていることと思いたい。

 なぜなら顔と名前を覚えてはいても、愛情というか、感情的な部分がすっぽり抜け落ちてしまっている私にしてみれば、彼ら彼女らは家族と言うよりは家族という役柄を演じているだけの他人にしか思われなかったから。

 だから私のこの判断は間違っていなかったと今になってさえ断言できる。

 と言うか正直な話、特にこれといって思うところの無い人々と家族団らんを演じ続けるのは精神的に苦痛だったのです。


 彼らは大貴族という役を演じ続け、そして幾ばくかの裕福さと義務を負いながら生きて死ぬ。

 一方で私は自由と引き換えに何処で野垂れ死ぬとも知れない路傍の石として生きて死ぬ。

 それでいいじゃないかと、そう思う。


 ああ、話が脱線してしまった。

 アーカーシャとの接続により脳に焼き付けられた記憶によると、この世界は異世界の内の一つとなる地球でそこそこ売れたRPG(ゲーム)の世界観とほぼ同じらしい。


 ゲームのタイトルは『神々の箱庭』という。

 据え置きゲーム機のソフトで、インターネット環境を必要としないオフラインゲーム。

 このゲームが発売されたのはネットゲーム全盛期を過ぎてソシャゲに移行している時節で、筐体ハードそのものが廃れていた事も相まって売れ行きは鳴かず飛ばず。

 にもかかわらず記憶の中にあったのは、恐らくコアで熱狂的なマニアが幾ばくか存在したためだろうと推測している。


 内容は日本から召喚された勇者が仲間たちと共に魔王を倒すといったごくありふれた物だ。

 うん、一部ありふれていない部分もあるけれど。

 まあ、家を飛び出した私にはこれっぽちも関係無い話だわね。

 そして重要な事を言えば実験と検証を重ね自分のステータスを弄くり倒した私であれば、指先一つで勇者パーティを殲滅することだって容易い。


 ふっふっふ。

 そう、何を隠そう私は自分のステータス内容を改ざんしているのだ。

 異世界の記憶からこの世界がゲームに酷似しているかもしくはそのもの(・・・・)であると確信した私は、だったら自分の数値を弄れないものかと試行錯誤したのだ。

 魔法杖を自作したのも、詰まるところこれが目的だった。

 入力機器を咬ませないと世界の裏側に介入できない事もアーカーシャとの接続で知っていたし。

 自作した魔法杖は世に出回っている物とは一線を画していた。

 魔力を帯びた天然石を魔石と呼び、魔物の体内から引きずり出すことのできる結晶体を魔核と呼ぶ。

 それら魔石と魔核を加工して電子回路を形成、内側にシステム構文を刻みつける事で万能とも言える魔法杖を世に生み出したのだ。


 なお杖の作成に関して拝借した知識は地球とは別の異世界なのだけれど、そちらの文明は既に滅びている。魔導技術が発達しすぎたその世界では大型の魔力兵器が主装備となっており、そのせいでドンパチが始まって7日ほどで惑星ごと消滅なんて末路を辿っている。


 まあ、何にしても準備期間の約三年の殆どを杖の制作に費やす羽目になった。

 軍資金を貯めようと密かに稼いだお金だって今じゃ雀の涙ほどしか手元に残ってないし……。

 けれどその甲斐はあったと今に至っては確信している。


 ぶっちゃけた話、今の私は、魔法戦のみで考えるなら数年後に現れるもしくは今の時点で既に暗躍しているかも知れない魔王を単独で瞬殺するだけの火力を有している。

 後は悠々自適の隠遁生活を送り、勇者君が魔王討伐を果たすのを確認してハッピーエンド。

 もしも勇者君が敗北して世界滅亡の危機となった時は私が全力全開の魔力砲撃で魔王を周辺地域ごと焼き尽くし灰にする。

 これで一件落着。世界に平和が訪れたってな話にする予定だった。


 私はのんびりまったり暮らしていければ文句は無い。

 逆を言えば私の平和を脅かす存在は生かしちゃおかねえ。

 ぶち殺して地獄で後悔させてやる。

 と、これが現在の私の人間性なのである。

 家を飛び出して大正解だったでしょ?



 ――で、肝心な所は何かと言えば、もしも私が確信している通りにこの世界が『神々の箱庭』と関連性のある世界であった場合。

 私は元より、王女も彼女が異世界から召喚する少年少女、その他諸々の人間というのはほぼ全員ともがNPC、ノンプレイヤーキャラであるということ。

 舞台装置の一つという意味以上に存在価値がないといった話である。

 勇者、即ち物語の主人公を除いて全てが与えられた役を演じるだけの存在でしかないのだ。


 ならば勇者は何者か? といった疑問があったとするならば、それは『神、もしくは神気取りのクソ野郎が操るアバター』なんて答えが当てはまるだろう。


 なぜって、勇者たる者を操るのはプレイヤーであり、創世の神が望んだようにしか動かないのが主人公の役割なのだから。

 だから私は可能な限り勇者とは関わりたくない。

 本来の役どころでは私は王女と共に勇者に断罪されちゃう取り巻きAなのだし、もしかしたら出会った瞬間に何らかの強制力が働いて問答無用で斬り掛かってくるかも知れない。

 そして私の戦闘能力であれば勇者を返り討ちするのも容易いだろうけれど、次の勇者、また次の勇者と延々送り込まれてくる可能性がある。

 勇者と暗殺者を一緒にするなと思う人も居るかも知れないが、魔王の視点から物言えば勇者とはとどのつまりが人間側から送り込まれてきた刺客、暗殺者でしかないので、この考えは極めて妥当であると断ずるより他に無い。

 私の隠遁生活はこれを回避する意味合いも含まれているのだ。


「ふぅ……」


 朝日を全身に浴びながら、どこか陰鬱さを伴う息を吐き出す。

 手にしている魔法杖エリンジュームに目を遣れば蒼く塗装された鋼の装甲が雄々しさ厳めしさを醸し出しており、取り付けられている排気ノズルから「プシッ」と熱い息が弾き出されれば意思を持っているのかと錯覚しちゃうほどの艶めかしさが滲み出る。

 流線型のフレームを空いた手でそっと撫でてみれば、見てくれの冷たさに反して熱を持っているのが分かって何故だか安心感を覚えた。


「さてと、行きますか」


 私は自分に言い聞かせるように言葉に出して、それから杖の柄で足下の岩肌をコツリと叩いた。


 ――《飛翔フライ》。


 すると靴裏に薄紅色をした光の魔方陣――魔法学では魔術回路と呼ばれているそうだ――が展開、魔法の発動に伴って私の全身がフワリと宙に浮いた。


 ついでに言っておくと、飛翔魔法フライはこの世界の魔法体系には存在しない代物で、だから自由に空を飛べるのは今のところ私だけという話になる。もちろん世の中に絶対なんて言葉は存在しないので可能性としてはあり得るのだけれども。

 でも、少なくとも空を飛びながら他の魔法をぶっ放せるのは私くらいであろうと半ば確信していた。

 なぜって、空を飛びながら別の魔法を発動させるためには同時に複数個の魔法を演算処理できなきゃいけないし、加えて発動させるための魔力をどこから引っ張ってくるんだってな話にもなる。

 複数の演算を行う為には人力だと《並列演算》というスキルが必要で、これは《並列思考》の上位スキルなので取得している人間は極めて少ない。

 これ以外の方法なら並列演算処理を行う事を前提とした機構システムが必要で、だから世界で唯一の魔法杖を所有している私だけがドックファイトできるって寸法なのよん。


「よし、良い感じ」


 機械式の魔法杖から微かに駆動音が漏れ出るのを確認して、僅かに笑みを浮かべると機首回頭。

 後方に広がっている森の中央付近に向けてカッ飛んでいく。

 どんな背景があるにせよ、どういった思惑があるにしても、これが私の守るべき日常で。

 だから誰にも邪魔はさせないと心に誓い我が家を目指すのだった。




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