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28:契約の代償(ゆうき視点)


 王都リーブラの衛星都市の一つとされている町ヤーレン。

 その大通りを僕は無我夢中で突っ走っている。


「はぁ、はぁ、ぜぇ、はぁっ!」


 向かう先はリーブラとは真逆。

 王都の頭上には暗雲が垂れ込め、先ほど鳴り響いた爆発音を皮切りに断続的に微かな破壊音がやって来る。

 どこからどう見たって攻撃を受けているとしか思われない。

 もしもこれが他国からの侵略行為だったなら、少なくとも王都の周囲に点在している町の幾つかは何千もの兵に取り囲まれ焼け落ちているに違いない。

 けれど王都の周囲で戦火の煙は上がっていないし、勿論このヤーレンだってなにがしらの被害を受けている様子でも無い。

 つまり王都を襲撃している何者かはある瞬間を境に突如として出現したと考えるのが妥当。

 そして、剣と魔法があるファンタジーな世界であってもそんな芸当が出来る存在というのは限られてくる。


 ぶっちゃけよう。僕の想像している通りであれば、王都リーブラを急襲しているのは魔王、もしくはその配下にある高レベルな魔物で、彼らの目的は勇者の排除であろう。


 第二王女フィリアは勇者召喚の儀式を執り行って相良君をはじめとする勇者パーティを日本から呼び寄せたワケだけれど。

 どういった経緯かは分からないが情報が魔王に漏れたんだ。


 普通に考えるなら、魔王がリアルに存在しており、彼が勇者という存在を脅威として認識していたなら魔王城に辿り着くまで悠長に待っているなんてしない。

 召喚された勇者達が育ちきってしまう前に、精鋭部隊を投入して潰しに掛かる。

 僕程度でも考えつく事を魔王が思いつかないワケがない。

 方法は転移系の魔法とか習得している魔物が城内に道筋を作って瞬間移動してくるとか。

 もちろんある程度以上の実力がないと複数体の魔物を転移させるなんて事は出来ないだろう。

 けれど魔王その人であるとかこの側近であれば可能性は充分にある。


 そして、襲撃が成功した場合、隣国が国境を越えて進軍してくるのとは真逆で、魔物の群れは城を起点として放射状に進軍してくる。

 つまり王都から近い順に制圧され蹂躙されていくっていう図式が完成してしまうんだ。


 この時点で相良君をはじめとした勇者パーティの生存はほぼ絶望的になる。

 だったら僕に出来る事なんて一つきり。

 我先にと逃げ出すしか手立てが無い。


 そりゃあ、僕だって戦う力があったなら果敢に立ち向かったさ。

 けれど現実はそうじゃない。

 補正値で身体能力が底上げされているとは言え、その辺の娘さんと変わらない体力しか無い。

 きっと押し寄せる魔物の群れの中へと突っ込んでいっても数分としない間にボロ雑巾の肉塊にされておしまいだろう。


 ごめんね。僕にはどうすることも出来ないんだ。

 自責の念と戦いながら走り続けていると、やがてヤーレンの入り口が見えてくる。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 けれどそれだけのことで僕は肩で息をしていた。

 額から滴り落ちる汗を服の袖の部分で拭う。

 町の門の所には、普段なら常駐している筈の兵士は見当たらない。

 異変を察知して逃げたのか、それとも王都に向かったのかは分からない。

 けれど僕にしてみればどちらでも構わない。


「くそっ」


 毒づいて、町を出る。

 一刻も早く遠くに逃げなきゃと、まだ整ってもいない荒い息もそのままに走り続ける。

 街道を暫し走っていると前の方から魔物の群れが迫ってくるのが見えた。


「やばっ」


 逃げ場は無いかと見回せば右手に森が見えた。

 身を隠そうとそちらへと駆け寄り迷いもしないで足を踏み入れる。

 町を出て行う依頼なんて受けたことが無いから、どういった魔物や野生動物が潜んでいるのかも分からない。

 それでも死にたくない一心で走り続ける。

 陽の光が遮られる森の中はまだ朝の時間帯であっても鬱蒼として薄暗い。

 そんな中を、それでも走り続ける。

 慣れない激走のせいで心臓が破裂しそうだった。

 何も考えられなくなって、不意に立ち眩みして足下がもつれて盛大に転んでしまった。

 どにか立ち上がろうと藻掻いて、少々の後になんとか体勢を立て直す。


「ははっ……あはは……駄目だったか……」


 僕は呟いて天を仰ぐ。

 木々の枝葉に遮られて、それでもキラキラと眩しい木漏れ日が、今は心底憎たらしい。

 気を取り直して目を前へと向け直す。

 そこには十数匹もの狼らしき魔物達が、襲い掛かるタイミングを見計らって僕を取り囲んでいた。


「けれど、まあ、せいぜい足掻いてみるか」


 腰に差したナイフを引き抜く。

 覚束ない足取りで、それでも生に執着する僕はナイフを逆手に持ち直すと腰を落として身構える。

 目の前にいた一匹が先行して駆け寄ってきた。


「このっ!」


 今まさに食らい付こうとする狼の顎を狙ってナイフをブッ刺す。

 ギャウン、なんて悲鳴を上げた狼がそのまま僕の上へと覆い被さってきた。


「くっ!」


 根元まで突き立てられたナイフを渾身の力で引っこ抜く。

 致命傷を負って動かない魔物の下から這い出し、立ち上がろうとしたところで僕の腕に食らい付く一匹。

 激痛が走ってナイフを取り落としてしまう。

 唯一の攻撃手段を失った獲物へと殺到する魔物達。

 首筋や太もも、脇腹、肩、手足とあちらこちらに突き立てられた獣の牙。

 意識が遠退いた。

 視界を染める赤はきっと僕自身の血液なんだろう。

 本当に、ろくでもない人生だったな、なんて。

 走馬灯を見ながら思った。




「――《爆衝弾マジックミサイル》、《展開エクステンド》。ファイア」



 ズドドドドドドドッ!!


 薄緑色をした弾丸が頭上から雨あられと降ってきた。

 意味も分からないまま立ち竦む僕。

 獲物を取り囲んでいた魔物オオカミたちが、ほんの一瞬で全部が全部とも細切れの肉塊へと変貌していた。

 四方八方で上がっている土煙。

 視界の悪いなか、見上げた僕は確かに見た。

 一振りの杖をかざし天から舞い降りる、幻想的なまでに美しい少女の輪郭を。


 助かった……。


 彼女が敵なのか味方なのかさえ分からないままに、なぜだか安心感を覚えた僕はそのまま地面の上へと倒れ込む。

 あと数秒でも早く来てくれたら良かったのに。

 全身の至る所から血を吹き出しながら考えたのは、そんな恩知らずなことばかり。

 既に致命傷を負っているから周囲の敵が一掃されたってもう遅い。

 僕はゆっくりと瞼を閉じ、そのまま息を引き取った。



 ――。

 ――――。


「ハッ!?」


 急に息を吹き返した。

 瞼を開けて、自分がまだ森の中に居る事を悟った僕は気怠くて指一本を動かすのさえ億劫な体に鞭打つと藻掻くようにして身を起こす。


「ここは……?」


 見回すに、確かに僕は森の中にいる。

 けれど周囲には魔物達の死骸も無く、何処かへと運び去られたのだと察する。

 きっと死の間際に見た光景、瑠璃色の髪を靡かせ杖をかざす女神のような彼女が助けてくれたのだろう。


「んっ……」


 自分の吐く息が妙な艶めかしさを伴っているように思われて、そっと自分の腕を抱く。


「ん……?」


 違和感を覚えた。

 目を下へと降ろす。

 すると胸の辺りに妙な膨らみがあるのを発見。

 何だろうと手で触れてみる。


「んっ……んんっ?!」


 確認の為にもう一度、今度は手で鷲掴みしてみる。

 すると胸に痛みが走って思わず顔をしかめた。


「えっと、これって……」


 半信半疑の夢うつつといった顔でへたり込んでいる僕は、急に我に返って股の間へと手を伸ばした。


「……無い」


 あるべき物が無い。

 その絶望感たるや筆舌に尽くしがたし。

 顔から血の気が引いていくのを感じながらもう一度自分の身体を確認する。

 あれだけの大きな外傷があった筈なのに、今は傷一つ見当たらない。

 ただし変化はあった。噛まれたり引っ掻かれたりで所々が破れている服は、先ほどより一回り大きくなっていて、僕の身体ではダボダボになっている。

 短かった黒髪は、いつの間にか伸びて今は腰に触れるくらい長い水色の髪になっていた。

 胸の大きさは、僕の小さな手にギリギリ収まるくらい。


 信じたくない事ではあるけれど、どうやら僕の身体は性別を違えてしまったらしい。


「ああ、目が覚めたのね」


 声に釣られて目を上げれば、上から降りてくる二つの輪郭を見つける。

 一人は瑠璃色髪の少女。

 もう一人は深みのある栗色をした髪の少女。

 年齢は、瑠璃色髪は僕と同じか一つ二つ下に思われる。

 栗色髪は10歳くらいだろうか。

 二人はそれぞれの手にやたらとゴツゴツとした金属製の杖を携えている。


「あの、貴女は……? それに僕は……?」


 上手く言葉が出てこない。それでも声を絞り出すようにして問い掛ける。


「ああ、私はルリ、と、この子はレミーちゃん。うむうむ、なかなかの美少女になったわね」


「これってどういう……」


 僕の身体の変化は、やはりというか何というか彼女が引き起こした事であるようだ。

 ルリと名乗った少女は僕のすぐ真ん前に降り立つと優しげな笑みを浮かべて頭を撫でた。


「貴方は魔物から受けた傷と出血で死んじゃったの。それで蘇生させるために一方的にではあるけど貴方と契約を行ったわ。私の眷属になった、と言った方がより正しいのかしらね? 兎も角、貴方は息を吹き返し、代償として男の子ではなくなったと。そんな感じよ」


 事も無げに曰うルリさんを前に、僕は二の句も継げず見つめ返すしか知らなかった。


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