24:召喚された五人目(ゆうき視点)
――ああ、視界が揺れる。頭がグワングワンして考えが纏まらない。
見回せば石ブロックを積み上げて作ったような薄暗い、そのくせ異様に広さのある部屋。
部屋の中央で学生服もそのままに蹲っているのが僕で、同じように四人の、けれど僕が身に付けているのとは違う制服を来ている男女が四人、怯えたように身を寄せ合い立っている。
そして僕ら5人の前に、見るからに豪奢な純白のドレスを身に纏った女性。
女性は僕らと同じくらいの年齢に思われるが、落ち着いた物腰でもうちょっと年上にも見える。
けれど何より目を惹くのは彼女の長くて艶やかなプラチナブロンドの髪と、滑らかで皺一つ無い面立ち。
その現実離れした美しさに思わず魅入ってしまう。
ついと目を逸らせば、そんな彼女の後ろを陣取って十名くらいの西洋風の鎧を身につけた人々が槍を手に微動だにせず突っ立っているのを見つけた。
「ここは……」
何処なんだ?
言い掛けた言葉もそのままにどうにか立ち上がろうとする僕。
すぐ横にいるのは男子学生一人と二人の女子高生、それから中学の制服を着ている女の子が一人。
「お姉ちゃん……」
不安そうに片方の女子高生に縋り付く女の子の口からそんな言葉が囁かれて、二人は姉妹なんだなと納得する。
姉妹の姉の方は長い黒髪をポニーテールにした子で、もう一人の女子高生は髪が肩口に掛かるセミロング。両方とも、というか三人とも美形で絶対に学校内カーストの上位に食い込んでいるだろとつい捻た考えなどしてしまう僕だ。
それから男子高校生、こちらは精悍といった面構えで、髪を染めているでも制服を着崩しているでもない長身で顔も良い彼は、僕より年上に思われた。
「ようこそ勇者の方々」
僕が四人を一巡見たところで向かい合い立っているドレスの少女が口を開く。
否応なく目を向けたのは僕だけでなく四人も同様だった。
「私はフィリア=ディア=ハイファン。ハイファン王国の第二王女です。本日皆様を異世界より召喚したのは、もうじき復活する魔王を討ち滅ぼしていただきたいからです」
フィリア王女は一見して慈愛に満ちた表情を僕らに向けた。
ここで反応するように一歩進み出たのは男子高校生だった。
「悪いが話が唐突すぎて理解できない。もうちょっと噛み砕いた説明をしてほしい」
「貴方、お名前は?」
「俺は義晴、相良 義晴だ」
相良君は男前な面持ちで臆すること無く答える。
反応するように周囲を取り囲む西洋鎧に身を包んだ人々が携えていた槍を構える。
一触即発の空気にビクリと身を強張らせる五人。
そんなヒリつくような空気を霧散させようとでも思ったのか王女が軽く手を挙げ彼らの挙動を制した。
一瞬、ほんの一瞬だけフィリア王女の目がギラリと光ったように思われたが気のせいだろうか?
「そうですか。では勇者ヨシハル様、ご説明致します」
王女様が慇懃な物腰で告げる。
妙な違和感を覚えた。
けれど言葉に出すのも憚られて口を噤む。
そんな僕の様子なんて丸っきり無視して王女様は語り始めた。
「まず、私たちが住まうこの世界は幾多の魔物が蔓延る、言わば魔境とでも申しましょうか。この世界で私たちは戦術と魔法の力を駆使してどうにか魔物達と拮抗してきました。そんな中で天啓があったのです。勇者を召喚せよと。さすれば一切の闇が打ち払われ世界に平和が訪れるであろう、と」
話を聞く限り僕のよく読むファンタジー小説やRPGなんかの冒頭部分にしか思われない。
でも少なくともこの世界じゃ魔法なんてものがあるらしいってのは分かった。
内心でちょっとワクワクしてしまったり。
「ですので私どもは長い時間を費やして“勇者召喚の儀”を編み出し、遂にあなた方を異世界より招くことになった次第です」
ここで相良君が更に一歩踏み出す。
表情は分からないが声色から察するに剣呑としている様子。
「おい、ちょっと待ってくれ。アンタ達の事情は分かったが、それはあくまで“この世界の事情”だろ?
俺達には何も関係無いし、アンタらを助けなきゃいけない理由も義理も無い。
さっさと元の世界に帰してくれ!」
相良君、あんた格好良いよ。
普通の男子高生がここまでハッキリ物を言えるってのはなかなか出来る事じゃあない。
イケメンにも程がある。
そこに痺れる憧れるぅ。
思わず心臓がトゥンクってなったね。
「残念ながら、あなた方を元の世界に帰す方法を私どもは知りません」
それなのにこの王女様、取って付けたような申し訳なさそうな顔で頭を横に振る。
そんな、と隣で女の子達の悲嘆に暮れる音が聞こえた。
「私どもが編み出し行使したのは、こちら側から一方的に異世界に干渉する術式であって、双方向の術では無いからです」
「それじゃあ誘拐したのと変わらないじゃないかっ!」
相良君の激昂した声が堂内に響く。
フィリア第二王女はしかし冷静な音色で「でも……」と紡ぐ。
「もしかしたら魔王であれば存じているかも知れません。なにせ存在は邪悪であっても魔導を極めている事に違いありませんから」
あ、この王女、話を誘導してる。
端で聞いていて思った。
僕らにそうせざるを得ないよう仕向けている。
見るからに清純そうな面持ちとは裏腹に、実は僕らを目的達成の為の道具に仕立て上げようとしている非常に腹黒い女性であるのだと、この瞬間に理解した。
「くっ……」
歯噛みする相良君にフィリア王女は優しげな笑みを手向けて言った。
「しかしどうかご安心下さい。勇者様たちが一刻も早くご帰還できるよう国を挙げてサポート致しますから」
項垂れる相良君。
思い通りに事が進んでご満悦なのか、一瞬だけニタァと口角を上げた王女様。
僕はと言えば、転移仲間たる四人を順に見て、それから不意に何やら引っ掛かるものを覚える。
このシチュエーション、どこかで見た事があるような……。
(何だっけ?)
もう一度、今度は矢継ぎ早に四人を見る。
相良義晴……ヨシハル……?
(あっ?!)
思わず声に出そうになるのをすんでの所で堪えた。
これはアレだ、昔ちょっとだけ流行りかけたRPG。
神々の箱庭。
主人公のデフォルトネームが確か“ヨシハル”だったはず。
だとするなら相良君は勇者で二人の女子高生は聖女と賢者か。
中学生の子は差し詰めイベントで覚醒する勇者二号って所だろう。
……え、じゃあ僕は?
ゲームだと召喚されるのは4人。
でも、だとしたら僕は一体何なのか。
異世界召喚される直前の事を思い出そうと必死で頭を捻る。
――僕は、そう僕は学校から帰る途中だった。
朝霧 有紀、16歳。
あと何日かで17歳になる高校二年生の夏の日。
いつものように家路を急いでいた。
信号機が青になって。
横断歩道を渡る。
向かいからやって来るサラリーマンが何かに気付いた様に慌てて駆け出し、僕を押す。
よろめいて転んだ次の瞬間に、目の前でトラックに轢かれるサラリーマン。
恐怖で吐きそうになりながら立ち上がる。
助けを呼ぼうと振り返って見つけたのが野次馬の四人。
何か言おうとしたところで足下に模様のように光の筋が浮かび上がって、そして僕らをまとめて飲み込んだ。
……って。いやいや、完全に巻き添えじゃあないかっ!
僕の今後の人生どうしてくれるんだ。
お亡くなりになったサラリーマンのおっちゃんには悪いけど、救われた命なら尚のこと幸せを謳歌する義務がある。
それをコイツらは無体にも踏みにじった。
断じて許すまじ!
思い出して怒りを覚えたものの、回想を終えた時には既に召喚の行われた部屋を出て別室に案内されている途中だった。




