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23:消滅魔法


 領主が住むという邸宅はすぐに分かった。

 バッカス氏が告げたように街の北西、こじんまりとした庭園らしき一角があって、この庭園を臨む格好で三階建ての建物がある。

 建物の壁は建設当初は真っ白だったのだろうけれど、今見る限りすすけて妙な見窄みすぼらしさを感じさせる。

 私は認識阻害魔法を発動させたまま建物を眼下に捉える位置までやって来ており、つまりは有無を言わさず邸宅を消滅させる算段であるということ。

 私に刃を向けた以上はそう簡単に見逃して貰えると思うなよ、ってこった。


(嬢ちゃん、ホントにやるのか? 引き金を引いちまったらもう後戻りは出来ねえぜ?)


「仮にやらなかった場合、私はドラゴンを倒さなきゃいけなくなる。後ろに監視兼暗殺(・・・・・)の任務を負った兵隊達を引き連れてね。生存確率で考えれば一人で行った方が余程マシでしょうよ」


 ドラゴンを討伐しろと言っておいて名目上の監視を付ける。

 それはつまり私が竜に食い殺されるのを見届けるか、よしんば勝利したとしても戦って疲れ切っているところを襲って殺すか。つまり最初から生かしておく気なんてさらさら無いってのが丸わかりなのだ。

 というか領主様は誘拐殺人強盗麻薬密売その他諸々の犯罪を商売として行っている裏ギルドの出資者スポンサーで、子飼いの犯罪組織が殲滅されたからその報復でって事で私を指名しているのだから、仮にどうにかしてその場を切り抜けたところで次々に難題をふっかけられ、もしくは刺客を送り込まれるに違いなかった。


 少なくとも私が彼の立場であったらそうする。

 舐めたマネしくさった愚か者など絶対に生かしてはおかない。

 肩に乗ってるオコジョがどうにも気の乗らない態度で念話テレパシーを送ってくる。


(そりゃあそうなんだろうが。領主を殺せば今度は国家そのものと事を構える流れになっちまう。そうなりゃ晴れてお尋ね者。国家反逆罪は例外なく死刑だからな)


「ええ、だから相手が動く前に国の中枢を叩く。どうせ戦って相手を殲滅するか大人しく殺されるかの二択しか無いのだから、だったら私に出来うる最大限を行うってだけの話。……というかバンドウ君、無理して私にくっついている必要は無いのよ?」


(俺はお前に殺されて、挙げ句こんなナリにされちまった。だったらお前の死に顔を看取ってやるのがささやかな復讐ってもんだろうよ)


「変わった考え方するのね」


(褒めてもなんも出ねえぜ?)


「いや、褒めてないから」


 肩の小動物と軽口を叩き合って、ちょっと笑う。

 背後では教材として与えた魔法杖トレニアを手に緊張感増し増しの女の子レミーちゃんが、師匠の姿を一瞬でも逃すまいと気合いを入れて凝視していた。


「レミーちゃん、そんな一生懸命に見つめられると照れてしまうわ」


「ぇう、ごめんなさい」


 すると顔を赤らめては慌てて目を逸らす。

 う~む。仕草がいちいち可愛らしい。

 一生愛玩動物として手元に置いておきたくなっちゃうじゃないか。

 私は自分の思考がヤバい方向に行ってしまう前に、深呼吸を一つして気持ちを切り替える。


「さ、始めようか。開戦の合図は一発の号砲で、ってね」


 魔法杖エリンジュームを頭上に掲げた。

 「ブシュッ」と排気ノズルから熱々の息が漏れ出る。


「術式展開、システムコンソール、起動」


 ヴンッ。と私を取り囲むように幾つもの四角い枠が出現し、枠の下側からズラズラと文字列が迫り上がってくる。


「座標指定完了、魔力導率をレベル2へ移行。バレル展開」


 カコンッ、と魔法杖の外部装甲が縦に割れて、内側から小さくて丸い紅色をした石が出現する。

 普段は使用されることの無い補助的な役割を持つこの魔石は、大掛かりな術式を行使する場合にのみ稼働する仕組みになっていた。


「魔力収束開始、限界値を120に固定」


 ヴヴヴヴヴヴ……。

 地の底から這い出すような重低音が杖を中心に溢れ出る。

 私は掲げた杖の先端を眼下に鎮座する邸宅へと向けた。


「輻射結界敷設」


 屋敷の敷地内に薄緑色をした巨大な方円が浮かび上がった。

 私の視界に映り込む数々のメーターがレッドゾーンに差し掛かる。


「じゃ、顔も名前も知らないけれど、さようなら領主様」


 ――《対消滅アンチマター》。


 杖の先端に私の拳ほどの大きさで真っ黒な球体が出現。

 放り投げる仕草に呼応して邸宅の屋根へと落ちていった。

 やけにゆったりとした動きで球体が屋根に当たる。

 次の瞬間に、薄緑色のサークルの内側が真っ黒に染まった。


 ズゴゴゴゴゴゴゴ……ヒュォ。


 屋敷の敷地を丸ごと飲み込んだ暗黒のドーム。

 ドームはほんの一秒間で中心に向けて質量を消失させていき、すぐさま完全に消えて無くなった。


(お、おい……、嬢ちゃん、あんた一体何者なんだ? 俺はそんな魔法知らねえぞ……)


 顔のすぐ横でオコジョが身を戦慄わななかせている。

 彼が知っている魔法というのは恐らくゲーム“神々の箱庭”で登場する物を指しているのだろう。

 しかし私が使用したこの魔法は、ゲーム世界で設定されたものとは根本的に違う。


 魔法文明が栄え滅んでしまった世界での、この発端ともなった魔法。

 禁呪に該当するような代物を行使したに過ぎない。

 私の内側にあるのは地球の知識だけじゃあない。超越的な科学技術も、神をも凌駕する魔導技術さえもが刻み込まれているのだ。


「私が何者かって? そうね、さしずめ叡智の神に見初められた女ってところかしらね」


 意味深にうそぶいて、ちょっぴり自嘲気味に笑んでみる。

 黒い光の喪失と共に出現した直径300メートルものお椀型にくり抜かれた穴へと空気が流れ込み、引き寄せられた風が私の瑠璃色髪を靡かせる。


 私は領主の顔も名前も知らないし、個人的に恨みがあるのかと問われると会った事すら無いから分からないとしか言い様がない。

 彼は私の排除を目論んだ。

 だから先手を打って排除した。

 ただそれだけの話でしかないのだ。


「さて、次は王都を灰にすれば良かったのかしらね?」


 ギルドマスターとの遣り取りを思い出して独り言ち。

 お弟子ちゃんを顧みるに、ちょっと苦しそうに見受けられた。


「レミー、大丈夫? 魔力切れで墜落する前に休憩挟みましょうか?」


「いえ、大丈夫。大丈夫です」


 栗色髪の少女は顔色が悪く今にも卒倒しそうなほど疲れ切っている。

 恐らくは飛翔魔法を連続で発動させているせいで魔力を大きく消耗したのだろう。

 慣れない魔力消費は余計に体力を削るものだし。

 その辺りは慣れの問題で、魔法使いを名乗るなら避けては通れない道だ。

 とは言ってもレミーちゃん、顔色悪いのに目が爛々と輝いていてちょっと怖いよ。

 何て言うか、そう、力を渇望する人間特有の瞳の輝き。

 ひょっとしたら私が思っているよりもずっと大きな闇を、その小さな胸の内側に抱え込んでいるのかも知れない。

 まあ、私がどうこう言っても仕方の無い話だけど……。



 ――突然の領主邸消失に勘付いて人々が押し寄せてくる前に私たちは現場から離脱。

 認識阻害魔法を解くこともしないで街の反対側までやって来ると路地裏に着地。そこからは徒歩で通りを彷徨うろついて何気なく入った食堂でパスタに似た料理を注文、二人と一匹で一心不乱にかっ食らう。

 お腹が満たされて幸福度が上限いっぱいまで膨れ上がったところで店を出ては人の目の届かない路地裏へと潜り込み、ここで飛翔魔法と認識阻害を発動させる。

 隠遁ステルス系の魔法というのは手を繋ぐなど肉体的な接触があれば相手にも効果が波及するし、今なら各々の魔法杖が搭載するリンクシステムで触れてなくても同様の効果が得られている。


 上空300メートルまで打ち上げられた私たちは、王都へと舵を切る。

 民家の屋根も街の周囲を囲う外壁も関係無く飛び越えた私たちは、暫し空の人となった。


「途中で休憩を挟むつもりだけど、気分が悪くなったらすぐに言うのよ?」


「はい、お師匠様」


 スローペースで空の上を飛行しつつ、お弟子ちゃんに言い含めておく。

 いざ現場に到着したところで疲れ切っていては何もできなくなっちゃうからだ。

 レミーは素直に頷き、手にしている魔法杖トレニアをギュッと胸に抱く。


 街の周囲には草原が広がっていて、その中を一本の道が貫通していた。

 方向から考えて街と王都を繋ぐ街道と見て間違いなかろう。

 舗装はされていないが人馬の行き来により踏み固められた地面は草も無く乾燥した土色の道。

 道は途中で幾度か分岐していたが一番太い道は相も変わらず真っ直ぐで、その向こう側に王都が鎮座していることは明白だった。


「う~ん、悩みどころねぇ……」


 飛行する間、私はどういった魔法で王城を破壊しようかと悩んでいた。

 先ほどの消滅魔法を使っても構いやしないのだけれども、それじゃあ芸が無いようにも思われるのだ。

 どうせ遣るならもっとこう、派手で格好良くて達成感の得られる破壊魔法で「これぞ魔導の極地!」って傍目から見ても分かるような光景を作ってみたいと思うじゃあないか。

 アレコレ考えているとここでも肩に乗っているオコジョが念話で話し掛けてきた。


(なあ、お嬢。今更なんだが、俺はアンタの事をずっと俺と同じ転生者だと思ってた。だがひょっとして違うのか?)


「本当に今更ね。……というか私は君達が言うところの現地人だけど?」


(じゃあこの世界にゃアンタみたいなバケモンがうじゃうじゃ居るってのか?)


「失礼なヤツね。けど君の言う化け物はたぶん私一人きりだと思うわ。世界の裏側にアクセスした人間がそう何人も居るわけないし、仮に十人も二十人も居たとしたらとっくの昔に大陸全土が焦土になってるでしょうよ。そうなっていないのだから、つまり複数人は存在しないと考えるのが妥当でしょ」


(……なんつーか、アンタの傍に居るのが一番安全だな)


 オコジョは肩を竦めて念話を打ち切った。

 けれどオコジョとの会話を終えて五分と経たない内に、今度はお弟子レミーちゃんが声を上げる。


「お師匠様、アレは何でしょう?」


 見るに、視界の奥の方で黒々とした筋が一本立っている。

 もっとよく見ようと目を凝らしたところ、それは王都から立ち昇る煙である事が分かった。


「……どうやら先客があったみたいね」


 少なくともゲーム『神々の箱庭』に王都が襲撃されるようなイベントは無かったはず。

 シナリオ的には主人公パーティが王都に攻め入って王女をぶちのめす展開はあるのだけれど、少なくとも今の時点で異世界ちきゅうから勇者たちが召喚されたといった情報は入っていないし、仮に既に召喚儀式が執り行われていたとしても、勇者が牙を剥くには時間的猶予がある筈だった。


 つまり勇者が云々とは関係無く、王都が何者かの攻撃を受けているといった話になる。


「レミー、王都に侵入するのはもう少し様子を見てからにしましょう」


 私たちの位置はエルダと王都の丁度中間地点。

 視点が上空300メートル地点であっても都が霞んで見える距離なので地面に足を付けて進むなら馬に乗ってさえ二日か三日は掛かるだろう。

 この距離は重要だった。

 例えば王都を襲っている何者かが極めて優れた知覚能力を持っていても流石に私たちの存在は探知できないだろうし、仮に探知され追っ手を差し向けてきても迎撃と退避どちらを選択するにしても成功率が高い。


 そして肝心な事は私たちにとって王都や王家、そこに暮らしている民草といったものは守る対象でも何でもないということ。

 見捨てたところで痛くも痒くもないって話だ。

 ならば私たちとしては様子を見つつ慎重に近づいて行くのが上策と言えよう。


「ま、それでも戦わなきゃいけなくなるようなら遠慮はしないけどね」


 私は結論づけるとお弟子ちゃんを伴い急降下。

 安全そうな雑木林を見つけると魔物除けの結界を張って、後は時間の経過を待つばかりだった。




書きためはここまでです。

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