22:街を往く
午後はレミーちゃんの為の特別講座ということで、二時間ほどルーン語の手ほどきをして。
後は森の中をハイキングして薬草摘み。家に出戻ったらポーション作りに専念する。
私が思うにお金を稼ぎたいなら冒険者なんて危険に充ち満ちた仕事で稼ぐより商人として生計を立てた方がよほど儲かる。
商売の基本は安く仕入れて高く売ること。
でも高すぎると顧客が付かない。この微妙な匙加減を測るために市場調査するワケで、そりゃあ大変と言えばその通りなのだろうけれど、少なくとも命の危険を伴う鉄火場に足を踏み入れる事なんてしないのだから死亡率はそれ程でも無かろう。
そう言った理由から私は金銭に固執していない。
ただし無一文では食料品やちょっとした小物など欲しい物が買えない。
だからお小遣い程度にちょこっと稼いでパッと使っちゃう。
そのための冒険者なので、受ける仕事は手持ちで即納できる採集依頼だけ。
それ以上は求めないし、価値も認めていないのだ。
けれど、それはあくまで私の価値観であって、お弟子ちゃんもそうであるとは限らないし、自分の考えを押しつける気も無い。
彼女は彼女で好きにすれば良いと思うし、なにも師がそうだから弟子もそうでなければいけないなんて法律だって存在していない。
レミーは自分でこうしたいと思った事をやれば良い。
私としては遣りたい事を遣りたいようにできるよう最大限サポートしてあげる。
師が弟子にして上げられる事なんて、それくらいしか無いと思うわけさ。
「――というわけでレミーちゃん、街に行こう」
「はいっお師匠様!」
翌日の朝ともなると朝日が燦々降り注ぎ、気候は穏やか。
絶好の飛翔日和ということでレミーちゃんを促して街に赴くことにした。
彼女は嬉しげに返事をしたし、朝までバスケットをベッドにしていたオコジョだって私の肩まで昇ってきて急かすように鼻先で首元を突いてくる。
私は昨日作った瓶詰めポーションをリュックに入れると、その他諸々の準備さえ手際よく済ませて家の前に立った。
「家は魔法で施錠して、外壁を壊されないよう防御力を上げて、更にトラップを仕掛けておく。家に貴重な物を残しているなら尚のこと端折っちゃだめだよ?」
「はい、お師匠様」
私の言葉を一々口の中で反芻するお弟子ちゃん。
うむ、素直な子は好きだよ。
――《《飛翔》》!
そして師弟共々魔法を発動させた。
双方の足下に浮かび上がった薄紅色の魔術回路が妙に嬉しい。
私は慣れたふうに、レミーはおっかなびっくりといった感じでそれぞれ空へと躍り出る。
大樹の頂上を飛び越えれば視界の下半分は緑色の絨毯、上半分には草原や街の景観。
その上に山脈の輪郭を境界線にして真っ青な空が広がっている。
「慣れるまで速度は出さなくて良いから姿勢制御に集中して」
「は、はいっ」
ワタワタしているレミーにはそう言い含めて私は美しい世界をのんびり眺めた。
遠くで同じく空を泳ぐのは渡り鳥の群れと、子連れであろう数頭のドラゴン。
ドラゴンか……。
ちょっとひとっ飛びしてぶち殺したい衝動を抑えつつ、私は弟子の動向へと意識を向ける。
レミーの飛翔魔法は30分少々もあればある程度自由に飛び回れる様になっていた。
私に担がれていたときは気持ち悪くなっていたが今は平気そうで、それどころか玩具を与えられた子供のように瞳を輝かせて空中遊泳に勤しんでいる。
そんな弟子が可愛く思われて、つい空の上で捕まえてギュッと抱き締めてみたり。
「ちょ、ちょっとお師匠さま?!」
「君が可愛すぎるのが悪い」
「もうっ///」
なんてじゃれ合いつつ、まったりとした道程を飛び越えて街に到着。
人の目の無い路地裏に降り立った後は認識阻害魔法を発動させたまま大通りを闊歩して冒険者ギルドに向かった。
――幾ばくかの喧噪鳴り響くギルド会館に足を踏み入れた私たち。
二人とも可愛い娘でしかも年齢だって15歳と11歳という幼さの薫る頃合いともなると不逞の輩が声を掛けてきて一悶着あるんじゃないかとちょっと期待した私なのだけれども、実際のところはフロア内に屯していた荒くれ冒険者達は私たちの姿を認めるなりピタリと口を閉ざし、どこかピリピリとした緊張感を漂わせるに至っていた。
何だろうと小首を傾げながらも淀みない足取りで掲示板の立ち並ぶブースへと向かい、薬草の納品依頼だけを毟り取って奥のカウンターへと向かった。
「あ、ルリさん、ようこそ冒険者ギルドへ! 数日も姿を見せないから何かあったのかと心配してたんですよ」
対応はすっかりお馴染みとなった赤毛の受付嬢。
実年齢はしかし私より三つか四つ上くらいと思しき若いお姉さんだ。
彼女は私の斜め後ろに居るレミーを見つめ、けれど冒険者登録における年齢規定を満たしていないと考えたのかすぐに私の方へと向き直った。
「この依頼を即納で受けます」
「はい」
「ポーションは30本、納品お願いします」
「はい、かしこまりました」
それから手続きが終わったところでトレイに載せた金貨を差し出される。
金額は2万G近かったので数字だけ見れば手にズシリと重い分量かと思われるかも知れないけれど、大金貨が混じっているので質量的には逆に軽い。
大金貨は通常の金貨と比べて一回り大きいが、価値は一枚で1万Gなので、端数のぶんだけ容積が増すことになる。
というかこの世界には銀行という制度はあるけれど庶民が気軽に利用するような物ではなく、金持ちの豪商や貴族が大金を持ち歩くのが危険だからと作ったシステムなので、少なくとも日銭を稼いでどうにか食いつないでいるだけの冒険者には縁遠い場所だった。
「ああ、ルリさん。この後ギルドマスターの所に行って貰えないかしら?」
「どうして?」
「詳しい話は聞かされてないけど、領主様から直接指名で依頼があるらしいの」
「また面倒臭そうな事を……」
「受けるにしても断るにしても私ではこの件に干渉できないから、直接お願いしますね」
ニッコリと営業スマイルで言い渡されてしまった私。
領主からの依頼ともなると断るのは難しそうだし、というか何処でどうやって私の名を知り得たのか気になって仕方ない。
案内役としてやって来た別の受付嬢に促され、別室へと赴いた私たち。
嬢が立ち止まりノックした扉の奥から聞き覚えのある声が返ってきて私はちょいとゲンナリした。
「おう、よく来たな冒険者ルリ。……と、その小っちゃい子は?」
「私の所で面倒見ている子。レミーよ」
「は、初めまして、レミーといいます」
無駄に重厚感漂わせる机の向こうにあったのは肩幅の広いガタイの良い男。
エルダの冒険者ギルド、総支配人は確か名をバッカス=クロードといった筈。
ヒゲ面の壮年男はガラス窓から差し入る陽の光を背負う格好で天板に肘を突いていた。
ああ、ここにもガラスって使われてたのね。なんて全く関係無い事を考える私だったり。
「領主さんから指名されてるって聞いたけど?」
私が尋ねるとバッカス氏は眉間に苦悩らしき皺を寄せ、大きく息を吐き出した。
「ああ、前回お前は誘拐された大店の娘を救出したな?」
「ええ、成り行きだったけれど」
「この際に、裏ギルド“レード”のアジトに乗り込んでいって、構成員を一方的に虐殺した、という認識で合ってるか?」
「一方的? 拉致監禁陵辱目的で武器を手に襲い掛かってくることを無抵抗と呼ぶのなら、そうでしょうね」
前回拉致されたヒナちゃんを救い出すために彼女が監禁されている建物へと押し入って、目に止まった人間を片っ端からぶち殺した。
これは警察機関が地域に巣くっている無法者どもを制圧しようとするなら決して間違いでは無い。
犯罪者を逮捕して法に則って処罰するといった考えは、あくまで法律が遵守される社会においてのみ適応されるものであり、法律なんて金か力で如何様にもねじ曲げられるような国家や社会で綺麗事を並べ立てる方が間違っている。
ギルドマスターは更に大きな溜息を吐いて私を見た。
「この街じゃ領主の言葉がそのまま法律になる。お前からの報告は聞いているし、これを罪だとは俺達だって思っちゃいねえ。だが聡明なる領主殿はお前を犯罪者であると認定したいらしい」
「つまり牢屋に入れられるってこと?」
「そんな……」
後ろでレミーが息を飲む。
しかし壮年の厳めしい面構えが首を横に振ったところで話には続きがあるのだと察した。
「領主は領民の安全そっちのけで犯罪者を優遇したいようだがギルドだって黙って従うほどお人好しじゃあない。抗議してどうにか相手を説得することができた。
ただし、ここに一つの条件を出されちまったんだ」
「つまり、何らかの仕事をさせて、完遂できれば白、そうでなければ黒にする。ということ?」
「ああ、察しが良くて助かる」
バッカス氏は本心から職務上致し方なくってな顔で「すまん」と小さく謝罪する。
「……具体的には何を?」
彼の良心の有り様になど気遣う素振りもなく私は問う。
「ドラゴン討伐」
するとこんな答えが返ってきた。
「どこに居るドラゴンを狩れば良いのかしら?」
なので少し深い質問を。
彼は意表を突いた返答に言葉を失ったが、それでも一応の答えを寄越す。
「街から西へ三日。カリュー渓谷って場所がある。そこにドラゴンが数頭棲息している。これを殲滅しろって話だ。まあ、つまりは自殺しに行けってことだな」
話によると領主は過去に一度だけ子飼いの騎士団を派遣したことがあるらしい。
だが結果は部隊の壊滅。数多の騎士達が亡くなったのだとか。
つまり合法的かつ領民の自分に対する心証を悪くすることなく邪魔者を抹殺する腹づもりであるということ。
この時点で領主とやらがどういった人物なのかおおよそ察しが付いた。
「念のために聞いておくけど、領主と裏ギルドの関係性は?」
「件のギルドに対して領主は資金を援助していた」
「要するに子飼いを皆殺しされた報復措置ってわけね。理解したわ」
あくまで平然としている私をなにか恐ろしい物でも見るような目で見つめて、彼は更に言葉を重ねる。
「条件として領主の部下を二人連れて行くこと。逃げださないよう監視する役どころだな」
「期間は?」
「三日以内」
「一応聞いておくけれど、数時間後に領主邸が住人もろとも大爆発したり焼け野原になったとしたら、この後どうなると思う?」
「ちょ、おまっ?! ……いやいや、あくまで仮にの話だな。この場合には恐らく主犯はお尋ね者、王都から調査の名目で騎士団が派遣されるだろうし、手配書が回ってくればウチとしても正式な依頼として処理せざるを得なくなる。早まったマネは止めてくれよ?」
「つまり、領主がこの世から消え去って、王都が焼け野原になって、あと私が国を出て行けば全て丸く収まるって話ね?」
「ま、まて! その理屈はおかしいだろっ!」
つい心を躍らせニヤリとしてみせれば彼は本気で焦った顔になる。
「けれど冒険者ギルドでは明らかに実力的にも評価的にも分不相応な依頼を新人冒険者におっかぶせた挙げ句、遂行できなくても逃げだそうとしても罪人として処罰するって言ってるワケよね?
ギルドは登録している冒険者を守ろうとしない。
領主であれ国王であれ為政者側は領内の人間を邪魔だからと殺す事しか考えていない。
だったら相応の対応をするのが道理ではないかしら?」
私が告げると彼にも色々と思う所があるのだろう。唸るように歯噛みして目を落とした。
「ええと、ではまず領主様の居る場所を教えて貰えないかしら。教えないと言うなら真っ先に街を焼け野原にするけれど」
「それは世間一般じゃあ脅迫って言うんだぞ……だが、そうか。そうだな、お前の立場なら一矢報いようとするのは当たり前だ。屋敷は街の北西。領主殿は余程のことがない限りは屋敷から出る事が無い」
「分かったわ。情報提供を感謝します」
「……本当にすまん」
彼が深々と頭を下げる。
私は冷ややかな目で壮年男の頭頂部を一瞥すると踵を返した。
「え、え、どうするんですかお師匠様?!」
何やらワタワタと焦り半分のお弟子ちゃんにはこう言った。
「どうやら権力者に目を付けられてしまったみたい。なので、ちょっと行ってくるわ」
「わ、私もご一緒します!」
「そうね。貴女は私の弟子だものね。師匠のやり方をしっかり見ておく必要があるわね」
言い含めて追従するよう促すとトテテッと後を追い掛けてくる。
まるで親鳥に縋り付く雛鳥みたいだなと、その愛らしさに癒やされてみたり。
――私にとっては魔物か人間かはさして重要な事ではない。
肝心なのは私にとって敵なのかそうでないかだけ。
そして領主は私に刃を向けた。
ならば降伏も逃亡も認めない。
最後の一人が息絶えるまで戦えと。
私かヤツか、どちらかが完全にこの世から消え去るその瞬間まで終わらないぞと。
愉しくて嬉しくて仕方の無い足取りでギルド内の廊下を闊歩する。
擦れ違う人々は誰も彼もが私を一目見ただけで怯えて脇に避けていた。
自慢の魔法杖は所有者の高揚を感じ取ってか、排気ノズルから忙しなく灼熱の息を吐き出していた。




