20:家の増改築
家に帰って早々、私は家の大改装を余儀なくされていた。
「ここまで大掛かりになるとか分かってたら誰も魔石採りになんて行かなかったわよ……」
愚痴りながらも杖を手にあーでもないこーでもないと魔法を発動させていく。
考えが足りなかったのだ。
魔法杖を作ろうと思うなら資材の確保は当然として、これを保管するスペースと加工するための設備が必要になる。
じゃあ手狭につき一人暮らしするだけで目一杯まで使用してしまうこの家のどこを資材置き場、もしくは作業場所にすれば良いのかといった問題だ。
この難問を解決するためには新たな区域を増築するしかなくて。
では何処に確保するのかと考えると、どうしても魔物や物盗りといった外部からの侵入が制限できる地下にという結論にしかならない。
なのでせっせと地下施設を建造中といった次第。
私は大雑把ながら描き上げた図面を広げ、地中を掘削し、削り出した土を外に運んで壁を生成し、という作業を繰り返す。
魔法でやってるだけに作業効率は最大、体力自慢の男ども10人掛かりで一週間を費やすに違いない工程を小一時間で済ませているからこれで私の腕が悪いなどと言われるのは甚だ心外となるだろうが、やはりたった一人でというのはかなりの無理があると我ながら後悔の念を覚えずにいられない。
地下室への入り口は家の側面にもう一つ通路を作って直接出入りできるよう改造する考えだった。
外から見ると根元が膨らんだ大木と隣接する形で土壁の廊下。そこへ繋がる格好で石材を多用した四角い建物が居並ぶといった見てくれになる予定だ。
家の中からしか入れない四角い建物の中に窯と作業台を置いて実際の工程はそちらで行う。
フロアの隅に下り階段を設置、地表から30メートルほど降りたところに資材置き場を確保する。
というのが最終的にまとまったプランだ。
で、階段を作っている間に「これならエレベーターの方が後々楽じゃね?」と思い立って先に縦穴だけ開けておくことにした。
だって、油圧やケーブルで上げ下げするのでなければ筐体は魔法による上下移動式となるワケだけれども、この場合、足の踏み場ともなる台座に小難しい術式を仕込む必要が出てくる。
つまりエレベーターを作る段階にあってさえ作業場が必要になるってこと。
なので当面は階段を使用してって話になるワケだが。
私はここで現場仕事においては知識よりも経験則の方が物を言うことを思い知った。
まず掘削により土を掻き出したまでは良かったけれど地下室たるべき場所に水が染み出してきて、つまりは水脈にぶち当たってしまったのだと理解する。
家の真下を走る水脈は井戸とも繋がっていたようで、おかげで汲み上げた水が濁ってしまった。
これはイカンと慌てて石を加工して底板とした。
もういっそのこと巨大浴場なんぞ作ってみようかしらなんてチラッと思ったけれど、今はともかく作業を終わらせるのが先決であると水関係は後回し。
また地上に於いては掘削で掻き出した土で壁を成そうとしたけれど、材料が土だけだと強度が確保できなくて途中で一回崩れてしまった。
そこで急遽森の向こうまで飛んでいって雑草刈り。乾燥させて材料と混ぜ合わせる事で辛うじて問題回避。
ただし、土はどうやっても土なので雨が降るとまた崩れてしまうだろう。
なので家の周囲に生えていた巨木一本を切り倒しやっつけ仕事で製材して土壁を覆ったし、屋根も作った。
窯を作って最初に焼いた物が瓦になるとは想像だにしていなかったよ、いやホントに。
材料となる粘土に色々と混じっていたし急いでいるからと型取りする型も作らなかったので形も大きさも厚みもバラバラ、物凄く不格好になってしまったけれど、今は見てくれよりも機能を優先させると割り切って屋根の上に並べたのも良い思い出だ。
あとは窓。窓枠は切った木を組むだけなので簡単だったけれど、問題はガラスである。
街で見かけたように思うからたぶん製法そのものは存在しているのだろう。
でも物価諸々を鑑みるなら絶対に手が出ないお値段であるはずで、だからといって手元には材料すら無い。
ゆえに苦肉の策として持ち帰った魔石をスライスして窓ガラスとした。
ただ、それだけだと味気ないので二重窓にして耐久度強化の魔法を複写しておいた。
これで暴漢が侵入を企てハンマーで殴りつけても平気な筈だ。
あと地上階の床は全面木板張りにした。
特に拘りがあったワケでは無いのだけれども、壁に使用した木材が余ってしまったのだ。
なので作業フロアだけでなく廊下も家の中も、完全な真っ平らになるよう高さを合わせて打ち付けた。
これで移動中に足を引っ掛けて転倒する確率が大幅に減ったはず。
うん、頑張った。
私、頑張った。
作業は大部分を魔法で執り行ったけれど、それでも丸三日を費やしてしまったし。
おかげで私は疲労困憊。
ワリと本気で心身共に疲れ切っていたので明日はなんもしねーぞと心に決めてベッドに潜り込んだものである。
――家のリフォームを終えて劇的なビフォーアフターを果たしたワンルーム内では、ベッドから這い出した早々から机に向かう私の姿があった。
何もしないと決めていたはずなのに、いざ朝になって目を覚ますとアレもしなきゃコレもしなきゃと妙な使命感に駆り立てられて、ペンを手に取った私はお弟子のレミーちゃんには食事の用意を言いつけておいて自分は大量の紙と格闘する。
いよいよ彼女に手渡すべき杖の制作に取り掛かったのだ。
というか、お弟子ちゃんには何をさせるにしても魔法杖が必要となる。
紙に書き連ねたルーン文字の構文は、このあと薄くスライスした魔石に転写するためのもの。
杖のコアを作ってしまわないと話が進まない。
急ピッチで行ったシステム構築は、この日の昼過ぎには終了し。
まだ真新しい作業部屋に弟子の立ち会いのもと各工程を終わらせたときには夕刻になっていた。
「レミーちゃん、この手順は覚えておきなよ。いつか必ず自分でやらなきゃいけない時が来るから」
「は、はい。お師匠様」
眉間に皺を寄せて難しい顔をするレミーに私は苦笑を禁じ得ない。
「一つの属性に特化した人間ってのは他の属性魔法が扱いにくい。効果が半減する上に異常に疲れるからね。なのでシステム上で監視して魔力を分岐させる仕組みを作っておくんだ。適合した魔法が行使される場合には直接繋ぐ、そうでない場合には術者の魔力を濾過して属性って枠を取っ払う仕切りを挟むようにする。そうすれば得意魔法は二割増し、それ以外も平均並みには動くようになる。
またコアの中に予め使いそうな魔法を記憶させておくことで発動までの時間を大幅に短縮することが出来る。
ただし欠点だってある。
魔法ってのは元来、その場その場の状況に合わせて構築していくものなのだけれども、記憶させた魔法ってのは画一的で細かい調整ができない。
そこでシステム側から補正を掛けてコントロールできるようにする。
……というか、魔法には詠唱式と無詠唱式があって、詠唱式ってのは、要するにその場の環境に合わせて一から構築していく物なんだ。
呪句による構文が完成すると魔術回路へと変換される。
魔術回路というのは私たちが生活しているこの物質世界が読み取り実行できる形式に翻訳された形
、と言えば分かりやすいかな?
で、だったら冗長でまどろっこしい呪文詠唱なんてすっ飛ばして魔術回路を直接顕現させれば良いんじゃね?って考えた人がいて、これが無詠唱式の始まりになる。
言葉とは音の集まりで、音は振動。振動は形を成し意味を持つ。
言葉は言霊。吐いた言葉は良いものも悪いものも現実へと投射され、その結果を引き寄せる。
だからレミーちゃん、悪い言葉はあんまり使っちゃ駄目だよ?」
つらつらと言葉を紡ぎつつ、紙に文字を書き連ねていく。
言いながら、けど私って「死ね」とか「殺す」とか何かにつけて言ってるなと思い返して苦笑してみたり。
いや、あれはそういうノリなんだよ。
と、自己弁護しておこう。
「確かに私の作るこういった魔法杖は性能的に見てこの世に存在するどの杖よりも優れている。けれど道具は道具、それ以上でも以下でも無い。
つまり道具ってのは壊れて当たり前。だから術者は自分で修理や改造ができなきゃいけない。
その上で、どれだけ高性能な道具を所有していても必ずしもその性能が発揮できるとは限らない。
故障とかの内的要因もあれば外部からの強制アクセス、外的要因でも動作不良に陥るなんてのも充分に起こりうる話さ。
なので術者本人も分かってなきゃいけない。魔法の使い方、自分の身体の使い方を。
魔法が全く使えない状況下だと魔法使いはただの人になる。
そうなったときに頼れるのは結局のところ腕っ節の強さになる。
だから日々の修行では勉強や魔法の訓練だけじゃなく体術、それも実戦的な技を仕込んでいくつもりだよ。
頭でっかちはいざって時に役に立たないからね」
取り留めのない言葉を吐きながら、けれど手は休ませない。
レミーは声も無くジッと私の姿を見つめている。
魔法杖の制作風景を弟子は見ていなければいけない。
まだルーンの一文字すら教えていないから実際に何を行っているのかよく分からないだろう。
けれど今はそれで良いんだ。
全体の流れを把握しないと、自分が今何を学んでいるのかさえ分からなくなってしまうから。
模倣は観察するところから始まる。これは全てに於いて共通している事だ。
「っと、できた」
転写するためのシステム構文を描き上げて大きく息を吐き出す。
計30枚ほどの書面は、私の杖のコアに使用されているシステムで500枚ほどが消費されている事を思えば随分とシンプルだけど、“弟子に最初に持たせる杖”という観点から言えば必要最低限の機能は備えているし、これで充分。むしろ世界で流通している杖とスペックを比較するなら一線を画する程の性能差があるのだし充分過ぎると言えよう。
私は薄くカットした魔石を紙の一枚ごとに配布して、後は一気に仕上げた。
「というわけで、完成です」
コア部分を更に金属で作ったキューブ型筐体で覆って、ここに杖としては短く細いワンドと呼ぶのが似つかわしい長さの金属棒を準備して取り付ける。
棒の先端をアルファベットの“C”らしき形にして、この空いている場所にキューブを据え置いたのだ。
「はい、これから暫くはこの杖が貴女の相棒よ」
「あ、ありがとうございます!!」
軽い調子で手渡すとお弟子ちゃんは感極まったように咽せて、両手で恭しく受け取った。
「そうね。銘は“トレニア”、とでも名付けましょうか。最初に言っておくとこれはあくまで教材として作った物だから必要最低限の機能しか付けていないの。君が所有する“魔法の杖”は君自身の手で作りなさい」
「はいっ!」
喜び勇んでいる姿がとても愛らしい。
長い栗色髪が跳ねる様は見ているだけでホッコリする。
ま、いずれにしても。
私は私の弟子としてこの場に立っている彼女には色々と教えようと思う。
そう簡単に死んでしまわないよう、少しでも多くの時間を生き長らえる事ができるように。
途中で投げ出すようなら、そこまでの人間だったと諦めよう。
――いや、うん、まあ。
もしも万が一逃げ出した挙げ句に魔法杖を売り飛ばすような愚行を犯すようなら、また違う事を考えているのだけれどもね。それは言わぬが花ってヤツだろう。
私は結局のところ家の増改築からお弟子ちゃんの杖を作り終えるまでに5日を費やしちゃったなあ、と妙な感慨に浸りつつ、彼女を伴い作業部屋を出たら晩ご飯の支度に取り掛かるのだった。




