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19:第12号坑道③


 玄室に足を踏み入れて早々、50匹からなるゴブリンの群れから総出の大歓迎を受けた私たち少女二人プラス役立たずのオコジョ一匹は、しかしだからといって臆することなど無い。


「まずはコレかな?」


 ――《次元断ディメンションスラッシュ》。


 ブゥゥン…………サクッ。


 空間系に属するこの魔法は指定した空間に厚みコンマ1ミクロン、筋状の異空間を展開し前方に向けて押し出すといった代物で、前からやって来る大軍勢を面制圧するのに最適な魔法と言えた。

 襲い来る魔物の群れは自身の腹を異世界が通り過ぎてゆく事にさえ気付くことなく、しかし数歩と走らぬうちに上半身と下半身を分断されて各々地に墜ちてゆく。

 生憎と射程範囲がそれほど長くないので最奥の化け物には届かなかったが、この手前にあった障害は一先ず綺麗さっぱり片付いた。

 あとは両側面から襲い掛かってくるゴブリン達、左右合わせて10匹程の妖魔を仕留めれば恐らくはボス敵であろう奥の一体とタイマン張れる状態になるだろう。


「ふふっ」


 つい愉快な気持ちになって含み笑んでしまう私。

 左右を見て近い方に身体の向きを変えて駆け出すと矢継ぎ早に魔法を発動させる。


 ――《光子刃フォトンブレード》。


 空いている方の手に光の刃を灯すと錆びた剣を手に真正面から突っ込んでくる一匹を袈裟斬りする。

 血飛沫と共に崩れ落ちるソイツの傍らから二匹のゴブリンが顔を覗かせ双方タイミングを合わせて槍を突き出してきた。


「フッ」


 短く息を吐いて地面を蹴る。

 大きく跳ねた私の身体が放物線を描いて宙を舞い、再びの接地感を靴裏に感じた瞬間にはクルッと一回転。

 周囲に居た6匹が焼き焦がされた臓物をぶちまけながら崩れ落ちた。


「シッ!」


 そこへ更に一匹が飛び掛かってくる。

 私は貫手にて突き出し、ソイツの胸部を串刺しする。

 実を言えばゴブリン50匹程度なら魔法を使わなくとも何ら問題なく鏖殺できる自信があった。

 自分のステータスを改ざんして魔王であっても一発ぶん殴るだけで息の根止められるだろうってなくらいまで身体能力を引き上げているのだから当然と言えばその通り。

 けれど、やっぱり魔法使いとして弟子に戦いっぷりを見せている以上は、申し訳程度であっても魔法を披露してあげなきゃと思うじゃない。

 なので片側が片付いて反対側を見たときに小動物然としたお弟子ちゃんが3匹のゴブリンと戯れているのを見つけたからといって駆け出して手を伸ばすなんて事はしない。

 魔法で片付けるのさ。


 ――《魔力弾マジックブリッド》!


 ドカカッ!


 大技を使ってレミーを巻き添えにするわけにもいかないからと地味で初歩的な魔法を発動させる。

 十発程度の鉛色をした粒が私のかざした指鉄砲の前に出現し、すぐさま射出されれば直線上に在ったゴブリンの側頭部を打ち抜いた。

 脳漿を撒き散らし吹っ飛ばされるゴブリンの影から、別の一匹の胸に両手で構えた短剣を押し込んでいるレミーちゃんの姿が覗く。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 視界がクリアになった時、栗色髪のあどけない少女が血塗れの短刀を手に肩で息を吐く立ち姿が残されていて、その必死の形相と相まってとても絵になるなと感嘆の念など覚えてみたり。

 私は気を取り直して、フロア最奥で微動だともしない輪郭へと目を向けた。


『恐ろしい人間よ。よくぞ薄汚くも脆弱なる我が手駒どもを屠った。褒めて遣わそう』


「そりゃどうも」


 私は進み出て不敵な笑みを手向ける。

 一方のレミーちゃんは自分がしゃしゃり出るのは場にそぐわないとでも思ったのか自分の存在なんて忘れて欲しいとでも言わんばかりに無言のまま身を引く。


『そして貴様に選ばせてやろう。我が配下となるか。もしくはここで潰えるかを』


 随分と尊大な物言いで私に選択肢を与える。

 私はそれまで被っていたトンガリ帽子を手で抜き取ってもう一度相手の姿を良く見る。


 それはブクブクと肥え太った人間の赤ん坊のような造形だった。

 実際の赤ん坊と比べると幾ばくか腕が長く思われるが、そこはまだいい。

 異様は体長三メートル近いことだ。起立すれば五メートル近くなるだろう。

 頭部には目も鼻も口もあるが髪の毛は見当たらず、また瞳孔は黒一色。半開きになった口の奥から鋭く尖った牙が並んでいる様が覗いている。

 どう考えても台詞と容姿が合っていない。なので場違いにも吹きそうになった。

 奴は随分と緩慢な動きで手を地面に付くと面倒くさそうな掛け声と共に起き上がり、ヨタヨタとこちらに向けて歩いてきた。


『我が名はビーヤ。魔王バハネル様直属にして六魔将軍が一柱。さあ選べ、服従か死か!』


 我が身の大きさを誇示し威嚇でもしているのか両腕を広げて迫る。

 私はガツンと杖の柄にて地面を叩くとまだ持っていた帽子を地面に落とした。


「不細工な脂肪の塊が何を言うのかと思ったら……。まあいいわ。でしたら無知で愚かな君にこの言葉を進呈しましょう。寝言は寝てから言えや、この三下さんしたのドサンピンがっ!」


『ならば死ね!!』


 正面切って上等くれてやると巨大赤ん坊モドキは覚束ない足取りながらドスドスと駆け出し、腕を振り上げたかと思えば身体全部の勢いもそのままに私の頭上めがけて振り下ろしてきた。


 ボコンッ……!


 普通の人間だったら、恐らくはこの一撃で身体を潰され血と臓物に塗れた肉片と化していただろう。

 だが私には通用しない。

 握り絞めた拳で天を衝くが如く、上から落ちてくる化け物の掌を殴りつけた。


「……あなた、今なにかしたのかしら?」


 拳の衝撃により爆発飛散したビッグベイビーの手。

 倒れ込む勢いを利用したダイナミックなハエ叩きだったものだから血塗れの腕の奥に気味の悪い巨大な顔が見えている状況で、私は事も無げに問い掛けると今度はこちらから奴の顔へと近づいていく。


『ヒギャアアァァ!!』


 キョトンとした面持ちが一転、己が腕の先が消失している残念な事実を目の当たりにして恐慌を来し泣き叫ぶ。

 本当に赤ん坊のようだ。

 なので私は握り絞めたままの拳を引き絞り、泣き続ける顔面の眉間めがけて突き出した。


「黙れよ」


 ボグンッ。


『ハベェ?!』


 顎から上を吹っ飛ばされた巨大赤ん坊。

 残された顎とそこに生えている牙が彼自身の血と脳漿で赤く染め上げられていく。

 私はようやっと静かになったと息を吐いて、それから思い出したように魔法を発動させる。


 ――《飛翔フライ》。


 足下に薄紅色の魔術回路が浮かんで私の身体を宙へと放り上げる。

 自由に飛び交えるほど天井は高くないので、程々の高さから頭部を失ったソイツを見下ろす。


「折角だ、魔導を拝んでから逝け!」


 ――《水龍陣アクア・ドラグ》。


 蒼い魔術回路が6つ、私の周囲に展開する。

 私の背後でズザザザザと水の渦巻く音色がし始めて、私の意思と連動して形を成していく。

 それは巨大なる水の龍。

 私の背後で今まさに獲物に食らいつかんと欲する龍がとぐろを巻き術者の合図を待っている。


「愚痴や後悔なら地獄でやってくれ。バイバイ、醜い赤ん坊」


 手を振り下ろした。

 例えば決壊したダムが溜め込んでいた水を吐き出すように、凄まじい轟音と飛沫を上げて龍の形をした水が直下にあった肉片へと襲い掛かり食らいつき粉々に粉砕する。

 まさしく一瞬の出来事だった。

 それまで地面の上に転がっていたゴブリン達の死体が押し寄せた波に攫われて壁際まで追いやられていく。

 魔法の終息により怒濤の水が消失したときにはもう、私の敵と呼べそうなものは一つとして存在していなかった。



◆ ◆ ◆


 私の放った魔法の余波で一緒に壁際まで押し流されていたレミーちゃんとオコジョであっても術の解除と共に復帰、ずぶ濡れになりながらも降り立った私の所までやって来た。


「お師匠様、お願いですから私まで巻き込まないで下さい」


「ああ、うん、ごめんね」


 テヘペロ、なんて愛嬌を振りまいて誤魔化した私は、同じく水浸しですっかり痩せ細ったオコジョからも叱責を受ける。


(お嬢には人間の心が無いんか!)


「だからごめんってば」


 バンドウは私の身体をよじ登って肩の上に居座ると「まったく、やれやれだぜ」なんて愛くるしい顔かたちからは程遠いハードボイルド的溜息を吐きやがる。

 私は気持ちを切り替えると周囲を見回し、愛用のトンガリ帽子を見つけると歩いて行って拾い上げた。

 魔法使いはこうでなくっちゃ、といったこだわりと共に被ると弟子を促して玄室の奥へとつま先を向ける。


「ま、想定外の戦いはあったけれど、私の目的はコレなのよ」


 つい先ほどまで巨大赤ん坊モドキが居座っていた所に立つと魔法を発動させる。


 ――《掘削エクスカベーション》。


 すると地面に穴が開いて、ボコボコと音を立てて深さを増してゆく。

 ゲーム“神々の箱庭”であればここに階段がある筈だった。

 けれど実際には見当たらず、代わりに中ボス呼ばわりしてもいいような魔物が居座っていた。

 それはつまり、奴が階段を埋めてしまったか、そうでなければ最初から階段という表現そのものが誤りだったということを示唆している。


 いずれにしたって私たちが立っている真下に空間があって、そこにお目当ての魔石がある事実は変わらない。

 出現した穴の底からボコンッと奇妙な音が発せられるのを耳にして、私は飛翔魔法を発動。

 お弟子ちゃんを片手に担いで穴の底へと飛び込んだ。


 空洞となった穴は十メートルくらい。

 穴の底には大きく開けた空間があって、杖の先端から放たれる光を浴びたそれらは赤や青、緑と色取り取りに照り返している。

 まさしく魔石の巣窟。

 そこかしこに巨大な結晶体が生えているのを見回すと手に提げているお弟子ちゃんに問い掛ける。


「レミーちゃん、気に入ったのがあったら言ってね」


「は、はいっ」


 彼女は他人事のようにポケーッと周囲を見回していたけれど私の声で我に返ったのか焦り半分に室内を注意深く見回す。

 私はと言えば、形や大きさから高品質であると認めた物をピックアップして持ち帰る算段を組み立てている。


 それぞれ一つが私の体格より大きな魔石。

 これを持ち運ぶ手段は、やはりストレージへの収納となる。

 魔石はそれ自体が持っている情報量が少ないために薬草などより余程簡単にデータ化し記憶領域に収まってしまうのだ。

 問題は質量で、だから全部が全部を持って帰るというわけにはいかない。

 なので一定の選定基準を設けて基準を超えた物だけを狙い撃ちする。


 というか魔石の採集はレミーの魔法杖を作ることを目的としているけれど、だからといって私自身には関係無いなんて話じゃあない。

 現行機となるエリンジュームの追加パーツを作っても良いし、何なら二番機を作っても良い。

 新たに組み込みたい機構だって幾つもあるのだから、これはもう夢が広がりまくりと言って良いだろう。

 カッティングに関しては先ほど戦闘で使用した次元断から派生した魔法を使用する。

 ノコギリなどでガリガリと削り切るよりずっと早くて切断面も綺麗になる。

 私は目星を付けた魔石をこの要領でストレージに取り込んでいった。


「あの、お師匠様! 私コレが良いです!」


 興奮した声を上げたレミーちゃんを顧みて、私は彼女の隣まで赴き同じくそそり立つ巨石を仰ぎ見る。

 それは夜空の様に深い藍色をした結晶体だった。


「いいね」


 私は短く息を吐くと魔法で石を切断、倒れるより先にデータ化し収納する。


「じゃ、行こっか」

「はいっ!」


 そして二人してまた来た道を返してゆく。

 途中で鉄材などの鉱石類も採取して、私たちはホクホク顔で第12号坑道を後にしたものである。



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