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15:二人と一匹


 朝、目を覚ますと目の前に可愛らしくもあどけない女の子の寝顔があって、微睡みながら手を伸ばして頬に触れてみると不意に見開かれた瞳と目が合った。


「おはよう御座います、お師匠さま」


「うん、おはよ」


 蚊の鳴くような声で挨拶されたので、こっちもつい微笑んで返してしまった。

 栄養失調から回復しきっていない面立ちが昨日の今日でふっくらすることはなく、まだ少し痩けているものの昨夜の夕食に食べたウサギ肉でタンパク質を摂取したし様々なハーブや木の実を具材としたスープで必要な栄養素は取り入れているのだから年相応の顔かたちになるまでに然程さほどの時間は掛からないだろうと推測しておく。

 深みのあるブラウン色の長髪はボサボサで手入れが必要だろうけれど、それも改善してあげたい。

 女として生まれた以上、やっぱり美しさというのは重要なポイントなのだから。


「ご飯にしよっか」


「はいっ!」


 男女を問わず心を掴むにはまず胃袋から。

 レミーちゃんに囁きかけると幼い少女は恥ずかしげに目を伏せながらそれでも元気に挨拶した。

 昨日の夕飯を見た限り、これまで孤児院暮らしでお腹いっぱいにご飯を食べたことが無いのかも知れないと思わせる程に彼女は食欲が旺盛だった。

 救出依頼の報酬でそれなりの大金を手にしたけれど、考えているよりずっと早く無くなっちゃうかもなあ、なんてお財布の中身について思い巡らせてみたりである。


 ベッドから抜け出したところで壁際に転がっているオコジョの姿を発見する。

 どうやら寝相が悪いだけでは飽き足らず夢遊病者よろしく部屋の中を彷徨って、挙げ句猛ダッシュで壁に体当たりしたのだろう。

 まあ、小動物というのはデリケートで慣れない環境に置かれるとワケの分からない行動に出たりするものだし、放置しときゃその内に治まるだろうと考えて無視。朝食の支度をしようとかまども兼ねる暖炉に近づいて行って半ば燃え残っている薪に魔法で火を付ける。

 昨日の残り物となるスープを暖めている間にサラダとパンを用意すれば簡単ながら朝食の完成だ。


「さ、食べよう」


「はいっ」


 レミーとテーブルを挟んで摂る食事。

 やっぱり一人きりというのは寂しいものだと今更ながらに痛感する。

 頬は痩けているものの随分と血色の良くなった少女の面持ちが、窓から差し入った陽の光に照らされている。


(ってか、俺の事もちったぁ気に掛けてくれよぉ~)


 と、いつから目を覚ましていたのかオコジョのバンドウ君が断りもなく私の肩に乗ってきて餌を催促する。

 一応は飼鼬ペットなのだからと溜息交じりに立ち上がると皿にウサギ肉の余り物を載っけて床に置いた。


(え、俺だけ床で食うの?)


「ペットがテーブルの上で食べようなんて図々しいにも程があるでしょ」


 抗議の声にはそう答えておいて、私は中断された食事を一気に終わらせた。

 この時、ふと思ったのはこの馬鹿オコジョ、どうやって私に意思を伝えているのかといった疑問である。


「ねえバンドウ、あなたどうやって喋ってるの?」


(ん? ああ、念話だ。“神々の箱庭(ゲーム)”には無かったがこの世界にゃそういう魔法があってな、知り合いの魔法使いから教わったんだ。何かと便利だぜ?)


「ふ~ん」


 相づちを打っておく。

 念のために言っておくが私は念話の魔法について知っているし、勿論使うこともできる。

 問題なのは裏ギルドの頭目であったバンドウがどうしてその魔法を行使できるのか、といった話だ。

 彼に魔法を教えた魔法使い、か。

 話の出所が裏ギルドに関連しているのなら、そいつも何らかの違法行為に手を染めている可能性が極めて高い。

 見かけたら排除しておくか、と心密かに考える。


(ああ、一応言っとくけどソイツはお嬢が仕掛けてきた時には外を見張っていたからな。全員を地獄に落としたって事ならもう生きちゃいまいよ)


 どうやら既に死んでいるらしい。

 私はちょっと安心して……いや、どちらかと言えばガッカリした。

 私の超絶的な破壊魔砲をお見舞いしてやろうと思ったのに。


(お嬢、あんた血の気が多すぎやしないか? もうちょっと平和にいこうぜ)


「あなたに言われると落ち込むわ」


 モキュモキュとウサギ肉を頬張るオコジョから窘められて、少しヘコんだ私。

 見てくれも中身も清楚なお嬢様だと自負してたんだけどなぁ……。


「というかお嬢とか呼ばないでよ」


(じゃあ何て呼ぶよ? 姐さんとか、見目麗しいご令嬢とか、そういうのが良いんか?)


「そうは言わないけど……」


(俺は呼び方として一番無難なのをチョイスしただけだぜ? イヤだというなら代案を出せ。ただの文句ならその辺の子供でもできらあ)


「ぐぬぬ……」


 コイツってば何てウザッたらしいのかしら。

 完全に言いくるめられてしまった私は歯噛みするしか出来ない。

 最終的には他にそれっぽい呼び方も思いつかない――名前で呼べと言いたい所だけど“ルリ”ってのがそもそも偽名なので緊急時に呼ばれても反応が遅れる可能性があるのと、大して親しくも無い人間から名指しされるのはイヤだった――から溜息一つと引き換えに彼の案を飲んだけれど。

 モヤモヤするこの感情は一体何処へぶつけたら良いのよ。と思いながら足下で餌を咀嚼するオコジョを蹴ってみる。しかし相手も予測していたようでヒョイと躱しやがった。

 くそっ、くそっ、と内心で毒づく私である。


「まあ良いわ。とにかく、ご飯が終わったら街に出かけましょう。レミーちゃんの服とかシーツも準備しなきゃだし。あと作ったポーションも売って小銭を稼いでおきたいしね」


「何から何までスミマセン」


「ああ、気にしなくて良いのよ。これは私が好きでやってることなのだから」


(お嬢は世話焼きなんだな)


「うっさいケダモノ」


 バンドウ君が曰ったのでピシャリと制しておいた。



◆ ◆ ◆


 ――ひとまずの準備を終えて私とレミー、それからオコジョのバンドウ君は街へと出発する。

 出で立ちはトンガリ帽子と外套、魔法杖。内側も昨日と変わらない。

 ただし内容物を詰め込んだ瓶は背負ったリュックの中に満載されており、おかげでもっさり感が否めない。


 替えの服は無いのかって?

 無いわよそんなもの。荷物を最小限にしようと考えたら着替えなんて殆ど要らないのよ。

 替えの服なんて現地で調達するものであって、駆け出し冒険者でしかも薬草とポーションしか売る物が無い人間だと稼ぎも知れてる。

 そして昨日稼いだお金はレミーちゃんの服と食料、あと生活必需品でほぼ消えてしまう筈だった。

 物価の問題も手伝って街の物はお高いからね。

 つまりは私用の可愛い服なんて買う予定も無いってな話だ。


 移動手段は飛翔魔法を発動させた私が一人と一匹を抱えて、といった話になるのだけれども、私の腕力なら態々物体の重量を軽減する魔法を使う必要もなく。

 いつもと大して変わらない負担でひとっ飛びして街に到着する。

 魔法杖エリンジュームの排気ノズルが「プシッ」と息を吐くのを聞きながら地面に足を付ければ毎度お馴染み人気の無い路地裏。

 レミーを腕から放してあげた途端、急な接地感に身体が付いていかなかったのかよろめいて壁に手を突いた。


「や、やっぱり空を飛べるって凄いですね……うっぷ」


 どうやら酔ったらしい。


「自分でコントロール出来れば気分が悪くなることも無いでしょうよ。何なら近場で休憩していく?」


「いえ、大丈夫。大丈夫です」


 食事で良くなった血色が今は真っ青になっている。

 嘔吐しそうな勢いだけれど、ホントに大丈夫かしらこの子。

 心配はしたけれど本人が大丈夫と言った以上は途中にある喫茶店に立ち寄ることもしない。


「今後のために言っておくけれど、自分の体調をまず第一に考えなさい。他人に気を遣って大丈夫なんて言ったところで大抵の場合、自分が辛い目に遭うだけじゃなくて周りの足を引っ張ってしまう結果になるから。休みたいときには周りに何と思われようとも休む。あなたが休んだからといって実際に不利益を被る人間なんてそうそう居ないって事も付け加えておくわ」


 気丈にも吐きそうになった物を無理矢理飲み込んで自分の足で踏ん張って立つ女の子にそうアドバイスしておく。


「ありがとう……ございます……お師匠さま」


 レミーちゃんが答えて、無理矢理に笑顔を浮かべた。

 健気で意地らしいその立ち姿にちょっとウルッときてしまう私である。


 それから二人して大通りを突っ切って冒険者ギルドへと向かう。

 ギルドに到着したらフロア手前側の歓談スペースで飲み物を購入、二人向かい合ってお茶を飲む。

 周囲から妙な視線を向けられているように思われたが、それは肩に乗ってる珍獣が原因であると結論づけておこう。


「あの、お師匠様って冒険者さんなんですよね?」


「ええ、そうね」


「やっぱりA級なんですか? それともS級?」


「いやいや、一番下のEですケド」


「え、でもだって……」


「私まだ駆け出しだし、そもそもポーションと薬草の納品しか仕事受けてないし」


「でもでも、昨日は私たちを助けてくれたじゃないですか」


「あれは知ってる子のご両親が私を指名して依頼を掛けてきたから受けただけ。普段はそんな仕事しないわよ」


 お茶を啜りながらレミーちゃんとまったり世間話に興じてみたり。

 家ではそんな突っ込んだ話はしなくともギルド会館の喧噪というか仕事しまっせという空気が彼女の口を開かせているのだろう。

 そして同年代、と言っても実際には15と11歳――レミーは初見では10歳にも満たない幼女と思ったけれど、話を聞いたところ11歳だった。たぶん孤児院では充分な食事を与えられていなくて成長が遅れているのだろう――だから4つも違うのだけれど、それでも然程(さほど)気にならないのは彼女の精神性が早熟ゆえか、そうでなければ私の心が幼いって事なんだろう。

 実年齢15歳で精神10歳だったらイヤだなぁ、などと一瞬だけ落ち込んでしまう私だったり。


「というか、私はマイペースでスローライフ。あくせく働いてお金儲けしようなんて気持ちは全く無いから贅沢は諦めてね」


「はぁい……」


 拝金主義の道を往くなら魔法使いより商人に弟子入りした方が早い、と思う。

 結局のところ魔法使いの一生なんて大半が研究と検証で費やされてしまうものなのだから。

 少なくとも私の中に刻みつけられている記憶達からはその様な教訓しか得られていなかった。


「随分と顔色が良くなったわね。じゃ、そろそろ行きましょうか」


「はい、お師匠様!」


 飛翔魔法の弊害から立ち直ったレミーちゃんを促して席を立つ。

 肩に乗ったまま微動だにしないバンドウ君(オコジョ)は、愛らしい顔を傾げるなどして愛嬌を振りまいていた。


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