14:奇妙な展開
――さて。
依頼主親子の感動の再会を横目に書類にサインして貰った私はその足で冒険者ギルドへ。
ギルド内で赤毛の受付嬢に神妙な顔をされながら依頼完遂を報告、何だかんだと色を付けて貰った報酬を受け取ると一も二も無く帰宅の途に就いた。
疲れていた私は日中であるにも関わらず飛翔魔法を発動させたけど認識阻害も並列起動させていたから問題は無かろうと、ちょっぴり気の抜けた頭で納得したものだ。
こうして家に帰り着いてテーブルに腰を落ち着けた私の前にはオコジョを胸元に抱きかかえている少女が一人。
「お師匠様、私……どうしたら良いですか?」
「う~ん。取り敢えず寛いでいれば良いんじゃないかな?」
蚊の鳴くような声で問われたのでこう返しておいた。
彼女が抱えているオコジョは「きゅ?」なんて愛らしい顔を傾げ、ちょいとささくれてしまいそうな私の心を幾分か和ませてくれている。
依頼完了として受け取ったのは30000G。
これで暫くは仕事もしないでのんべんだらりと暮らしていけるぞと思ったのも束の間、予想外の展開になった。
同時に救い出したレミーちゃんが「弟子にして下さい」と懇願してきたのだ。
孤児院では碌な思い出が無くて、だから帰りたくないのだとか。
誘拐され監禁されている状況であっても院内での生活とどっちがマシかってくらい酷い有り様で、どうせこのまま戻っても穀潰しが何しに帰ってきたんだと言われてしまうのがオチで、だったら偶然であっても縁の生まれた魔法使い様に弟子入りしようと。これで将来的に食いっぱぐれない技術が手に入れば僥倖。駄目でも少なくとも自分の弟子を虐待し飢え死にさせるような無体はしないだろうと踏んだらしい。
見た目のか弱さに反してけっこう計算高い一面があるようだ。
それで私は、退屈凌ぎに面倒見てやっても良いかな、なんてとち狂った頭で考えた。
ずっしりと手に重い金貨の入った袋で気が大きくなっていたとも言えよう。
レミーを抱えて愛すべき我が家に戻った頃合いには冷静さを取り戻していて、自分はなんて軽率なのかと後悔に責め苛まれていたりである。
「きゅ~」
あとオコジョは、なぜか私の肩にしがみついて離れようとしなかったのでそのまま連れてきた。
家が森の中だし、ふらりと森の中に消えても構わないし、それまでは愛玩動物として飼ってやるのも吝かではない。
オコジョはヌルリと液体かってくらい滑らかな動きでレミーの腕から逃げ出すとテーブルを縦断して私の肩に飛び乗ってきた。
「あ、折角だし名前でも付けようか。……そうね、“非常食”とかどう?」
(てめえ俺を食う気か!!)
何気なく言ってみたところ、頭の中に直接響く声で返信があった。
驚いて肩に乗る小動物を見るに、ソイツは何処からか取り出した煙草に火を付け、前足にて器用に掴んで一吸いすると「ふ~」なんて私の顔に白い息を吹き掛ける。
ちょっと殺意が湧いて、ソイツの尻尾をむんずと握って壁へと投げつけた。
(ふぎゃ!?)
ベチャリと音がして地面に墜落したオコジョはしかし、何事も無かったかのような動作で駆け出すと助走を付けた勢いでテーブルの上に飛び乗った。
(ひでえじゃねえか!)
「ここは禁煙。吸うなら出てけ」
(いや、うん。すんません……)「きゅ~」
厳しく叱責するとオコジョはしょんぼりと項垂れて謝った。
そんな遣り取りを呆然と見つめるレミーちゃんが、ハッと我に返って一転、パアッと顔を輝かせた。
「さすがお師匠様! あたしも動物さんとお喋りしたいです!!」
どうやらコイツとの会話が私の魔法によるものだと勘違いしたらしい。
「魔法じゃないし、これはどちらかと言えばコイツの能力でしょうね」
なので速攻で誤解を解いておく。
動物と話す魔法が無いと言えば嘘になるけれど、少なくとも自分が関与してない事まで私の能力と思われるのは何だか癪だった。
「けれど会話が出来るなら早いわ。あなたはどうして付いてきたの?」
(いやぁ、こっちにも色々と事情があってな)
オコジョは“バンドウ”と名乗った。
バンドウは誘拐殺人人身売買上等の裏ギルド“レード”の頭目であり。
けれどギルドの構成員達を私に始末されてしまった、自分もオコジョに変えられてしまった現状を鑑みてこのままだと刺客が送り込まれてきて殺される可能性があると推測したようだ。
(俺も色んな所から恨み辛み買ってる身だからよぉ、行くとこ無んだわ)
「それは自業自得でしょ。どうして私が極悪人の面倒見なきゃいけないのよ」
(そんなつれないこと言うなって。俺とお前の仲じゃねえか)
「友達だったみたいな言い方しないで。あなたさっき私を殺そうとしていたでしょ」
(いやいや、それは悲しいすれ違いってヤツさ。今の俺は、そう、かつて敵同士だったヤツが仲間として駆けつけた的な、胸アツ展開な生き物なんだよ)
マジでウゼェ。
やっぱりここでもう一回殺っとこうか?
ワリと本気で殺意を覚える私を見上げて、あざといくらい可愛らしい顔を「きゅ?」と傾げるオコジョ。
するとお腹の奥で湧き上がってきた殺意がすぐさま沈静化されてしまう。
くそっ! クソッ!
自分の容姿を最大限に活用する方法を既に習得していやがるじゃあないか下等動物の分際で。
私は何とも複雑な気持ちになって深い深い溜息を吐いた。
「分かったわ。じゃあ暫くは飼っておいてあげる。けど変なマネしたら、分かってるでしょうね?」
(安心しろ。俺は受けた恩は絶対に返す男なのだぜ)
誠に不本意ながらこうして交渉が終わった。
私はまだテーブルの反対側で突っ立ってるレミーちゃんを見て、そう言えば彼女が腰掛ける椅子も寝るためのベッドも無いわねとようやっと気付いた。
「まずはレミーちゃん、あなたの家具を準備しなきゃね」
言って立ち上がり家の外へと出て行く。
どこぞの研究所で実験体にでもなってそうな簡素な薄衣をここでも身に付けている女の子がトテテっと後を追ってくる。
まるで親鳥にくっついてくるヒヨコみたいねと感慨に耽りつつ、家を出てすぐの所に生えている木を魔法で加工。椅子とベッドを作成して、二人して担いで家の中へと運び込んだ。
「凄いです! お師匠様!!」
魔法の発動による樹木の変質を目の当たりにしたレミーちゃんが興奮の面持ちで物申す。
私はちょっぴり嬉しくなって、ついでに皿やコップといった食器まで作ってあげた。
(なあ、お嬢。折角だし俺のぶんも作ってくれよ)
そこへ調子に乗ったバンドウ君の声。
私は気分が萎えて「自分で何とかしなさい」と冷たく言い放った。
――こうして夜が更けていく。
明日は街に行ってレミーちゃんの衣服を買おう。
シーツも買ってあげなきゃな。
そんな事をつらつら考えつつの就寝は、まだ幼いながらも愛らしい面立ちの美少女と同衾で行われた。
誰かの体温を感じながら目を閉じるのが随分と久しぶりのことに思われて、おかげで寝入ってしまうまであっという間だった。
◆ ◆ ◆
――深夜。
呪いによりオコジョにされてしまった男バンドウは、ベッドとして与えられているバスケットの内側で目を覚ます。
(うひょっひょ……どうやら寝入ったようだな)
身を起こすと音もなくバスケットから身を乗り出し地面に足を付ける。
小動物にされてしまったというのなら小動物なりの楽しみ方がある。
そんな、見方によってはひどく前向きな考えで、少女二人が眠っているベッドへと忍び寄り、潜り込もうとする。
(飼い主は中身はアレだが見てくれはめっちゃ可愛いし、レミーだって将来有望だ! そんな美少女二人を両脇に侍らせて寝るってのは、言わば男の浪漫ってヤツさ!)
人知れずテンション爆上げのオコジョがスルリとシーツの内側を這って進み、少女二人の胸の高さまでやって来た。
(うひょー! 温くて良い匂い! オジさんちょっと興奮しちまったぜ!!)
勿論思っても声に出さない。
声に出したところで愛らしい鳴き声にしかならないから気をつけるだけ無駄なのかも知れないが、しかし小動物を発見した飼い主の怒りを思えば警戒するに越したこと無い。
すんすん……。
心安らぐ香りと体温に包まれて幸福感で絶頂のバンドウ君。
乞食とマスコットは三日やったら止められないらしいが、その心境に心の底から共感できる愛玩動物である。
ガシッ。
(へ?)
ところが、少女達の匂いを堪能し夢見心地でいたところ一つの手がやって来て首根っこを捕まえる。 何事かと目を白黒させていると急に身体が持ち上げられて、次に全身を衝撃が襲った。
壁に投げつけられた。
そう理解するのに少々の時間を要した。
(な……ナイス投球……)
壁に激突し、ポテッと地面に墜落したオコジョは捨て台詞を吐きつつベッドの方を見る。
恐らく自分を投げ捨てたのはルリなのだろうが、彼女はまだ寝入っている様子。
つまり寝相が悪いか、そうでなければ不埒な気配に敏感で寝ていても排除しようと勝手に身体が動いてしまう体質なのか、といったところである。
受け身に失敗して意識がブラックアウトしていく中で思ったのは、全裸のネーチャン達に囲まれ幸福絶頂に至る自分の姿だった。




