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13:悪魔と呼ばれた日④


 挽肉にされた筈のバンドウが目を開いたとき、視界には横向きの石畳があって密室というワリには薄暗い程度にしか感じない殺人現場ともなると夥しいまでの血痕が自分を起点として広がっていた。


(ああ、殺されたのか俺は……)


 我が身の無事を確かめようと四肢に力を込める。

 けれど全身に力が入らなくて上手く立ち上がれず、それどころか手は空を切り石床の上でコロコロと転がるばかりで端から見れば我が身をくねらせ藻掻いているだけという何とも情けない姿を晒してしまっている。

 やるせない気持ちになって溜息など一つ。


 他の転移者から攻撃を受け殺害される懸念を抱き続けるバンドウなのだから、殺された際に起動する復活アイテムだって肌身離さず持っていた。

 おかげで死なずに済んだとは言えるのだけれども、他の全てを失ったとも言える状況ではもう溜息しか出ないってのが本音である。


 闇の市場で購入した復活アイテムは一つでそれなりに大きな村が丸ごと買えてしまうような値段だったが、男の破壊された命を復元するのと引き換えに身代わりになったと言わんばかりに塵になってしまった。どれほど値が張ろうとも消耗品であることに変わりなくってなもんで。

 また裏ギルドとして街を裏側から牛耳っていた“レード”としても、構成員の大半が死んでしまったともなれば真っ当に職務を遂行する事もできないだろう。

 というか、少女一人に壊滅させられた裏組織に一体誰が仕事を依頼するというのか。

 信用なんて欠片ほどもありゃしない。


 となれば、さっさとトンズラかまして身を隠すのが最適解だろうなと男は結論づけた。


(……ん?)


 急に煙草が吸いたくなったからと床の上に寝転んだままスーツのポケットに手を突っ込もうとして、ここでようやっと異変に気付いた。

 手に触れた感触は毛皮か何かで、絶命する瞬間までスーツを着用していた筈の我が身としては些か腑に落ちない触り心地である。

 何だか妙だ。

 石床の上を転がってうつ伏せる格好になってから自分の手を目の前まで持ってくる。


(なんじゃこりゃあぁ!!!)


 あまりの衝撃に叫んだ言葉は「キュ~ン」なんて鳴き声へと変換されていた。


◆ ◆ ◆


 小さな拳の連打で空いた壁の穴。

 ロクデナシに違いない男の死体に細工を施した後、私は穴の向こう側へと身を乗り出した。


「死ねえぇ!!」


 玄室よりもよほど暗い小部屋に身体半分が出たところで真横から強襲。

 樽のようにずんぐりとした大男が、巨大な己を振りかぶり襲い掛かってきたのだ。


「五月蠅い」


 ――《地穿槍アースランス》。


 巨大な戦斧の刃が私の脳天に突き刺さるより早く魔法が発動する。

 大男は今まさに得物を振り下ろそうとする格好のまま、床と真横から迫り出してきた石の刃に全身を貫かれ、何か呻いたかと思ったところで息絶える。


「残りは3……監禁されていたのはヒナちゃんだけじゃ無かったって事ね」


 絶賛発動中の索敵魔法に感知されている生命反応に動きが見られない事からこのように結論づけた。

 私の真横で息絶えている大男は、恐らくは監禁中の少女達が逃げ出さないよう監視する役どころだったのだろう。


(けど、ヒナちゃんに関しては依頼を受けるって形だから報酬もあるんだろうけど、他の二人に関してはどうなるんだろう……?)


 こちらとしては金額設定が無いからヒナちゃんと同額とまではいかなくても、ちょっとした心付け程度であっても報酬の上乗せがあったら良いなあ。くらいの考えだった。

 いやいや、拉致された被害者というのがフェイクで、実は組織の一員で相対した瞬間に襲い掛かってくるとかいう展開だったらそれが一番分かりやすい。問答無用でぶち殺せるからむしろ大歓迎なのだけれども……。

 などと考えつつ、室内を見回す。

 部屋の中には鉄格子で仕切られた更に小さな小部屋が4つあった。

 鼻を突くのは獣臭さ。

 部屋全体が暗くて視界が悪い。


 ――《照光ライト》。


 兎にも角にも視界を確保しようと魔法を発動させる。

 するとちょっと眩しいくらいの光球が頭上に出現。部屋の隅々までもを照らし出す。


「ええと。ヒナちゃん、居るなら返事して」


 呼びかける。


「は、はいっ!」


 すると数秒の沈黙を破って聞き覚えのある声がした。

 目を向けると鉄格子を握り絞めてどうにか顔だけでも表に出そうとする少女の姿が。

 私は保護対象の無事を確認するとそちらへとつま先を向け、彼女を捕らえている牢の前に立った。


「助けに来たわ。ちょっと下がってて貰えるかしら」


 指示すると彼女は部屋の奥まで後退りする。

 私は杖でカツンと床を叩いて魔法を起動させる。


 ――《解錠アンロック》。


 カチリッ、と音がして格子の鍵が解除された。

 自由を理解したヒナちゃんが牢から這い出てきて、彼女は一も二も無く飛びついてきた。


「お姉様!」


 いや、誰がお姉様やねん。

 と無粋なツッコミを入れそうになってしまうものの何とか飲み込んだ私。

 再会を喜んだのも束の間、ちょっと鼻につく匂いを嗅ぎ取って胸元にしがみついてくる娘さんを手で引き剥がした。


「長居は無用ということで、早く帰りましょう」


「はい、……あ、でももう一人も助けて欲しいです」


 喜んだのは一瞬だけで神妙な面持ちになったヒナちゃんが提案する。

 妙な言い回しが気にはなったけれど、別に見捨てる考えでもなかった私は一つ頷いて他の牢屋の鍵も順々解除していった。


 ――結論から言えば、牢のある部屋に囚われていた人間は、ヒナを除いてはもう一人だけだった。

 この娘さんはヒナちゃんより更に幼くて、一見して10歳以下だと思った。

 栄養失調なのかガリガリに痩せ細っていて目は虚ろ。医療の知識がなくても危険な状態だと断じられるくらいには酷い有り様だった。


「あり……がと……ござ……」


 蚊の鳴くような声で彼女は“レミー”と名乗った。

 レミーは孤児院で暮らしていたが攫われてそのまま監禁されてしまったのだとか。

 孤児院というのは慢性的な金欠病で、だから一人や二人が行方不明になったところで何かするというのは無さそうだった。


 ……いや、まあ。知ってる知識で言えば、人身売買的な流れで貴族の奴隷として売り払われるなんてのも良くある話だろうし。なのであまり深くは聞かない。

 可哀想な身の上の子供なんて掃いて捨てるほど居るのだ。事情を聞いたからといって援助などし始めたらキリが無い。

 というかそれ以上に私自身がそんな裕福でもないし。

 なので冷たい対応になるけれど建物の外に出たらそこでお別れにしようと考えていた。


 それで問題なのはもう一つの生体反応である。


「魔族……」


 牢の中にあってさえ四肢を鉄枷で拘束されていたのは、人間の少女とよく似た造形ながら明らかにそれとは違った部位を持つ娘。

 髪は光沢のある白銀色で、ともすれば白髪にすら見える。

 そのくせ瞳は紅く、闇の中では微かな光を放っている。

 肌は白く陶磁器のように艶があって滑らか。

 そして側頭部の左右に捻れたツノ。背中にはコウモリっぽい薄茶色の羽根。臀部の少し上くらいから同じ色合いの細い尻尾が生えている。

 少女はワンピースと言うよりは実験施設の被験者モルモットが着せられるような簡素な衣服を身につけており、牢の奥にて警戒の眼差しをルリに向けていた。


「折角だから貴女も自由にしてあげる。恩に着ろとは言わないし以後の事には関与しない。好きにすれば良いわ」


 言いながら尚も警戒を解かない少女に魔法杖を手向け解錠魔法を行使する。

 解錠まほうは本来は魔法で施錠された扉を開ける物で仕組みとしてはピッキングよりは電子ロックをハッキングして強制解除させる事に近いので、少女の手足に填められている鉄枷が通常の錠でなくても問題無い。

 呆気なく簡単にカチリと音がして彼女の素肌にくっついていた戒めが外れ床に落ちた。


「……」


「私たちはもう行くけど、あなたも出て行くなら早い方が良い。奴らの仲間が駆けつけてきたら面倒な事になるわ」


 当区画を根城にしていた裏ギルド、その構成員は鏖殺したはずだが世の中に絶対なんて言葉はない。

 ひょっとしたら運良く他地区に居た構成員がやって来るかも知れないし、魔法による虐殺を免れた人間がいないとも限らない。

 なので簡単ながら忠告したのだが相手はジッと私の立ち姿を眺めるばかり。

 言語の兼ね合いで私の言葉が理解できないのかも知れないけれど、奥の壁際に蹲ったまま動こうとしない。

 だからといって懇切丁寧に多言語で呼びかけ状況を説明してやる義理も無いからと少女を放置したまま踵を返す。

 私がヒナとレミーを連れて牢屋のあった別室から元の部屋に戻ってくると、何か小動物らしき生き物が駆けてきて問答無用で私の身体をよじ登り肩の所までやって来た。


「きゅー! きゅー!!」


 可愛らしい声で耳元に鳴いたのは一匹のオコジョ。

 全身フワフワの体毛に包まれた、見るも愛らしい動物だ。


「あら随分と可愛くなったのね」


 が私に対して敵意を持てない、攻撃できないことは分かっているので余裕の笑みを向けてやる。


 オコジョとはいたちの事である。

 そして肩に乗っているこのオコジョは先ほど戦い鉄拳制裁したチンピラ組織の頭目である。


 私は彼の遺体、というか飛び散った血肉の組成を解析し改ざんしておいたのだ。

 人体の設計図とも言える遺伝子情報やら何やらを変容させてしまえば幾ら高性能な復活アイテムを使用したとて元の体に戻る事は無い。

 彼はもう死ぬまで悪事を働けないだろうし、脳の構造がオコジョのそれなので時間の経過と共に知能だって下がっていくだろう。

 相手が何を隠し持っているかも分からない状況においては、それは最善の一手と言えた。


「私はあなたに呪いを掛けたわ。一生その姿で暮らしなさいな」


 悪辣な笑みを浮かべ囁きかけると肩に乗った小動物は「きゅ~ん」と項垂れてしまった。

 ああ、本当に弱い者虐めは楽しいわと私はウキウキした足取りで建物の外へ。

 外界から差し入る光に眼を細めながら、私は認識阻害魔法を発動させると女の子二人を引き連れ依頼主ヒューデルさんの待っている商業区建物へ向かうのだった。



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