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12:悪魔と呼ばれた日③


 ――ゴゴゴゴゴ。


 壁も床も天井も、全てが石造りの一室では黒スーツの男と杖を手にした見るからに魔女といった出で立ちの少女が対峙している。

 スーツ姿の男“バンドウ”は今、凶悪犯罪者かよってくらい人相の悪い相貌を戦慄と驚愕に歪めていた。


(やべぇ! やべえぞ! このオンナ、絶対ぜってーチート持ちだ!!)


 バンドウは十年以上前にこの世界へとやって来た。

 誰かに召喚されたわけでもなく、犯罪を犯して山の中に逃げ込んだ際に気付いたら見知らぬ大地を踏み締めていたというのが顛末になるが、それは兎も角として。

 周辺国の国名や情勢から“神々の箱庭”というゲームの中の世界であると確信しているし、勇者として転生できなかった事を残念に思いはしたけれど、だからといって絶望もしていない。


 いやむしろ、今の自分こそが自身の望んだ姿そのものなのである。

 悪逆の限りを尽くし、世界の裏側で暗躍し、国家を人を牛耳る。

 気に入らない奴はぶちのめし、この世の終わりかって程の恐怖と絶望を与え骨の髄までしゃぶり尽くす。

 これ以上の快楽娯楽は存在しないだろうと、このいびつな世界に転移してから知った。


 だが、そんなバンドウにも恐れる物がある。

 それが“他の転生者”である。

 今まで一人としてお目に掛かったことが無いが、自分がこの世界に来た以上は他の誰かも同じ世界に存在しているはずだと半ば確信していた。

 転生者を何故に恐れるのかと言えば、それは保有しているに違いない何らかのチート能力を使用して自分の安全を脅かすに決まっているから。


 自分は非道である。

 そして転生者ともなると、青臭い正義感を振りかざし悪を打ちのめそうとするのは充分にあり得る話だ。


 自分が得ている能力は、“武器の生成”である。

 自分が“その構造や特徴をある程度(・・・・)知っている武器”であれば何でも造り出すことが出来る。

 銃については前世の知識により生み出せる。

 生成してから使用できる限界時間はおおよそ5分間。

 生成武器は一定時間が経過してしまうと消え去ってしまうのだ。

 複数の武器を連続で生成する事は出来なくもないが、しかし異常に消耗してしまうことを過去に繰り返した実験から知り得ていた。

 一日間に連続で生成できる武器は5つが限界だ。

 すでに暗器(チャクラム)と長大な拳銃を発生させており、最初に投げたナイフはお金を払って購入した物なので含まないが、それでも残り三つ。

 万能のようでいて案外と穴の多い能力であるが故に、使いどころを間違えるわけにはいかなかった。


(だがどうする? 密室じゃあ強力な火器は使えねえぞ……)


 バンドウには火器についての知識がある。

 生まれが日本でも両親が裕福だったおかげで海外旅行にも行けたし、赴いた先で本物の銃を使用しての射的をした事もある。

 前後逆になってしまうが射撃を行ってから構造に興味を持ってネットで調べていくうちに詳しくなった。

 銃に興味が湧くまでは刀剣類に関心があって調べたりもしていたし。

 実際に人を殺めて指名手配されていたわけだしで人を殺傷することにビビる事もなかったし。

 たぶんきっと、そういった生い立ちや経験が関係してこの様なチート技能を入手したのだと思う。

 男は自分が赤ん坊からやり直す転生者ではなくその身一つで異世界に迷い込んだ転移者であるとは分かっていたが、転移者であっても何らかの能力を獲得できるといった現実を脅威にも感じていた。


 そんな男が眼前にて佇む少女に恐怖している。

 なぜか?


 先ほど彼女はピストルやライフルといった単語を口にしたし、特徴的な瑠璃色の艶髪を見るに転生者である事は確定だ。

 その上で、この女は恐るべき能力を有している。

 魔法の力。自分が理解できない能力であるが故に弱点が見つからない。

 火力で制圧しようとしたがバリアを張られたし、魔法の盾が無くても銃弾を手掴みでキャッチしてしまったじゃあないか。

 投擲する暗器では何を出現させても防がれてしまうだろうし、そうなると男が知り得る最大火力となる対物ライフルを顕現させるしか無い。

 こんな事なら爆弾やミサイルの構造について調べておくのだったと後悔しても後の祭りである。


「――じゃあ、今度はこちらから攻撃するよ」


「ま、まて! そうだ、俺と手を組まないか!? 俺とお前とでなら中世時代の原始人なんざ敵じゃねえ! 世界を牛耳ることだって簡単にできる! な?」


 手にしていた短銃を焦った口調と共に放り投げ、全ての指に指輪を填めているものの何も持たない手を見せつける。

 しかし相手は気にも留めない。

 逃げ出したい気持ちでいっぱいの男を標的に、彼女は次なる魔法を発動させた。


 ――《爆炎包陣フレイムクローク》。


 ヴァアアァァ……!!


 少女を起点として真っ赤な魔方陣が浮かび上がり、灼熱の渦がフロアいっぱいまで広がってゆく。

 床の一部が灼けてドロリと熔け始める。

 バンドウは声も出せず。ただ炎に舐められ炙られ消し炭になる瞬間を待つばかり、かと思われた。


「……?!」


「だが、残念だったな」


 しかし実際には少女の顔が驚きに見開かれ、バンドウは余裕綽々といった顔でニタニタ笑んでいる。

 向こうにしてみれば辺り一面の火の海を割って男のシルエットが浮かび上がってくるような絵面になっている筈だ。

 内心じゃあ心臓バクバクだったし、本気で死を覚悟したものだが蓋を開けてみれば何てことない。


 いや、別に彼女の行使した魔法とやらが見た目だけ派手な手品の一種であったとか、相手に幻影を見せるだけのフェイクとかいう話では無い。

 バンドウの指に填められている指輪は実を言えば全てが魔導具マジックアイテムであり、その効果は“特定の属性に関わる魔法を無効化する”といったものだった。

 そして左右10本の指にはそれぞれ違う属性無効が付与された指輪が填められている。

 つまり、地水風火の四属性は言うに及ばず、虚無だろうが光だろうが闇だろうが、およそ魔法と呼ばれる手段に対しては一切影響を受けないのである。

 まあ、念のために神聖系魔法に対抗する指輪も填めているので回復魔法も効かなくなってしまうが、神聖系には一部デバフ魔法も含まれているため致し方ない。というか回復させたいときだけ指輪を外す方が動作としては楽だと考えていた。


「奥の手が一つきりなんて俺は一言も言ってないぜ?」


「……なるほど」


 男がこれ見よがしに手の甲を翳して見せればそれだけで相手は理解したらしい。

 もっともバンドウ自身は過去にアイテムの効力を確かめたことが無かったので半信半疑、むしろ今の今まで疑って掛かっていたのだけれども。

 それでも結果として助かった。

 いや、この結果は想像する以上に相手に衝撃を与えていると確信していた。


 なぜって、魔法使いは魔法を使ってナンボ。

 お得意の魔法が通用しないとなれば、それはつまり攻撃能力の完全喪失を意味するのだから。


「くくっ、やっぱ俺の勝ちだわ。あんた別嬪だな。部下どもをってくれた礼も兼ねて、とことんまで愉しませて貰うぜ」


 自分の勝ちが確定したと思って、下卑た笑みを浮かべてみる。

 眼前の娘は余裕をもって見りゃあ、それはもう大層な美少女であった。

 それならコイツは俺の所有物にして朝から晩まで奉仕させてやる、と考えたって致し方の無い事で。

 バンドウはまだ勝負が終わっていないにも関わらず、勝ってからのアレコレに思い巡らせる。


「あなたの持つ道具は属性魔法を無効化する効果が付与されているみたいね。けれど、それで勝てると思っているのなら御目出度おめでたいとしか言い様がないわね」


 それなのに小娘は至極冷静な物言いと共に手で指鉄砲を形作りゆっくりとした所作で男を狙い定めた。

 負け惜しみかとも思ったが、彼女の可憐な唇にうっすら笑みが浮かんでいることに気付いて男はビクリと身を強張らせる。


「ばんっ!」


 と、彼女は口で言った。

 次に「ドチュッ」と肉の弾ける音が耳裏に響いて、「え?」と肩口に目を遣る。

 すると自分の腕が肩口から砕けて真っ赤な血肉を噴出しているのが見えた。


「……え?」


 信じられない光景を目の当たりにして、そこから目を逸らすように相手を見る。

 少女は満面の笑みを浮かべていた。


「その手の道具というのは特定の術式構文を分解するって仕組みだから、逆に言えば術式ではない単純な魔力を当てられると反応しないの。そして魔力は練り込まれると固くなる。つまりどういう事かと言えば、今やって見せたように練った魔力を直接飛ばせば貴方を蜂の巣にできるってこと」


「嘘だろ……そんなん聞いてな……」


 朗々と謳った少女の言葉にバンドウは視界が真っ暗になるのを覚えた。

 突如として生まれた肩口の傷が有り得ないまでの激痛を迸らせ、堪らず唸り声と共に蹲ってしまう。


「けれど、そうね。折角だから魔法が通用しないというシチュエーションに乗っかってあげる」


 少女は告げると手に持つ杖で思い切り床を突いた。

 ガツンッ、なんて鈍い音と共に石床に突き立った金属杖。

 彼女は両手を空にするとグッパッと手を閉じて開いてこちらへと向かってくる。


「く、来るな!」


 いよいよ我が身に降り掛かる危機を察知してバンドウが声を振り絞る。

 少女は魔法を使わなくても自分を再起不能にできるだけの身体能力を持っているのだと、銃弾を素手で掴み取った瞬間を回想してようやく思い至ったから。

 どうにか逃げだそうとして覚束ない足取りながら立ち上がり踵を返そうとする。

 狭苦しい玄室内ともなれば逃げ場所なんて何処にも無い。

 それでも逃げ出さずにいられない。

 コイツは少女の皮を被っているだけの怪物であり、死と恐怖を撒き散らす悪魔なのだから。


「そうそう、あなたはさっき私と手を組まないかと言っていたけれど遠慮するわ。あなたが言うところの原始人である私には世界征服なんて理解できない話だし」


 思い出したように口ずさむがバンドウにはもう彼女の言葉を理解するだけの余裕が無い。

 必死で、にもかかわらず思うように動かない両足に鞭打って逃げ出そうとする。

 そんな男の眼前に、瞬きするより早く回り込んだ少女が佇んでいた。


「ヒッ!?」


 自分の口から情けない声が出ていることにも気付かない。


「ああ、それからもう一つ。……念のため貴方には呪いを掛けておくわね。この世には復活するアイテムなんてのがあるらしいし」


 彼女が何かを告げる。

 告げてから右腕を動かす。

 一見して消失したかと思える速度で拳が繰り出された。

 目の前いっぱいに数百とも数千とも思える拳が現れ、次の瞬間に男の肉体は穴だらけになった。

 背後の壁が赤く灼けてトロリと溶け出し、壁の更に向こう側にあった隠し部屋をこじ開ける。

 しかし背中を向けているバンドウには見ることさえ叶わなかった。


 ズシャアッ!!


 何かが破裂するような音色が、バンドウの耳裏にこだまする。

 そして男は床に己が血肉を撒き散らせるだけの肉塊となった。


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