11:悪魔と呼ばれた日②
――キィィ。
西部劇にでも出てきそうな古めかしいスイングドアを押し開け酒場へと入り込んだエルティーナ、否、冒険者のルリは周囲の薄暗さに目を凝らすより先に魔法を発動させていた。
――《全周型裂風刃》。
すると無分別に全方向に空気の刃が放たれ室内の壁や備え付けのテーブルや椅子を次々切り刻んでいく。
後で損害賠償請求されてしまう可能性もあるが、この地下に牢獄があり要救助者であるヒナちゃんが囚われている可能性が極めて高い現状ともなると誰一人として生かして帰すつもりはなく。
つまり、最初から訴えを起こす人間が居なければ何一つとして問題なかろうってな話である。
「あら、ごめんあそばせ」
少女が自慢の瑠璃色髪を指で掻き上げ床に転がっている男達へと声を掛ける。
床に這いつくばっているのは4名の人間であり、そのいずれもが胴体を真っ二つにされていたり腕や足を切り離されていた。
それだけ聞けば残虐極まりない光景のようにも思われるが、彼らの手には毒液を塗りたくった短剣や煤で刀身が見えなくなるよう細工しているシミターが握られており、即ち人の命を奪う事に何の感情も持たないプロの殺し屋である事が窺い知れた。
瀕死の呻き声をあげ、或いは既に息絶えている男達に対しては一瞥して以降目を向ける事も無くルリはそのまま足を前に出す。
肉片から撒き散らされた血液を踏んでしまわないよう気をつけながら酒場の奥へと突き進めば、やがて下層階へと繋がる階段が出現した。
「……反応は5つ。動かないって事は、歓迎の準備が出来てるって意味よね?」
囁くように囀るように呟いた瑠璃色髪は、躊躇う素振りも無く階段に足を掛ける。
コツリ、コツリと響く靴音。
壁の等間隔に金具で据え付けられているランタンが頼りない光を足下へと落としている。
コツリ、コツリと響く靴音。
地下階は天井が高く設定されているのか階段の数も多かった。
コツリ、コツリと響く靴音。
壁を這っていたヤモリが気配に感づいて慌てて逃げ出すのが見えた。
コツリ、コツリ、コツリ……。
そして眼下にて地下一階の床面を捉える。
壁も床も天井も、全面が石造りでかつ殺風景な玄室。
帽子の鍔を指で掬い上げて目を向けるにフロアの奥まった所に一つだけ木製椅子が置かれていて、そこに黒スーツの男が腰掛けていた。
「……上に居た連中はどうしたね?」
男が尋ね、懐から取り出した紙煙草に火を付ける。
火が付いてから気付いたが彼の手にはジッポライターがあった。
「さあ? 急いでいたから気付かなかったわ」
ルリは言い終えるのと同時に魔法を発動させる。
――《爆衝弾》、ファイア。
するとトンガリ帽子の直上に薄緑色をした光の塊が20ほど出現して、間髪入れずに相手目がけて飛んでいく。
爆音がこだまするかに思われたが、実際にはシュワッと泡のように弾けて霧散した。
「……」
「へえ、迷いが無い。あんた、どちらかと言えばこっち寄りの人間なんだな。可愛い顔して」
年の頃30とも40ともつかぬ双眸にて曰うと、男は懐に手を入れ何かを引き抜く。
引き抜いた次の瞬間、何かが胸元まで迫っていた。
しかしルリは微動だにしない。
ガキャンッ!!
甲高い金属音と共に弾き飛ばされ暗闇の向こうへと吸い込まれていったのは先端の尖った凶器。
ルリの前方で一瞬だけ瞬いたのは青味のある六角形を隙間無く並べたような壁だった。
「ケッ。これだから魔法使いってヤツぁよ」
男はそう言って同じ物を胸元から取り出し、今度はよく見えるようルリの前に翳してみせる。
それは投擲用のナイフだった。
何の変哲もないごく普通の……、否。微かな光に反射する刀身の煌めきには何やら別の色合いが混じっているのを発見する。
刀身に珍妙な紋様が刻まれているのだ。
数秒ほどの考察を経て、少女はそれがどういった意味合いを持つ紋様なのか理解する。
刻まれている文字らしき模様は、ルーン文字、すなわち対象物に何らかの魔法を付与する為の古代文字。
投擲用のナイフはこのルーン文字を刻まれる事により、特定の効果を与えられている。
効果は、恐らくは暗殺に関係するものだろう。
狙い定めた人間を追尾しその急所に突き刺さるといったものかも知れないし、或いは刺さらなくても僅かでも素肌を切り裂いたが最後、標的の命を奪ってしまうような呪いの類かも知れない。
いずれにしたってルリはこの場に於いては魔法の盾を展開しており、故に飛来した凶刃はその身に届く直前に弾かれていた。
「普通の人間なら今ので即死してんだろーよ。あんた見かけに寄らず高レベルの魔術師なんだな」
「……」
「褒めてんだからちったぁ喜べっつーの」
男はナイフが通用しないと分かってもなお余裕の構えを解くことはせず。
それから木製椅子から立ち上がり、少女と真正面から対峙した。
「今投げたナイフ、ああ見えて高かったんだぜ? 10本セットで小さな家買うのと同じくらいの金貨が消えちまった。全く理不尽にも程があるってもんさ。お嬢ちゃん、あんたもそう思うだろ?」
男は気安い調子で告げて肩を竦める。
ルリは無言、されど鬱陶しさを言い表すように杖の底でガツンッと床を叩き、呼応するように魔法杖の排気ノズルが「ブシッ」と白煙が噴き出した。
「アンタの杖、……この世界のモンじゃねえな」
男は急に真顔になる。
鋭い双眸がルリを凝視する。
もしもルリが見た目通りの少女であったならば恐怖に竦み上がり、或いは泡を吹いて失神していたかも知れない。
だがルリは幾多の世界から手繰り寄せた記憶と人格を己が脳内に焼き付けており、この兼ね合いから多少のことじゃあビクともしない鋼の心臓を手に入れているのだ。
ガラの悪い男に睨まれたくらい何ともない。
「神々の箱庭、……知ってるか?」
男は少女を凝視したまま問い掛けた。
ルリの端正な面立ちがピクリ反応する。
ソレを見てならず者然とした男がニタリと口角を吊り上げた。
「やっぱりな……。まあいいや、どっちにしても俺の可愛い舎弟どもをぶっ殺してくれたんだ。相応の対価を支払わせるだけさ」
「……」
「何とか言えや!」
冷静に話したかと思えば次の瞬間には癇癪を起こしている。
ルリは深い溜息を吐いて、ようやっと口を開いた。
「貴方は私に刃を向けた。ならばどちらかが死ぬまで殺し合う以外に決着は有り得ない。ご大層な口上は要らないの。ぶち殺してあげるから早くその小五月蠅い口を閉ざして掛かってきなさい」
「このクソアマァ!!」
何の感情も含まれていない言葉に苛立ったのか、男が吠えて懐から幾本ものナイフを取り出し投げつけてきた。
ズギャッ!
それぞれに意思が宿っているのかと訝るような軌道で飛んできたナイフの群れ。
ルリは杖の底で床を突くと魔法を発動させる。
――《魔法障壁》。
既に張られていたシールドの内側に、更に強力な壁を作っておく。
すると案の定、ナイフはシールドを貫き少女の肢体へと襲い掛かってきた。
それら凶刃は魔法障壁に突き刺さったところで制止され動かなくなった。
「チッ、だったら!」
舌打ちして男はスーツの胸元から円盤形の手裏剣らしき物を取り出し投げつける。
ミョンミョンと独特の風切り音を立て、カーブを描きながらルリへと襲い掛かってきた。
シュパッ。
空気を裂く音、もしくは魔法障壁を切り裂かれる感触。
ルリは自らを守る盾が消失する直前には足を広げ、地を這うような低姿勢から手にする杖をグルンと回し跳ね上げる格好で円盤を弾き飛ばす。
下からの衝撃に軌道を変えられた投げ輪が放物線を描いた後に床でカラカラと音を立て、相手は目を丸くして拍手していた。
「凄えな、そんな躱し方したヤツは初めてだ」
「もう終わり?」
「まさか」
男は懐から鉄の塊を取り出して、少女へと向けた。
「コイツは奥の手だったんだが。てめえをぶっ殺すにはこれくらいじゃねえと駄目だ!」
少女はその造形を知っている。
拳銃と呼ばれる物だ。
男が両手に握り絞めた道具は妙に銃身が長く、少なくともルリの知る如何なる銃とも違っていた。
異世界から持ち込んだと考えるには少し無理のある造形。
即ち、この世界で独自に作ったか、そうでなければこの男が保有する何らかの能力に起因している物体と考えるしか無い。
「グッバイ、レディ」
男は己が腕を台座代わりに長い銃身を固定し、銃口を少女へと向け、引き金を引いた。
パァァンッ!!
密室ゆえか耳をつんざく発砲音がこだました。
少女の張ったバリアは一瞬すら保たずに破壊された。
しかし少女は被弾した素振りを見せず、ただ片方の手で拳を作り前へと突き出している。
男はキョトンとして小首を傾げた。
瑠璃色髪少女の握られた手の指が開かれる。
カツーン、と金属塊が床を叩いた。
「お、おい、冗談だろ……?」
先ほどまでの余裕はどこへやら。男は驚愕に目を見開き言葉を絞り出すばかり。
ルリは極めて冷静な音色で言葉を口ずさむ。
「ピストルは銃身が短いぶん取り回しが楽なのでしょうけれど、それ故にライフルと比べて弾速や貫通力で劣る。小さな子供でも手掴みくらいならできるでしょうよ」
「んなワケあるかっ!!」
しれっと物申した少女に男が怒鳴った。
しかしルリは意に介した様子も無く、「じゃあそろそろ攻撃させて貰うわね」と杖の先端を手合いへと向ける。
男は「くっ!」と顔を歪め、銃口を再び標的へと向け直した。
――スキル《速射》!
ダダダッ!!
今度は連射された弾丸たち。
一方の少女は軽く指を握り込み、親指を弾く動作を行う。
――《指弾》。
すると圧縮された空気の塊が飛んでいって、相対した弾頭を全て弾き飛ばした。
そこかしこで跳弾し床や壁にめり込んだ弾丸たち。
微かに硝煙の匂いが漂って、堂内に再び静寂が訪れる。
「悪魔め……!!」
男が吐き捨てるように呻いて少女を睨み付ける。
ルリはこの時になって初めて彼に表情を見せた。
「最高の褒め言葉だよ」
ニタァ、と凄烈な笑みを浮かべる少女。
男は言葉を失い、呆然と立ち尽くすのだった。




