16:お買い物
レミーを連れ肩にオコジョを乗っけた私は掲示板の立ち並ぶスペースまで進み出た。
採集納品依頼を見る前に、先に捜索や救出に関する依頼を見ておく。
もしも孤児院からレミーを探して欲しいといった依頼があったなら面倒事になる前に帰しておこうと考えたから。
「……無いね」
「そういう事です」
本人は孤児院に関して子供達には何の愛着も愛情も持っておらず、それどころか奴隷商が檻の中に入れた奴隷を見るような感情しかないと言い張っているが、もしかしたらそれは本人の思い込みで実は心配されているかも知れない。
そんな期待をしていたのだけれども、どうやらレミーの言い分はあながち間違いでは無いのかも知れない。
現に掲示板には彼女に関する依頼は見当たらず、世の中の世知辛さの一端を垣間見るだけの結果に終わってしまった。
「まあ、気落ちしたって始まらないから切り替えていきましょう」
「はぃ……」
少しだけ落胆の色を見せるレミーは、それでもやっぱり淡い期待を抱いていたのかも知れない。
その期待を裏切られて幾ばくかショックを受けている。本人は気丈に笑んで見せたけれど、私には強がっているふうにしか見えなかった。
次に採集納品の掲示板へと向かう。
そちらは勝手知ったるなので手元にある薬草と依頼内容が合致している物を数枚引き剥がし、ついでにポーションの納品も受けておく。
剥がし取った依頼紙をフロア最奥の受付カウンターに持っていくと、やっぱり見知った赤毛の受付お姉さんが対応してくれた。
「ルリさん、こんにちわ」
「ええ、こんにちわ」
挨拶を交わしたところで紙を手渡す。
お姉さんはここで「あっ」と声に出した。
「ポーションに関してはルリさんには別の依頼を発注しますので、そちらを受けて下さい」
「え、どういうこと?」
何やら不思議な事を言われたので聞き返してしまう。
受付お姉さんは後方壁際の棚から一枚の紙を抜き取り私の前まで持ってきた。
それは依頼紙には違いないのだけれども依頼者が冒険者ギルド名義になっていて、私が持ってきた物と比べて納品本数が多く、しかも報酬額が一桁多い。
「え、これは……」
「ある意味ルリさんへの指名依頼になります。需要が多いので」
「はぁ……」
と気の抜けた返事をするくらいしか能の無い私。
どうやら私が作るポーションは他とは別枠で取り扱われるようになったらしい。
おかげで報酬諸々を合算すると一万Gを軽く超えてしまった。
けどそれって良いのか?
まあ、ギルドマスターの見解からすると他と比べて効果が違うらしいし、私に損があるワケでも無いから別に構いやしないのだけれども……。
釈然としない気持ちのまま頷いて、リュックに詰めていた小瓶を全部出してこれを納品とした。
「ルリさんのポーションは特別製であるとギルド側は認識しておりますし他の小売業者に持っていけばまず間違いなく安く買い叩かれてしまうでしょうから、なるべく当ギルドに持ってきて下さいね」
にっこり。と受付お姉さんが笑みを浮かべ金貨の詰まった袋を登録証と一緒に差し出した。
(あら?)
受け取った登録証を取り上げ目を通したところ、表記が少し変化している事に気付く。
探索 E
討伐 E
護衛 E
採集 C:条件付き
雑務 E
注)救出に関する実績あり
登録証にはこのように記されており首を傾げていると受付嬢が補足する。
「ルリさんは薬草とポーションの納品で規定の実績数を超えてますので評価が上がっています。“条件付き”というのは専用の買い取り枠を設けている事に対する記述です。また先日救出依頼を達成しておりますが、救出依頼のみの評価項目というのは存在せず別途記載という形を執っています。これは、そもそも救出依頼を遂行するに当たって必要とされる能力に特殊な物が多い、簡単に言うと誰も彼もに受けさせるわけにはいかない業務となるからです。実際、当ギルド内でもこういった仕事を依頼できるパーティは数える程しか居ません」
ふむふむ。
お姉さんの淀みない説明に多少なりとも練習したんだろうなと思いつつ聞き流す。
「分かりました、けど、基本的に私は救出とか面倒くさい仕事はしませんので、その辺は理解して下さいね?」
「はい、かしこまりました」
一先ず説明を受けた後で念を押すと彼女はニッコリ笑んで頷いた。
ホントに分かってるのかな?
なにやら妙なフラグが立ったような気がしなくも無いけど、でもこちらとしての意向はちゃんと正面切って伝えておく必要がある。
遣り取りが一段落ついたところで受付嬢は今になって気付きましたとでも言わんばかりの素振りで視線を私の斜め後ろで控えているレミーへと向けた。
「それはそうと、昨夜はしっかり話し合われましたか?」
「ええ、まあ……」
私はヒナちゃんを救出した際に一緒に救い出したレミーを冒険者ギルドに連れてきている。
最初はギルドに預けて知らん顔するつもりだった。
というか、普通はそうするでしょ。救出対象でも無く私個人の知り合いでもない十歳くらいの子供なのだから元居た孤児院に帰すなり別の施設に預けるなりするのが常識で、その手続き諸々をなんで縁もゆかりも無い一介の冒険者に過ぎない私がやらなきゃいけないのかって話。
冒険者に登録できる最低年齢は12歳なので、まだ11歳のレミーでは自分の食い扶持を確保することが出来ないといった実情を鑑みるなら、結局はどこかに送りつけるしか手立てが無いというのが現実なのです。
けれど受付嬢がレミーの処遇に関する書類に手を付けるより早く私への弟子入りを懇願したものだから孤児院に返すといった方向性を改める必要性が出てきた。
もちろん私は断る事もできたのだけれども、何というか立て続けに殺傷力のある魔法を行使して悪党共を鏖殺した後ともなると気が大きくなっていて、なので大して考えもしないで承諾しちゃったワケだけれども。
とは言ってもいきなり弟子を取るってのは憚られた――新米冒険者から抜け出してもいないウチから物を教える立場になるってのは流石にどうかと思った――ので、まずは暫く預かって様子を見ようって話になった次第で、なので直接関わっている受付嬢さんだって経緯は知っているのだ。
まあ、でも、既に私の心情としては弟子にしちゃおうって決めてしまっているのだけれどもね。
本人が望んでいる事もあるけど、何より助手的な人間がいるのは決して悪い事じゃあないから。
ただし私の方に弟子を取れるほどの能力があると知られるとややこしい話になりそうなので、安直に弟子にしましたとは公言しない。
あくまでウチで面倒を見ることにしましたってな体で押し通す。
「今日はこれからこの子とお買い物なんです」
「それは、良いことです」
どういった感情なのか読み取れない面持ちでお姉さんが答える。
ひょっとしたら羨ましいとかそういった意味合いなのかも知れないと邪推してみたり。
「ではっ」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
お見送り代わりの言葉を耳に、踵を返した私はレミーちゃんを連れてギルド施設を後にしたものである。
◆ ◆ ◆
その後、懐具合が幾分か潤ったからとお弟子ちゃんの衣服を見繕った。
彼女の希望から私のと似たようなカッターシャツとスカート。ネクタイは赤い紐状のものをチョイス。
帽子は買わなかったけれど外套は色々と便利だからと紺色の物を購入した。
またパジャマとしてネグリジェも用意したしシーツと枕も買い込んで、これで作ったベッドが使用可能になったワケだ。
「あの、お師匠様……ありがとうございます……」
諸々の出費でお財布の中身が空っぽになった頃合い。
道行く中でレミーが申し訳なさそうな顔で謝意を述べた。
「気にしなくて良いのよ。これは必要経費だからね」
私は背後で恐縮しているお嬢さんを顧みて、努めて軽い調子で返した。
「それにお金は稼げばいい。稼げなくても狩りと採集やってりゃ飢えて死ぬことは無い。技術を手にするってのはそういう事なのよ」
「はぃ……はい!」
言い含めると彼女は幼くも可愛らしい顔をパッと輝かせて頷いた。
健気で素直。師がまず弟子に求める素養って、コレなのよね。
とは私の胸の内である。
あと、これは買い物では無いけれど街にある鍛冶工房を覗いてきた。
本気でレミーが私の弟子として魔法使いを目指すというのであれば彼女用の魔法杖が必要になるわけで、私の杖もそうだけど既存の“魔法使いの杖”などでは話にならない。
魔石を加工して作る演算装置と魔法構文だけでなく高効率の魔力運用を可能とするシステムに至るまでをインストールした記憶領域を内部に据え付け接続する筐体。
フレームにしても内部パーツを保護するための装甲にしたって使用されるのは鋼などの金属でなければいけない。剛性の問題で。
だから魔導具を取り扱う店舗ではなく鍛治屋を覗かなければいけなかったのだ。
魔石の売買に関しては魔導具の取扱店を見て回るべきなのだろうけれど、私はこのプランを最初っから捨てていた。
だって無駄に馬鹿高いだけのクズ石を掴まされるリスクを考えるなら直接採ってきた方が早いし確実だから。
また金属加工に関しても幾つかの工程を任せるのだから当然ながら技術の漏洩は起こるだろうけれど、核心部分は全てこっちで行うのでそれで同じ物が作れるとはならない。
というか、本音を言えば一から十まで全部私の魔法でやっても良いんだよ。
錬成のスキルも精錬のスキルも私は持ってるからね。
けれど私の弟子になったからといって、これを死ぬまで続けていくわけにもいかないでしょ?
いつかは独り立ちして自分の腕でご飯を食べていかなきゃいけなくなる。
そしてこの時、必ずしも私が生きているとは限らない。
となれば、魔法杖が破損したときに修理する手段が別に存在していなければいけない。
その為に幾ばくかの技術を流す必要があると私は考えたワケさ。
でもまあ、今日はあくまで工房を覗いて彼らの技術が信用するに足るものであるか否かを見定めるだけ。
だって材料が無いし。
鍛治屋ともなれば鉄材のストックはあるだろうけれど、必要とする金属は鉄だけではないし魔石だって採ってこなきゃいけない。
無い無い尽くしじゃあ何も出来ない。
因みに、だったら材料の在処を知っているのかって話になっちゃうけれど、知ってるんだなこれが。
この世界は“神々の箱庭”というタイトルのゲームと酷似した、或いはそのものの世界である。
その前提に従うのであれば、材料を揃える事は容易い。
冒険者ギルドで私が“採集”に関する依頼しか受けないと言い張っているのも理由はここにある。
何処にどういった素材があるのか予め分かっているのだから受けた依頼は必ず完遂できるのだ。
しかも討伐などの戦う事を前提とした依頼でない以上、戦力が足りないと判断した場合には護衛依頼を掛けるなんて裏技も使える。
その為の採集依頼特化型冒険者なのである。
私は食事時のカフェテラスでレミーに簡単ながら今後の方針について明かし、ついでだから修行も兼ねてお供するよう言い含めておいた。
ってか師匠を働かせて自分はのんびりサボってる弟子なんて弟子とは言わないでしょ?
レミーもその辺りは心得ているようで二つ返事で了解を得た。
こうして買い物を終え、鍛冶工房を何軒か回って目星を付けるなど本日の業務を終えた私は、行き掛けと同様に飛翔魔法を発動。両手にお弟子ちゃんを抱え込んで家路を急いだものである。




