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25話 過去の告白

 深夜二十三時。


 市民ホールの屋上は、刺すような冷たい夜風が吹き抜けていた。


 眼下に広がる美浜町は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。


 だが、それは安らかな眠りではない。あちこちで燻り続ける火の手が、闇の中に不気味な赤を点綴し、時折聞こえる遠い銃声が、この静寂がかりそめのものであることを告げていた。


 俺はライフルの銃身をコンクリートの縁に預け、暗視スコープ越しに周囲の路地を監視していた。


 ホール内に避難している男たちは交代で見張りにつくことになったが、俺は自ら志願して、最も視界の開ける屋上の担当を引き受けていた。


 ここに来た傭兵たちにとって、昼間の襲撃は単なる「遊び」に過ぎなかったのだろう。


 獲物を追い詰め、恐怖を弄ぶための余興だ。一度撃退されたからといって、奴らがわざわざ貴重な戦力を割いて、この場所を潰しに再来する可能性は低い。


 神代の本当の目的――「浄化」の核心は、もっと別の場所にあるはずなのだから。


 背後で、錆びた鉄扉が小さく軋む音がした。


 俺は銃口を向けたい衝動を抑え、気配だけで相手を特定した。


「……月詠か」


「はい。こんなところにいたのですね、蓮さん」


 月詠が、足音を忍ばせてこちらへ歩み寄ってきた。


 見上げれば、地上を覆う凄惨な光景とは裏腹に、冬の月が冷たく、美しく輝いている。その銀色の光を浴びた彼女の髪は、まるで透き通るような絹糸のように見えた。


「夜はまだ冷える。控室に戻って寝ておけ」


「……いえ、少しだけ。お傍にいさせてください」


 そう言って、彼女はおずおずと俺の隣に腰を下ろした。


 互いに顔を合わせるのではなく、俺の背中に彼女が背中を預けるような形で、静かに寄り添う。


「これを使え。……風邪でも引かれたら、俺の目覚めが悪くなる」


 俺は、自分が使っていた厚手の毛布を肩から外し、彼女の方へ回した。


「あ……ありがとう……ございます」


 月詠は毛布の端をぎゅっと握り、俺の背中に重みを預けた。


 伝わってくるのは、彼女のささやかな体温。霊体だった頃には、存在すらしていなかった確かな「熱」だ。


 だが、その背中越しに伝わってくる彼女の鼓動が、心なしか速いことに気づく。呼吸も浅く、何かを堪えているような、そんな緊張が伝わってきた。


「……月詠、何かあったのか?」


 俺の問いかけに、彼女の身体がびくりと跳ねた。


「あ……いえ…………その……」


 言葉を濁す彼女の気配が、急激に揺れ動く。


 言わなければいけない、けれど、言えばこの温もりが消えてしまうかもしれない。そんな切実な葛藤が、沈黙となって俺たちの間に降り積もっていく。


 俺はそれ以上追及せず、ただ黙って彼女が話し始めるのを待った。夜風が俺たちの頬を撫で、遠くで瓦礫が崩れるような音が一度だけ響く。


「蓮さん……。貴方に、どうしても話さなければいけないことがあります」


 ようやく絞り出された彼女の声は、今にも消えてしまいそうなほど震えていた。


「……明日の朝飯についてか? 」


 俺が投げた場違いな言葉に、月詠は一瞬きょとんとした後、「ふふっ」と小さく、鈴の鳴るような声で笑った。


「蓮さんから……初めて冗談を聞いた気がします」


「冗談は嫌いじゃない。……場を選ぶだけだ」


 少しだけ、張り詰めていた空気が緩んだ。


 だが、月詠は一度深く呼吸を整え、再び声を落とした。


「……私の過去についてです。これを話せば……蓮さんは、私のことを軽蔑するかもしれません。恐ろしくなって、私のそばから離れてしまうかもしれません。……それでも、貴方には話さなくてはいけないと思ったのです」


「俺が、簡単に仲間を軽蔑するような真似はしない。……言いたいことがあるなら、聞こう」


「……ありがとうございます」


 月詠はもう一度沈黙し、覚悟を決めるように拳を握りしめた。


「貴方の運命を、ここまで過酷にしてしまったのは……私のせいなのです」


「……どういうことだ?」


「蓮さんのご両親が殺されてしまったこと。貴方が復讐に身を投じなければならなくなったこと。……その全ての始まりは、私なのです」


 その言葉の意味を飲み込むより早く、月詠が俺の正面へと回り込んできた。


 彼女は跪き、両手を俺の方へと差し出す。その瞳には、月光を反射した涙が光っていた。


「蓮さん……私の手を、握れますか? 今の私なら……魂が強く結びついている今なら、私の記憶をお見せすることができると思います」


 一瞬、躊躇が生まれた。


 彼女が見せようとしているのは、おそらく、俺がずっと追い求めていた真実の一部なのだろう。


 同時に、それは俺たちの今の関係を壊してしまう劇薬になるかもしれない。


 だが、俺は腹をくくった。


 ここまで来て、真実から目を逸らすことなどできない。


 俺は銃を置き、彼女の差し出した掌の上に、俺の汚れた手を重ねた。


 月詠が、俺の片手を両手で包み込む。


 瞬間、頭の芯が痺れるような感覚に襲われた。


 月光が眩いほどに白く輝き、周囲の風景が、溶けるように歪んでいく。


 俺の意識は、彼女の記憶という名の暗闇の深淵へと、一気に引きずり込まれていった。


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