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24話 防衛

 ホールの天井裏、狭く埃っぽいキャットウォークに身を潜め、俺は眼下を見下ろしていた。


 骨伝導イヤホンから、ギークの低い声が鼓膜を叩く。


『レン、正面突破だ。数は十。重武装の猟犬どもだ。……月詠ちゃんのいる控室の方に、一人裏手から回り込もうとしてる影がある。気をつけろよ』


 月詠にも骨伝導のイヤホンは渡してある。ギークの通信は月詠にも届いているはずだ。


「了解した。……月詠……俺のほうが終わるまでそっちを頼んだぞ。もしもの時は躊躇うな」


「わかりました」


 俺はライフルのセレクターを単射(セミオート)に切り替えた。


 一時間で仕掛けた「罠」は、舞台装置と俺自身の技術を組み合わせた、即席の処刑場だ。


 ドォォォォン!!


 爆薬によって正面玄関の巨大な扉が吹き飛び、硝煙と共に十人の傭兵が雪崩れ込んできた。


「浄化の時間だ! 隠れているゴミ共を一人残らず引きずり出せ!」


 指揮官らしき男の咆哮が、ホールの高い天井に反響する。


 奴らがロビーから客席へと足を踏み入れた瞬間、俺は最初のリモコンのスイッチを押した。


 プシュゥゥゥッ!!


 凄まじい勢いで、舞台用の二酸化炭素消火設備が暴走を始めた。一瞬でホールは真っ白な冷気に包まれ、視界がゼロになる。


「なんだ!? 煙幕か! 暗視ゴーグルを下げろ!」


 敵が咄嗟にゴーグルに手をかけた、その刹那。俺は二つ目のスイッチを入れた。


 カチッ。


 ―――ッ!!


 舞台用の超高輝度ハロゲンライトが、客席に向けて一斉に爆発的な光を放った。暗視モードに切り替えた直後の網膜に、太陽を凝縮したような閃光が焼き付く。


「ぎゃぁぁぁっ!! 目が、目があぁぁ!!」


 混乱と悲鳴。俺はキャットウォークから音もなく飛び降り、闇と霧の中に溶け込んだ。


 ここからは、一方的な「排除」だ。


 銃声は立てない。霧の中から現れた俺のナイフが、敵の喉を裂き、心臓を穿つ。一人、また一人。魂の火が消えるたび、月詠が感じているであろう「痛み」が胸をかすめるが、今は止まるわけにはいかない。


 一方、ステージ裏の控室。


 月詠は、震える手で俺が渡した拳銃を握り締めていた。


 背後には、恐怖に震えるミオと数百人の避難民。扉の向こうからは、一人、こちらに向かってくる傭兵の足音が聞こえてくる。


「……蓮さんは、皆を助けると仰いました。だから……私も……!」


 月詠は自分に言い聞かせるように呟く。


 バタン! と扉が開け放たれた。


「見つけたぞ、女……! 命が惜しければどけッ!」


 銃を構えた傭兵に対し、月詠は真っ白な顔をしながらも、本能的に引き金を引いた。


 乾いた銃声が、狭い部屋に轟く。


 弾丸は傭兵の肩を貫き、男は衝撃で後方へ倒れ込んだ。


 月詠は、手に残る強烈な反動と、立ち昇る火薬の匂いに愕然とした。


 死神だった頃、命を奪うことは事務的な「刈り取り」でしかなかった。けれど、自分の指一本で、一人の人間の肉体が引き裂かれ、苦悶の声を上げるという「重圧」は、生身になった彼女にとって耐え難いほどの拒絶反応を引き起こした。


「……あ、あぁ……」


 銃を取り落としそうになる月詠。だが、その時、ホール全体の喧騒が止んだ。


 九人を仕留め終えた俺は、返り血を拭いながら控室へと戻ってきた。


 扉の前に転がる負傷した傭兵に最後の一撃を見舞い、俺は室内に視線を向けた。


 真っ青な顔で立ち尽くす月詠。俺は彼女の無事を確認し、深く安堵の息を吐く。


「月詠……怪我はないか」


 俺が歩み寄ろうとした、その時だった。


 月詠の瞳が大きく見開かれ、彼女は周囲の魂の残滓を必死に探るように辺りを見渡した。


「月詠、どうし……」


「蓮さん、危ない!!」


 叫ぶと同時に、月詠が俺の胸を全力で突き飛ばした。


 死神としての膂力(りょりょく)ではない、一人の非力な少女としての、必死の力。


 タァァァン!!


 一発の鋭い銃声。


 俺が立っていた場所を弾丸が通り抜け、代わりに、俺の前に割り込んだ月詠の白い腕から、鮮やかな赤が飛び散った。


「くっ……ぁ……っ!」


「月詠!!」


 彼女が崩れ落ちるよりも早く、俺の身体は反応していた。


 二階席の端、死体の中に紛れて死んだふりをしていた「十人目」を、俺は一瞬の迷いもなく射殺した。一発、二発。確実に、息の根を止める。


「月詠!! 大丈夫か!! 返事をしろ!」


 俺は倒れ込んだ彼女を抱き上げ、その腕を確認した。


「……私は、大丈夫です。腕を、かすめただけで済みました……」


 月詠は苦痛に顔を歪めながらも、俺の顔を見て安心したように微笑んだ。


「馬鹿野郎!! 無茶しやがって!!」


 俺は怒鳴るような声を上げ、震える手でポーチから止血帯を取り出した。


 自分自身の傷には無頓着でいられるのに、彼女の細い腕に流れる血を見た瞬間、心臓が握り潰されるような恐怖を感じた。


 慎重に、そして必死に処置を施す。俺の指先に触れる彼女の肌は、冷たく、けれど確かに脈打っていた。


「……また、お前に助けられたな」


 処置を終え、彼女をしっかりと抱き抱えたまま、俺は消え入りそうな声で呟いた。


「……ありがとう」


 月詠は驚いたように目を見開き、それから、これまでで一番優しい笑みを浮かべた。


「ふふっ。蓮さんに……初めて『ありがとう』と言われましたね」


 その笑顔に、俺は胸の奥が熱くなるのを抑えきれなかった。


 この少女を救うためなら、あと四日の命など惜しくはない。本気でそう思ってしまった。


 俺はギークへの通信を入れる。


「ギーク、聞こえるか。……敵は全滅させた。生存者は全員無事だ。今日はここを見張りながら夜を明かす」


『了解だ相棒』


 窓の外では、依然として町のあちこちで火の手が上がっている。


 だが、この静まり返ったホールの中で、俺たちは互いの体温を確かめ合うように、寄り添い続けていた。


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