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18話 裁きの始まり

東の空が白み始め、夜の闇が薄い藍色へと溶け出していく。


 丘の下に広がる美浜町は、断続的な爆発音と、あちこちから炎が上がっていた。


 月詠の膝の上で目を覚ましてから、どれほどの時間が経っただろうか。


 全身を苛んでいた、骨を砕くような激痛は、夜明けと共に少しずつ引いていった。


 身体が、自分のものとしての感覚を取り戻していく。


 魂が肉体に馴染んだのか、あるいは、蘇生の代償として負った「死の記憶」が一時的に鎮まったのか。


「……動けそうだ」


 俺はゆっくりと身体を起こした。まだ各所に鈍い痛みは残っているが、戦う分には支障はない。


「よかった……。無理はしないでくださいね、蓮さん」


 月詠が、心底安心したように表情を和らげた。


 その瞳の端には、涙の跡が薄く残っている。


 俺は立ち上がり、汚れた戦闘服を軽く払った。装備のほとんどは爆破で失った。


 通信機も、昨日の爆破で破壊されてしまっているだろう。


「少し歩くぞ。近くにバイクを隠してある」


「バイク、ですか……。ここに来た時の鉄の乗り物ですね?」


「ああ。今の俺たちの唯一の足だ」


 丘を少し下り、茂みの奥に隠しておいた防水シートを剥ぐ。


 そこには、俺が愛用している大型のオフロードバイクが、静かにその黒い車体を潜ませていた。


 幸い、爆発の被害は免れたようで、目立った損傷はない。


 俺はシートからヘルメットを取り出した。一つしかない、俺の私物だ。


「月詠、これを被れ。サイズが合わないだろうが我慢しろ」


「えっ、でも、これは蓮さんの……」


「いいから。お前の今の身体は、石ころ一つ当たっても傷つくんだろう。俺よりも、お前の方が防御が必要だ」


 戸惑う彼女の頭に、俺は無理やりヘルメットを被せた。


 大きすぎるヘルメットが、彼女の小さな顔をすっぽりと覆う。俺は顎紐を締めるために、彼女の顔に手を伸ばした。


 至近距離で、彼女の銀色の瞳と視線がぶつかる。


 ヘルメットのシールド越しに、彼女の呼吸が微かに聞こえた。これまで感じることのなかった、少女特有の甘く清らかな香りが、鼻腔をくすぐる。


 指先が、彼女の白く柔らかな顎に触れる。


 死神の時にはなかった確かな「熱」に、俺の心臓が不意に『トクン』と大きく跳ねた。


 ―――何をしている、俺は。


 そんな感情、とっくに捨てたはずだろう。


 俺は無言で視線を逸らし、乱暴に顎紐を固定した。


「……よし。後ろに乗れ。しっかりと掴まっていろよ」


「は、はい……!」


 バイクに跨り、エンジンを始動させる。重低音の排気音が、静まり返った山々に響き渡った。


 月詠がおそるおそる、俺の背後に腰を下ろす。


「もっとしっかり掴まれ。振り落とされるぞ」


 俺が促すと、彼女は少し躊躇した後、細い腕を俺の腰に回し、背中にぴたりと身を寄せた。


 背中越しに伝わってくる、彼女の華奢な身体の感触。そして、小刻みに震える彼女の体温。


 それは、死に向かう復讐者の俺にとって、あまりにも生々しく、あまりにも眩しい「生」の重みだった。俺は奥歯を噛み締め、アクセルを大きく捻った。


 バイクは山道を滑るように駆け下り、市街地へと向かう。


 だが、住宅街の入り口に差し掛かったその時。


 ザッ、ザザッ……!!


 町中に設置された防災無線のスピーカーから、耳を刺すような激しいノイズが響き渡った。俺は反射的にバイクを止め、様子を窺う。


「――美浜町の愚かなる共犯者諸君。おはよう。素晴らしい朝だと思わないか?」


 ノイズの向こうから聞こえてきたのは、あの合成された、忌々しい神代の声だった。


 その声は、かつてないほどの昂揚と、底知れない狂気に満ちていた。


「昨夜、君たちを縛っていた偽りの秩序は、物理的に断絶させてもらった。橋は落ち、トンネルは閉ざされた。今、この町は、外界の汚れから切り離された『聖域』へと昇華したのだ」


 スピーカーから流れる声に合わせて、遠くの街頭ビジョンが次々と点灯する。


 砂嵐の中にあの『零』の文字が映し出されていた。


「これから私たちはこの町に、真の審判を下す。罪深き者にはふさわしい死を。汚れなき者には永遠の眠りを。……さあ、始めよう。粛清と浄化、その第一幕だ。逃げ惑い、抗い、そして自らの罪を思い出せ。狩りの時間は、既に始まっている」


 笑い声と共に放送が切れると、町は再び、静寂に包まれた。


 いや、静寂ではない。遠くから、今まで聞こえなかった人々の悲鳴と、乾いた銃声が、風に乗って聞こえ始めていた。


「……急ぐぞ、月詠。奴ら、もう動き出してやがる」


「はい……!」


 俺たちは、山麓の廃墟ビルにあるアジトへと急いだ。ギークが生きていることを、ただそれだけを願いながら。


 だが、たどり着いたアジトの入り口を見た瞬間、俺の淡い期待は打ち砕かれた。

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