同室の相手④
部屋で泣き続けてどれだけの時間が経ったのか分からない。
部屋はすっかり真っ暗で、電気をつけなければ何も見えない状態だ。
涙を出し切ったのか、これ以上涙を流すことはできず、肩を小刻みに震わせる。
コンコン。
扉をノックする音が耳に入る。
流は返事もせず黙り込んでいると、向こうから声をかけてきた。
「私、針だ。……私の軽率な行動で怒らせてしまった……すまない……」
ちがう、針ちゃんのせいじゃない! 悪いのは私のせいなのに! 心の中では声に出せても、現実では唇が震えてうまく口を動かせない。
「これからは余計なことはしない。だから……」
声が段々と小さくなっていって最後の方は聞き取れなかった。
長時間地面に座り込んでいた重い腰を上げ、震える手で扉を開く。
廊下は電気がついており、少し扉を開けただけでも目に突き刺さるような眩しく目を開けていられない。
恐る恐る扉を開いていくと、数時間まで恐ろしく思えた冷たい印象を与える黒金の顔が、牙が抜けか弱い捨てられた子猫のような面持ちで立っている。
流が部屋から出てきたことに気がつくと、黒金は気まずそうに眼を逸らした。
流は黒金の奥にある廊下の窓に自分の顔が反射して映っていることに気がつく。
酷い顔だ。目は真っ赤に腫れ、不愛想で、性格の悪そうなクラゲが嫌と言うほど目に入る。
「あ……あぁ」
うまく言葉に出せない。
身勝手な行動で人を傷つけておきながら、謝ることすらままならない自分に嫌気が差す。
黒金は金色の不安定な瞳を真っすぐに向ける。
ここで伝えなければいけない。
流は力の抜けた手のひらを握り、爪が手のひらに食い込むと思うほど強く握り締め正面に立つ黒髪の少女に言葉をかける。
「あ……し、針……ちゃん……」
「…………」
目を合わせるだけで、黒金は何も言ってこない。
「わ、私……ごめん、なさい……!!」
九十度に上半身を倒し、黒金に頭を下げる。
黒金に何を言われても構わない。許さない、どうでもいい、なんでもいいから言葉をかけて欲しい。
流は頭を下げたまま、目を瞑り黒金の言葉を待つ。
「顔上げて」
黒金に言われた通り、流はゆっくりと顔を上げる。
流は勝手に気まずくなり、黒金と目線を合わせない。
「私……不器用だからさ。良かれと思ってやった行動が白雲にとって良くないことになってしまった」
すまなかったと黒金は頭を下げる。
流は急いで黒金の頭を上げさせ、「謝る必要なんてない」と訴える。
「謝るのは私の方だよ……針ちゃんが善意でやってくれたのを分かっていたのに、私は自分勝手に怒鳴って……許してもらおうだなんて思ってない。それぐらい酷いことをしたと思ってる……! だから、本当にごめんなさい!」
もう一度黒金に頭を下げると、黒金は手を流に差し出す。
「これで仲直りだ」
「でも……」
差し出された手を握れず、胸に手を添えていると、黒金は無理やり流の手を取り握手を交わす。
「これでお終いだ。だから、その……なんだ……」
黒金の頬と耳が赤くなっている。
流は恥ずかしそうに話している黒金に思わず吹き出してしまう。
「私のこと見て笑ったな?」
照れ隠しなのか、眉間に皺をよせいじわるそうに黒金は言ったが、声は穏やかだった。
「ありがとう……針ちゃん」
「別に……いいよ……友達……だから、な」
消えかかるような声で黒金は言った。
流は黒金の口から「友達」という単語を聞けて嬉しくなり、黒金に飛びつく。
黒金はよろめきながらも流を受け止め、彼女の頭を軽く叩いて「急に飛びつくな。危ないだろ」と注意をする。
「えへへ……でも、針ちゃんの口から「友達」って言ってくれて私とっても嬉しい!」
流の真っすぐな言葉を浴びた黒金はさらに顔を赤らめ、顔を横に向け「私もだ」とか弱い声で呟く。
流は黒金をいじるように「聞こえないよ」と廊下で黒金の頬をつつく。
「……」
廊下の角から二人の様子を見ていた大桜は、黒金に飛びつき楽しそうな笑みを浮かべている流の姿を目に焼き付け音をたてずにその場を静かに去る。
「許さない……黒金針……!」
両手に拳を握り、瞳の奥に焼き付いて離れない黒金に向かい大桜は呟くと、自室である一〇八号室へ入っていった。
この作品に登場する人物・場所、施設は全てフィクションです。




