第十二話
「がふっ……、げふっ……、生まれながらの“勇者の血”が覚醒したか……はぁ、はぁ……。丁度良かった。僕が欲しいのは、その血だからね……ゴホッ、ゴホッ……」
ロバートは血を吐き出しながら、よろよろと立ち上がり……アナスタシアを見て舌なめずりをします。
まるで娘を獣が餌を見るような目で見つめるロバートに私は嫌悪感しかありませんでした。
「暴れられると面倒だ……。ゴホッ……、やはり殺してから……ゴホッ、血を頂くとしよう……ゴホッ、ゴホッ……」
もう、この人を人間だと思って加減するのを止めよう。
生かして捉えることをやめてしまおう。
その結論を頭の中で出したとき、私は彼に向かって聖なる光の刃を次々と放っていました。
「聖刃ッ――!」
「ひぎゃあああ……! がはっ……、ゴホッ、ゴホッ……エリス……貴様、自分の夫に……、刃物を……」
「アナ……ジョセフと一緒にここから離れなさい」
体中を光の刃で刺されたロバートは口からも体からも血をダラダラと流しながら、私を睨みつけます。
思った以上に体皮が硬いみたいで深手を負わせられないみたいですね。
動きを止めることは出来ましたので、アナスタシアを抱えて距離を取りジョセフに受け渡すことは出来ましたが……。
「エリスぅぅぅぅ! 貴様は僕の邪魔ばっかりだ! なぜ僕が幸せになることの邪魔をする! アイリーンに嫉妬しているのかああああ!」
「聖刃ッ!」
「遅いッッッッ!」
「きゃっ……!」
血塗れのロバートは光の刃が突き刺さっても尚、前進することを止めずに殴りかかってきました。
咄嗟に後ろにジャンプしながら受け流したので腕が打撲するくらいで済みましたが……先程までよりも更に殺意が増しています。
「がはっ……、ゴホッ、ゴホッ……、エリスぅぅぅ! 殺してやるぅぅぅ! 絶対に、ごろじでやる゛ぅぅぅ!」
ロバートの体色が紫色から黒色へと変化して、身体もひと回り大きくなりました。
どう見ても死にかけているのに威圧感が増しており、私をどうしても殺したい衝動に駆られていることが感じ取れます。
傷は治癒術で既に治しましたが、彼の動きを止めるには私もまた彼を殺さなくてはならないと本能的に理解しました。
人を殺めたことはありません。
ましてや、自分の夫だった男を殺めたいとまで思ってもみていなかったです。
ですが、ここで彼を止めないとアナスタシアは殺されてしまいます。
それならば、私は更なる覚悟を持って挑まなくては――。
「大聖刃……!」
鋼鉄をも両断する光の剣を両手で握りしめて中段に構えてロバートが接近するのを待ちます。
精神を集中させて彼を討つことに全力を――。
――来るっ!
瞬間的に私はロバートが急接近する気配を感じ取りました。
ここで私が彼を殺す。アナスタシアを守るために元夫であり彼女の父親である男を自らの手で……。
震える両手に力を込めて、私は彼が動く方向を予測しようとしました――
「ば、ば、馬鹿な……、がふっ……、ゴホッ……」
しかしながら、ロバートが接近することはありませんでした。
何故なら、目の前で腹を剣で貫かれて倒れていたからです。
「あなたがこの方の命を背負う必要はありません。お迎えに上がりました。エリスさん」
「あ、アルフォンス様……!」
ロバートを背中から刺した男はアルフォンス様でした。
彼の言葉を聞いた私は全身の力が抜けてヘナヘナと地面に座り込んでしまいました――。