第十話
「今さらアナに何の用事ですか? あの子をあなた方に渡すつもりはありません」
ロバートとアイリーン様が私が留守のタイミングにこの家にやって来た――アナスタシアを手にするために。
あまりにもタイミングが良すぎることから、国王陛下にアナスタシアの出自をバラしたのはアイリーン様だと推察出来ます。
何の目的でこのようなことを。あなた方は自分たちの娘を捨てたではないですか。
「うふふ、ロバート見ましたか? エリスさんったら、すっかりと母親気取りですよ。滑稽ですね。子供の本当の両親を目の前にしてあんな顔が出来るなんて」
「ゴホッ、ゴホッ……、アナスタシアは僕らのものだ。あの子の血が僕に必要なものでね」
「お父様、怒ってエリスさんを監獄に入れるかと思っていたのですが、どういう媚を売って戻ってきたのです?」
私を前にして言いたい放題の二人。
あなた達こそ、アナスタシアの親気取りをしないでもらいたい。
人の家の前にゴミのように捨てていったあなた達にあの子の何が分かるのですか……。
「エリス様、お戻りですか。アナスタシア様が外で蝶を捕まえたいと仰るものですから――」
「お母様、お客様……ですか?」
そのとき、ちょうど玄関からジョセフとアナスタシアが入ってきました。
どうやら外で彼と遊んでいたから難を逃れたみたいですが……。
「アナスタシア、ああ、私のアナスタシア。可愛らしく成長しましたね」
「ふふっ、君にそっくりじゃないか。ゴホッ……」
「ジョセフ、アナを連れて逃げてください!」
二人がアナスタシアに気付いて彼女に近付こうとします。
私はジョセフにこの場を離れるように大声を出しました。
彼は何かをただならぬ雰囲気を察したのか、アナスタシアを抱き上げて背を向けます。
「逃げる気か。そうはさせ――」
「絶対に娘は渡しません! 天珠封印ッ!」
四つの光球がロバートの四肢を捉えて枷となり、動きを止めます。
もちろん、このくらいで参る彼でないことは知っていますが……。
「聖弓ッ! 呪縛光鎖」
さらに彼の体の腹を光の矢で射抜き、光の鎖でロバートの体を雁字搦めにします。
前回逃げられた時とは違って二重、三重にしっかりと結界術を重ねがけして、拘束しました。
「うぐっ……、こ、こんな拘束……! 神通力をもってすれば――ゴホッ、ゴホッ」
「ロバート! 何をしているのです? アナスタシアが逃げてしまいますよ」
血反吐を床に撒き散らしながら、倒れるロバート。
どうも様子がおかしいですね。血を吐き出すとは……。
血色も良くないですし、目に生気が消えかかっています。
「後遺症がここまで進行しているなんて。早く、アナスタシアの血を飲ませませんと」
「なっ――!? 後遺症? アナの血を……? 何を考えているのです?」
「あなたのせいで、ロバートが死ぬと言っているのです。そのためにアナスタシアの血が必要なのに、あなたが意地悪なことをするから!」
アイリーン様はキッと私を睨みつけて、アナスタシアの血がないとロバートが死ぬと言い出します。
事情は分かりませんが、何を狙ってアナスタシアを取り戻そうとしているかははっきりしました。
絶対に娘をこの二人に渡してなるものですか――。