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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
1.神楽椿学園にようこそ
9/71

1-8

 

「――手すりには届かなかった。次に、私が肉眼で調査出来ない校舎の壁や屋上の縁を掴んだとしよう。結果として転落しているのだからここでも掴みそこなっているはずだ。そうすれば一度ぶら下がる形となろうが、その場合だと単純に足から落ちていく形になるだろう?」

「……」

「つまり、状況だけで判断するならば、“小川は何らかの用事で屋上に行き手すりを自ら越え、足を滑らせてしまいそのままふわっと地面に落ちた”という事になる。事故にしては緊張感に欠ける。そう思わないか?」


 どれだけ執念を持って調べ上げたのだろうか。何がこの女を突き動かしているのだろうか。

 黙り込んでしまった海江田先生と、得意げに髪をかき上げる水野とを見比べているとどちらが悪役なのか分からなくなりそうだ。


「……じゃあ何、私が突き落としたとでも言いたいの?」

「私はそう思っているが」

「はあ!?」


 水野が持論を述べ終わったと思しきタイミングで海江田先生が閉ざしていた口を開いた。

 ……傍目に見ていると、追い詰められた犯人が言いそうなセリフだな、なんて思ってしまったが……海江田先生の表情からは焦りが見える気がする。

 くだらない作り話を聞かされているだけなら、呆れてしまってもおかしくない状況なのに。


 海江田先生は水野よりも幾分か小柄な女性だ。だが、その剣幕は俺でさえも怖じてしまうほどだった。


「私が最初に貴様に目を付けたのは一番最初だ」

「もう“貴様”呼ばわり」

「あの時、死にぞこないの小川の周りには餌を見つけたアリのようにやじ馬共が群がっていた。そこに教員山田と共に駆けつけた海江田……真琴、こいつがその時何と口走ったか覚えているか?」

「一番近くに群がってた人がなんか言って……え?」


 水野の口の悪さと棚上げっぷりにいちいち突っ込んでいては話が進まない。そうと分かってはいるがこいつ何様のつもりだよ。

 ――水野が俺の目を見る。一瞬何を聞かれたのかが理解できなかった俺は息をついた。


 山田先生と海江田先生が駆けつけた時?


 ええと、確か。やじ馬の中心で、綾城にくっつかれたままの俺が、“水野をどう止めようか”と考えていた時だ。やじ馬が遮る壁の外側から先に海江田先生の泣き叫ぶような声が聞こえた――


「――ああ?」

「ああ。こいつは、やじ馬に囲まれて見えなかったはずの相手を“小川先生”と名前で呼んだ」


 ――“どうして……小川先生、死なないで”


「どうして群れの中央にいるのが“死にぞこないの小川”だと分かった? あ、職員室から事件現場が見えない、というのは私が確認済だから“遠くから見えて分かった”という言い訳以外で答えろ」


 あの騒ぎの中でのとっさの一言、その言葉尻までもよく覚えていたなと俺は正直そう思った。

 だけど海江田先生にとって水野の指摘には思うところがあったようだ。

 息を呑み、唇をかみしめる海江田先生の表情は助けを求めるかのようにも見えた。


「それは……その、(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)姿(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)

「そうか、だとしたら“死なないで”は早とちりすぎる気がするがな。こけたりしただけかもしれないとは想像しなかったのか?」

「な、(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)


 ――あれ? まただ。

 水野と言葉の応酬を繰り広げている海江田先生の表情と言葉が一致していないような……。

 先ほど、職員室で一瞬だけ感じたあの違和感を思い出す。


「海江田先生、どうしてさっきから嘘ばっかりついてるんですか……?」


 思ったことをそのまま口にしてしまう……自分の口にガムテープでも貼っておけば治るのだろうか、この駄目な癖は……。海江田先生が驚いたような表情で俺を睨んでいる。しまった、絶対余計なことを口走った。


「真琴、どの部分が嘘だと思った」

「どの部分っていうか……全部、水野に言い返してる言葉、全部。その、何となく、だけどさ。“心を隠して口だけで喋ってる”っていうのか」


 睨みつけるような怖い表情をしている海江田先生とは対照的に、水野はどこか嬉しそうな顔をしている。この顔は最適解ということか。


「そんなこと」

「ない、本当か? 本当は“これ以上追及されたくない”と思ってやしないか?」

(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)(*)……それは……!」


 何となく、だけど海江田先生は焦り、嘘を重ねていっている。それは水野の言葉が、問いかけが胸に刺さっているということを意味している気がする。

 根拠も何もない、だけど水野はそんな俺の“何となく”を受け取ると再び海江田に向き直る。強力な切り札を手にしたかのように。気が付けば俺もそんな気がしてきていた。

 後は決定的な証拠を――


「まあ、所詮はすべて推論に過ぎない。道具さえあれば、今から小川の病院に乗り込んで爪に残っているであろう貴様の皮膚での採取してやるのだが財力がない」

「財力」


 と、思った時だ。ふと水野が海江田先生に背を向けた。

 ……あれ、マジか? 探偵を名乗るなら、ここで言い逃れできない決定的な証拠とか突き出すべきじゃないのか。


「海江田、右の手首に教員小川から捕まれた傷跡が残っているのだろう? だから隠している。手を守るようにして触る仕草というのは不満、不安の表れと聞くが……まあ、それも“仲良くしていた先生が死ぬかもしれないことが怖くて”、“怪我については気が動転していたからどこかでぶつけてしまったかもしれない”とでも言い訳されてはそれ以上言い返すすべもないしな」


 ごちゃごちゃと推論は続いていく。だが、同時に水野は“推論の域を超えない”とも言い切ってしまった。マジか。


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