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私立・神楽椿学園探偵部の事件ノート  作者: サトル
1.神楽椿学園にようこそ
8/71

1-7☆挿絵アリ

 

「――これが本当の“高みの見物”というものか。中々いい趣味だな」


 走り出した水野を追いかけていく。校舎内へと引き返し、階段を駆け上がり――

 途中、体力の限界が来たのか綾城が階段を踏み外しかけた。“僕を置いて先に行け”とかいうゲームみたいなセリフを口走った綾城を背負うと、また水野を追いかけていった。本当はこんなことやる為に体鍛えてたわけじゃないんだけど!


「こんなところで何をしているの? 早く帰りなさい」

「ああ、これが終わったら帰らせてもらうよ」


 階段を上りきった先――開け放された扉の向こうからは夕刻に赤く染まる空が見える。

 俺と綾城が開けた屋上へと一歩踏み出す、そこには不敵な笑みを浮かべている水野と――女性教諭の海江田先生の姿があった。


挿絵(By みてみん)


「え、あ……おい、水野まさか」


 俺と綾城が遅れて到着したことに気が付いたのだろう。ちらりと俺の方を見つめ、水野がこくりと頷く。その顔は自身に満ち満ちている。“私の雄姿をとくと見よ”とでも言いたげに。


「教員小川をここから突き落として殺害しようとしたのは、海江田、お前だな」

「せめて“教員”をつけて差し上げろ」

「何を言い出すのかと思ったら。あのね、先ほど警察から連絡があったわ。小川先生はまだ目覚められないようだけど、遺書の類もなければ、争った形跡もない。これは事故だろうって」


 水野はモデルのようにかっこつけた立ち姿のまま、人差し指を海江田先生に突きつけている。

 その堂々としたふるまいはまるで、昔の推理小説に出てくる探偵のようだ。

 だが、これは推理小説ではない。海江田先生は“私がやりました”とも“証拠はあるの?”とも言わない。

 ――“こいつは何を言い出すのか”とでも言いたげなあきれ顔をしている。


「教員小川、彼は推察するに身長百七十センチほど、体重は九十前後か。筋肉量は低く……まあつまり“デブ”だな。事件発生当時はほぼ無風状態だった――」


 早く帰ってくれないかな、とでも言いたげにため息をついている海江田先生の表情に気が付いていないのだろうか。水野はお構いなしに言葉を続ける。

 先生に突きつけた指先を今度は指揮者のような所作でくるりくるりと回している。……駄目だ、完全に自分の世界に入ってやがる。


「何が言いたいの」

「ああ、凡人は覚えていないか。……発見当時の教員小川は仰向け、天を仰いだ大の字の格好であっただろう。それはつまり、転落時に“背中から落ちて行った”という事になる」


 あ、一応推理っぽいこと考えていたんだ。


「ちなみに、後頭部と肩に裂傷が見受けられた。間違いないだろう」


 そういえば、と朝の事を思い出す。なるほど、水野が鼻歌交じりに眺めていたのはこの傷口だったということ……。


 いや思い出すと逆に気持ち悪いなこいつ。え、傷口とか鼻歌交じりに見てたの?


「……で?」

「無風状態、加えてデブな小川はおそらく風に煽られて体制が変わったりしていないはず。とすれば、小川は地上に背を向けて落ちていった、と考えられる」

「そんなデブデブ言ってやるなよ」

「だが、そうなると少々気になる。普通は自殺を図り飛び降りようとしたのならば前を向いて飛び降りるもの。試しに飛び降りてみたらわかると思うが、人間は背中から倒れる方がよほど怖いものなのだよ」


 水野は“やってみろ”と俺に合図を送ってくる。……いやまて、やるわけないだろう。想像すらしたくない。俺は無言で首を横に振った。絶対誰も助けてくれないし……何なら水野は嬉々として俺の致命傷とか観察し始めそうだし。


「まあ、つまり自殺は考えにくい、ということだ。……事故だとすると、小川は何らかの用事で屋上に行き、何らかの理由で手すりを乗り越え、足を滑らせたかバランスを崩して背中から落ちたこととなる」

「うん……何もおかしいところはないような」


 海江田先生はただ静かに水野を見つめ続けていた。時折、水野の大げさな所作が癇に障るのだろうか、眉がピクリと動く。

 ――何というか、先ほど職員室で綾城に対して見せていた優しく、穏やかな表情の海江田先生とはまるで別人のようだと思った。

 水野の振る舞いが苛立ちを誘っているのか、俺が考え過ぎなのか、あるいは綾城が本心を引き出す天才なのか……。まあ、今はどうでもいいことだな。


「足を滑らせてみたらわかると思うが、人間は危機を感じた瞬間は存外冷静に判断ができる。どうすれば命を守れるか、と。……真琴、お前だったらどうする」


 不機嫌そうな海江田先生をよそに、水野はなおも言葉を続けている。

 ふいに話を振られる。想像もしたくない事だが……このままだんまりを決めてしまえば“試しに私が突き飛ばしてみせよう”とか言いかねないと俺は瞬時に判断した。


「……まあ、どこかとっかかりでも掴むんじゃねえか? 怪我したくないし。足を滑らせてみようとは思わないから想像だけで賄うけどさ」


 どうやら水野的には及第点の回答だったようだ。

 ふっと鼻で笑うと、水野は海江田先生に向き直る。


「仮に手すりをつかもうとしたとしよう。だが、結果として落ちているのだから掴み損ねた、となる。そうなると手すりのどこかに掴もうとした手の痕跡の一つでも残っていようものだが……そういった痕跡はなかった」


 水野が手すりに背中を預け、腕を組む。恐らく警察が調べた後であろうが……どうも水野は俺達と別れて行動をしていた時間にこの屋上に来ていたようだ。

 一人でこの屋上をくまなく調べた、とでもいうつもりか……?

 水野は息継ぎでもするかのように一呼吸を置くと、まだ言葉を続けた。


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