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久々にヒルダが登場です。
彼女の本心が伝わればいいな、と思います。
「妃殿下、失礼いたします」
そう言って入って来たのは専属女医のヘレン。あの出来事の後から頻繁に私の部屋へ来て診断してくれている。まだ彼女の了承を得ていないため、私はベットの上で会釈する。
「お加減はいかがですか?」
診断書を手にしたヘレンはサラサラとペンを動かしながらそう聞いた。
「随分と楽になっています」
「混乱する……といったことはございますか?」
「ええと…。特にありません」
その他いくつかの質問をしたあとにヘレンはペンを片手に、にこりと笑う。上品さが滲み出るその笑みはヘレンにぴったりだ。
「毒による諸症状は見受けられませんね。……ご快復、心よりお喜び申し上げます」
そう言って一礼するヘレンだが、お礼を言わなくてはならないのは私の方だ。駆けつけてくれたヘレンが迅速な処置を施してくれたと聞いている。
「…そんな、貴女のおかげです。 こちらこそお世話になりました」
「勿体無いお言葉ですわ、妃殿下。 第二公子殿下のご指示があってこそですもの」
ヘレンの言うジークハルト様の指示、とは何だろうか。私はそのまま表情に出してしまっていたのかヘレンは苦笑した。
「妃殿下はがお倒れになったとき……、一番に私を呼んで下さったのは殿下なのです。 あんな風に取り乱す殿下は初めて見ましたわ」
私は言葉も忘れるぐらいに驚いた。
取り乱す?…あの、ジークハルト様が?取り乱すジークハルト様をあまり上手く想像できない。
「……妃殿下を大切に想われていることが、殿下からひしひしと伝わってきましたの」
水を飲むことで内心の揺らぎを誤魔化そうとしたが、ヘレンの一言で噴き出しそうになる。
「あら、どういたしましたか?」
あくまでも不思議そうに首を傾げるヘレンの頬はわずかに緩んでいた。確信犯だと察するのは容易すぎる。
「ヘレン。あのね、冗談もあまりよくないと思うの……」
「まぁ…。戯言ではありませんわ。私から見た客観的な真実でございますよ?」
患者様のことを観察しなくてはなりませんもの、とヘレンは笑いながら言う。なんと返せばよいのかわからずに黙りこんでいれば、ひとりの侍女が入ってくる。
「妃殿下、その…。ヒルダ王女殿下が……」
さっとヘレンが気色ばみ、叱責するように侍女にぴしゃりと言い放つ。
「隣国の王女殿下であろうと、通してはなりませんよ。あなたもわかっていますでしょう?」
「ですが……」
「殿下直々のお言葉をいただいております。ヒルダ王女殿下だけはいけませんわ」
一歩も引かないヘレンに侍女は萎縮してしまった。しかしヘレンの方に軍配が上がったと思ったのは、一瞬だった。
「……っ!お止めくださいませ!」
「いけません!妃殿下はまだご容態が…」
「通して頂戴!!私はリーファに大切な話があるの!リーファにしか伝えられないのよ!!」
扉の外がざわめいたかと思うと、勢いよく開かれる。と同時に複数の侍女と渦中のヒルダがなだれ込んできた。
「……やっと会えたわ、リーファ。御機嫌よう」
「ヒルダ」
「ごめんなさい、リーファ」
話がないなら帰って、と言おうとした。これ以上かき乱さないで、と。しかし気が付けば謝罪の意味を問う言葉を選んでいた。
「どういうことなの」
微妙な声色を読み取ったヒルダは敏感だった。
「いくらリーファを危険に晒さないためとはいえ、私が悪かったの。本当にごめんなさい…」
「…話がよくわからないのだけど」
え?と困惑するヒルダに私は言葉を重ねる。
「私、ここ数日はずっとベッドの上だったから上手く把握できていなくて」
「あー・・・。とても、とても長い話になるけど付き合ってね」
なぜだか、ヒルダは苦しげに息を吐いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『ヒルダ。リルフィリアを憶えているか?』
『…ええ、お父様。忘れるわけがないですもの』
『そうか……』
ヒルダがそう聞かれたのは、私がディナトル公国に嫁いでしばらくの頃だったらしい。なぜそんなことを、今になって問われるのか、始めは意味がわからなかったという。
「お父様は基本的に興味のない人には無関心だから、そんなことを私に聞くなんて珍しい、って思ったわ。身内もそう思ってしまうのだから、周りの人はもっと驚いたはずよ」
あの叔父は、表情に変化が少ない。きっと側にいる人にしか素を見せない……見せられないのだと思う。
「ねぇ、リーファ。私が公国へ来た理由、覚えてるかしら?」
「……私と、立場を入れ替えるためだって言ってたわ」
ヒルダに対して無意識のうちに剣呑な言い方になる。だがヒルダは気分を害されたようでもなく、すんなりと言葉を受け止めた。
「……便宜上はそうね」
ここまで言われて、わからないほど馬鹿ではない。
リンドベルク王国でどんな動きがあったのかは知らない。しかし、王女であるヒルダがディナトル公国へ送り込まれたのは何か理由があるのだろう。
「ここからはお父様の受け売りよ。……3年前、ディナトル公国から不法な亡命があったの。3年前といえば公国で何があったか、知っている?」
「…反乱、よね?」
「ええ、そう。最悪なことに、その首謀者…シルヴァ分家の当主がリンドベルクに亡命していたの」
元シルヴァ分家当主のマシューは商人になりすまし、検問を掻い潜ったという。偽装された身分証明書を使い、後の調査で判明したというのだから、元よりそうするつもりだったのだろう。
「隣国の元筆頭貴族の一員だった、ということが判明したのはごく最近のことよ。でもね、彼が王国内で何もしなかったなら………私はここにはいないわ」
「! …何かあったのね」
ヒルダは渋い顔で私の言葉を肯定した。
「……リーファが嫁いだ後、彼は王宮に乗り込んできたわ」
言葉が出てこない、というのが率直な感想だ。マシューは王宮に入る際、許可証が必要なのを知っているはず。愚かとしか言いようがない。
「何を要求してきたの?」
「ディナトル公国へ向う一行へ自分も同行させろ、と。多分、リーファの馬車をどこかで見ていたのね。……まったく、呆れてものも言えないわ」
ヒルダの言い分は最もだろう。そして正しい。
「私ね、以前ジークハルト殿下に進言したの。リーファが倒れたときかしら…。『シルヴァの闇は晴れましたか?』って言ったのよ。まぁ、リーファを守ってくれなかった皮肉も込めてだけど」
放っておけば罵詈雑言を吐きそうな勢いでヒルダは言い放つ。「あの男……」とおよそ王女ではない言葉が飛び出し、私は待ったをかけた。すると、ヒルダはいじけたように頬をふくらます。
「……なによ、変に屈辱だわ。昔は私がリーファの一番だったのに」
「え?」
「…気にしないの!あのね、きっとジークハルト殿下たちは気が付いてるわ。さらにリーファが狙われた時点で主犯は元シルヴァ分家と断定したと思うの。…セドリック殿下の婚約者様を使って、私に探りを入れてきたから」
あの方とっても強かだわ、とイレーヌ様を褒めそやすヒルダの瞳は輝いている。だがそれもすぐに鳴りを潜めた。
「私、リーファにちゃんと謝らないといけないわ。『怪しまれないように演技しろ』って言われて……。酷いことを」
しゅん、と項垂れたヒルダは申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「私は、リーファの宝珠で立場を入れ替えようなんて考えてない。宝珠はリーファの心からの願いしか叶えないのでしょう?……私の願いは、リーファが幸せになることなの」
笑みを浮かべたヒルダは幼い頃となにも変わらない。
幸せを願ってくれるヒルダに、私も勢いで酷いことを言ってしまった。
「……私も、よ。何も知らずにヒルダにあんなこと言ってしまって…」
ごめんなさい、と深く頭を下げる。ヒルダは慌てて頭を振り、「私のことはいいの!」と脱力した。
「……あーあ。変わらないわね、リーファ」
「……ヒルダ、あなたもね」
失っていた10年が、一気に戻ってきたような不思議な気分だ。
幼い頃はイタズラをして両親に怒られ、互いに庇いあって両親たちには笑われたこと。
城の中を探検して、迷子になったこと。
母の大きなクローゼットで、ドレスに埋もれて遊んだこと。
他愛もない思い出を語り合い、ヒルダとの距離はなくなっていく。
「ね、リーファ。聞いてもいい?」
「今度は何?」
「……ジークハルト殿下のこと、どう思ってるの?」
後半は前回ジークたちが話していた内容に近いもの?です。
そろそろラストスパートでしょうか……。




