23
前半はジーク視点、後半からは21話でセディがリーファの部屋を出た後となります。
時系列バラバラですみません…!
「……殿下」
ヘレンの声に俺ははっとして顔を上げる。縋るような視線に彼女はわずかに微笑み、言葉を述べた。
「妃殿下はご無事でございます」
待っていた言葉にようやく安堵の息を付く。ずっと握りしめていた両手から力が抜けた。
「よろしければ枕元へいかがですか?お目覚めにはなっておりませんが、殿下がお側にいらっしゃれば妃殿下も……」
俺は迷わず頷く。そして寝室に入ると天蓋の中でリーファは眠っていた。
「リーファ……」
天蓋を開け、その顔色を見てまた安堵の息をついた。思っていたよりも顔色は良さそうだ。そっとリーファの頬に触れると確かな温かさが伝わってくる。…ただそれが、とても嬉しい。
「妃殿下は、長くて3日は目を覚まされないでしょう。……そんなお顔をなさらなくても大丈夫ですよ」
3日。
それは想いを伝えようと決めた俺からすればとてつもなく長い時間だ。
「……側にいても問題はない、か?」
「もちろんですわ。ですが大声でお話なさるのは控えて下さいませ。それに、妃殿下は多少なりとも精神的にも肉体的にもショックを受けておられるはずです。お目覚めになられたら、普段はさらない行動をとられることも考えられますわ」
「…本当に、いいのか」
「私に問うことではございませんよ。……今はご自分のお心のままに振る舞われてはいかがですか?」
何もかもお見通し、と言った体のヘレンはくすくすと笑った。幼い頃も知っているヘレンのことだ、常になく慌てた俺の姿に何かを感じたのかもしれない。
結論からいうとヘレンの見立て通り、リーファは3日以内で目を覚ました。
しかしずっと眠っていたわけではなく、時折苦しげ表情を歪めていた。俺はその度に持ち込んだ執務を放り投げ、枕元に張り付いた。リーファの手を握り「大丈夫だ」と何度も声を掛け続ける。閉じられた瞳からわずかな涙がこぼれ、何度も、何度もそれを拭う。
なぜ泣いているんだ、とその理由が知りたい。そこまでリーファを悲しませるもの全てを、俺が汲み取ってやりたい。
強く、そう思った。
「……殿下?」
ずっと聞きたかった声が小さく空間を震わせる。それは同時に俺の心も甘くさせた。リーファの手を握ったまま微睡んでいたらしい俺はその声で覚醒する。
「起きたのか」
いきなり身体を起こすと、リーファは避けるように顔を逸らす。その反動で繋いでいたはずの手は、いとも簡単に離れていった。喪失感ともいえる感覚は舞い上がる心中を急速に、冷やしていく。
「……そこまでして避ける必要はないだろう」
言ってはいけないことだと、理解する前に言葉が飛び出していた。
「私は…」
本当はリーファが無事でよかったと言いたい。思いっきり、抱きしめたいのに。
……なのに。
「…いえ、…どれぐらいの日数が経っているのですか?」
戸惑うリーファは無理やり話題を切り替えた。上手くいかないのは俺のせいだと分かっているけれど、もどかしくて堪らない。
「2日。今はリーファが倒れてから3日目の朝だ」
「3日……」
その呆然と言葉を受け止め、リーファそう呟いた。考え込むような表情でもあったが、それが何たるかは容易くわかってしまう。
「リーファ付きの侍女が一人姿を消した」
明らかに変わった表情は確信を与えさせるには十分だ。それが彼女の最も側にいた人物ならば、尚更に。
「……誰です?」
「その表情から察するに、わかっているだろう?」
「そういえばアリサを見かけませんね」
「その侍女が今回の騒動の犯人だ」
「……聞こえが悪いですよ。私は無事ですから良いではありませんか」
短い言葉の応酬の後にリーファは取り繕うのを止めた。ベットのシーツに視線を落とし、言葉をため息のように紡ぐ。
「本当にアリサは悪くありません。……だから責めないで下さい」
侍女が裏切ったというのに、なぜそんなにも擁護するのか。それはきっと侍女に対する揺らがぬ信頼と長年の関係性にあるのだろう。侍女と2人でいる時のリーファはいつも気兼ねなく笑っていた。
「あなたは甘すぎる。侍女が主の命を狙った、この事実を客観的に見れば分かるだろう?」
だが、やはり口から出て来るのは辛辣な言葉ばかり。責めるような口調になってしまう。
「…他の者に示しがつかないとでも言いたいのですね」
「それもあるが…。侍女たちの中にも少なからず動揺は広まりつつある。彼らはきっと主のあなたに説明を求めて押し寄せてくるだろう」
守りたいからだ、と素直には言えない。こんなタイミングで言ったとしても鼻白むか混乱させるだけだ。
「……話したくなければそれでいい。俺だって最大限の抑制はするから」
そう言い残すと逃げるように部屋を出た。
言いかけた言葉を、呑み込んで。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…申し訳ありません、お待たせしました」
大きな広間とは似ても似つかない、小さな応接間。そこには義姉上と兄上が揃っている。ここは俺の執務室の隣にあるこじんまりとした空間だ。
「面倒な書面仕事を任せっきりなんだから、多少は構わないよ」
「……自覚はあったのね」
「ジークと僕で分担する、って公務を始めた頃に決めたんだし」
2人の言い合いももう慣れたものだ。気にせずに本題へ移る。
「兄上、結果はいかがですか?…大方の予想はできてますが」
「……全然、よくないね」
「まさか…叔父様が生き延びていたなんて」
そう。
今回の毒殺未遂、これは周到に計画され実行されたものだった。しかも、その主犯はまたしても元シルヴァ分家当主であったマシューとされる。彼は3年前に死んでなどいなかったのだ。どこでどのように監視の目をかいくぐったのか、国外逃亡という最悪の結果になっている。一つひとつの謎を繋げていくと、どうしてもマシューへ辿り着いてしまうのだ。
「仮死状態に自ら工作した……。僕はこれぐらいしか思いつかないけど」
「わたくしも同じですわ。少し調べたのですけれど、そのような薬物が確かに存在するようです。…お値段は少々張りますが」
希少なその薬物は少量でも破格の価値で取引されている。城の一つや三つ、簡単に買えてしまうだろう。もちろん、それは裏の闇ルートを通っている。
「……問題はマシューの "その後" ですね。葬儀こそ行われていませんが、彼の死体は医師が確認したはずです。…まぁ、その医師もマシューの息のかかった者なら話は別ですが」
「妥当な線だと思いますわ」
「……それにリーファ付きの侍女が一人姿を消しています。彼女はアリサ・ローダント。リーファがリンドベルクから連れてきた侍女でした。彼女が直接マシューと接触している可能性が極めて高い」
そしてマシューの潜伏先はリンドベルク王国、といったところか。
「2人は仲が良いように見えたが?」
「…10年来の付き合いになるそうですから。主人と侍女という関係以上の間柄だとしてもおかくしはありません。リーファの側にただ一人10年も仕えていた彼女ですし」
「単純に考えて、ですけど。アリサは大切な何かを奪われたのではないでしょうか…?…慕っているリルフィリア様を切り捨てるほどに」
義姉上の言葉に兄上は微妙に頬をひきつらせる。言葉はキツイが、確かに的を射ている表現には驚いたものだ。
「でも、どうやってそれを話すんだい?今の彼女は少し頼りない気もしたけど」
それは夕暮れ時にリーファと話をしたことを指しているのだろう。本当は全て俺の口から話したかったが、それではいけないだろうと2人は反対した。…理由は教えてくれなかったけれど。
「アリサの行方も判っていないのでしょう?ならば、隠すわけではありませんけどリルフィリア様にはまだ……」
珍しく義姉上がためらったそのとき、隣の執務室からヒューの焦る大きな声が聞こえた。
いきなりで驚かれたかもしれませんが、分家当主の名前はマシューです。作者の不手際です…!




