18
吸血鬼。
それは古いものになれば、世界最強の生物、龍と並ぶとも言われる上位生物。
吸血鬼はその力によって貴族の称号がついており、子爵、男爵、伯爵、公爵の順に力が強くなる。
特に伯爵以上の吸血鬼は龍と並ぶものもおり、人間には扱えぬ特殊な魔法が扱える他、体を霧にする、特殊な属性以外の攻撃では滅されない等、様々な特殊能力を持つ。
そんな強力な力を持つ吸血鬼が
「レンヤ、これは何じゃ?
何やら美味そうな匂いがするのう………取っても良いのか?」
「金を払えばな」
「うむ、頼んだ」
「……………」
現在、俺をお供にして街を外遊していた。
おまけに露店に売ってある焼きサドロバード(焼き鳥みたいなもの)を勝手に取った挙げ句、当然のように俺に支払いを要求してきやがった。
流石に黙っておけなかったので「…………おい」と言うと、吸血鬼、レフはニヤッと笑い
「ケチケチするでない、この間大金が入ったであろう?
それにーー」
レフはもう一本、串を取ると当たり前のように食べた。
「あの宝石がないと余は帰れぬしの。
まあ、前金は払ったし、よろしく頼むぞ」
「ほとんど没収されたんだが!」
「それは余の知ったことではない。それに売り払ったのはお主じゃし、余の世話役にも任命されたじゃろう?お、アレはなんじゃ?」
そのことを出されると何も言えない俺は無言で非難を示すが、レフは意に介さずまた興味深そうに辺りを見回し始めたのだった。
そんなレフを見て、俺はレフに聞こえないように小さくため息を吐いたのだった。
ーーーーー前日ーーーーー
俺はあの後、アルティア達にボコボコにされた挙げ句、ギルドや領主代理ーー今はあのバカ息子になってる(最近は任せられるぐらいには改心したので、ということらしい)ーーを交えて話し合いをすることになった。
吸血鬼ほどの種族となると、人間に及ぼす影響が大きすぎるのですぐに「では今日から一緒に暮らしましょう」というわけにはいかない。
かと言って、力ずくで追い出すのも不可能だ。
幸い、レフが人間に対して友好的だったので、教会に退治を依頼するのではなく、話し合いという形になったのだが、俺はあのバカ息子に開口一番
「君はバカだねぇ」とこの上なく屈辱的なことを言われ、殴りかかったりとハプニングはあったが、話し合いは良好に進み、とりあえずレフに関しては被害が出なければ静観、ということに落ち着いた。
下手すると俺ともども、教会に通報されて処分されるところだったらしい、その話を後にアルティアから聞いたときは流石に肝が冷えたが、とりあえず良かった、良かった、で終わるはずだった。
そう……………最後の最後にあのバカ息子がレフの世話係に俺を任命してなければ。
レフの話によると、あの宝石の膨大な魔力により、遠いこいつの家からここまで来れたとのことなので、俺があの宝石を売り払った今、こいつに帰る手段はないらしい、するとその話を聞いた全員がレフの世話係に俺を指名しやがったのだ。
俺は当然反論するが「責任を取れ」とか訳の分からないことを言われ、そのままなし崩し的にこいつの世話をすることになってしまった。
そのまま、吸血鬼らしく夜は元気一杯なレフに付き合った翌日、寝不足でフラフラな俺は、おかしいことに昼でも元気一杯なレフに付き合って街へ散策に出ていた。
レフはあまり見ない人間の街が珍しいのか、あちこち休む暇もなく歩き回り、宝石のことを持ち出して俺に奢らせ、あれこれと要求してくる。
これでは世話係というか、下僕になった気分だ。
世の中にはレフぐらい幼気な子の下僕になることを喜ぶ人もいるかもしれないが、俺はそうじゃない、何より吸血鬼で体力のあるレフに付き合って歩いていると、平均以下の体力の俺にはハードである。
それに…………俺はちらっと後ろのアルティア達を見る。
アルティアはまだ納得してないのか、不機嫌そうに腕組みをし、レイアは何かあればすぐ動けるように臨戦態勢、ミリィはいつも通り眠そうな表情を隠しもせずふらふらと歩き、クレアは道にある売り物をキョロキョロと落ち着きなく見ている。
ミリィとクレアはともかく、後ろの二人からの明らかな不機嫌オーラがビシバシ感じられて胃が痛くなりそうだ。
嫌なら付いてこなければ良いのに、とは思うが、実際レフが暴走したときに止められるのはこの二人ぐらいだから、万一のために付いてきているのだと思うと言えるわけもない。
というか、そもそも何で俺が呼び出したみたいになってんだ、レフがこっちに来たのは俺が殺されそうになったからであり、俺がどうこうしたわけではないのに…………そうだ、それで思い出したが俺、あの…………名前なんだっけ?
…………男の神官に殺されそうになってたんだったな、レフの登場とその後のゴタゴタですっかり忘れてた。
おまけにあいつ、クレアの正体も知ってたしな、まあ…………本人も軽く引くぐらいの信仰度ではあったが。
元々は俺の命を狙ってきたのも、俺がクレアにした数々の…………お茶目が許せなかったから、と言っていたしな。
あの調子じゃまたいつ襲ってきてもおかしくなーー待てよ、もしかして俺はまた新たな面倒事の種を抱え込んだのか…………?
「レンヤ、遅いぞ。
はよう来ぬか」
レフは俺の悩みなど意にも介してない様子で、遅れている俺を少し不機嫌な顔で待っている。
俺は「はいはい」と返事しながら向かうが………ふと気づいたことがあった。
「お前、今更だが日に当たってるが大丈夫か?」
「む?確かに今更じゃのう、昨日から当たっておるであろう?」
言われて思い出せば確かに日中堂々と出てきていた気がする。
「吸血鬼って太陽も弱点じゃなかったか?」
「力の弱い者はな。
余は伯爵であるからの、太陽を浴びただけでは死にはせぬ」
「そ、そうか…………」
俺はそう言われてこの間の戦いを思い出していた。
実はあの時、アルティアの火力と防御に任せて、遺跡の天井を無理矢理破壊しようという作戦も、流水作戦が失敗した時のために立てていたのだが…………やらなくて良かった、危うく重要な文化財を意味もなくぶっ壊すところだった。
そういえば、こいつが襲ってきたのはあの神様に頼まれて、と言っていたな。
その辺の話や、あのクレアの写真のことも聞きたいが…………俺はチラッと後ろにいるアルティア達を見る。
アルティア達がいたら異世界や、あの神様の話はできない。
……………通じるか不安だが、クレアにジェスチャーで、アルティア達を引き離すよう頼んでみるかな。
俺はクレアに見えるよう、手を小さく動かし始める。
クレアは最初、変な動きをする俺に首を傾げていたが、アルティア達を指差し遠くへやるようジェスチャーすると、気づいた顔になり小さく頷いた。
「アルティアさん、ちょっと耳を貸してください」
「え?どうしたの?」
突然のクレアの行動に戸惑いつつもアルティアが耳を貸し、クレアが小声で何かを耳打ちするとアルティアは驚きの表情を浮かべる。
そして俺とレフを交互に見て、あり得ないといった表情をする。
何だろう、何だか分からないがクレアに頼んだことをすごく後悔し始めた。
「アルティア殿、どうしました?」
「……………二人が気になる?」
「え、その、ち、違うんだけど…………」
「あ、レイアさんとミリィちゃんも聞いてください」
クレアが二人にもごにょごにょと耳打ちすると、二人は驚きの表情を浮かべて俺とレフをやはり交互に見る。
どうしよう、ものすごく後悔し始めてきた。
「………というわけなので………」
「は、はい、分かりました」
「…………馬に蹴られない内に離れる」
「アルティアさんも良いですか?」
「え?ええ………」
アルティアはちらちらとこちらを気にしながらもクレアに押されるがまま歩き出した。
何を言ったのか、今すぐクレアに問いただしたいのをぐっと我慢してると、クレアが俺にだけ見えるようジェスチャーし始めた。
何故か俺とレフを交互に指差し、笑顔で頷きながら口パクで頑張ってください、と言ってアルティア達と一緒に離れていく。
何なんだ、あいつはアルティア達の気を少し逸らしておいてくれ、という俺の意図をどう酌んだんだ。
ともあれアルティア達は離れ、俺とレフ、二人っきりにはなった。
しかしここはまだ人の目があるので移動しないといけないな。
「えーと…………とりあえず人気のないところに行こうか?」
「ふっふっふっ、あの女子達を引き離し、人気のないところへ余を連れて何をする気かのう?」
「バカ野郎、お前みたいなお子様襲って捕まるぐらいなら、もっとグラマーなお姉さん襲って捕まるわ」
俺がレフの冗談を一蹴すると、レフは少し頬を膨らませた。
「何じゃ、ノリが悪いのう」
こいつ、喋り方は古めかしいくせに芸人気質あるんだな、うん、どうでも良い。
俺は油断すると店の物を買おうとするレフを連れて街の一角にある、ベンチが置いてあるだけの寂しい公園へやって来た。
元の世界の公園と違って、滑り台どころか、砂場すらないような公園だが、それ故に人気はなく異世界云々の話をするにはうってつけだ。
レフはベンチに座り、俺は…………並んで座ると、万一人が通りかかったときに要らぬ誤解をされそうだったので、立ったまま話すことにした。
レフの方へ視線を合わせ、早速話を始めることにする。
まず何から話すか…………
「とりあえず…………お前はどこまで知ってるんだ?」
「どこまで、とは?」
「俺たちが異世界人で、あの神様に無理矢理この世界に連れてこられた、クレアは神龍だが能力を封印されてる………ってことは知ってるんだろ?」
「うむ、その辺りの話はレンテ様より聞いておるな」
「他に何か知っていることはないのか?
ちなみに一番聞きたいのは残りの封印の在処だ」
もちろん、当てもなく探し回らずに済むから、というのが理由である。
「お主は正直じゃのう。
悪いが余は、他の物についての場所は知らぬ」
レフの言葉を聞いて分かってはいたが落胆する。
あの神様がそんな楽なルートを用意してくれているとは思ってなかったが、やっぱり手がかりはないのか…………。
「が、手がかりが全くない、というわけでもないぞ」
「え?」
「お主に渡した物を見てみよ」
レフに言われた通り、クレアの涙目写真を見てみるも、何もメッセージらしきものはないが……………うん?裏に何か書いてあるな。
そこには日本語でこう書いてあった。
『よくぞ試練を一つ乗り越え、この写真を手にした。
これはこっそり過去を司る神に頼んで取ったものだ、よく取れてるだろう?』
……………」
過去を司るとか言う、ゲームによってはラスボスに出てきそうな神様に何頼んでるんだあの人。
いや、神様同士ならこれが普通なのか?
どちらにせよ、そんな大層な神様を使ってわざわざ過去の自分の苦い思い出を写真にされたクレアが哀れすぎる、今度何か奢ってやろう。
クレアに同情しつつ、先を読み進める。
『さて、ノーヒントじゃ時間がかかりすぎて私も面白くないので次の手がかりのヒントをやろう。
自然と共にある者たちの聖域へ向かえ。
幾多の試練乗り越えし時、汝らの望むものは手に入るであろう』
……………え?これだけ?」
俺は写真を裏返したり、折ったり透かしたりしてみるも、これ以上のヒントはどこにも書かれてないようだった。
前の時もそうだが、こんな少ないヒントで何を手がかりに探せと言うんだ。
こっちが右も左も分からない転生者ということを忘れてるんじゃないだろうな。
「終わったかの?」
「あ、ああ。
あまり役に立たなそうだけどな」
写真の文字を読む間、黙っていたレフは、俺の言葉を聞くと立ち上がった。
「お主の聞きたいことは以上か?
ならばまた街の散策へ戻ろうではないか」
「ま、待て。
まだ聞きたいことがある」
「なんじゃ?」
「お前は前に俺が面白いから、という理由であの宝石を渡したんだよな?」
「うむ、そうじゃが。
それがどうしたのじゃ?」
「いや、何で俺がお前のお眼鏡にかなったのか、そこが分からなくてな。
俺はどう見ても普通の人間だし、吸血鬼のお前に気に入られるほどの存在じゃないと思うんだよな」
「くく、普通の人間か」
「な、何だよ?」
「いや、お主は気づいておらぬかもしれんが…………」
吸血鬼は何処かを見てニヤッと笑った。
「お主の周りにはトラブルが多いしの、一緒にいると中々飽きぬぞ?」
「…………その言葉に俺はどう返せば良いんだ?」
「褒めておるつもりなのじゃがな」
「俺は平穏無事な生活を送りたいんだよ…………。
あとトラブルを俺が引き起こしてる、みたいな言い方はやめてもらおうか」
俺が睨むも吸血鬼は素知らぬ顔で受け流すだけだった。
「さて、そろそろ行くぞ。
あまり待たせてはお主が疑われるかもしれんしの」
その言葉にそういえばアルティア達を待たせていたことを思い出す、と同時に離れる前の妙な態度も。
クレアが何を言ったのか知らないが、それを聞き出して場合によっては誤解を解き、これをあいつの口へ放り込まねば。
俺はすっかりクレアのお仕置き道具になっているレッドフェイスの実を握りながら、レフと来た道を戻ろうとする、とーーレフが足を踏み出そうとした瞬間、何もないところで躓いたかのようにバランスを崩し、そのまま倒れ込みそうになる。
腕を引っ張って勢いを殺すのは俺には無理だと判断し、咄嗟にレフを体全体で受け止める。
傍目にはちょうどレフを俺が抱きしめているような格好になった。
「お、おい、大丈夫か?」
「ううむ…………今日はちょっと日差しが強いのう…………。
少しフラついてしまった」
「おいおい、太陽は克服したんじゃなかったのか?」
「浴びても死なないだけじゃ、苦手なものは苦手じゃよ。
それより……余を抱きしめる栄誉に与りながら、言うことはそれだけかの?」
レフが抱きしめられている格好のまま上目遣いで俺を見上げながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべてそんなことを言ってきた。
今更ながらその距離の近さに気づき、心臓がドキドキし始めるがフラついている人、いや吸血鬼をここで離すほど俺も外道ではない。
落ち着け、こいつは実年齢はともかく、見た目は完全にアウトだ、だから平常心を保つんだ。
俺は自分にそう言い聞かせ、平常心を保ちつつ何とか冷静に返す。
「ば、バカ野郎、俺はな、グラマーなお姉さんが好みなんだよ、お前みたいなガキとくっついたところでーー」
と、言いかけていた時に俺はふと、話し声がすることに気づいた。
それはベンチの後ろから聞こえてくるが、姿は見えない、俺はよく耳を澄ませてみる。
「(だ、抱きしめましたよ。
しかも何だか二人とも良い雰囲気です)」
「(………ここからじゃよく話が聞こえない)」
「(あ、あの不埒者………!
こんな人目につく場所で堂々と………!)」
「(ね、ねえ、協力しておいて何だけど、こういうのは良くないと思うのだけど………)」
「(アルティア殿らしくない!
あの男は吸血鬼にまで、しかもあんな子供に手を出しているのだぞ!?)」
「(で、でも、吸血鬼だから完全に犯罪ってわけでもないし………そうなると私は止める理由が…………)」
「おい、そこでこそこそ話してる四人、出てこい」
「「「「っっっっっ!!?」」」」
「(ば、バレてますかっ!?)」
「(そ、そんなはずないわよ。
今は姿を消してるし………)」
「声が丸聞こえなんだが?」
「あ…………周囲の音を消す魔法を忘れてた…………」
アルティアのその声の後、観念したのか姿を現す四人。
俺はさりげなくレフと離れ、四人に近づく。
「……………さて、どういうことか聞かせてもらおうか?」
「だ、だって連夜と、その吸血鬼は……………付き合ってるんでしょ?」
………………………は?
俺はアルティアが発した言葉を理解できず、固まってしまった。
「覗き見してたのは謝るわ、ごめんなさい。
でも私、やっぱり種族的に天と地ほどの差がある吸血鬼と人間は合わないと思うの」
「ま、待て待て。
俺が?付き合う?誰と?」
「だからそこの吸血鬼と…………」
「おい、どういうことだ、言え」
「な、何故、私にその忌まわしい物をちらつかせながら言うのですか?」
「お前が原因だろ!」
俺はようやくさっきのこいつらの妙な態度に納得がいった。
恐らくこのアホ神は、俺の話をするからアルティア達を引き離せというジェスチャーを勘違いし、俺がこいつに告白するから引き離せとでも思ったのだろう。
そしてそれをアルティア達に話して、そこからさらにアルティア達が誤解した、と。
覗き見してたのは、女子特有の興味からだろう、一人、殺気を放っていた奴がいたが。
うん…………なるほどな…………このアホ神め!
「聞いてくれ、俺は別にレフに告白しようとか、そんな気は全くない、それはこいつの勝手な思い込みでーー」
「で、でも、さっきはあんなに雰囲気が良かったではないですか?」
「はあ?何を言ってーー」
と、そこで俺はさっきまで自分がどういう格好をしていたかを思い出した。
思わずレフを見ると、奴が悪戯っぽく笑っているのが見えた。
…………こいつ!確信犯か!
昼間から平気な顔をして街中を歩き回ってたのに、さっきいきなりフラつくからどうもおかしいと思ってはいたが、こいつは俺より早くアルティア達に気づいていたんだろう、それで急にあんなことをしたに違いない、アルティア達が勘違いするのはもちろん、知った上でだ。
理由はさっきこいつが言っていた通り恐らくは、その方がこいつにとって面白いからに違いない。
もちろん、そこに俺の苦労などは一切考慮されてないだろう。
「黙り込みましたよ」
「や、やっぱり付き合ってるの?」
「貴様…………!やはり、クレア殿やアルティア殿やミリィにまで危害を及ぼす前に成敗してくれる!」
「…………ロリコン?」
「だあああああ!
良いから落ち着いて俺の話を聞いてくれええええっ!!」
俺は元の世界でのある言葉を思い出していた。
『タダより高いものはない』
その言葉をまさに身を持って実感しながら、俺は隙あらば斬りかかるレイアに怯えながらアルティア達の誤解を解くのだった。
結局、説得は軽く夜までかかったのだった…………。
ーーーーーENDーーーーー




