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くじ引き転生  作者: ブラックシュミット
25/32

15 裏

ヴァルトが向かったのは森の中にポツンとある小屋だった。

周りに朽ちた農具がちらほら転がっていることから、かつて農具を保管していた小屋なのだろうと推測する。

恐らく近くの街の人が前に使っていたのだろう。

ヴァルトは小屋の扉の前まで行き、トトン、トトンと独特なノックをする。

それが合図だったようで、ノックの後に「ヴァルト?無事だったの?」と、聞き覚えのある声がし、ガチャッと扉が開けられる。

声の主は僕を見、一瞬怪訝な顔をして

「あ、あなたは………!

この前の無礼な男!!

それにカノンまで…………!」

と、見る間に目をつり上げていく。

僕は肩をすくめ、カノンは睨まれてビクッと肩を震わせる。

そんなフレーシアをヴァルトは手で押し止めた。

「お前も色々思うところがあるだろうが、今は堪えろ。

任務中だ」

「くっ…………!

分かってますけど………!!」

絶対に分かってなさそうな顔と声でフレーシアは僕とカノン、特にカノンを睨み続けている。

まあ、フレーシアがカノンに抱いている感情からすれば、任務中に遭難して救助されるなんてのは一番嫌だろうしなぁ…………。

とは言っても僕たちも正式な依頼として受けている以上、ここで帰るわけにもいかない。

そう、この睨みにも耐えなければ…………心なしか胃が痛くなってきた気がする………。

僕はキリキリし始めた胃を押さえつつ小屋に入る。

僕より気が弱いカノンなんかは、もう泣きそうな顔になりながら、フレーシアの睨みを受けつつ小屋に入った。

小屋の中は物を引っ掻けるためと思われる釘など以外はがらんとしており、結構な広さがある。

そしてその小屋の中央辺りには、小屋にあったと思われるボロ布の上に寝かされている男の人が二人いた。

その人の腕や足には血が滲んでおり、その顔には苦悶の表情が見える。

僕らは寝ているその人たちを極力起こさないようにしながら、小屋に辛うじて残っていた椅子に座る。

「…………では早速ですが、状況を教えてもらっても良いですか?

調査中に何が起こったのか、そしてあの人間の戦術を使う奴等は何なのか」

「ああ。

と言っても俺たちも実はよく分かっていない。

言えるとすれば、調査中に突然さっきの攻撃を受け、バラバラに逃げた、ということぐらいだ。

それからはこの小屋を集合地点にして俺は一人で動いていたからな」

「そうですか…………。

調査の方は何か手がかりになるようなものはありましたか?」

「調査ではこの近辺では珍しいゴブリンがこの辺りをうろうろしているというのが分かっただけよ。

ゴブリンは知ってるとは思いますけど、数は多いものの知能が低く、仲間同士で連携も取れないぐらい雑魚モンスター。

人間が訓練したゴブリンならともかく、今回は恐らく野生のゴブリン、だから今回の相手ではないわ、そもそもわたくし達がゴブリン程度に苦戦するなんてあるはずがないわ」

フレーシアの方はまだ俺たちに厳しい視線を向けながら言う。

だいぶ個人的な感情も入っているが、ヴァルトやカノンの方を見ても概ね同じような意見らしい。

困ったな………相手の正体が分かればまた違ったんだけど…………

待てよ。

「それってつまり、そいつらを統率できるぐらい、例えば人間ぐらい頭の良いゴブリンとかが出てきたら、可能ってことですよね?」

僕の指摘にヴァルトとフレーシアがハッとした顔をする。

「確かに…………いや、だがゴブリンの突然変異種でもせいぜいトラップを使う程度だったはず。

群れのゴブリン全員を統率するほどの知能を持つゴブリンなど…………」

「あ、あり得ませんわ!

そんなゴブリンが出たなんて、数十年遡ってもそんなことーー」

「でも現にこうしてゴブリンに追い詰められているというすでにあり得ない状況な訳ですよね?

ならばこの際、先入観は捨てて少しでも可能性のある方を疑うべきでは?」

「それは………っ!」

僕の言葉にフレーシアは何か言い返そうとして、結局言葉は出ずにそのまま黙り込んだ。

これらは全て推測でしかないが、さっきも言ったようにすでにあり得ない状況が起きてるならこの推測も決してゼロではないはずだ。

僕もゴブリンが進化して他のゴブリン達を率いる程の知能を得た、というのは正直ないな、とは思ってはいるのだが………何せ、ここはあの神様の管轄する世界。

面白そうだから、とかいう理由で常識では考えられないことをしていてもおかしくない。

あの神様のことを思い出し、何が起こってもおかしくない、と気合いを入れ直した時

『人間達よ!そこにいるのは分かっている!

大人しく出てくるが良い!』

「「「「っ!?」」」」

ヴァルトとフレーシア、それに僕が素早く反応し、戦闘体勢を取る。

その声はパッと聞いただけでは人間と大差なく、確かな知性を感じさせる。

『どうした!?

出てこないのなら部下たちに炎で炙り出させるぞ!』

外から続けてきた脅しに僕とヴァルトは顔を見合わせる。

「…………どうする?」

「………怪我人もいるし、恐らく周りも囲まれてるはず。

脱出は無理ですね」

「そ、それじゃどうするの?」

ウサリィの言葉に僕はしばらく考えて……………

「…………すぐに攻撃して来ないということは、話す気が少しはあるということ………だと思う。

どちらにしろ逃げられませんし、ここは相手の言う通りにしておきましょう」

「…………分かった。

フレーシア、カノン、お前らはいつでも逃げられるように準備しておけ」

「わ、分かりましたわ」

「…………は、はい」

二人が頷くのを見て、僕とヴァルトは警戒しながら外に出る。

外に出ると小屋を中心に、骨を削って作ったと思われる剣や弓を持ったゴブリンが周りを囲んでいた。

そしてその中でも目を引くのが

「おう、出てきたか!

サルよ、あいつらをどう見る?」

「あのう…………だから、私はサルではなく小鬼ゴブリン………」

「…………貴様、サルのくせにワシに口答えするのか?」

「い、いえいえ、滅相ございません!」

などという、漫才をしているゴブリンのくせにサルみたいな顔をしたゴブリンと、足の短い、カバと馬を足して割ったような生物に乗り、骨の刀を腰に下げ、黒いマントを羽織った、周りのゴブリンより見た目が違うゴブリンだった。

どう見てもこいつが敵の親玉だろう。

というかサルという呼称と言い、あの格好…………どこかで見たような………?

そのボスゴブリンは馬上から僕たちを見ると

「うむ、お前に見覚えはないがそっちの忍者は見覚えがある。

確かこの間、我々の包囲を煙幕や奇襲で見事突破した男」

「…………」

ボスゴブリンの言葉に沈黙を返すヴァルト。

何が目的か分からないが、やはりあのゴブリンは何かが違う。

今、普通に喋っているのもそうだし、何か、根本的なところで他のゴブリンとは違うということをひしひしと感じる。

何なんだこの感覚は…………?

「さて、今こんな状況ではあるが、ワシはお前たちと敵対する気はない」

「…………それはどういうことですか?」

「実は先の襲撃はほんの小手調べでな。

それでお前達が優秀だと分かったから、こうやってスカウトに来たのだ」

「…………は?」

今、このゴブリンは何て言った?

「貴様ら、オヤカタサマがわざわざスカウトするなんて滅多にないことだ!

ありがたく思えよ!」

「いやいや、そもそもそいつ知らないし」

「ぶ、無礼者!そいつとは何事か!」

僕の言葉にサルゴブリンが顔を真っ赤にして怒り出した。

一方ボスゴブリンは気にした様子もなく「よいよい」とサルゴブリンを宥める。

「そやつらはまだワシの部下ではない。

それに名乗ってなかったのもこちらが無礼だった」

そう言ってバサッとマントを翻し名乗りをあげた。

「我が名は織田信長!

第二の覇道を歩みし者なり!」

「………………………」

僕はその名を数度頭の中で反復し

「はあ!?

お、織田信長!?」

と、中にいたウサリィ達が慌てて出てくるほどすっとんきょうな声をあげた。

「おお、この世界にもワシのことを知っているものがいるとは!」

「いや、僕は違うんですが………ほ、本当に織田信長………さん?」

「うむ、かつて天下に最も近づき、そして最後は光秀の裏切りで死んだ………ことになっているあの信長じゃ」

と、目の前のゴブリンが語るが、にわかには信じがたい。

しかしここで、嘘をついて織田信長を語ることにあまり意味はない。

ヴァルト達の様子を見ても「誰?」という感じなので、嘘をついたところで僕やあの人みたいに異世界から来た人間でないとそもそも知らないだろう。

ということは…………本当にあの織田信長なのか。

「ね、ねえクロミネ、そのゴブリンと知り合いなの?」

「いや、このゴブリンというか…………あの、すみません。

そもそも何でこっちに?

それとその姿は………?」

「うむ、お主は事情が分かりそうだから話すとしよう。

あれは光秀に奇襲され、燃えゆく本能寺での出来事じゃった…………。

薄れゆく意識の中、最後を覚悟したワシは自決しようとしたのじゃがその時、頭にこんな声が響いた。

『お前は人間にしては面白い奴だ。

どうだ?私の世界に来て二度目の人生を歩む気はないか?』と」

信長さんのその話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、炎のように真っ赤な髪をした女神。

「ワシはどうせ死ぬならとその誘いを受け、次の瞬間、周りに何もない真っ白い空間に放り出されてのう。

そこには赤い長い髪の、外国の鎧に身を包んだ女がいて、『お前はこれから違う世界で生きていく。

姿も変えるが、どの種族になるかは運だから、どの姿になっても私を恨むな、自分を恨め。

それとその世界に関する一通りの知識は授ける、あとはお前次第だ、せいぜい私を楽しませてくれよ』と言っていきなりこの世界に放り出されてな」

「何やってんのあの神様は!?」

そしてその説明を聞いて確信した。

確かにこのゴブリンは本物の織田信長であると、あの神様ならそのぐらいのことは平気でやりそうだし、というのもあるが、何よりクレアが管理する前はあの神様が管理していたのだ、そう考えると疑う理由がない。

「おい…………何を言ってるのか分からないんだが………」

「クロミネってあのゴブリンと知り合いなの?」

「いや…………知り合いというか…………」

「相変わらずオヤカタサマの話は訳が分かりませぬなぁ」

「うむ、お前たちに最早理解は求めておらんから安心せい」

「へへー。

どうも小難しい話は苦手でして」

サルゴブリンの言葉に周りのゴブリンが同調するようにうんうん、と頷く。

「と、とにかくあなたが織田信長で、こちらに来た理由は分かりました。

でも何でこんなところで、しかも人間をスカウトしているのですか?」

「うむ、それはだな、ワシは今、第二の覇道を歩んでおるのだ。

つまりこの世界でも天下を取るために戦っているというわけだ。

今はこの山のコボルトの奴等と戦っておってな、奴等はこいつらよりは頭も良く、数もワシ等と同等、それなりに苦戦しそうなのだ。

そういうわけで優秀な人材は種族問わず欲しい、というわけだ」

「そ、そうは言われても………。

流石に人間にまで危害を及ぼすなら看過できないと言いますか………」

「安心せい、あくまでモンスターの中での天下を目指しておるからのう。

ワシ等が人間を襲ったら作品的にもアウ」

「その心遣いは嬉しいですがそれ以上はいけません!」

慌てて信長さんを止めると、信長さんは「そうか?」と怪訝な顔をしつつも言葉を止めてくれた。

流石、戦国の風雲児、無自覚にメタ発言もお手のものか………!

「さて、これでワシ等の事情は分かったであろう。

あとはお前達の返事次第じゃ」

「返事次第じゃ、と言われても……………」

「なお、断った場合は敵として見なす。

ワシが敵に容赦をしないのは知っておるだろう…………?」

その瞬間、あれほど陽気に喋っていた信長さんから凄まじい殺気が放たれる。

話についていけず、呆然と聞いていただけだったヴァルトやカノン達もその殺気に思わず後ずさる。

もちろん、織田信長の敵に対する容赦のなさは知っている。

そしてこの圧倒的不利な状況だ、下手するとここで僕たちは全滅してしまうかもしれない。

どうする…………?

クレアを探す以上、信長さんの天下取りにはもちろん付き合えない。

かと言って、ここで提案を断れば怪我人がいる以上、逃げ切るのは難しい。

ここは提案に一度乗って、それから逃げる算段をした方が良いか…………?

そう考えていた時

「お、おいどうしたフレーシーーま、待て!?

おい、逃げろ!」

「へっ?」

いきなりヴァルトの焦った声が聞こえたかと思うと、ヒュッと風を切りながら何かが僕の首を目掛けて飛んできた。

「って危なあああああ!?」

その飛んできた何かを咄嗟に掴み取ると、それは投げやすいように改造されたナイフ、いわゆる投げナイフというやつだった。

しかもそれだけでは終わらない、掴んでいるものと同じものがさらに続けて飛んでくるのを目に捉える。

「………ちょ!?」

手で掴むのは間に合わないと判断し、剣を抜き飛んできたナイフを全て弾く。

「ふう………何なんだいったい!?」

ナイフを弾き返して一息つく、その絶妙なタイミングで、高速で接近した誰かがナイフを持って斬りつけてくる。

剣を抜いていたおかげもあり、僕は辛うじてそのナイフを受け止めた。

攻撃してきたのはゴブリンではなく

「まさか敵と繋がっていたなんて…………!

許せませんわこの人間のクズ!」

盛大に勘違いしたことを口走っているフレーシアだった。

「ちょ、ちょっと待って!?

君は誤解してる!」

「敵とそんなにも親しげに話している人が何を言うんですの!」

「そう言われたら確かにそうとしか見れないけど!

本当にちがっ」

「最早、言葉は不要!ですわ!」

フレーシアはナイフを剣から離し、近くの木を蹴って上へ跳んだ。

それと同時に僕の方へ向けてナイフをさらに放つ。

ナイフを弾こうとすると、ナイフの軌道が突然、剣を避けるように弧を描き、剣の周りをぐるぐると回った。

それと同時に剣の動きが途端に鈍くなった。

「これは………ナイフに糸をつけているのか!」

「ふん、私のナイフをこうも早く見破ったのはあなたが初めてよ。

でももうその剣は使えない、大人しく死になさいな!」

「誤解で死にたくないよ!?」

上から投げてくるナイフを、動かしにくい剣を使い、体もたくみに使いながら必死にかわす。

あのマスターが言っていた腕利きというのは本当だったみたいだ、中々の腕を持っている。

というか味方に攻撃されるなんて思ってもなかったから正直ヤバイ!?

「ヴァ、ヴァルト!

フレーシアの誤解を解いて!」

「……………悪いが、俺も敵と訳の分からない話をしているお前を味方と断ずることができない」

「そ、そんな!?」

「よそ見とは余裕ですわね!」

ヴァルトと話している隙を狙って、フレーシアが剣に巻き付けている糸の元のナイフを反対側の木に投げた。

それに引っ張られて、剣を持っていた僕の態勢が大きく崩れる。

そしてその僕へトドメを刺そうとフレーシアがナイフを持って疾走してくる、狙いはもちろん躊躇いなく首を狙っている。

「死んであの世で後悔すると良いですわ!裏切り者!」

「だからそれは誤解だってーーー!?」

僕の叫びも虚しく、フレーシアのナイフが僕の首へと食い込むーー

ガキインッ!!

直前、放たれた一本のナイフがフレーシアのナイフだけに当たり、フレーシアの手から引き離した。

最初はヴァルトが心変わりして助けてくれたのかと思ったが、そのナイフを投げたのは

「カノン…………!

何故邪魔をするんですの!

私は、この裏切り者の首を取ろうと………!!」

「ご、誤解なんですフレーシアさん…………!

クロミネさんは………」

カノンは続きを話そうとしてはっと口をつぐんだ。

カノンも信長さんが僕の元の世界に関わる人だとは気づいているだろうが、それをフレーシアやヴァルトに説明できない。

カノン達はすぐ信じてくれたが、普通は異世界なんて信じないだろうし…………それ以前にこうなっているフレーシアに話を聞かせるのは一流の交渉人でも難しい気がする。

フレーシアは前に立ち塞がったものの、何も言わないカノンにさらに苛立った声をあげる。

「どきなさいカノン!

邪魔するならあなたもろとも…………!」

フレーシアは懐から丸い玉を取り出した。

どう見てもそれは…………!

「ば、爆弾ーーー!?」

「まとめて吹き飛びなさいーー!!」

フレーシアはその爆弾を思いっきり叩きつけーーボウンッ!!と叩きつけた爆弾から勢い良く煙が飛び出した。

「むっ、煙幕か!」

「お、オヤカタサマ!

皆の者!オヤカタサマを守れ!」

楽しそうに僕らの戦いを見ていた信長さんとサルゴブリンの声が聞こえる中、「きゃっ!?」とカノンの声が聞こえたと思ったら、僕もぐいっと誰かに引っ張られる。

なされるがままに引っ張られていくと、煙がなくなり、僕の腕を掴んでいるフレーシアがいた。

「黙ってついてきなさい」

フレーシアはそれだけ言うと手を離し、身を低くし草木に紛れながら歩き始めた。

僕もフレーシアの後を追うように静かに歩き出す。

『お、オヤカタサマ!

奴等が消えています!

小屋の奴等もです!』

『交渉決裂、というわけか。

全軍、あやつらは最早敵だ!

見つけ次第、討ち取りワシの前に首を持ってこい!』

後ろでそんな物騒なことを叫んでいる信長さんの声を聞きながら、僕たちはその場を後にしたのだった。

ーーーーーーーーーーーーー

しばらく進むと、高い草と木が周りにある場所で、ヴァルト達が待っていた。

「あ、クロミネ!無事だった?」

「何とかね。

カノンも大丈夫?」

「は、はい…………びっくりは………しましたけど………」

二人の無事を確かめた後、僕はフレーシアの方を向き直った。

「フレーシアもありがとう。

でも何で急に助けてくれたの?

さっきまでの攻撃って、本気・・だったでしょ?」

「………………」

フレーシアは厳しい顔で黙り込んでいたが

「ふん!あくまで一時的ですわ!

あなたにはまだ、裏切り者の疑いがかけられているのを忘れないように!」

と、質問の答えになってるような、なってないようなことを言ってそっぽを向いた。

どうもこの子には嫌われているようだ、僕は助けを求めるようにヴァルトの方を見る。

ヴァルトはフレーシアの様子にため息をついてから話し始めた。

「………お前、フレーシアが攻撃している時、一切反撃しようとしなかっただろう?

少なくともフレーシアは殺す気で攻撃していた、敵と通じているならお前ほどの腕の者がただやられ放題になっているはずがないからな、敵と通じている、という可能性はとりあえず保留にしたわけだ」

ヴァルトの言葉を聞いて成る程、と納得する。

ということはフレーシアは、僕と戦いながらそれを見極め、逃げるための算段まで立てた、ということか。

凄いな、並の戦士ではこうはいかない、何より行動を決めてから動くのが早い、そのおかげで完全に仲間割れと思っていた信長さん達を出し抜けたのだから。

「ありがとう、フレーシア」

「なっ………なんですのいきなり?」

「いや、あの場から全員生きて抜けられたのは、フレーシアの機転のおかげだから」

「…………ふ、ふん!

さっきまで殺されかけた相手によく礼が言えますわね!」

フレーシアは皮肉を言うとまたそっぽを向く。

ただ、その顔はお礼を言われて恥ずかしがっているのか、赤く染まっていたが。

「…………礼を言うのはまだ早い。

ここからどうやって、全員で脱出するかを考えなければ」

ヴァルトの言葉に、僕を除く全員が暗い顔をした。

僕らの戦力は、ヴァルト、僕、フレーシアの三人、その内、怪我人は二人、ヴァルトが抱えるにしても、その間、ヴァルトは戦えない。

カノンとウサリィ、フレーシアは抱えられないし、もちろん僕も一人が精々、そうなると戦えるのは一人か二人、ということだ。

もちろん敵の戦力とは比べ物にならない。

「…………誰かが一旦、街まで戻って応援を連れてくるのは?」

「そうなったら最早、相手との軽く戦争になる。

向こうにもこっちにも大きな損害が出るだろうな。

俺はあのノブナガとかいう奴は知らないが…………攻撃されればあいつは全力で反撃するだろう」

ヴァルトは先のやり取りで信長さんの性格を見抜いたようだ。

「相手はモンスターとの戦いしか目にないようだ。

ならば俺たちがわざわざ人間側に被害を出すような真似はしない方が良いだろう」

「そう…………ですよね………」

ヴァルトの冷静な指摘にカノンは、いや、ウサリィやフレーシアも沈んだ顔をする。

今のところ一番現実味があるのが街のギルドに応援を頼むぐらいだろうから、それは仕方ない。

そんな暗い雰囲気の中、僕は一人スッと立ち上がった。

「く、クロミネさん…………?」

「みんな、提案があるんだけど」

ーーーーーーーーーーーーー

「ふう…………街の近くにある割りには深い森だよねほんと」

僕は一人で森の中を歩いていた。

僕の提案はこうだった。

『僕が一人で暴れて敵の目を引き付けるから、その間に皆は街まで逃げて』

真っ先に反対したのはウサリィと意外にもフレーシアだった。

『バカなの!?クロミネ!

一人でなんて無茶すぎるよ!』

『そうですわ!あなたバカなんですの!?』

『そんなにバカバカ言わなくても…………でも、これしかないと思うんだ。

皆で固まって動いていたら行き先を予測されて待ち伏せされる可能性がある。

相手はそのぐらいはやってくる相手だからね。

だから一人で戦える人が敵を引き付けないと街までの強行突破も難しいと思う』

僕の反論に二人は言い返せず、黙り込んだ。

『僕は大丈夫、奥の手があるから。

一人でも何とか戦えるし、何とか突破して帰ってくるよ』

僕はそう言って勢いで押しきり、陽動作戦を開始した。

半ば強引に押しきってしまったがヴァルトやフレーシアはそれでも今自分ができることをしてくれるだろう。

この無謀とも思える陽動作戦を押しきったのは、自分ならできる………ともちろん本気で考えていたわけではなく、そうでもしないと何かを決心した顔のカノンが自分を陽動に使いそうだったからだ。

だからその前に強引に話を通したのだが、ウサリィとかめちゃくちゃ怒ってたなぁ………帰ったら恐らく怒られるだろうけど、それは甘んじて受けようと思う。

「そういえばミラが昔「クロって意外とお人好しよね」とか言ってたな。

あの時は否定したけど…………今の僕を見られたら、否定できないな」

僕は苦笑しながらそう言い、背中にある剣を抜き放った。

『おい、見つけたぞ!』

『こっちだ、全員急げ!』

僕が剣を抜くと同時、そんな声が聞こえ、ガチャガチャという音と共に、一人歩いていた僕はあっという間に敵に取り囲まれてしまった。

「おい、一人か?

他のやつらはどうした?」

「やっぱりオヤカタサマの言う通り、一人で街まで突破して人間の援軍を連れてくるつもりか?」

…………敵である僕の前で、ボスの作戦を話してる辺り、フレーシアが言っていたことは間違いじゃなかったんだなと再確認する。

そして思った通り、敵は僕らの作戦を街までの強行突破だと見ているようだ。

「まあ良い、その作戦もこうしてお前が取り囲まれた以上、終わりだ。

さあ早く投降して大人しく首をーー」

「悪いがまだ死ぬつもりはないんでね」

そうゴブリン達に返した俺の目は赤く、輝いていた。

「なにっ…………!?」

「雷龍の咆哮よ!」

バチイッ!と雷撃が僕を中心に放たれ、囲んでいたゴブリンたちはそれをもろに浴びて倒れ込んだ。

『なんだ今の音は!?』

『向こうだ、急げ!』

近くにいた他の部隊が焦った様子でそう話しているのを聞いて、目論み通りにいったことに少し安堵する。

「さあーーーせいぜい暴れさせてもらうか」

ーーーーーーーーーーーーー

遠くで爆発音や、怒鳴り声が微かに聞こえ全員が何が起きたかを理解する。

「………始まったか」

「クロミネ…………」

「グズグズできませんわ。

さっさと移動しますわよ」

フレーシアの言葉に全員が頷き、全力で駆け出した。

隊列はフレーシアが先頭、その次がヴァルト、ウサリィと続き、最後尾がカノン。

基本的にはフレーシアが敵を片付けて、カノンがそれを援護、ヴァルトは余程の時のみ援護する、という段取りで話をしていた。

「街までどのぐらいですの!?」

「俺たちの足ならこのまま真っ直ぐに駆けられれば、三十分ほどだ」

「それまで敵と会わずにすめば良いのですが…………」

そう言っていたフレーシアが何かに気づいて止まった。

続けて全員が止まり、フレーシアの視線の先を見る。

その先には少し開けた場所があり、そこで木の切り株や、大きい石に座り込んでいる兵士たちが休憩をしていた。

『はー、怠い。

オヤカタサマも人間相手にここまでやることないのにさぁ』

『おいバカ、聞こえるぞ。

やる気がないのは分かるけどよ。

俺たちはコボルトの犬野郎共と戦ってんだしな』

『おまけにあの黒い服の人間、オヤカタサマが発案して今まで無敵を誇っていた連続斉射を、妙な魔法で強引に突破したんだと』

『そういえば、少し前に戦った仏頂面した男も、煙幕や木の上に上って追っ手を撹乱しつつ、ナイフで追っ手を二十人返り討ちにしたらしいぜ』

『うへえ…………そんな危ないやつと戦いたくねえなぁ』

と話しながら、ゴブリンたちは道で拾った木の実などを摘まんでいた。

「………どうするの?」

「もちろん強行突破ですわ!」

フレーシアはそう言い、休憩を取っているゴブリン達に襲いかかった。

「な、なんだ!?奇襲かーーうわああ!?」

フレーシアは油断していたゴブリン達を殺さないよう、瞬く間にナイフの柄で殴ったりして気絶させていく。

その様子を見ていたウサリィが「…………倒さないの?」と聞く。

「トドメを刺さない方が倒れた味方を介抱するために敵の戦力が割かれます。

そうすれば私たちも逃げやすくなるでしょう」

「そうなんだ、意外に考えてるんだね」

「ぶ、無礼者………!

まるで私が考えなしのバカみたいな言い方を………!!」

「………ふ、フレーシアさん落ち着いて…………。

………ウサリィちゃんは悪気があって言ってないですから…………」

「余計たち悪いですわよ!?

…………コホン、まあそれはともかく、今回の戦いは兵士たちにとってはあまり嬉しくないことみたいですわね」

「別の敵と戦争中に、また敵を作ったようなものだからな。

噂も多少誇張されて伝わっているようだ」

「実際には何人倒したの?」

「十八人だ」

「あんまり変わらないじゃん…………」

律儀に訂正するヴァルトに呆れ顔を向けるウサリィ。

「さあ、早く敵が来る前に行きますわよ。

あの男がどれだけ強いと言っても、個人の戦闘力では圧倒的な数の差は埋められないのですから」

フレーシアのその言葉にウサリィはニヤッと笑って

「フレーシアもクロミネが心配なんだ?」

「なっ…………!?

ち、違いますわよ!

あの男がやられると私たちも危なくなるからで…………そのニヤニヤした顔をやめなさいこの羽虫!」

「虫!?虫って言ったねこの!

親にも言われたことないのに!」

喧嘩を始めようとする二人の間にガッ!とナイフが一本突き立った。

「…………喧嘩なら街に戻った後でいくらでもやれ。

今はそんな場合ではないのは分かるだろう?」

冷たい声で二人を抱えながらもナイフを飛ばしてきたヴァルトに、興奮していた二人は一気に冷静になり「「はい………」」と口を揃えて言ったのだった。

カノンはそんな二人を見ながら、微かに聞こえる戦闘音がする方へ顔を向ける。

クロミネの強さは知っている、それでもやっぱりクロミネも人間であることを知っているカノンは祈らずにはいられない。

「クロミネさん……………どうか無事で…………」

ーーーーーーーーーーーーー

『おい!?増援はまだか!?

もう持たねえぞ!』

『矢をありったけ持ってこい!

一斉射で敵を釘付けにするんだ!』

『なんなんだあいつ!?

本当に人間か…………!?』

「酷い言われようだな…………」

俺は戦闘音を聞き付けて集まってくるゴブリン兵達を、カノン達が逃げているであろう道から遠ざかるように誘導しながら戦っていた。

次々来るゴブリン兵達は、数こそ多いものの基本、弓か剣でしか攻撃してこない上に、龍魔法で強化したスピードで森林を駆ける俺についてこれず隊列もバラバラ、ヒット&ウェイでごっそり倒される、ということを繰り返していた。

「氷龍の息吹よ!」

今もまた、弓矢での迎撃をかわしながら近づき、凍てつく風をゴブリン達の中心に叩き込む。

『ぐわあああ!?寒いっ!?』

『ゆ、弓が凍りついたぞ!?』

『くっ…………もうすぐ援軍が来る!

それまで隊列を乱さず包囲を続けろ!』

隊長らしきゴブリンがそう言うのと、何かが猛スピードで近づき、俺へ斬りかかるのはほぼ同時だった。

「ちっ………!」

不意を打たれるも何とか剣を受け止め、斬りかかってきた奴の顔を見る。

それは毛に覆われた体を持つ、二足歩行の狼といった姿をしていた。

「おい!ゴブリンじゃないじゃないか!」

『ははは!バカめ!

我々はすでにウェアウルフ、ハーピーを支配下に置いている!

我々の規模を舐めた貴様の敗けだ!』

俺が思わず叫んだ言葉に、高笑いしながら返すゴブリン隊長。

なるほど、ウェアウルフか。

元の世界での知識を当てはめるなら、俊敏な動きと獣らしい荒々しさで知られるモンスター。

奇襲をかけてきた時のスピードから考えるに、元の世界でのそれと違いはないようだ。

ウェアウルフはさらに数体現れ、俺の周りをゆっくり回りつつ隙を窺う。

知能まであるのか、俺の魔法が届かないギリギリの位置を保っている、これではさっきみたいに咆哮で倒そうとしても、避けられてしまうだろう。

しかしこいつら囲むだけで攻撃してこないな………何のつもりだ?

その疑問はすぐに解かれることとなる。

『よし、ハーピー部隊が来たぞーー!』

ゴブリン隊長の声に顔をあげると、頭上に手が翼で体に毛が生えているものの人間の体をしており、顔が人間の女性のような顔をしている半人半鳥が十数匹現れた。

まさしくそれは、ゲームなどでも見るハーピーだった。

そいつらは素早く引いたウェアウルフと入れ替わるように俺を包囲する。

『よし、囲んだ!

ハーピー隊、一斉射撃てえええ!』

そしてゴブリン隊長の命令により、一斉に翼をはためかせ自らの羽根を飛ばしてきた。

その羽根は、途中にある木を抉りながら俺へと迫ってくる、あの数がマトモに当たれば俺はハリネズミのようになって死ぬだろう、包囲されて放たれている以上逃げ場もない。

ゴブリン隊長も勝利を確信したようにグッと拳を握る。

『よし、仕留めーー』

「風龍の咆哮よ!」

俺はここで初めて出す魔法を使った。

風が俺を中心に放たれ、その勢いは迫っていた羽根を全てあらぬ方向へ吹き飛ばし、包囲していたハーピーやゴブリン達に突き刺さる。

『ぎゃあああ!?

痛い痛い痛い!!』

『だ、誰か抜いてくれ!

痛くて仕方ねえ!』

『ぐわあああ!ツボに刺さったあああ!?

コリが治っていくううう!?』

ゴブリン軍は、そんな感じで悲鳴をあげながら大混乱に陥った。

俺はその隙に包囲を脱出し、混乱するゴブリン達を適当に叩いていく。

完全に叩かないのは、やり過ぎると街まで復讐に来るかもしれないからだ。

俺たちの目的はあくまで街まで逃げ込むこと、そして今の俺の役割は陽動だ、全滅させることじゃない。

そういえば、そろそろカノン達は逃げれただろうか。

フレーシアもヴァルトも、腕利きだからあまり心配はしていないが、相手があの信長だけにカノン達に対しても何か手を打っているのではないかと不安になる。

「ふははは!

中々やるではないか、人間よ!

生きていた頃のワシの配下にも、ここまでの剛の者はおらなんだわ!」

「……………来たか」

俺は油断なく剣を構える。

態勢を立て直したゴブリン軍を率いていたのは、黒いマントを羽織ったゴブリン、そしてその横にはサル顔をしたゴブリンが付き従っている。

「まさか一人でワシの配下をここまで倒すとはのう。

お前のその力、人間の使う魔法とやらとも少し違う…………その力はなんだ?」

「その辺は色々とややこしい事情があってな」

「貴様、オヤカタサマに何て口の聞き方だ!

オヤカタサマ、次は私めに!

あの人間をボコボコのけちょんけちょんに………!!」

「いや、お前は弱いから良い、どうせ勝てぬだろう」

「……………はっ」

勢い良く信長に言っていたサルゴブリンだが、信長に一蹴されて黙り込む。

「で、どうする?

俺としてはこのまま諦めてくれれば嬉しいんだが」

「それはない、と分かっているだろう?

ワシはここまでやりたい放題されて黙っている性分ではない」

そう言うと信長は俺の方へ近づき、腰の剣を抜き放つ。

「お前はワシが相手をしてやろう」

信長がそう言うと周りのゴブリン達がどよめく。

『オヤカタサマが戦うなんて………!』

『皆、できるだけ離れるんだ!

巻き込まれちまうぞ!』

そう言いながら信長から距離を取り始める。

「ふはは、この力を使うときが来るとはな………!

我は第六天魔王、天下を武をもって統べるもの!

顕現せよ、我が力!」

信長が天に向かって剣を突き出しながらそう叫ぶとズガアアアアンッ!!と信長の剣に雷が落ちた。

その眩しさに思わず目を背け、そして目を開けるとそこには…………

『ふははははは!!

どうだ!驚いただろう!

これがワシの力よ!』

全長10メートルを越える、黒いマントを羽織った巨大な骸骨がさっき持っていた骨の剣はどこに行ったのか、鋭く長い、そして骸骨と同じく巨大な日本刀を携えていた。

「な、なんだこれは…………!?」

『あの横暴な神とやらから一つだけお前の望む能力をやると言われてな。

とにかく強い力を、と言ったら、ではお前に合うような力を授けてやろう、と言われたのだ!』

そう返しながら信長は、巨大な剣をブンッ!と軽く一振りした。

それだけで周りの木々がバキバキバキ!と薙ぎ倒され、遠目に俺たちを見学しているゴブリン達の一部が吹き飛ばされた。

『さあ、始めよう!

悪いがこうなったワシは手加減できぬぞ!』

信長の楽しそうな笑い声を聞きながら俺は剣を構え、森の中を走っているであろうカノン達に向けて呟く。

「…………悪い、これは簡単には追いつけそうにない!」

ーーーーーーーーーーーーー

『人間だぁ!?

何故こんなところにぐはぁっ!?』

『早く味方に知らせぎゃふんっ!?』

「どけ!ですわ!」

フレーシアは斥候と思われるゴブリン達を瞬殺しながら駆ける。

その後ろからヴァルトやカノン達が付いてきているのを確認しつつ、フレーシアは敵を見逃さないよう、油断せず先頭を走る。

敵をいち早く見つけることは、後衛の安全を確保するのと敵に先制を取れ、自分達の位置を仲間に知らされるのを防ぐことに繋がるからだ。

今のところは森の木々から敵の位置を聞き出したウサリィから教えてもらったフレーシアが敵を奇襲し、敵が行動を起こす前に倒せており、街まであと半分というところまで来ていた。

「順調ですわ。

このまま行ければ…………」

そうフレーシアが呟いた時、自分達の遥か後方で突然、雷が落ちた。

「きゃあ!?」

「なになにっ!?今、天気悪くないよね!?」

カノンが耳を塞ぎ、ウサリィが狼狽える中、この中で一番の実力者のヴァルトが、いち早く気づく。

「なんだこの気配は………!?」

それは例えるならこの間来た龍と同じ存在、しかも龍より禍々しく、邪悪な気配をひしひしと感じていた。

その直後、ゴウッ!!!と凄まじい暴風が一同を襲う。

全員が足に力を入れ、耐え抜くが…………

「きゃ~~~~!?」

「ウサリィちゃん!?」

小さく、風に乗れるぐらい軽い妖精には、その暴風に抗う術はなく、風に吹き飛ばされ近くにあった木に叩きつけられた。

生命力は人間より高いと言われる妖精は、その程度では死にはしないが流石に勢いのまま木に叩きつけられたせいで気を失ってしまった。

「ウサリィちゃん!大丈夫!?」

「きゅ~」

カノンは心配そうにウサリィを手のひらに乗せるが、目立った怪我はなくただ単に気絶しているだけと分かりホッと一息つく。

しかしこのパーティーの目であり、耳であったウサリィが気絶したということは、これまでのように走りながら完璧なタイミングで奇襲をかける、というのは難しくなったということだ。

ともすれば、奇襲をかけるのも難しくなったかもしれない。

そうなると、敵を避けつつ進まなければならない、それは大きな時間のロスとなる。

敵はゴブリンだが、倒された味方を辿られれば自分達のところまでたどり着かれてしまう、そうなると実質、フレーシアしか戦えないこのパーティーが逃げ切るのは難しいだろう。

フレーシアはウサリィを心配そうに抱えるカノンをチラッと見て…………しかし、何も言わず視線を前に戻した。

「妖精は大丈夫なんでしょう?

なら行きますわよ、今からは極力戦闘を避け、敵に発見された時には全力で駆け抜けますわ」

そう言ってふい、と顔をカノンから逸らす。

もちろん、カノンと協力して敵に当たった方が少しでも有利になるのはフレーシアにも分かっているが、自分から、いや、カノンやヴァルトがお願いしてもカノンと共闘するなんてのは微塵も考えられない。

何故ならそれは、自分一人ではできない、カノンの力が必要だと言っているようなものだからだ。

プライドの高いフレーシアには、そんな屈辱極まることは絶対に容認できないのだった。

そんなフレーシアの心中は、ヴァルトもカノンも察してはいたが、一方は自分が口を出すべきではないと考え黙り、一方は自らが原因であること、遠慮がちで、引っ込みがちな性格が災いし、かつて自分を教えてくれていた先輩に、そんなことを言うことができない。

気絶したウサリィをカノンはヴァルトの服のポケットに入れてもらい、三人は先程よりスピードを落として走り始めた。

すでに敵の警戒網は突破したのか、運が良かったのか敵と会うことなく順調に進む。

三人の中にも、「結果的にこれで良かった」という考えが生まれる。

しかし、敵はその油断する瞬間を待っていた。

街まであともう少し、というところで

『今だ!囲め囲め!!』

『わーーーー!』

「な、何ですのっ!?」

「これは…………」

突然、そんな声が聞こえ、三人は二個小隊ほどのゴブリン達に取り囲まれた。

「ぐわっはっはっ!

オヤカタサマの読み通り、街まで逃げる気だっただろう!」

そして周りのゴブリン達より、二回り大きい、巨大な丸太を軽々と持っているゴブリンが現れた。

その言葉を聞いて、三人はあのボスゴブリンに陽動も、それを利用しての街までの強行突破も読まれていたのだと悟る。

「な、何なのよ…………あのゴブリンは…………!」

ゴブリンがここまで高度な戦術を立てるとは思わなかったフレーシアは、奥歯をギリッと噛み締める。

「オヤカタサマはわざとこの周辺の警備を手薄にして、お前達が作戦通りいっている、と思わせてから叩けと仰せられた。

でないと、あの黒服の男が気づいて引き返し、そのまま強行突破されるかもしれない、とのことだったからな」

「…………逆に言えばそれは、お前を倒せば後は何もない、ということだ」

ヴァルトが言った言葉に、そのゴブリンは「ほう?」と片眉をあげる。

「俺はオヤカタサマより、オニシバタの名を授けられし、オヤカタサマの右腕!

意味は分からんが、とにかく強いということだ!

その俺を倒すと!?」

オニシバタはそう言うと、丸太をブンッ!と振り回す。

そんなオニシバタに、傍らに付き添っているゴブリンがポツリと

「オニシバタ殿、オヤカタサマの右腕はサル殿も言っておられるそうですが」

「なあにいっ!?

あやつめ、ちょっとばかし頭が良いからと調子に乗りおって!

よし、貴様ら、今からあのサルめを討ち取りに…………!」

「お、おやめください!

おい、バカ!お前は新人だから知らんかもしれんが、オニシバタ殿はサル殿を目の敵にしてるんだぞ!」

「ええっ!?す、すみません!」

「オニシバタ殿!今は敵を討たねば!

オヤカタサマにまた怒られますぞ!」

周りのゴブリン総出で、オニシバタを宥め、オニシバタはようやく落ち着いた。

三人は逃げるチャンスだったが、あまりに突然だったので逃げる機会を…………というより何となく今、逃げてはいけないような雰囲気を感じて、その様子を見守っていた。

「ふー………ふー………そうだ、今はサルよりこの人間どもを倒さねば。

サルはその後、じっくり料理してやーー」

「先手必勝ですわ!」

敵が動こうとするや否や、フレーシアは投げナイフを放つ。

ナイフはオニシバタの周囲を回るように飛び、柄から伸びる糸で、ぐるぐるとす巻きにしてしまった。

「お、オニシバタ殿!?」

「ちょ、ちょっと待て!?

今、俺喋っていただろ!?」

「漫才をやってる内は見逃しますが、敵対行動を取るならば容赦する必要はありませんわ」

糸でぐるぐる巻きにされたオニシバタがそう叫ぶが、フレーシアは冷たく返す。

この行動を起こすのに迷いがないところがフレーシアの強みである。

「あとはあなた達だけ…………大人しく道を開けた方が身のためですわよ」

「ふっ……………ふっふっふっ、バカめ、その程度でオニシバタ殿を捕らえたつもりか!」

「何ですって?」

「そうだそうだ!

オニシバタ殿の力はそんなものではない!」

「オニシバタ殿を舐めるんじゃないぞ!」

「何であなた達が偉そうなんですの!?」

「何でお前らが偉そうなんだ!?」

ゴブリンと言葉が被り、嫌そうな顔をするフレーシア。

「と、とにかくだ、この程度、俺にとっては拘束にもならぬわ!ふんっ!」

オニシバタが一呼吸入れ力を込めると、オニシバタを拘束していた糸は、いとも簡単に千切れてしまった。

「…………嘘でしょう?

あれは細くても丈夫なアリアドネの糸ですのよ?

それを力だけで…………!」

「…………どうやら実力は本物らしいな」

今の二人では手に余る、と判断したヴァルトは怪我人を下ろして自分も戦うべきか迷ったが

「心配無用ですわ、たかだかゴブリンぐらい私でも勝てますわ」

それより先に口を開いたフレーシアの言葉に、ヴァルトは下ろそうとするのをやめる。

「……………大丈夫なのか」

「糸が千切られたのは予想外でしたが、それでもまだ幾らでも戦いようはあります。

だからあなたはあなたの役目を果たしてください」

「……………」

ヴァルトはフレーシアの言葉に沈黙で返し…………

「分かった。

なら俺は俺の役目を果たさせてもらう」

「おい、さっきから何を言ってーー」

オニシバタの言葉の途中で、ヴァルトは走り出した。

それも怪我人を二人も抱えながらも、その場にいる全員が反応できない速さで。

「なっ!?

お前らかこーー」

オニシバタは慌てて周りのゴブリン達に指示を出そうとするが、それより早くヴァルトは一匹、二匹と蹴飛ばし包囲から脱出し、すぐに森の中へと姿を消した。

「くそ、付近の部隊に連絡を…………!」

「無駄ですわ、あれは無愛想な男ですが、“雷迅”の二つ名を持っているギルドでも屈指の手練れ。

もう追い付くことはできないでしょう」

オニシバタはフレーシアの言葉にギリッと奥歯を噛み締める。

「くそっ…………!

これで全員を討ち取ることは叶わなくなったか………!

ならば貴様らを倒し、その後にあの黒服の男も倒してやるわぁ!」

オニシバタは丸太を構えてフレーシア達に突進してきた。

その姿はさながら角を振り上げ突進してくる闘牛のようだ。

「フレーシアさーー」

「カノン、あなたはそこで見てなさい!」

戦いに参加しようとするカノンを制し、フレーシアはオニシバタと対峙する。

フレーシアはナイフを投げ、糸でオニシバタの進路を妨害しようとするが

「はっはっはぁ!

無駄無駄ぁ!」

オニシバタは丸太を振るうこともせず、突進の勢いだけで糸を引き千切っていく。

「くっ…………!!」

フレーシアは仕方なく、オニシバタから逃れるように木へと上る。

「どうした!?その木ぐらい一振りで破壊できるぞ!」

「やれるものならやってみなさいな」

「何だとぉ!?」

直情的であるオニシバタは、フレーシアの挑発に乗り、真っ直ぐに突っ込んでいく。

「はっはっはっ、俺が何度も木を倒してるのを見てないと見える!

お前はここで終わりだぁ!」

「…………あれだけ目の前で見せておいて見てないと判断するとは、どんな頭してるんですの?」

フレーシアは呆れ気味にそう言った、その言葉はもちろんオニシバタの耳に入り、さらにオニシバタを怒らせる。

「バカはお前の方だ!

それが分かっていてそうやって木の上に逃げているんだからなぁ!」

「そうですわね。

上に逃げた私を律儀に見上げて足元を確認しないあなたは大バカですわね」

「なにっ!?………ぬおっ!?」

フレーシアが登っている木の足元の土を踏んだ瞬間、オニシバタの足が土にめり込み、バランスを崩す。

そこはちょうど、さっきフレーシアが立っていた場所だった。

「なんだこれは!?いつの間に!?」

「あれだけ隙を見せていたんですもの。

罠の一つや二つ仕掛ける余裕はたっぷりありましたわ、よ!」

フレーシアはナイフを数本投げる、オニシバタはそれを体勢の悪い中、丸太を盾のようにして受け止めた。

「あら、その体勢で受け止められるとは思いませんでしたわ」

「はっ、この程度で俺を倒せるとでも…………」

オニシバタはフレーシアが投げてきたナイフに何かが付いているのを見た。

それは拳大の丸い玉だった。

「ま、まさか…………!?」

「吹き飛びなさいな!」

フレーシアが木から飛び移るのとそれが爆発したのは同時だった。

ドオオオオンッ!!と辺りに轟音と衝撃を撒き散らしてナイフの先についていた爆弾が爆発した。

粉塵でオニシバタの周囲は見えないが、至近距離で数発の爆弾の爆発を食らったのだ、生きてはいまい。

『ば、バカな。

オニシバタ殿が…………!』

『あいつ、人間の女のくせに強いぞ………!』

『お、おい、どうするよ!?

オニシバタ殿がやられたら俺たちじゃ手も足も出ないぞ!』

『ててて撤退だ!

撤退しよう!オヤカタサマにはDOGEZAして許しを乞うんだ!!』

オニシバタの敗北を見た他のゴブリン達は、一目散に逃げ出した。

それを見て緊張を解くフレーシアに、カノンは恐る恐る近づいていく。

「…………フレーシアさん、その、大丈夫ですか…………?」

「ええ、私一人で十分でしたわ。

ま、あなたなら転けた所に一撃もらって負けてたでしょうけど」

「あう……………」

辛辣だが、実際そうなってたであろうのは想像に難くない。

それと同時にカノンは、昔は厳しく、それでも優しく、自分のことを思って教えてくれていた先輩に、このような態度を取られていることに、どうしようもなく悲しい気持ちになる。

「…………フレーシアさん…………」

「何ですの?」

カノンは昔と同じように接してくれるにはどうすれば良いのか、と聞こうとするが、フレーシアの冷たい視線を受けて言葉を萎ませてしまう。

そんなカノンにフレーシアは苛立った顔をし、しかし何も言わず「行きますわよ」と言って歩き出した。

カノンは悲しそうな顔を浮かべつつも、結局言い出すことはなく、黙ってフレーシアの後ろを歩き出そうとしーー未だ粉塵が舞う場所からぬっと黒い影が浮かんだのが見えた。

「…………っ!!

フレーシアさんっ!」

カノンは叫びながら咄嗟に走り出しーー黒い影が放った攻撃からフレーシアを庇った。

ゴッ!!と凄まじい勢いでカノンは吹き飛ばされ、地面を数メートル転がってようやく止まる。

「カノンっ!!?」

フレーシアはカノンを気にしつつも、黒い影と対峙する。

それはさっき爆弾で吹き飛ばしたはずのオニシバタだった。

身体中に傷を作りながらも、しっかりした足取りで、オニシバタはゆっくりとフレーシアに近づいていく。

「はっ………はっはっ、驚いただろう?

あの後、爆弾がついた丸太を投げ、咄嗟に身を屈めたのが良かったみたいでなぁ………。

ダメージで今まで動けなかったが、この通り生きてるぜぇ!!」

オニシバタは丸太を離したせいか、何も持ってはいないが今の自分達にとっては脅威であることに変わりはない。

フレーシアは咄嗟にナイフを投げようとしてハッと気づく。

「(マズイですわ………ナイフがもう………!)」

最初のゴブリン達の襲撃から、ナイフを補充する暇はなく、さらに連戦続きだったため、使い捨ての投げナイフは残り数本しかない。

数本では戦術も組み立てられない、このままではこのゴブリンを倒すことはできない。

そう判断したフレーシアはカノンの方へ素早く向き

「カノン、逃げますわーー」

「させねえよ!!」

フレーシアの動きを察知したオニシバタはフレーシアの前に立ち塞がるように移動する。

「くっ…………!?」

「おらぁ!」

オニシバタが振り下ろした腕を避け、反撃の隙ができ、フレーシアは咄嗟に反撃しかけるが…………ナイフの数を思い出し、反撃を躊躇ってしまい、そしてそれが隙となってしまった。

「ははは!討ち取ったりぃ!」

「しまっ…………!?」

迫るオニシバタの豪腕を見て、フレーシアはぎゅっと目を瞑った。

しかしオニシバタの腕がフレーシアを捉えるより早く、フレーシアを押し退け代わりに手に持ったナイフで受けたものがいた。

それは

「か、カノン!?」

さっき吹き飛ばされ、地面に倒れていたカノンだった。

オニシバタはカノンが立ち上がったことに驚いた顔をするが

「ええい、邪魔だぁ!」

「きゃあ!?」

受け止めたナイフごとカノンを再び吹き飛ばし、今度はターゲットをカノンに変えて歩き出す。

カノンは吹き飛ばされ、咳き込みながらもよろよろと立ち上がり、オニシバタと対峙する。

小柄なカノンの前にさながら鬼の如く立ち塞がったオニシバタは愉しそうに笑っていた。

「人間の、しかも女で俺の攻撃を受けて立っていられるとはな。

お前、チビで気弱そうだが、中々ガッツがあるじゃねえか」

「…………う、はあ…………はあ…………」

オニシバタの言葉にカノンは答える気もないぐらい消耗していた。

二度も、丸太を軽々と担ぐ腕からの攻撃を受けたのだ、特別優れた体力を持つわけでもない、普通の女の子程度の体力しかないカノンは、今相当なダメージを負っているのだった。

それでもナイフを構え、自分に戦う姿勢を崩さないカノンにオニシバタはふっと笑うと

「良いだろう、お前は俺の敵、ならば情け容赦はせぬ!

いくぞ!」

と言って、カノンに素手で次々と攻撃を繰り出し始めた。

カノンはそれをナイフで捌き、それでも避けれないものは体を逸らして避けていくが

ガッ

「あっ…………!?」

「隙ありぃ!」

小石に躓いてバランスを崩したカノンに素早くオニシバタが反応し、力を込めた一撃をカノンに放つ。

カノンは体勢を崩しながらもナイフで受け止めようとするが、衝撃を少し和らげただけで、またもや吹き飛ばされてしまった。

フラフラしながらも、カノンは木を支えにして立つ。

「根性のあるやつは好きだが、往生際の悪いやつは嫌いだぜ。

とっとと倒れちまえよ」

今ので決まったと思ったオニシバタは不機嫌そうにそう言いながらカノンに再び近づいていく。

フレーシアのことは忘れているようで、フレーシアはそんなカノンに逃げろと声をかけようとするが、それより早くカノンはフレーシアに向けて小さく口を開いた。

唇の動きを読むまでもなく、カノンは『逃げてください』と言っていた。

「………………っ!!!」

フレーシアは唇を噛み締める。

かつての後輩にそんなことを言われるのは、フレーシアにとっては何よりの屈辱であった。

しかし、ここで自分が残っても、数本しかない投げナイフでは何の役にも立たない、しかしだからと言ってカノンの言う通り逃げるのはない、第一カノンが一人で残っても小石や木の根に足を取られてマトモに戦えないのだ。

そこでフレーシアはあることを思い出す。

「そういえば…………」

以前、まだカノンと組んでいた頃、カノンは周りの物によく足を取られたり、ぶつかったりするのは家にある武道場での戦いに慣れすぎたせいだと言っていた。

確かに武道場は基本、整備されていて足元や周りに注意する必要はない、相手だけを見れば良い。

そういう場所で訓練を積み重ねてきたカノンが、実戦で実力を発揮できることは確かに少ないかもしれない…………。

そこでフレーシアは気がつく、つまりカノンの周りからそういった物を排除できれば、カノンは実力を発揮できる。

誰かがサポートすれば………

「そ、それはあり得ませんわ!」

フレーシアは自分の考えを声に出して否定した。

カノンをサポートすると言うことは、自らカノンの実力を頼っていると言っているようなものだ。

それは、あの日からそのことを否定し続けたフレーシアには、到底できることではない。

だが………………フレーシアはカノンの方を見る。

カノンが助けを乞えば、それはカノンがフレーシアを頼っているということ、それなら助けられる、そう思いながらカノンを見て…………フレーシアは絶句した。

カノンはオニシバタに攻撃を受けながらも、フレーシアに助けを求めるような視線を一切出していなかった。

それどころか、目で「早く逃げてください」と訴えている。

今まで自分は、自分より優れた実力を秘めているカノンに嫉妬し、厳しく、嫌な態度を取ってきたというのに、それでも、自分の命が危険に晒されても人の身を案じているその姿にフレーシアは、自分でも驚くぐらい穏やかな声で呟いた。

「…………この、バカ………。

…………自分が危ない時に他人の心配をするのがどこにいるるですの…………」

そう呟きながらもフレーシアは小さく付け加えた。

「でも……………私はもっと大バカですわ!」

気弱で優しくて、モンスターを倒すのも躊躇っていたカノンが、人を守るためにああやって自ら前に出て戦えるようになったのだ。

ならば先輩である自分が負けるわけにはいかない。

フレーシアは残りのナイフをすべて抜き放つ。

「カノン!行きますわよ!」

フレーシアはカノンにそう声をかけ、ナイフを全て放つ。

「むっ?何だ今さら!

そんなものが通用するとでもーー」

「あなたに、ではありませんわ木偶の坊!

これは、こうするんですの!」

フレーシアは投げたナイフ全てを糸で巧みに操り、ナイフの軌道を操作する。

ーーオニシバタと、カノンの周囲の石や木の根や枝を全て排除するように。

全てを排除し終えた後、ナイフは重力に従って、全て地面に落ちた。

「何だ何だぁ?

一つも当たってねえじゃねえか下手くそめ!」

「当たってますわよおバカさん。

これでその辺はキレイになりましたわ」

「それがどうしたってーー」

「私とお喋りするより…………後ろの子に注意した方が良いですわよ」

「はーー」

オニシバタは急に危険を感じて振り向いた。

そこにはさっきと同じ、マトモに回避もできない、弱い獣人の女の子がいるだけだ。

しかし幾多の強敵と渡り合ってきたオニシバタの本能は、こいつは今までと明らかに違う、逃げろ、と叫び続けている。

「………は、ハッタリだ!

お前みたいな小さい奴に俺が負けるかぁーー!」

オニシバタは叫ぶ本能を無視し、カノンに突っ込む。

その手は両方とも握りしめており、全力でそれを叩き込むつもりだった。

目の前の女は反応できないのか、ぼうっと突っ立ったままだ。

「うらあ!」

それを好機と見、オニシバタは片手でまず拳を叩き込む。

当たれば良し、当たらなくてももう一つの手で殴れば、すでにフラフラなこいつは避けられないだろう。

そう思っていたオニシバタだがーー

「シャーフィンド流剣術、水の型一の太刀、受水うけみず

カノンは迫るオニシバタの腕に正確にナイフを押し当てると、柄の方でオニシバタの腕を軽く叩き軌道を逸らし、さらに流れるようにもう片方の手で腕を軽く引き、体勢を崩した。

「あーーーー?」

オニシバタの体勢は大きく崩れ、無防備な状態でカノンの前に顔を晒している。

カノンは、障害物のなくなった地面をしっかり踏みしめ、もう片方の手にあるナイフを力強く握りしめる。

「……………ごめんなさい!」

ゴッ!!

カノンは柄を上へ突き上げ、オニシバタの顎に直撃させる。

比較的モンスターの中では、人間に近い体をしているゴブリンは、人間と同じく顎を打たれれば急所になる。

「がっ……………」

それでもオニシバタはカノンを睨んでいたが…………やがて意識が朦朧とし、どう!と地面に倒れ伏した。

モンスターだが、倒したわけではないので、消えることはなくそのまま残っている。

カノンはそんなオニシバタを見つつ、力尽きたように地面に倒れようとしーーその前に近づいてきたフレーシアに体を抱き止められる。

「ふん、相変わらず軽いですわね。

ちゃんと食べてますの?」

「………フレー………シアさん…………」

喋ろうとするカノンをフレーシアは制した。

「ヴァルトが道を作ってくれているはずですし、後は私一人でも何とかなります。

だから………後は私に任せてゆっくり休みなさい、カノン」

「あ…………」

カノンは久し振りに、自分の名前を敵意を込めずフレーシアが呼んでくれたことに、すごく、嬉しい気持ちになり思わず顔を緩めた。

「な、なにニヤけてるんですの!?」

慌てて厳しい態度を取ろうとするフレーシアを見て、また嬉しくなりその温かい気持ちを胸に抱いたまま、カノンの意識はゆっくりと遠くなっていった。

ーーーーーーーーーーーーー

『で、伝令!

オニシバタ殿が人間に倒された模様!

途中に潜ませていた伏兵も、先にことごとく倒されており、追撃も間に合いません!』

「……………ふむ、ここらが潮時か」

ゴブリンの姿の信長はそう呟いた。

周囲は激戦を物語るかのように木々は倒され、地面のあちこちに小さなクレーターのような穴が幾つも空いている。

そして、つい先程まで戦っていたあの人間の男の姿はすでにない。

「お、オヤカタサマ………!

どうか、すぐにでも治療を…………!」

「よい、この程度では死なぬし、もうしばらく余韻に浸らせよ」

さっきから自分を心配して声をかけてくるサルに内心心配性だな、と思いながら信長はそう返した。

信長の体には、肩から胸にかけて一閃の傷があり、その下には血溜まりができていた。

しかし、その傷から血はすでに止まりかけており、信長も傷を痛んでいる様子は微塵もない。

「それにしてもあの人間…………一人で、あの状態のオヤカタサマに攻撃を加えたばかりか、そのまま逃げおおせるとは…………つくづく恐ろしい奴でしたな」

「ふむ、我が軍の被害状況は?」

「酷いものです。

まず街への道に伏せていた我が軍の一割にあたる兵達の内、半数が壊滅。

そして…………あの男との戦闘に当たっていた我が軍の九割に当たる内、そのほぼ全てがあの男一人に壊滅させられ、すぐに回復できるような状態ではなくなってしまいました」

ちなみにその内の三割ぐらいはオヤカタサマとあの男との戦闘の余波や巻き添えで受けた被害なのだが、できる副官はそのことは隠しておく。

「酷い有り様だな」

そんな傷ついたゴブリン達がいる場所に突然、鎧に身を包んだ赤い髪の女が現れた。

その無礼な言い方に反応しようとしたサルを手で制し、信長は相手が女神と呼ばれるものと知っているが、物怖じせず話しかける。

「貴女がけしかけたと記憶しているのですが?」

「それも含めてだ。

あの男は倒せず、軍は壊滅状態、お前も軽くはない傷を負っている今の状態を酷い、と言ったのだ」

「貴様…………!!」

「やめておけ、お前なんか焼きサルになるぞ」

信長の言葉にサルは丸焼きになった自分を想像して黙り込んだ。

そんなサルには目もくれず、レンテは顎に手を当てて呟いていた。

「…………ふむ、やはり私が行くしかないか」

そう呟き、信長に背を向けて歩き出そうとし「そうそう」と振り向いた。

「貴様らの相手の犬共だが、早速弱体化したのを知って攻めてきているみたいだぞ」

「ふむ、誰かさんがそそのかした戦闘のおかげで、こちらの戦力はほぼ壊滅状態、厳しい戦いになるでしょうな」

「そうだな。

だが私は手を貸さんぞ、この程度の戦力差で負けるならお前はその程度だったと言うことだ」

レンテは信長にそう言うと再び歩き出し、ぽつりと呟いた。

「さあ、あの時の戦いのように奇跡を起こしてみろ。

そうでなければ、面白くない」

そう言うと、まるで最初からいなかったかのように忽然と姿を消した。

「やれやれ、神と言うのはあんなに横暴なものなのか。

義昭の方がまだ可愛いげがあるわい」

「お、オヤカタサマ!

コボルト軍、こちらのおよそ十倍の兵力にて進撃!

包囲陣形を取りつつ、こちらを殲滅する構えです!」

女神が消えると同時、入ってきた伝令にサルが渋い顔をする。

「マズイですな…………。

この森には我らの立てた拠点が幾つかあるとは言え、敵の戦力が圧倒的過ぎます。

ここは撤退も視野に入れるべきかと………」

サルの言葉に信長は「ふはははははは!」と高笑いする。

「お、オヤカタサマ?」

「十倍か!たかだか十倍でこの信長を討ち取れると思っているとはな!

確実に仕留めたいなら全兵力を投入しておけば良かったのだ!」

信長の言葉にサルを含めた周りのゴブリン達は顔を見合わせる。

それも無理はない、何せゴブリン達は、織田信長がかつて辿った軌跡、その始まりとなる戦いを知らない。

その、かつての戦いでも敵との兵力差は、十倍であったと言われている。

「クロミネとやら、ワシはまだまだ死なぬぞ!

次に会う時はワシは、モンスターの王として貴様の前に立ちはだかろう!」

そう言うと信長は指示を出すべく、馬を駆ったのだった。

ーーーーーーーーーーーーー

「はぁ………疲れた…………」

僕は疲れた体を引きずりながら街へと戻ってきた。

信長さんとの戦いは痛み分け、といったところで終わった、と言うより僕が時間を稼ぐ必要がなくなり逃げた。

信長さんが思っていたよりずっと手強かったというのもある、おかげで僕も軽くない傷を負ってしまい、フラフラだ。

「カノン達、大丈夫かな」

僕は街へ歩きながら呟いた。

信長さんから街へと戻る道に伏兵を仕掛けておいた、と聞かされて、カノン達が無事かどうか気が気でなかったのだ。

だから街へ辿り着き、カノン達の姿を見つけた時は心底安堵した。

「あ!クロミネ、お帰り」

「ただいま、ウサリィ。

良かった、無事だったんだね」

大丈夫とは思ってはいたが、やはり顔を見ると安心する。

「あ…………クロミネさん」

「ふん、悪運は強いようですわね」

「ああ、大丈夫、二人………と………も………」

僕はカノン達の方を向いて絶句した。

フレーシアは髪がボサボサに乱れ、そしてカノンは服のあちこちが汚れ、服から覗く肌のところどころに、すり傷を作っていた。

「ふ、二人とも、それは………?」

「これは名誉の負傷ですわ」

「…………(コクコク)」

フレーシアの言葉に、カノンが少し誇らしげな顔で頷き、二人が顔を見合わせ微笑み合う。

………傷にも驚いたけど、どうしたんだろうこの二人、いつの間に仲良くなったんだろう。

特にフレーシアは今までのは幻かと思うぐらいカノンに対する態度が今までと違う。

…………僕への態度は同じみたいだが。

「…………戻ったか」

「あ、うん、戻ったよ」

ヴァルトは僕の体をザッと見て、何故か呆れた顔をした。

「…………あれだけの軍勢と、あの凄まじい存在と戦って傷らしい傷がないとは。

お前は本当に人間か?」

「…………ゴブリン達にも言われたんだけど。

凄まじい存在って、信長さんのこと?

確かにあれはヤバかった…………どっちかと言うと、大きな傷を負う前に逃げたと言った方が正しいかな」

「………」

ヴァルトは何も言わず肩をすくめ、カノン達の方へと向いた。

「宿を取ってある、ギルドへの報告等は俺がやっておく。

お前達は先に休め」

「あ、ありがとうございます」

「もっと他に言うことないんですのこの無愛想男」

「…………」

フレーシアの言葉に沈黙を返すヴァルト。

そんな二人を見て、カノンとウサリィが笑い合う。

良かった…………全員無事だし、カノンとフレーシアも仲直りできたみたい………で………

「く、クロミネさん?

顔が…………」

「クロミネ!?」

「ちょっとどうしましたの!?」

「ごめん………流石にちょっと…………疲れたみたい…………」

僕はカノンとウサリィ、それとフレーシアの声を聞きながら、そのまま意識を失った。

ーーーーーENDーーーーー


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